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BXラウンドテーブル【第4回 コミュニケーション・前編】
コミュニケーションとブランドの未来

2022.04.20
#BX#ブランド・トランスフォーメーション
ブランド発想で実現する事業変革、ブランド・トランスフォーメーション(BX)。この概念の明確化を目指して、新進気鋭の研究者たちと実務で活躍する博報堂社員がディスカッションを繰り広げる「BXラウンドテーブル」の模様を記事でお届けします。
第4回のラウンドテーブルは、「コミュニケーション」をテーマに開催されました。(→連載 BXラウンドテーブル

参加者(五十音順・敬称略)
岩嵜博論 武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科 教授
杉谷陽子 上智大学 経済学部経営学科 教授
本條晴一郎 静岡大学 学術院工学領域 事業開発マネジメント系列 准教授
水越康介 東京都立大学 経済経営学部 教授
山野井順一 早稲田大学 商学学術院 商学部 准教授

黒澤高次 博報堂 クリエイティブコンサルティング局 局長
*司会:岡田庄生 博報堂ブランド・イノベーションデザイン局 部長
会場 UNIVERSITY of CREATIVITY(UoC)

前回の振り返り

まず司会をつとめる岡田が、「組織と人材」をテーマとした前回のディスカッションについて、主な論点や発言を振り返りました。

岡田 前回のラウンドテーブルでは、これからの組織と人材のあり方について、社会心理学や文化論などの知見も交えた刺激的な議論がなされました。
まず、これからの組織が「インスタント型」とも呼べるような動的組織に移行していく場合、そうした組織は関係流動性の低い日本の文化的背景では馴染まないのではないかという論点や、自立した強い個人でなければ対応できないのではないかという指摘、かといって個人に自立を求めすぎると“想像を超えた成長”が生まれにくくなるかもしれない、といった視点が挙がりました。

後半では、BXを進める上で組織がどうあるべきかをディスカッションしていただきました。過去数回の議論で私たちは、“BXを推進していく中で、企業の従業員と顧客の境界線は曖昧になってくるだろう”というイメージを持っていましたが、そうした組織像は、従来の組織論では想定されていないものです。ソーシャルメディアで企業の中の個人が情報発信するなど、個人が組織の枠を飛び越えて活動するケースも増えていますし、BXを考える上では新たな組織像について考えていくことも同時に必要なのではないか、という一つの結論が提示されたと思います。今後は自社の組織を外に見せていくことが、ブランドにとってもプラスに働いていくのではないかという見解が出るなど、たいへん興味深いディスカッションになりました。

さて、今日のディスカッションテーマは「コミュニケーション」です。博報堂では、BXを推進する要素の1つとしてコミュニケーションを挙げていますが、パーパスや組織・人材など他の要素とも密接に関わる重要な領域です。
それではまず、博報堂クリエイティブコンサルティング局の黒澤さんに、議論の前提となるプレゼンテーションをお願いしたいと思います。

【プレゼンテーション】コミュニケーションとブランドのあり方の未来

最初に「コミュニケーションの未来とBX」と題して、デジタル化がもたらすコミュニケーションの変化の本質と、それによって生み出されるブランドの未来像などについて、博報堂クリエイティブコンサルティング局の黒澤高次がプレゼンテーションを行いました。

黒澤 博報堂の黒澤と申します。私はプロモーションや行動デザインといった、人を動かすことからキャリアをスタートし、長くクリエイティブの領域に携わってきました。
今回、BXの先に訪れる未来のコミュニケーションのあり方、というテーマを預かってきました。まだ家も建ってないのに、屋上から見たときに見える景色について語りなさい、みたいな難しい話です(笑)。私なりに今日のテーマについて考えを深める中で、ブランドとは? デジタル化とは? コミュニケーションとは? といった本質的な問いが次々と浮かんできました。みなさんと、そんな議論ができるのを今日は楽しみにしています。

最初に、コミュニケーションの現在地を確認するために取り上げたいのが、20年前に公開された映画『マイノリティ・リポート』です。ここで描かれている世界では、あらゆる媒体が電子化され、生体認証に対応したマルチスクリーンのような技術が街中に溢れていて、生活者一人ひとりに向かってターゲティングされた広告を発信する。そういう時代の到来を予見したわけです。メディアのデジタル化も、広告テクノロジーも、この『マイノリティ・リポート』の世界を追いかけるように進化を遂げてきました。

