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価値共創時代の新しいブランド経営を推進するBX(ブランド・トランスフォーメーション)──「マーケティングカンファレンス2022」登壇レポート

2023.01.11
#BX#ブランド・トランスフォーメーション
日本マーケティング学会が主催する「マーケティングカンファレンス2022」が去る2022年10月16日に東京・市ヶ谷の法政大学キャンパスで開催されました。「ブランド&コミュニケーション研究会」によるセッションでは、博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 局長の宮澤正憲がスピーカーを務めました。博報堂DYグループが提唱しているBX(ブランド・トランスフォーメーション)の考え方をご紹介したセッションの模様を抄録にてお届けします。

宮澤 正憲
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 局長
東京大学 教養学部教養教育高度化機構 特任教授

水越 康介氏
東京都立大学 経済経営学部 教授

杉谷 陽子氏
上智大学 経済学部 教授

ブランド・トランスフォーメーションの現在

宮澤 正憲

企業を取り巻く環境変化の3要因

現在、企業経営をめぐる環境は大きな変化のさなかにあります。環境変化の要因は大きく3つあると考えられます。生活者の購買行動や意識が変わっていること。テクノロジーが進化していること。そして、社会性や持続可能性への配慮が必要になっていることです。

調査などから明らかになっている生活者の変化として、商品に対する不満が少なくなっていることが挙げられます。現在所有しているものに対する不満がないので、新製品を積極的に購買しようという意識が薄れていて、広告などによる需要喚起が難しくなっています。とくに若い人たちにその傾向が顕著です。

このような変化を受けて、従来の「モノ中心」のビジネスは、「コト中心」、つまりサービスを主体としたビジネスにシフトしています。モノ中心のビジネスにおけるマーケティングは「購買」をピークとするモデルでした。コト中心のビジネスでは、それが購買以降の継続的な関係を志向する新しいモデルに変わることになります。

テクノロジーの進化がもたらした大きな変化は、SNS、IoT、データなどによってさまざまなものや人がつながるようになったことです。そのような社会は「コネクテッド社会」と呼ばれています。コネクテッド社会の特徴は、これまでの境界が融解していくことです。情報の「送り手」と「受け手」の境界。商品の「実体」と「イメージ」の境界。「所有」と「非所有」の境界──。それらが明確に区別できなくなっていくわけです。「業界」の枠もまた融解していきます。結果として、さまざまな業種・業態の企業間の連携と共創が進んでいくことになります。

社会性や持続可能性に対する意識の変化。これもまた企業経営の環境変化に大きな影響を与えています。現在、多くの経営者が経済的価値と社会的価値の両立が必須であると考えるようになっています。その両方の価値を追求することを私たちは「ダブルインパクト」と呼んでいます。

生活者の変化、テクノロジーの進化、ダブルインパクト──。これらに対応することは簡単ではありません。部分的なチューニングではなく、事業の「OS」自体を変える必要があるからです。経営者の皆さんはそのことをよく理解されているようです。多くの経営者が既存事業に対する危機感を抱いていることが、博報堂の調査から明らかになっています。事業の根本的な変革や新規事業の創出は、あらゆる企業に共通する課題であると言っていいでしょう。

DXは「ブランド」と「デジタル」の掛け合わせ

その変革を実現するために、多くの企業が現在DX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組んでいます。しかし、DXがなかなかうまくいかないという声をしばしば耳にします。その大きな要因の1つは、DXを「デジタル化」と読み違えている点にあります。DXにおいて「デジタル」はあくまでも手段であり、重要なのは「トランスフォーメーション」です。ただし、トランスフォーメーションもまた目的ではありません。では、本当の目的とは何か。DXの先に新しい企業像、新しい事業モデルをつくり出すことです。

その「目的」を、これまでの企業としての歩みやカルチャー、つまり「自社らしさ」と、手段としての「デジタルテクノロジー」と掛け合わせたもの。それがDXであると考えるべきです。この「目的」と「自社らしさ」とは、ほぼ「ブランド」と同義であると言っていいでしょう。そう考えれば、「ブランド」と「デジタル」の掛け合わせが本来のDXの姿であると言うことも可能です。

