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「2030年、旅ってどうなっているんだろう?」
第8回/ORIGINAL Inc.代表取締役/タイムアウト東京代表 伏谷博之さん【前編】

2022.02.03
2020年初頭、世界を襲った新型コロナCOVID-19、その猛威は世界のあらゆる仕組みを一変させてしまいました。各国政府の国境をまたいだ渡航制限、感染予防を意識した「ニューノーマル」な旅行様式の普及などで、旅のあり方も大きく変わってきました。
すでにさまざまな兆しは出てきていますが、アフター・コロナの時代は、旅の仕方も、好みも、大きく変化していくことでしょう。2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
さまざまなジャンルで活躍する人たちに「2030年の旅(いまからだいたい10年後)ってどうなっているのか?」「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」という話をwondertrunk & co.代表の岡本岳大がお伺いします。

「観光」という言葉の定義をアップデートする

岡本
毎回さまざまなゲストの方と、およそ10年後の2030年に旅はどんな風に変わっているかを語り合う本連載。8回目のゲストは、国際的なシティガイド「タイムアウト」を運営するORIGINAL Inc.の代表取締役、伏谷博之さんです。コロナ後にむけた「タイムアウト」の取り組みも後ほどお伺いしたいのですが、まずは2021年1月に立ち上げられた「一般社団法人日本地域国際化推進機構」についてお聞きできればと思います。「地域×国際化」という名前自体がすでにキャッチーだと思うのですが、まずはどういった設立背景があったのかお伺いできますか?

伏谷
コロナ禍で国境がふさがったことで、日本では2019年に3188万人だった訪日外国人がほぼゼロになりましたし、海外の観光地も同じような状況に見舞われました。その影響としてもちろん経済的損失の大きさがありますが、特にオーバーツーリズムに悩んでいた都市の場合、最初のリアクションは実は「人が来なくなってよかった」というものだったんです。日本国内の、京都のような観光都市ではない小中規模の街ですらそんな声が聞こえてきた。これはどういうことかというと、2008年に観光庁ができてからというもの、観光立国を目指す政府は訪日外国人をどんどん増やそうとし、その数値目標がセンセーショナルに報じられたりしてきましたが、肝心な受け入れ側である各地域がそれにどう対応すべきで、どういう変化が起こり得るかという話をしっかりしてこなかったということなんです。考えてみれば2005年の愛知万博のときの訪日外国人は36万人に過ぎなかったのが、2025年の関西万博では3000万人を超える訪日客が予測されるような状況です。当然受け入れ側にとっては大きな変化だし、それなりのストレスがあったはず。そこが蔑ろにされてきたんですね。

岡本
確かにそうですね。

伏谷
観光についてコロナ後に一番考えるべきポイントはそこだと思います。日本地域国際化推進機構でも観光DXによる環境整備の必要性を説いていますが、これまでの考え方のままだと、DXによっていかに外国人を利便性高く素敵におもてなしするかに主眼を置いてしまうでしょう。でも外国人が本当に魅力を感じているのは、テーマパーク的な場所ではなく地域の生活文化、普通の人の暮らしぶりだったりするわけで、外国人観光客用のインフラ整備よりもむしろ地域住民への投資の方が重要なんじゃないかと考えたわけです。そこで我々が日本地域国際化推進機構で実現しようとしているのが、観光DXによって地域の文化観光資源を活用し、地域活性化のための経済効果を生み出すだけでなく、環境整備を通して地域の国際的評価を高めることです。そもそも観光を通して本当に地域を持続可能にしようというのであれば、それは地域の未来の一丁目一番地の政策になるはず。いまは霞が関も自治体もセクションごとに縦割りされていて、観光、環境、住民の生活はそれぞればらばらの部署が担当していますが、本来は地域の長が、観光を軸に今後10年後、20年後どんな地域像を描くのかグランドデザインを示し、住民に理解を得て、地域が一丸となって向き合うべきことだと思っています。

岡本
僕らもまさに“地域を世界のデスティネーションとして捉える”ということをずっとやってきました。最近では地域の「観光計画」の策定をお手伝いしているのですが、地域の名産品をどう活かすか、農業とどうつなげるか、あるいはワ―ケーションや移住先、宿の整備など、「観光」という切り口から考えるべき領域の広さをすごく実感しています。確かに、地域の未来の一丁目一番地の政策に観光は欠かせないというのは、それだけ観光がカバーする、あるいは隣接するテーマが広いということだと思いますが、伏谷さんとしては今後の「観光の領域」について、具体的にどういうイメージを描かれていますか。