コミュニケーションの過去・現在・未来を、デジタル化の段階を軸に整理したのが下の図1です。デジタルが入ってくる前のコミュニケーションはチラシやCMで情報伝達する一方向の流れでしたよね。
その後、スマートフォンの普及と連動してインターネットの世界が広がり、デジタルメディアを介した双方向のコミュニケーションが主流になりました。インターデジタルの時代です。我々は今、この終わりかけにいると私は捉えています。この時代特有の課題としては、知っていても買わない「認知飽和」や、好きだけど買わない「好意飽和」などが起こっていて、マーケッターやクリエイターを悩ませています。また、情報のタコつぼ化も起きていますよね。私の息子はテレビに接することがほとんどなくて、YouTubeばかり見ていますが、人々が接するメディアの中心がネットへとシフトする中で、自分の好きな情報だけが自動的に集まってきて、それ以外の情報にほとんど触れない状態になっている。そうした「フィルターバブル」「エコーチェンバー」などと呼ばれる現象も課題になっています。

図1

アフターデジタルの時代に訪れるコミュニケーションとブランドの未来像

黒澤 この先の未来を考えるため、「デジタル化」の本質的な意味を考えたいと、久々に引っ張り出してきたのが、MITメディアラボの創設者ニコラス・ネグロポンテ氏の名著『ビーイング・デジタル』(1995年)です。ここでうたわれている概念は、アトムとビット。物理世界はアトム=原子によって形成されているけれど、そこをビット=情報が侵食して、世界を置き換えていくのだと。
少し哲学的かもしれないですが、デジタル化の本質とは、「世界をアトムからビットに置き換えることで、さまざまな境界を溶かし、すべてを流動化させていく」というのが私の理解です。
たとえば「時間と空間」の境界。「生命と経済」の境界。ほかにも「物とサービス」、「企業(送り手)と生活者(受け手)」、「所有と非所有」、「個人と社会」、「実態とイメージ」──。本当にあらゆる境界がデジタル化によって溶かされつつあります。コロナ禍以降は、オフィスと自宅の境界も溶けていますよね。

図2

また、BXのテーマである「ブランド」の意味も確認しておきたいと思います。ブランドの本質的な意味は「区別」です。私たちの時間は一日24時間しかなく、可処分所得も知覚処理能力も限られている。その中で自分のQOLやウェルビーイングを向上させるために、自分の側にぜひ置いておきたいものと、不要なものをおのずと区別しています。その関与度の差が、ブランドとノンブランドの差をつくっているわけです。この区別という核はデジタル化でも溶けることなく、今後も変わらないはずです。
しかし、私たちを取り巻く環境は変化しています。世界はモノとサービスで溢れかえっていて、暮らしていて困ることはありません。社会はどんどんオールデジタル化に向かい、生活者の意識や行動も変化し、近年はESGやSDGsなどの潮流も、ブランドのあり方そのものに待ったなしの改革を迫る圧力となっています。こうした背景を受けて、多くの企業やブランドが、新たな存在理由や、成長の方向を模索しています。先進的な企業は、自分たちのブランドのあり方、区別の意味そのものをアップグレードしはじめています。

コミュニケーションの本質とは「共有物(common)化するプロセス」である

黒澤 さて、ここからはコミュニケーションとは何か、という問いを皆さんと議論してみたいと思います。コミュニケーションの語源はラテン語の「コミュニス(communis)」、すなわち「共通したもの」や「共有物(common コモン)」に由来すると言われています。
これまでのコミュニケーションの形とは、さまざまなタッチポイントを通じてブランドの価値を生活者と共有物化していくプロセスのことだったと言えるのではないかなと思います。

図3

しかし今後デジタル化によってこの形すらも流動化し、変化していくとなると、これからのコミュニケーションはどういう新しい姿になるのか。ひとつ、概念を整理するヒントになりそうなケースをご紹介します。

米国のある老舗ギターメーカーは、5、6年ほど前に倒産の危機に瀕していました。ヒップホップが流行し、音楽作りの主流がデジタル機器に置き換わって、そのメーカーが取り扱うアナログの楽器を演奏する人が減ってしまったのが直接的な要因だったと言われています。
そこでメーカーは大規模な顧客調査を行いました。すると、ギターの場合、初心者が1年以内に必ず経験する難関があって、9割の人がそこで挫折してしまっている。ただ、その難関を乗り越えて練習を続けられた人は、さらに上手くなって次のギターを買ったり、さらには一生の顧客にもなり得ることがわかったのです。
メーカーはこの発見をもとに、初心者がオンラインで楽器の演奏を学べるラーニング動画サービスをスタートさせました。実際に利用してみるとわかりますが、演奏法の詳しい説明だけでなく、要所要所で励まされたり、楽器のチューニングもアプリできたり、あるいは「あの有名な奏者の弾き方はこうすればできる」とか、じつに細かくメニューが用意されているんです。このサービスが大成功して、今や同社は、過去最高の売り上げを更新し続けています。それだけでなく、競合メーカーの製品の売れ行きも伸びて、個人のギタープレイ動画配信も増えるなど、音楽産業全体も刺激する形になりました。

