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BXラウンドテーブル【第6回 商品・サービス:後編】
不満解消か、喜び提供か? これからの商品・サービスの役割

2022.06.30
#BX#ブランド・トランスフォーメーション
新進気鋭の研究者たちと、ブランドの実務で活躍する博報堂社員が、ブランド・トランスフォーメーションの輪郭を明らかにしていく連続ディスカッション「BXラウンドテーブル」。第6回は「商品・サービスと生活者体験」をテーマに、活発な意見が交わされました。
(→連載 BXラウンドテーブル

参加者(五十音順・敬称略)
岩嵜博論 武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科 教授
杉谷陽子 上智大学 経済学部経営学科 教授
本條晴一郎 静岡大学 学術院工学領域 事業開発マネジメント系列 准教授
水越康介 東京都立大学 経済経営学部 教授
山野井順一 早稲田大学 商学学術院 商学部 准教授

茂呂譲治 博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 局長
*司会:岡田庄生 博報堂ブランド・イノベーションデザイン局 部長
会場 UNIVERSITY of CREATIVITY(UoC)

「商品・サービスと生活者体験の未来」を考えるための3つの視点

博報堂の茂呂譲治によるプレゼンテーションの内容を踏まえて、ファシリテーターの岩嵜博論氏より3つのテーマが提示され、全体ディスカッションがスタートしました。
【本日のテーマ】
1 商品・サービスが「サービス主導」になってきた背景は何か?
2 サービス主導になったとき、生活者体験はどのようになるか?
3 BXを推進する上で、商品・サービスはどのような役割を持つか?

テーマ1:商品・サービスが「サービス主導」になってきた背景は何か?

そもそも商品とサービスはどう違うのか、現代において両者は簡単に切り分けられないのではないか、といった意見が交わされていく中で、「サービス」の定義や概念自体が変革を求められていることが明らかになっていきました。

水越 マクロな流れでみると、モノの生産体制が確立し、品質が安定するようになったのは数十年も前の話です。企業としてはすでにその頃から、モノの機能や品質以外でどんな価値が提供できるのかがビジネスの前提になっている。サービス化の流れは、大きなトレンドとして長くずっと続いてきたと言っていいと思います。

山野井 確認ですが、ここでいう「サービス」とは、どういう定義で考えればよいですか? いわゆる「生産と消費が同時に起こる」といった条件を満たしたもの、という理解でいいでしょうか。

岩嵜 その理解でよいと思いますが、実際にはモノとサービスが融合しはじめていて、「無形性」「同時性」「変動性」「消滅性」といった古典的な定義ではサービスを説明しきれなくなってきていますよね。

本條 サービス・ドミナント・ロジックが登場したのも、モノとサービスが切り分けられない、という認識が起点になっていると思います。

岩嵜 サービス・ドミナント・ロジックは、モノもサービスの一部だと捉えて、価値創造をサービスと捉える学説ですね。

山野井 スマートミラーの事例で、他の利用者の情報などが共有できて、トレーニング状況が比較できたり、コミュニティが形成されたりすることも、サービスと捉えていいわけですよね。

岩嵜 スマートミラーそのものはモノであるところが、ややこしいんですよね。トレーナーからリアルタイムでレッスンを受けるだけでなく、レクチャー動画のオンデマンド配信のようなものもあるので、生産と消費が同時に起こるとも言い切れない。結構、複雑になっていますね。

本條 議論していてふと思ったのですけど、使っている側はそれが「商品」か「サービス」かなんて気にしていないですよね(笑)。

山野井 そうなんですよ。おそらく気にしていない。

茂呂 生活者にとってはすべてが生活者体験ですよね。その裏側にあるのが、企業から見れば商品だったり、サービスだったりするだけで。

杉谷 私も大学で教えていると、商品とサービスのマーケティングは違いますと言いながら、ちょっと言葉に詰まるんです。両者を分けて話すこと自体が、今の時代に合わなくなっていると感じます。
背景には、商品では差別化できないから、サービスや体験を含めて提供するという大きな流れもありますし、茂呂さんがおっしゃっていた「デジタル常時接続時代」も大きいですよね。生活者がみんなスマホを持って、常時繋がっているからこそ提供できる価値が生まれている。生活者自身が新しい商品の使い方を考えてSNSでシェアし合ったりすると、それがまた新たな価値になったり。そういうものも含めてトータルで提案したらどうかと企業も考えるようになっている。

