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広告業界人への提言、とにかく知り合いを増やし自分の能力に自信を!(連載:中川淳一郎の「博報堂浦島太郎」)

2020.08.06
ネットニュース編集者・PRプランナーの中川淳一郎さんが18年ぶりに博報堂に帰ってきた! 久しぶりの古巣を歩きながら、中川さんが感じた変化や懐かしの話を自由に語っていただく連載「博報堂浦島太郎」。第13回は「広告業界への提言」。セミリタイアを控える中川さんが博報堂、そして広告業界に向けて言っておきたいこととは――。

 こうして連載させていただいている『博報堂浦島太郎』だが、今回を含めて残り2回となった。8月20日更新の最終回は博報堂の社員の皆様に対する感謝と提案になると思う。今になって同期がいることの有難さを感じることも多々あるので、そこらへんについても書く。分不相応なエラソーな物言いになるとは思うが、最後から2つ目ではこれまたエラソーに「広告業界への提言」について書いてみる。これは、自分が社員だった頃に始まり、フリーランスとして広告会社やクライアント企業と接したほか、この約1年、博報堂の業務委託を通じて感じたことも含めての話だ。

 最近、何度か競合プレゼンに参加して感じたことが「本当にみんな頑張ってる……」ということだ。後期の頃(2020年4月~7月)はオンラインでの会議になったのだが、営業とスタッフ全員が必死に勝とうとしている様が分かった。会議の時間はキッチリ1時間で、各人の役割分担ができていることは過去と比べて大きな進歩だった。

 ここからは甘っちょろい理想論になる。博報堂が昨今「別解」という言葉を考えていることも理解している。だからこそ、過去のやり方に囚われない最適解をクライアントに提供したり、いわゆる「規定演技」以上のことをしなくては、と考えているのだろう。そうした考え方はあっても、まだその理想に近づけない壁があることも感じた。

 広告会社は「広告」という名前はついているものの基本的には「究極の御用聞き」であり「よく働く三河屋さん」だ。そうした状況が何十年も続いているのに、ネットでは「広告会社陰謀論」というものが厳然と存在する。自分自身、博報堂だけでなく、電通やADK、読売広告社、大広、東急エージェンシーなどとの付き合いもあるが、彼らが「闇のフィクサー」とは到底思えない。あくまでも「クライアントのために粉骨砕身する社畜集団」というのが実感だ。

 こうした観点から、これからの広告ビジネスに従事する個人がどうなっていくといいかについて考えてみる。前出「別解」を果たして提示できているか? そして規定演技以上のことができているかについては疑問を抱く瞬間もあった。2001年に博報堂を辞めてから様々な広告・PR関連の仕事を広告会社・クライアント企業と一緒にやってきての、一旦の結論である。

「ここからここまでが自分の役割」というところを決め過ぎている部分があるのではないか。営業の場合は、とんでもない無茶ぶりをされることも多いわけで、なんでもかんでもやってしまうが、スタッフの場合は他の領域を侵してはマズいのかな……と遠慮している部分があるように感じる。

 たとえば「インフルエンサーマーケティング」をクライアントがやりたいと考えたとする。先進的なクライアントであれば、「直接ウチからあのインフルエンサーに頼んじゃえばいいじゃないですか!」みたいな話になるかもしれない。だが、クライアントにそのツテがないため、広告会社にそのオーダーが回ってくる。とはいっても、広告会社も直接のツテがあるわけではないからPR会社に相談をする。そしてPR会社はキャスティング会社やインフルエンサーマーケティングをやる会社に相談することとなる。

「インフルエンサーをブッキングするのは自分の仕事ではない」という決めつけがあるから、他社に外注をするのだろう。こうして次々とたらい回しをした結果、広告会社は最終的には根性でツテをみつけ、なんとかすることが多いが、「根性を出さないでもできる」状態をいかに作るかが重要ではなかろうか。

◆色々な知り合いを作ることの重要性

 広告業界に従事する人間はとにかくツテが多い方がいい。それはたとえば「ツテの多い知り合いを10人知っていて、その人達が良い動きをする」とかでもいい。ただし、その人に対してはキチンと恩義を感じ、それなりの報酬を払わなくてはならない。