これは単なる最近のサブスクサービスの成功例ということではなく、ブランド(事業)とコミュニケーションが融合し、価値観やライフなどがブランドと生活者の間で活発に共有される一つの生態系──ある種の「エコシステム」が形成された状況とみることができます。

多くのブランドにとって、これからのコミュニケーションは、今ご紹介した例のように「ブランドを活性化し続けるエコシステムの血流」へと進化していくのではないかと私は考えています。価値観やライフ、価値創造、経済を共有物にしていくプロセスの中で、創造的で人間にしか生み出せない情報・体験・価値が、渦のように対流していく。そのとき、ブランドとは一企業のものではなく、皆が共有する価値観を中心に渦のように広がっていくものになると思います。その渦が加速していくことで、共有の場としてのブランド価値が高まり、それに関わる人々が増え、それぞれのウェルビーイングも高まっていって、それが新たな人々を呼び寄せていく──、そういう流れが起きていくのではないかなと。

ここまでの話を踏まえて、図1の右側の「未来」、アフターデジタルの部分を埋めたのが図4になります。人間らしさ、地球環境の保全などの新しい価値観を前提としたとき、価値や文化をどう創造していけばいいのかなど、課題はたくさんあります。それでも、共有物化のプロセスとしてのコミュニケーション、エコシステムとしてのコミュニケーションを何らかのかたちで実践していくことが、アフターデジタルの世界におけるブランドのあり方として求められていくのではないかと私は考えています。

図4

ディスカッションに向けて ~研究者の皆さんから~

今回もBXラウンドテーブルに参加いただいている5人の研究者のみなさんに、黒澤のプレゼンテーションに対する感想や、コミュニケーションとブランドに関する論点をそれぞれ伺いました。

岩嵜 ハッとさせられたのが、「コミュニケーションの語源はコモン=共有物である」というところでした。従来は、送り手が持っているブランドを、チャネルやタッチポイントを通じて届けるのがコミュニケーションだった。しかし、それはコミュニケーションの本質的な意味からすれば実は遠い、あるいは狭かったのではないか。むしろ、コモンを生み出す場を作るのがコミュニケーションの役割だという捉え方のほうが、しっくりくると思いました。
ギターメーカーのサービスの事例では、ユーザーがブランドに関わることで新しい趣味が生まれたり、気持ちが豊かになったりと、そこで新しい意味生成が行われている感じもしますね。ブランドのメッセージを一方的に伝えていた従来のコミュニケーションとはまったく違う世界が広がっているように感じました。

岩嵜博論氏(武蔵野美術大学)

本條 最後に挙げていただいた「エコシステム」、これは私も非常に関心を持っている言葉です。エコシステムは「経済圏」や「ビジネスエコシステム」といった意味合いで語られがちなのですが、私としては、本来の生態学に立ち返って動的なものとして捉えるべきだと考えています。「生態系」の原語であるエコシステムは、生物や非生物の依存関係のまとまりのことです。捕食や寄生などによって、窒素などの元素の循環の経路にもなっています。動的な相互作用によって全体が安定した状態に収斂するので、一部分だけを意図的に変更することができないということもポイントです。エコシステムの動的に安定した状態として身近な例は「ヒトは2歳までに虫歯にならければ、一生虫歯にならない」というものです。ミュータンス菌に感染していない状態で口内のエコシステムが形成されると、その後ミュータンス菌が入ってきたとしても増えることができない世界が形成されます。常在菌となった他の多数の細菌がミュータンス菌を脅かす働きをする環境になるからです。ギターメーカーのケースも、多数の参加者の相互作用によって、動的な安定と循環が成立しているエコシステムとして考えていくほうが相応しいだろうと感じました。

もう一つ、コミュニケーションは共有物という考え方も面白いですね。コミュニケーションの変化とは、共有されるもののレベルが変わっていくということかもしれないと感じました。これまでは同じものを買うとか、同じ意味を共有するとかいう話だったのが、現代では、仮に同じものを買ったとしても、それをどう解釈するかは人それぞれ。インターデジタルの時代に情報が十分に民主化されて、アフターデジタルの時代は、「解釈の民主化」へと向かっていくのではないか。誰もが自由な解釈をできる時代になったからこそ、エコシステムが成立しやすいのではないかと、お話を聞いて思いました。