茂呂 間違いなくそれはありますね。しかもそうした生活者の行動の裏にはデータがあるので、どういうデータがその体験の裏に必要なのか、そのデータを次のどんなマーケティングに繋げるのかが、企業にとって重要な視点になっていると思います。

本條 お話を伺っていて、生活者側の視点もサービス・ドミナント・ロジックで捉えるのがしっくりくる気がしてきました。サービス・ドミナント・ロジックは、生活者に対するすべての価値提供はサービスであり、モノとしての商品がある場合も、商品をサービスの伝達手段と捉える考え方です。企業側の視点のロジックといえるのですが、生活者にとっても提供されているものが「商品」か「サービス」なのか意識されないならば、「サービス」の側でまとめて考えるのがシンプルです。さらに、生活者にも個人差があって、「商品」のつもりで企業が提供したものを「サービス」として捉える人がいるかもしれない。生活者が商品の新しい使い方を考えたり、商品自体を加工したりする可能性もあります。
生活者側に自由に使ったり加工したりできる権限がある以上、商品も、企業が提供するサービスとして捉える方が、見通しがよくなるのではないかと思いました。

テーマ2:サービス主導になったとき、生活者体験はどのようになるか?

博報堂茂呂のプレゼンを受けて杉谷氏が発言した「衛生要因」「動機付け要因」を切り口に、今後目指すべき商品・サービスのあり方や生活者体験について議論が交わされました。ビジネスがサービス主導になり、さらに「世論主導型社会」が到来する中では、喜びや感動の提供を目指すことがますます重要になる、との見解が導かれていきました。

岩嵜 杉谷先生がおっしゃっていた「衛生要因」と「動機付け要因」を手がかりに、今後、サービス主導になったとき、生活者体験がどうなるかについて議論できたらと思うのですが、いかがですか。

山野井 衛生要因か動機づけ要因か、つまりペイン解消を目指すのか、新しい価値提供を目指すのかという整理自体は、サービスにも商品にも当てはまる話ですよね。その上で、今後サービス主導になっていったとき、この整理がどういう意味を持つのか。
例えばサービスは商品に比べて、簡単にスイッチしやすいですよね。モノの場合は、一度買ったらなかなかスイッチできない。クルマを買ったあとに、ほかの方が良かったと思っても、すぐに売って別のクルマを買う人はほとんどいません。それに対し、例えばスポーツジムのようなサービスであれば、少しでも不満があったら簡単に別のジムにスイッチできます。
この例から考えると、ビジネスがサービス主導になっていくと、スイッチが簡単になってしまうので、ずっと顧客にとどまってもらうためには、衛生要因で「いやな思いをさせない」ことが重要になってくるかもしれませんね。

杉谷 先ほど動機づけ要因と衛生要因の話をしたときに私の念頭にあったのは、サービス化の流れというより、茂呂さんのお話にあった「世論主導型社会」でした。この社会変化は、すごく大きなことだなと思っていて。
人間って、何か不満があったときは発信するけれど、良かったことはあまり発信しません。企業側も、どうしても不満やペインを解消する方向で顧客の声を吸い上げようとします。もちろん悪いことではないのですが、そればっかりだと新しいサービスがみんなつまらなくなってしまうと思うのですね。日本の製品は安全性が高くて完璧な品質、でもワクワク感がない、という指摘がよくあります。ブランディングも含めて考えると、不満の解消よりも、何か新しいプラスを生むような方向に進めた方が、よい結果につながるような気がします。

本條 なるほど。新しいプラスを作ることで、ブランドのスイッチングを避けられるかもしれませんね。2008年にJournal of Marketingに“Delight by design”という論文が掲載されました。繰り返し購買、つまり、ロイヤルティについての結果が示されているのですが、顧客が功利的便益で満足したとしても、それだけではロイヤルティは高まらない。しかし快楽的便益によって顧客が喜び(delight)を感じると繰り返し購買が行われるといった内容です。
その論の延長で考えると、仮にペイン解消型の商品・サービスで顧客満足を最大限高めても、スイッチングは避けられないかもしれません。新しい喜びを生み出すことは、繰り返し買ってもらうためにも重要で、そこによりフォーカスしていくことが求められる、ということではないかと思いました。