最近、ブランドに関する企業からの相談が増えているのも、まさにDXとブランドが切り離せない関係にあるからだと考えられます。とくに、商品ブランドよりも事業ブランドや企業ブランドなど、上位のレイヤーに当たるブランディングについての相談が多いのは、まさに「企業全体の変革におけるブランド」という視点を多くの経営者の皆さんがお持ちだからです。

生活者価値を中心においた変革の思想

ただし、ブランドの概念が大きく変わってきていることについては注意が必要です。時代とともにブランドの定義は変化してきましたが、最近では、ブランドとは「企業が管理するもの」ではなく「社会で共創するもの」であるという理解が一般的になりつつあります。企業のコントロールによって固定されたブランドから、多くの人たちが参加することによって動的に変化していくブランドへ──。それがブランドの考え方の大きな変化です。

その変化を踏まえて私たちが提唱しているのが「ブランド・トランスフォーメーション(BX)」、すなわちブランドを中心に置いた事業成長・事業変革です。ブランドとは、生活者の頭の中にあるものです。したがって、BXとは生活者を中心にしたトランスフォーメーションということもできます。商品やサービスではなく、生活者価値を中心においた変革の思想。それがBXです。

BXは、「パーパス」「ビジネスプロセス」「組織・人材」を上半分に、「コミュニティ」「コミュニケーション」「商品・サービス」を下半分に配した円型のフレームワークで表現されます。上半分は、企業の内部活動に該当するブランドのバックエンドの要素です。一方、下半分は、生活者体験に関わるブランドのフロントエンドの要素です。

ブランドバックエンドの中心的な要素は「パーパス」です。最近はパーパスを定義する企業が増えていますが、パーパスがうまく機能しないケースも少なくありません。その理由の多くは、パーパスが具体的な事業内容と乖離していることです。パーパスと事業をしっかり連携させ、パーパスを起点としてビジネスモデルが変わり、組織や必要とされる人材が変わり、その結果としてブランドも変わる。そのような流れをつくっていく必要があります。

ブランドの変革とは企業の統合的活動の変革である

一方、ブランドフロントエンドの中心的要素は、生活者との「コミュニケーション」です。コミュニケーション(communication)の語源は、ラテン語のコミュニス(communis)、すなわち「共通するもの」、あるいはコモン(common)、すなわち「共有物」です。これまでの企業コミュニケーションは、こちらから生活者に「話しかけること」をメインに設計されてきました。これからのコミュニケーションは生活者の言葉を「聞くこと」、そして「共有すること」を重視する必要があります。そのようなコミュニケーションによって成立するブランドは、まさに「社会の共有物」ということになります。

BXを構成する要素は、「パーパス」と「コミュニケーション」を軸として、すべてが密接に関連し合っています。そのすべての要素が統合されたものがブランドであり、したがってブランドの変革とは、企業・事業の統合的活動の変革にほかなりません。

もっとも、この考え方がブランディングの最終形態というわけではありません。これまでブランドについての考え方は時代とともに変化してきました。これからも経済や社会の環境変化にともなって変化していくでしょう。私たちは今後も、ブランドを深く考察する活動を続けていきたいと思います。

新しいブランド経営のあり方──ブランドの価値は「共創現象」である

東京都立大学 経済経営学部 教授
水越 康介氏

ブランドとは企業と顧客の中間にあるもの

「共創としてのブランド」という考え方が広まりつつあります。しかし元来、ブランドの価値とは「共創現象」によってつくられるものでした。企業、社会、生活者の交わりの中で生まれるものがブランドだったのです。それがあらためて認識されるようになったのは、SNSなどの「共創のツール」が社会に根づいたためだと考えられます。では、その「共創としてのブランド」を私たちはどのように捉えればいいのでしょうか。