本條晴一郎氏(静岡大学)

水越 私を含む「神戸学派」(そういう括りが実際にあるわけではなく、個人的なラベリングですが)のマーケティング研究者の間では、「ブランド」と「コミュニケーション」は相互に対応していると捉え、非常に重視しています。ブランドはシステムであり、コミュニケーションはそれを支える要素である。システムが要素を作り続け、要素のおかげでシステムが残り続ける──そうした見方をしていますので、今回のお話は、我々の考えとかなり共通しているという印象を持ちました。そういった世界が、いよいよデジタル化によって拡大しているのだろうと改めて思ったところです。
これまでのマーケティングやブランディングでは、企業側が何らかの情報発信をするという意味でコミュニケーションを想定してきたと思います。でも一方で、日常的なコミュニケーションにおいては企業も個人も関係なくて、みなさんと対話しているこの場も含めて、すべてがコミュニケーションとして捉えられます。企業を情報発信者として捉えた場合のコミュニケーションとブランドの関係と、我々が日常の中で会話したり何かモノ・サービスを使ったりしている意味でのコミュニケーションとブランドの関係は、どこでどうリンクしているのか、それがデジタル化でどう変わるのか、さらにBXでどう繋がってくるのか、そのときのコミュニケーションとはマネジメントが可能なのか、といった論点を議論できると面白いのではないかと思いました。

水越康介氏(東京都立大学)

杉谷 コミュニケーションは、私が研究を始めたときからの関心事です。黒澤さんのプレゼンには大変感銘を受けまして、ワクワクする気持ちになり、楽しく拝聴しました。
もともとコミュニケーションは、「送信者の頭の中にあるものを受信者に向けて発信し、そのメッセージの意図や趣旨について、送信者と受信者の頭の中で同じ認識になっている状態が実現できたら、コミュニケーションが成功したとみなす」と考えられてきました。ブランディングの際のマーケティングコミュニケーションも、「企業のブランドアイデンティティを、適切なコミュニケーションによって誤解なく生活者に伝えられたら成功」でした。
一方で黒澤さんのおっしゃる「生活者と一緒につくっていくコミュニケーション」は、それとはまったく違った世界ですよね。コミュニケーションは、よくビークル(乗り物)に喩えられましたが、これからは乗り物から「原材料」になっていくというか、コミュニケーションを使って何かを作る時代になっていく。これは大きな転換だと思いました。
では、企業はどんな原材料を提供するのか。ギターメーカーの例では、最初は「初心者が難関をどう乗り越えるか」がテーマだったと思いますが、「次はこんなテーマでも話しませんか」という感じでユーザーが盛り上がって、新しいコミュニティが形成されたりしたのでしょう。その意味で今後は「原材料として何を提供すべきか(どんなコミュニケーションの場を提供していくか)?」の部分がブランディングの対象になっていくのだろうと思いました。

杉谷陽子氏(上智大学)

山野井 デジタル化がもたらした変化として「双方向」が挙げられていましたが、その背景として、個人間のやり取りが容易になったことが大きいと思います。今までも口コミのようなものはありましたが、そういう意図したものではなく、まったく知らない相手と、意図を超えたコミュニケーションがなされるようになったことの影響が大きいのだろうと。知らない個人がギターの演奏法をアドバイスする状況も、デジタルの時代だからこそ生まれたものでしょう。エコシステムの話も、その結果として出てきているのだと思います。
ただ同時に起こる課題として、企業はどうやってブランドを管理するのか。企業がいないところで勝手に個人が情報をやりとりすると、本来の情報が異なる意味で受け取られてしまうかもしれない。そこで重要になるのがブランドなのかなと思いました。ブランドが、企業が目指す方向を示すものとして十分認識されていれば、個人間でそのブランドについてコミュニケーションするときにも「あの企業ならば、こういうことを目指しているはず」と好意的に解釈してくれるのではないか。企業がコミュニケーションをコントロールできない時代だからこそ、パーパスや価値観、ブランドといったものがより重要になってくるのかなと思いました。

山野井順一氏(早稲田大学)

岡田 ありがとうございます。いろいろと興味深い論点があがりましたので、ぜひ全体で議論してみたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

→→第4回ラウンドテーブル「コミュニケーション」 全体ディスカッション記事(後編)へ

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