水越 どちらかというと、商品が得意なのは「ペイン解消」で、サービスの方が「ワクワク感」や「喜び」「感動」を提供しやすいという感じがします。顧客満足についてよく語られる話で、例えばラーメン屋さんが、ラーメンという商品自体で顧客満足を高めていくのは難しい。量を増やすのも、価格を下げるのも限界があります。
そこで大事になってくるのが、喜びや感動をどう与えるか。ラーメン自体ではなく、接客だったり、お店の雰囲気だったり、そうしたサービスの部分で新鮮な驚きをつくって価値にしていく必要があります。
商品レベルとサービスレベルで比較すると、サービスレベルの方が、顧客満足や新しいプラスに繋がるという期待が持てるように思いますね。

テーマ3:BXを推進する上で商品・サービスはどのような役割を持つか?

最後のテーマでは、商品・サービスと生活者体験の変化と、ブランドとの関係についての議論が展開されました。ブランドが企業と生活者の共有物になっていく中で、商品・サービスは、企業がブランド形成に関わっていくためにますます欠かせない要素になる、という結論が導かれました。

杉谷 ここまでのBXラウンドテーブルで議論してきたように、おそらく今後、ブランド化の対象は商品自体だけではなく、その提供価値やコミュニティなども含めた全体が、ブランド化の対象になっていくのだと思います。
ただ、企業側がそれをブランドと呼んだとしても、消費者から見てもそれがブランドとして納得できるものになっているのかどうか。そこは別の問題ですよね。
また、ブランドのどこからどこまでが企業の資産で、境界線はどのように設定されるのか。あるいは、コミュニティに参加してブランド形成を担ってくれるような熱心な顧客をどうやって最初に獲得するのか。そういったことも次の問題としてフォーカスされてくるのかなと考えています。

水越 私も近いイメージです。生活者体験は、文字通り生活者の体験であって、生活者にとっては特にブランドとは関係のない日常ですよね。スマートミラーも「便利な鏡」というのが生活者側のイメージでしょう。ただ企業としては、日常の中でブランドと結び付けて認識してもらって、「このブランドはいいね」と言ってもらえる状況にならないと、せっかく提供した価値が流れていってしまう。
流れたとしても、顧客が満足したからよしとするのか、ブランドと体験を紐付け直す方法を考えないといけないのか。

本條 サービスは喜び提供型が大事だというのは私も同感ですが、新規顧客の獲得という観点では、ペイン解消型のサービスの方が向いているかもしれません。わかりやすいですからね。

杉谷 プロモーション戦略でも、値引きとかはわかりやすいですし、みんなパッと買ってくれるので、短期的な目的で行うものと整理されます。一方で、長期的にブランドのファンを作るプロモーションは、もう少し大きなメッセージの発信などが必要になってくると思います。
わかりやすいのは不満解消型で、顧客を引き付けやすいメリットはありますが、ブランディングでは長期的な視点が重要です。補助的に不満解消もする、くらいの位置づけがよい気もします。

茂呂 企業と生活者の距離感も結構変わってきていると思います。生活者としては、ほしい情報は自分で得られるし、必要なときに自分から企業にアクセスすればいい。企業に求めているのは心地よい距離感というか、寄り添ってくれるぐらいの立ち位置が、今の生活者とブランドの関係性なのかなと。その関係性の中で、ブランドのあり方も決まってくる。

山野井 「寄り添う」って良い表現ですね。これからは企業自身も、ブランドを形成するコミュニティの一員になっていくと思うのですね。つまりブランドの方が上位概念で、企業も顧客も生活者体験も含めて、すべてを包むような存在になるのかなと。
そうなると、その企業が新たに開発した商品に対しても「それはこのブランドの商品とは言えません」と判断され、排除されるような局面も起こりえます。だからこそ、顧客の声を聞くことが非常に重要になってくると思います。コミュニティから外れないような商品・サービスを出し続けていかないと、自分たちが弾き出される恐れも出てくる。なかなかしんどい、怖い時代になりそうですね。

杉谷 たしかに「寄り添う」というのは適切だなと私も感じました。押しつけがましくなく、ここからここまでがこのブランドだよと、ゆるっとしたコミュニティの世界観みたいなものを提供してくれる。そういう理想のバランスが、寄り添うという言葉かもしれないですね。