1990年代まで、ブランドは企業の「資源」であると考えられてきました。いわゆる「資源ベース論」です。その一方で、ブランドは人、モノ、金などの経営資源とは異なるという見方もありました。ブランドとは市場ベースの資源であり、マーケティング資源であるという考え方です。この考え方では、ブランドは企業だけのものではなく、企業がすべてをコントロールできるものではないということになります。これが、現在の「共創としてのブランド」という考え方につながっています。

「ブランドは誰のものか」という議論は以前からありました。ブランドを市場ベースの資源とするならば、それは企業のものでも顧客のものでもなく、いわばその中間にあるものと考えられます。経営学者の石井淳蔵さんは、著書『進化するブランド』の中で、ブランドを「中動態」というキーワードで捉えています。「私は山を見る」が能動態、「山は私に見られる」が受動態だとすれば、中動態は「山が見える」と表現することが可能です。中動態は日本語に特有の表現形態であり、したがってこの視点に立つならば、欧米とは異なった日本型のブランディングがありうるのではないか。そう石井さんはおっしゃっています。

ブランドは生活者の頭の中にあるものです。しかし、デジタル空間が拡大していく中で、人々の頭の中にあるものの多くが可視化されるようになっています。それが、ブランディングにおいてデジタルの取り組みが必須である理由の1つです。デジタルを活用したブランド経営は今後ますます重要になっていく。そう私は考えています。

生活者はブランドの変化をどう捉えているか──消費者行動研究の視点から

上智大学 経済学部 教授
杉谷 陽子氏

ブランドの社会性を支持する生活者たち

かつてマーケティングや消費者行動の研究で重視されていたのは、「いかに企業の利益を最大化するか」という視点でした。しかし、この10年ほどの間に「消費を通じていかに生活者のウェルビーイング(幸福)を高めていけるか」というテーマへの注目が急速に高まっています。

ブランドに関する考え方においても、ブランドは企業がコントロールするものから、生活者との関係の中で自律的に育っていくものという考え方は主流になりつつあります。ブランドは共創によって成長していきます。例えば、企業が「生活者の健康に寄与する」というパーパスを掲げた場合、「健康」というキーワードをハブとして、食品、医薬品、フィットネス、家電などさまざまな業界の企業との協業が成立する可能性があります。社会、生活者、企業の共創によってブランドコミュニティが生まれ、そこからブランドが大きくなっていく。これからのブランディングにおいてより重要な考え方になっていくでしょう。

では、生活者の側はこのような動きをどう受け止めているのでしょうか。欧米などの消費者行動研究の知見を見てみると、新しいブランドの考え方は生活者からもおおむね支持されていることが伺えます。研究結果は、生活者の多くは企業の向社会的なパーパスを好意的に捉え、それにともなってブランド価値が向上することを示しています。ただし、すべてのケースで肯定的な結果が得られているわけではないことにも注目すべきです。事業モデルに合わないパーパスを掲げることによって、ブランド価値が棄損されることも報告されています。例えば、ラグジュアリーブランドのように、「限られた人にしか手に入れられない(排他性)」、「市場にあまり出回っていない(希少性)」、「節約志向でない(贅沢消費)」を訴求してきたような企業が「社会性」を強く打ち出すことは、ブランドコンセプトの一貫性を損ねる可能性があるため、メッセージの出し方に注意が必要です。

また、世界価値観調査(※1)の結果に照らしますと、ブランドを「企業から与えられるもの」ではなく、「公共的な場で自律的に成長していくもの」ととらえる考え方は、日本市場にとてもフィットしていると、私は考えています。同調査では、日本人は、海外の人々と比べ、権威や統治を極端に嫌う傾向が示されています。したがって、企業が必要以上にブランドを管理・コントロールすることは日本の生活者のネガティブな反応につながる可能性があります。企業が生活者と「ともに」ブランドマネジメントに取り組んでいくという姿勢は、とりわけ日本市場では今後ますます重要な視点になっていくように思われます。

(※1) 「日本人の考え方 世界の人の考え方」(池田謙一(編)/勁草書房/2016年)、「日本人の考え方 世界の人の考え方Ⅱ」(電通総研+池田謙一(編)/勁草書房/2022年)

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