 去年、とあるイベントのスタッフに急遽私もアサインされた。現在同じく業務委託で博報堂に籍を置くライターのヨッピーさんと2人で、だ。彼も私も「ネット廃人」のごとくネットを見続け、そこで吹いている「風」を読み続けている。だからこそ、SNSも積極的に活用してきたし、ヨッピーさんの場合は「ウェブメディア関係者が集う大忘年会」やら「ネットをよく見ている大学生にネット業界のオッサンが奢らせていただく会」などを主催し、知り合いを次々と増やしてきた。

 こうした活動が日々のツテの広さに繋がるのだが、博報堂の人からの問い合わせが「えっ、博報堂でも適切な人が見つけられないの?」と若干仰天した。それは「とある趣味・Xが好きな男性インフルエンサー約20人を集めてもらえないか」というオーダーだった。

 ツイッターのプロフィールに「X」と書いている人に片っ端から声をかければいいのかもしれないが、どこの誰か分からない人物が果たして本当に当日イベントに来てくれるか分からないし、クライアントが作ったレギュレーションを守ってくれるかは分からない。東京で開催するイベントなだけに、地方の人が多かった場合に交通費や宿泊費を支払うのも無理がある。

 だからこそ、こうした「インフルエンサー」にイベントに参加してもらうにはキャスティング会社を通すのが安全なのだ。だが、その会社にしても「X好きインフルエンサー男性リスト」なんてものは持っておらず、困惑した様子で出してきたのが「インスタグラムのフォロワー数の多いイケメンリスト」だったのだ。当然クライアントがこれに納得するわけもなかった。

 かくしてXが好きであることを公言してきたヨッピーさんと私に声がかかったのだが、時は折しもウェブメディア・雑誌メディア界隈ではXブームが来ていた。X好きを公言している著名人もいる。ヨッピーさんと私の頭の中には瞬時にツイッターフォロワー数千人以上のX好き男性の顔が浮かび、すぐに20数名を集めた。

 この時の人選にクライアントは満足してくれたのだが、同時にこうも思ったはずである。

「なんで博報堂さんが最初に出してきたリストはあんなに的外れだったの?」

 一方、ヨッピーさんと私が声を掛けた相手は全員がX好きで、ツイッターのフォロワー数も圧倒的にそのリストよりも多いし、自らのメディアを持っている人やライターもいたため、その後イベントの様子を書いてくれる件数はより多くなるはずである。こうした動きは、我々のようなライターだからできた面もあるのだが、広告会社の人の方がよっぽど社会的地位と信用度はあるのだから、同じことができてもおかしくないのでは? と思った。

 もちろん、彼らが私にできないことができるのは分かるが、一介のフリーランスなんて歯が立たないぐらいのレベルであってほしいと大手広告会社の社員に対しては期待をしたいのである。決してなってはいけないのが「発注のプロ」化である。自分がプロデューサーとして現場を回すようなリーダー格であれば別だが、下っ端のプランナーであれば、仕事を機に自ら様々な人に会い、PR会社やキャスティング会社などに頼むことなく仕事を完遂する方が原価も下げられるし、何よりも自らのスキルが上がる。

◆PRに対するアレルギー反応を広告業界はいい加減にやめれ

 あと、常に感じるのがPRの地位の相変わらずの低さだ。「戦略PR」という言葉が2000年代中盤にもてはやされたが、結局威勢の良い言葉が一人歩きし、PRに関わる人間がそれらを遂行できていたかは分からない。優秀なPR関係者は多いものの、中にはペイドパブを出すことを「戦略PR」だと言ったりする者もいた。

 そして、PRは昔から「安い広告」扱いをされてきたが、その傾向はまだ少し残っている。本来PRは「我が社の商品・サービスの情報を、社会にその時流れている『風』に合った形で情報発信者に売り込む」行為である。コロナの時代だからこそリモートワークのサービスを提供する会社に取材が殺到したり、夏を前にして涼しいマスクを作った会社が多数取り上げられる、といった話である。

 そして、PRはとんでもない効果を生むことがある。何しろ世間の「風」に合致した形でメディアの制作者がその商品を紹介してくれるのだからそれは当然だろう。だからこそ、必ず商品が紹介されるかどうかは分からないし、ネガティブな露出をすることもある。

