(右から)
天野 純一氏
東京地下鉄株式会社
経営企画本部 企業価値創造部 新規事業企画担当
佐藤 誠一郎氏
東京地下鉄株式会社
経営企画本部 企業価値創造部 新技術推進担当 課長補佐
長南 勇輝
博報堂 ビジネスプロデューサー
萩原 陽介
博報堂 ビジネスプロデューサー
ー現在展開している「東京◯◯入門BOX」では、商品開発から自社で一貫して手がけるECサービスにチャレンジしていますが、どのような経緯でこのビジネスモデルに参入することになったのでしょうか?
佐藤:「東京◯◯入門BOX」は、2015年から7年間継続している企業コミュニケーション「Find my Tokyo.」のフレームを活用することで誕生したプロダクトです。◯◯にあたる食材カテゴリごとに特徴の異なる4種類の商品と、その特徴を4象限に分けたMAPを同梱して、商品への理解を深めていただくという趣旨です。
きっかけは、博報堂の皆さんからのご提案です。宣伝部を通じて私と天野が所属する新規事業開発部門に、「Find my Tokyo.」のコミュニケーションアセットを活用した新規事業をご提案いただいたのです。
私たち新規事業部門では、主たる鉄道事業収入以外での収益源を創出するというミッションの元で、日々事業の可能性のシードを探しているのですが、7年も実施してきた「Find my Tokyo.」は、制作を通じて培ってきた知見が資源となって蓄積されており、それを活かしてプロダクトを開発するというのは至極ナチュラルな流れだと感じ、事業としての可能性をすごく感じました。
萩原:我々が事業化の提案を差し上げた背景には、「Find my Tokyo.」はコロナ禍の影響を受けて、2020年1月でコミュニケーションを中断せざるを得なくなってしまったという事情がありました。外に出て東京の街の魅力を発見するというコンセプトのプロモーションだったため、これを継続してしまうと外出喚起になってしまう。それで、自宅にいながら東京の魅力を楽しめることが何かできないかというので着目したのがECサービスでした。そこからさらに事業化へと発展させるために100本ノックをやって(笑)、ビジネスの可能性を模索し始めました。
佐藤:皆さんの努力のおかげで、この事業計画に反対意見もなく、スムーズに通すことができました。経営会議でも「Find my Tokyo.」というブランドの強みを活かして展開されるストーリーに可能性を感じると、役員から好評だったと聞いています。その反応に背中を押される形で、事業化へと踏み出すことができたんです。
ーピンチをチャンスに変え、事業にまで発展させた「Find my Tokyo.」から誕生した「東京◯◯入門BOX」はどのようなプロセスで商品化されたのでしょうか。
佐藤:事業化にあたって最初に着手したのがリサーチ・検証作業です。生活者の方々にインタビューを重ねてわかってきたのは、食に対する意識や、お金の費やし方に変化が生まれたという点です。コロナ禍で飲み会など外食の機会がほとんど無くなってしまったと。するとデパ地下巡りをして、食材を購入し自宅で楽しむようになり、それに3〜4000円くらい費やすようになったとか。それって、ほぼ飲み会の費用と同じなんですね。
萩原:コロナ禍で今までよりお金も時間も持て余すことが増えたと。それで家で過ごす時間を充実させるための消費に充てられるようになったという発見は興味深かったですね。そうした内容を受けて、ただ美味しく味わってもらうだけでなく、エンターテインメント性のある体験も提供できるようなプロダクトを目指そうと考えました。それに対するインタビューでは反応がかなり良かったですね。
天野:具体的にどんな商品にするのかというアイデアの元となったインタビューでは、いくつかコンセプトを用意して選んでいただきました。反応が高かったのが、食べ比べとかペアリングで、それによって趣味を見つけたいというニーズが浮上したんです。食べ物って世界観を追求しやすいのかなと。ただ一方で、その世界に飛び込みたいんだけどなかなか違いがわからないとか、本格的に勉強するにはハードルが高いという意見もあって。その世界に“入門”できるような、知識も得られる商品の組み合わせが価値になるのではないか考えました。
萩原:そうした反応を受けて、商品設計では食材の味や特徴を4タイプにマッピングしました。パッケージに商品とともに4つの商品特徴を説明した「MAP」を同梱し、楽しみながら理解を深めてもらおうという狙いです。店舗に足を運んだり、リモート会議を何度も重ねながら、お店の方と共同で開発していきました。商品知識をいただいて、こちらから4タイプの区切り方を提案する。ある店舗では、4種類も商品がないけどどうしようと相談をいただいて。最終的にこの商品向けに足りない分を新たに開発することになったり。すごく前向きに取り組んでくださって嬉しかったですね。
天野:4タイプの軸の区切りかたも感覚的に表現するようにしました。例えば、チーズケーキならエアリーとか。蜂蜜だとフローラル、フルーティーとか。クリエイティブの提案では「それ面白いですね」と好意的な反応をよくいただきました。
他のECモールさんでも食べ比べセットはよく見かけますが、この「東京○○入門BOX」を購入した動機には「Find my Tokyo.」の東京の街の魅力を発見したり体験するというコンセプトに共感してくれている方が多いということがわかりました。ですので、我々がこの商品に込めた世界観がしっかり伝わっているのではないかと思っています。
ー7年かけて積み重ねてきた「Find my Tokyo.」の価値観が、生活者や地域をはじめ、あらゆるステークホルダーにしっかり浸透して根付いているわけですね。ただ、一般的な消費材のように“選択される”というプロセスがないインフラ系企業がブランド価値を高めていくことへのビジネス上の意義とはどういうところでしょうか?
長南:沿線の価値に中長期的に影響するのではと考えています。住みたい街とか、オフィスを構えたい街、商業施設を建てたら集客力がありそうな街…など、イメージ醸成に寄与する広告をやっているかやっていないか、やっていてもそれを何年も続けているかそうでないかで、沿線とその周辺の地域に対する印象がポジティブに変わるのではないかと思います。
萩原:BXの観点でいうと、この事業は、東京メトロの企業理念である「都市の魅力と活力を引き出す」ことを具現化できた取り組みになったと思います。それとともに、地域の魅力を訴求するコミュニケーションから、地域と店舗と生活者を繋げるビジネスプラットフォームに進化させることができたのではないかと考えています。単にお店や商品を紹介するだけではなくて、地域のビジネスにも直接貢献できるビジネス構造を作れたこと、それを地域からも認めてもらえたことは、地域のパーセプションの変化のきっかけになるような取り組みだったのかなと思います。
佐藤:そうですね。「Find my Tokyo.」の取り組みで、「喜び」をどんどん提供していくことで、東京という枠組みの中であっても、社会に対してもポジティブな活力を与えていくことは可能ではないかなと思っています。社内では、このフレームワークを他の手段で活用していくことも将来の可能性としてはあり得ますが、我々のところでは、事業の検証も終えて、この「東京◯◯入門BOX」をさらに展開する計画を進めようとしているところです。この商品の世界観をもっと追求していきつつ、この商品が生活者と東京の距離をどんどん縮めていって「やっぱり東京が好き」と思っていただけるように取り組んでいきたいと思います。