伏谷
僕自身はもともと音楽業界にいたこともあって、割と客観的に観光業界を見ているところがあります。そこでいつも感じていたのが、「観光」という言葉の定義の曖昧さです。観光業界にしても行政の委員会にしても、昭和の観光のイメージで語る人もいれば、未来に踏み込んだイメージで語る人もいて、それぞれが考える「観光」の意図するところ、領域、深さが少しずつずれているんですよね。観光という言葉の意味、取り巻く状況は時代と共にアップデートされているのに、そこを共有しないまま議論しているように思える。たとえば2020年夏からしばらく実施された観光庁の「Go Toトラベル」キャンペーンは「なぜ観光業だけ優遇するのか」と世間から批判も受けましたが、そもそも観光というのはそこだけに閉じた業界ではなく、地域全体の産業に及ぶものです。地域に人を運び、滞在してもらうことによって消費を喚起し、地域の糧にしてもらう。その対象が、観光立国政策の場合はインバウンドであり、Go Toトラベルキャンペーンの場合は日本人というだけの違いです。観光による地域活性化に長らく取り組んできた立場としては、正直あれほど、地域社会の毛細血管のすみずみにもう一度血を流しこむことができる取り組みは他にありません。ただ仕掛けの部分で、もう少し使い勝手を良くするとか、透明性を高くするといった工夫は必要だったかもしれません。

岡本
一緒に発行された地域共通クーポンも、実際たくさんの人に利用されていた印象です。

伏谷
そうですよね。ですから観光はもはや、特定の業界を指したり、自治体の一セクションに収まったりするものではなく、地域社会全体を包含するものなんです。以前、僕の出身地である島根の人たちと話していて気づいたことなんですが、たとえば東南アジアの優秀な大学を卒業した人たちに「島根で働きませんか」とリクルートするのと、「観光に来てください」と呼び掛けるのは、本質的な重要度は同じはずなんです。ですから観光を観光課だけの仕事に閉じるのではなく、横のセクションにもつないでいき、観光を通して地域全体に貢献するような施策をつくっていく必要がある。昔からの慣習に抗ってどこまで変えられるかという懸念はありますが、役所にいる若い世代はきっといろいろな刺激を受けながら新しい発想をして、何か変えてくれるような気がしています。

岡本
確かに、働く人を呼ぶことと観光客を呼ぶことは自治体のなかでも別物として捉えられていて、現状では優先度も異なりますね。

伏谷
たとえば東京の豊島区は、役所に多文化共生施策を行うセクションがあるほど外国人居住者が多い街です。一方でインバウンド施策にも熱心ですが、そこのセクションと多文化共生のセクションが分断されているんです。でも例えば、もしロンドンに仲の良いいとこが住んでいたとして、自分がロンドンに旅行することになったら、まずそのいとこに「家を訪ねてもいい?」「どこを観光するのがおすすめ?」などと聞きますよね。豊島区に住む外国人だって、自国にいるファミリーや友人、同僚などのネットワークがすでにあるわけで、そこをインバウンドに利用しない手はないと思うんです。
ですからポストコロナにおいては、訪日外国人、また居住している外国人、そしてもともと地元に住む住民の相互利益を、観光の中でどう実現していくかを考えなければならない。これは実は日本人同士にも言えることで、「地方に移住してみたけどうまくいかなかった」とか、「外から人がたくさん来たせいでコミュニティが変わってしまった」なんてことが起こるのは、外から来る人と地元コミュニティの相互利益が本質的に考えられていないからだと思うんですよね。