山野井 改めて商品・サービスに戻って考えてみると、企業が商品・サービスを打ち出すこと自体が、そのブランドの領域を示すメッセージとしての意味を持ってくる気がしますね。ここからここまでがこのブランドですと、商品・サービスによって区切りを示し、生活者に寄り添うような形でコミュニティをコントロールしていく。そんな役割を商品・サービスが果たしていくのかもしれないですね。

水越 ブランドの方が上位になって、企業はブランドを形成する参加者の一員になるかもしれない。それを受け入れざるを得ない時代になるとは思うのですが、その一方で、“ブランドは企業と生活者の真ん中に位置するもの”というイメージもあります。ブランドが企業の手を離れて生活者主導になると言っても、ユーザーに全部おまかせというわけにもいきません。企業が商品・サービスを通じてブランドに関わっていくことが、これからますます重要になっていきそうです。

岩嵜 ブランドが生活者と企業の共有物になるという議論から、今後の商品・サービスのあり方が見えてきたように思います。まとめていただき、ありがとうございます。

第6回BXラウンドテーブルまとめ「BXを推進する上で商品・サービスとはどうあるべきか?」

最後に議論のまとめとして、「BXを推進する上で商品・サービスとはどうあるべきか?」について、それぞれ自由にフリップに書いていただきました。

杉谷 「商品・サービスは一体化して喜びをもたらしてくれるもの」
商品とサービスを区別する必要はあるのかという議論が出ましたが、まさにそこかなと思っています。これからは「メーカーだから」とか「サービス業だから」ということではなく、それらが一体化してブランドを創り上げる時代になっていくのだと思いました。

岩嵜 「商品・サービスは、つながりの起点になる。」
これまでのモノベースのビジネスのように、商品を渡して終わりではなく、今後は商品・サービスを起点に生活者とのつながりが始まっていくのだと思います。そのつながりは継続的で、終わりはなく、それによって今日議論したような価値が生まれていくのだろうと。その意味で、商品がサービス化していく先の価値のあり方とは何かを、今後議論していくことが重要だと思いました。

山野井 「商品・サービスは企業をコミュニティにつなぎとめるものである。」
「コミュニティに」と書きましたが、企業が「コミュニティを」つなぎとめるという意味合いもあります。今後生活者と企業が、同じような立場で一つのコミュニティに属する主体になったとき、企業はどういう形でコミュニティに残っていけるのか、企業がコミュニティをどういった形で保持していくのかが、重要なポイントになってくると思うのです。
ここからここまでがこのブランドのコミュニティですよと宣言して、企業がブランドをある程度コントロールしていくために、商品・サービスが持つ意味が大きくなっていくのではないか。ブランドの境界を示す重要な要素として、商品・サービスが機能していくのではないか。そう考えました。

本條 「商品・サービスとは、生活者の創造的な複雑性を向上させる媒体である。」
この表現に込めた意味は2つあります。まず生活者にとってのポジティブな経験の中でも、自己を複雑化する楽しさであるenjoymentが重要だということを意識して書きました。
もう1つ、生活者がどう喜びを感じるかは企業がコントロールできないと思うので、「喜びを提供する」という表現を避けました。喜びは、快楽とちがって何か一つに収斂するのではなく、一人ひとり異なりそうです。とはいえ、おそらく複雑性をもたらすきっかけであれば企業が提供できる。その部分を商品・サービスと呼ぶのではないかと考えて、こういう表現をさせていただきました。

水越 「商品・サービスは、ブランド価値の境界になる。」
みなさんの言葉にもありましたけれども、この考え方がしっくりくると思いました。企業側がブランドに対して何ができるかという視点に立ったとき、商品・サービスは、ブランド価値やブランドパーパスを具体的に実現するものであり、ここまでがこのブランドであるという境界線を提示するものになってくるのだろうと考えました。

岡田 ありがとうございました。最後に茂呂さんから一言お願いします。

茂呂 今後ビジネスやブランドのあり方をトランスフォーメーションしなければならなくなったとき、自社や自分の業界のみならず、生活者や社会の変化を見つめて、そこから商品・サービスのあるべき姿を描き、多様な生活接点での体験を通じて、生活者と企業との関係性ができて、周りのステークホルダーたちとも繋がっていく。私たちもそうした取り組みが増えており、今後も多くの企業と一緒に構想し、形にしていきたいと思っています。今日はありがとうございました。

次回(第7回 BXラウンドテーブル)のテーマは「コミュニティ」を予定しています。

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