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経営のコトダマ 第21回 未来予約のコトダマ

2020.07.16

博報堂フェロー
スピーチライター/コラムニスト

ひきたよしあき
1984年、博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクター、ソーシャルプラニング局部長を歴任。東日本大震災 広報アドバイザーを一年間務める。
政治、行政、大手企業などのスピーチライターとしても活躍。

「言葉の潜在的なちから」をテーマに子どもからビジネスマンまで読める著作多数。
明治大学をはじめ様々な教育機関で熱弁をふるうコミュニケーションのプロ・ひきたよしあきが、企業経営における言葉のちからを綴る。

銀座三原橋に小さなレストランが
あります。
寡黙なシェフとのっぽで人のいい
ウェイター。
タイプは違うけれど、どちらも
イケメンの男性です。

ニューヨークスタイルのステーキに
チャイニーズサラダ。
これにワインを組み合わせる食事が
好きで、ここ数年、よく利用していました。

真面目に、おいしいものを作る。
お客さんの笑顔が何よりも喜び。

しかし、こんな店にもコロナ禍は
やってきました。

緊急事態宣言がでる直前に飛び込むと、

「正直、不安です。なんでこんなことに」

とウエェイターの男性にいつもの笑顔は
ありませんでした。

それでも帰りがけに、

「ひきたさん、今月で定年退職ですよね。
これ、お祝いです。おめでとうございます」

と言って高価なシャンパンを贈ってくれました。

その時、私は決意しました。

「これは飲まない。この店に行ける時がきたら、
持ってきて、この店の食事で乾杯する。
ちゃんとシャンパンの代金を払って、彼らを
慰労する。それが私自身の退職祝いだ」

と。

しかし、事態は悪くなるばかりでした。
指数関数的、つまり倍々ゲームで増える
感染者数にソーシャルディスタンスは厳しさを
増すばかり。

失礼ないい方ですが、銀座の家賃を彼らが
支払い続けるのは、かなり厳しいと思われます。

一人暮らしの私は、慣れない手料理ばかりが
続く。だんだん面倒くさくなってきて、
そうめんばかり食べている日々になりました。

「あぁ、あのステーキがなつかしい」

そんな思いが限界に達した頃、
緊急事態宣言が解除に。夜にお酒を飲む時間は
まだありませんでしたが、それでも営業はできる。

私はシャンパンを袋に詰めて、
三原橋へと向かいました。

角を横切り、いかにも昭和然とした道の
向こうに見えた店の看板。
なんだか鼻の奥がツンとしました。

店に入ると、二人の歯が見える。
笑顔でした。

「よくがんばったね」

というと、

「ひきたさん、今回、私は『お客さん』
というものがどういう存在だかよくわかりました」

というのです。

店が閉まる直前、常連客が次々とやってきて

「これ、店があいたら食わせてね」

と言って、10万円近いお金をおいていく人。

「これ、次きた時に飲むわ」

と言って、開けないワイン代を払ってくれる人。

「お客さんの一人が『これは未来予約だ』と
言ってくれました。皆さんの温かさがこれほど
嬉しかったことはありません。貯金を切り崩して、
必死に守りましたよ」

私もまた「未来予約」という名の
エールのコトダマに胸が熱くなりました。

話が熱くなった頃、シャンパンが冷えてきた。
勢いよく栓を抜いて、3人で乾杯。

私にとって、最高の定年退職祝いと
なりました。

<連載:経営のコトダマ>
第1回 あなたの会社が終わるとき
第2回 徹底的に戦いを省け
第3回 サービスとホスピタリティ
第4回 文学は、実学。
第5回 未来を五感で味わいつくせ
第6回 体調のコトダマ
第7回 座右のコトダマ
第8回 激励のコトダマ
第9回 未来のコトダマ
第10回 気くばりのコトダマ
第11回 変化のコトダマ
第12回 先輩のコトダマ
第13回 効率のコトダマ
第14回 短気のコトダマ
第15回 世代のコトダマ
第16回 信頼のコトダマ
第17回 肩書きのコトダマ
第18回 質問のコトダマ
第19回 母のコトダマ
第20回 希望のコトダマ

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