ユーザーに選択権がある時代にどう向き合うか

岡本
僕らが旅の企画を考えるときは、中国人向けとかフランス人向けといった国や市場の視点だけじゃなく、その地域がどういうタイプの旅人とつながりたいかという視点も大切にしています。そこでまず僕らが作成したのが、旅の6つのターゲット分類です。旅行者を、有名観光地に行きたい「Sightseeing Tourist」、リゾート好きな「Resort Vacationer」、世界を放浪する「Wander Backpacker」、地域交流や文化への興味が強い「Educated Traveler」、特定の趣味を目的としていて、雪を求めてニセコに行くなど地域と相性が特にいい「Special Interest」、そして友だちや知人を訪ねて旅をする「VR Visitor」に分類し、これを見取り図に、その地域と相性がいいのはどういう人かを探りながら旅の企画を考えているんです。
これまでの観光の概念、あるいは狭義の観光業、旅行業は、ここでいう「Sightseeing Tourist」の人たちをベースに考えていることが多いですし、自治体の観光課もそこをボリュームゾーンととらえている。でも実際にはこれだけタイプの違う旅を求める人が日本に来ているわけで、それぞれに異なるステークホルダーが紐づいているのが事実です。昔ながらの観光業界や旅行業界だけではなく、それ以外の地域の人や業種の人全員で受け入れる必要があるんですよね。場合によっては観光庁ではなく環境省の方が相性がいいことだってあると思う。ただ実際、行政の縦割りをどう乗り越えていくかは難しいんでしょうね。

伏谷
そうなんです。難しいところですね。
いま僕たちが大きな変化としてとらえなければならないのは、観光に限らずたくさんのシーンで、主導権がユーザー側に移ったということだと思います。たとえば僕の前職のレコード販売会社では、取り扱っている数が当時10数万枚という、CDの世界では圧倒的品数を誇っていました。それを見たある著名なミュージシャンが「選択肢がこれだけあるなんて大変な時代になったね」と話していました。つまり、いわゆるヒットソングで満足する人はいいですが、そうではなくもっと多様な音楽を経験しないと物足りないという人は、膨大な情報量の中に身を投じなければならない、という話です。そしてインターネットの普及で、同じことが観光を含めあらゆるカテゴリーで起きている。日本の場合はマスツーリズムが非常に発展しているので、日帰りバスツアーだとか多種多様な廉価のツアーがあるけど、それと同時にユーザーに選択権がある旅や観光も浸透してきています。インバウンドが注目され始めたとき、「個人旅行者がこれだけ増えるだろうから対応しなければ」などと言われていましたが、日本人にもパッケージツアーではなく個人旅行が好きな人はすでにたくさんいたし、これからもっと増えていくでしょう。そうすると、これまで地域が一方的に「ここが面白いですよ、ここに来てください」と発信していたプロダクトアウト型ではない発信が必要になってくるはずなんです。でも正直、ツールがマスメディアからSNSに移っただけで、これまでと同じスタンスでしか発信できていない地域がほとんどなのが現状です。

夏休みなら時間があるから田舎でのんびり過ごしたいという人がいるかもしれないし、たまたま読んだ本に出てきたロシアの文化に興味がわいて、そこを訪ねてみたいという人がいるかもしれない。ただその人たちはずっとそういう趣味嗜好を持っているわけではなく、その時々でわいてきた興味関心に従って、旅をしようとしているわけです。だから思うに、あまり細かくカテゴライズすると逆にわかりにくくて、むしろ、うちの地域にはこれだけ多様なバリューがあるので、気になるものがあれば来てみませんか、というくらいのスタンスが求められるんじゃないかなと思います。これからの時代の観光ビジネスは、その多様なバリューからいかにユーザーが自分にぴったりなものを見つけることができるかが、面白さになってくると思う。それはデジタルだからこそ可能なことです。ちなみに前職のレコード販売会社では、年に1枚売れるか売れないかというようなロングテールのニッチなCDも置いてたんですが、AmazonやSpotifyでも同じですよね。ロングテールが重視されるのは選択権がユーザーにあるからです。すべての業界や職種がそうした変化のさなかにあって、観光が変わらなくていいはずがないんです。

後編へつづく

伏谷 博之
ORIGINAL Inc.代表取締役/タイムアウト東京代表

島根県生まれ。関西外国語大学卒。大学在学中にタワーレコード株式会社に入社し、2005年 代表取締役社長に就任。 同年ナップスタージャパン株式会社を設立し、代表取締役を兼務。タワーレコード最高顧問を経て、2007年 ORIGINAL Inc.を設立し、代表取締役に就任。2009年にタイムアウト東京を開設し、代表に就任。観光庁、農水省、東京都などの専門委員を務める。

岡本 岳大
株式会社wondertrunk & co.代表取締役共同CEO

2005年株式会社博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。観光庁「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」専門家登録。国際観光学会会員。

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