 それなのに私のようなPRプランナーが企画を出すと「絶対にメディアに出ると保証できますか?」や「ネガティブなことを書かれる可能性はありますか?」と聞かれることが何度もあった。さらには記事が出た後に「出稿」と呼ばれることもあった。いやいや、広告を出稿したわけではなく、「PRすることにより『掲載』されたんですよ」と訂正することばかりである。

 そして、PRに関する悪弊は「媒体換算」であると思っている。これは、そのPR活動により、一体どれだけの効果があったのかを媒体の広告費に換算して測るもの。クライアントが上司に報告するために必要なのは分かるが、20年以上前から進歩していない。かつては、「スポーツ新聞の何段分出た」などと記事の面積を計算し、「このページを1ページ買ったら1000万円だから、全体の5分の1なので200万円ですね」といった形で積み上げていった。

 そしてネット時代になり、誰が決めたかは知らないが、勝手に各メディアに1本記事が出たらいくらの価値がある、ということが定まっていった。私も自分がかかわっているメディアが勝手に値付けされているのを見て気分が悪くなった。

 しかも、「ヤフーニュースに配信したら〇〇万円」だの「ライブドアニュースだと〇〇万円」だの、一本の記事が掲載された後、そのサイトから配信した先の記事まで値付けがされている。プレスリリースの配信サイトまで値付けされている。そして「今回のPR活動費は200万円でしたが、媒体換算では1億1204万円です!」なんてぶちかますのだ。

 こんなよくわからない計算がまかり通っているのが今の日本のPR業界なのだ。ならば何を評価基準にすればいいかといえば、クライアントの責任者が「なんか今回、うまいことたくさん掲載されて、バズったね!」と思うか「まったく出なかったね……」と思うかどうかの「気持ち」で点数をつければいいのである。

 PRの地位を高める努力を広告会社はしなくてはならない。また、「広告は自分の言いたいことを言える手段」「PRは情報の出し手に内容を委ねるもの」という明確な割り切りをしなくてはならない。

◆パートナー主義って何だ? 忖度することではないのでは

 広告会社という存在は、「クライアントの代理として様々な作業をする」「パートナーとして共に業務を遂行する」という立場はありつつも「彼らが思いつかない発想をし、実行する」という点も併せ持たなくてはいけない。だが、今でも会議で登場するのが「これがクライアントの社風だからね」と、予め制限をかけてしまうことだ。

 確かに確実に仕事を取っていくには、社風に合わせたり、「営業が強い土壌」で「営業を立てる」などの提案が必要になるだろう。ただ、最近は「なんか困ってるんですよ……」といった相談も多いし「ネットで存在感を高めたい」といった無茶ぶりもある。

 その時に営業だろうがスタッフだろうが「私の感覚ではコレが一番効く!」ということを臆面もなく言えてしまう面の皮の厚さが必要なのではないだろうか。具体名は挙げぬまでも、私がフリーのプランナーになった時にそれを言ったら先方の宣伝部長が「それそれ!」と乗ってくれ、以後、同氏とは多数の仕事を重ねることになった。

 また、2010年2月、小学館が「ネット事業をなんとかしたい……」と様々なネット界の識者からヒアリングを重ねていた時期がある。その時に識者は「電子書籍に舵を切りましょう」「ツイッターをもっと有効活用しましょう」などと提案をした。ただ、私は「雑誌のコンテンツを“ネット文脈”に合う形で再編集するニュースサイトを作ればいい」という提案をした。

 当時のネットニュースのレベルの低さ(取材をしていなかったり、著名人のインタビューなど皆無だったり……など)から考えたら、間違いなく、小学館のコンテンツなら勝てると踏んだのである。そこには、同社の社内事情など知ったことではなかった。担当者がその提案にビビッと来たら「お買い上げ」になるのだ。後の社内調整はその人の仕事。そしてその時に作ったニュースサイト「NEWSポストセブン」は9月29日をもって誕生から丸10年となる。

 広告会社の従業員たるもの、己の能力に自信を持ってクライアントに堂々と持論を展開し、プレゼンをして社会の役に立とうではないか。

◆中川淳一郎/なかがわ・じゅんいちろう

1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。一橋大学卒業後、博報堂入社。企業のPR業務に携わる(2001年退社)。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』など。
(写真は1997年入社時)

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