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「2030年、旅ってどうなっているんだろう?」 第5回/MATCHA代表取締役社長 青木優さん【前編】

2021.03.10
#グループ会社
2020年初頭、世界を襲った新型コロナCOVID-19、その猛威は世界のあらゆる仕組みを一変させてしまいました。各国政府の国境をまたいだ渡航制限、感染予防を意識した「ニューノーマル」と言われる旅行様式の普及などで、旅のあり方も大きく変わってきました。
すでに様々な兆しは出てきていますが、アフター・コロナの時代は、旅の仕方も、好みも、大きく変化していくことでしょう。2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
さまざまなジャンルで活躍する人たちに「2030年の旅(いまからだいたい10年後)ってどうなってるか?」「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」という話をwondertrunk & co.代表の岡本岳大がお伺いします。

コロナによる衝撃の1年を経て得た気づき

岡本
さまざまなゲストの方と、「少し未来の旅」についてフラットに語り合う本連載。5人目のゲストにお越しいただいたのは、訪日外国人向けに観光情報を届けるインバウンドメディア「MATCHA」を運営、また自治体や企業の海外マーケティング支援事業に携わられている青木優さんです。

初めてお会いしたのは、確か青木さんが会社を立ち上げられて間もない7年ほど前。僕は当時博報堂でインバウンドの仕事に関わりはじめていて、インバウンドの仕事について学ぶべくスタートアップ系の方を中心にいろんな方にお会いしていた頃でした。当時と比べて、MATCHAというメディアの規模はけた違いに大きくなりましたね。

青木
お陰様で、コロナ前の数字ではありますが、ユニークユーザーベースで月間340万人の方に見られるメディアに成長しました。

岡本
MATCHAは日本語に加えて、英語はもちろんタイ語やスペイン語など10言語で記事を配信しているのも特徴的です。読者像について教えてくれますか。

青木
海外からもっともアクセスが多いのは台湾、次いでタイ、そしてアメリカ、シンガポール、オーストラリアといった英語圏です。インドネシアや韓国からもよく見られていますね。また、コロナで軒並みアクセスが減るなかでも成長しているのが、日本語を学ぶ人向けの「やさしい日本語版」。ステイホームで日本語を学ぶ人が増えているのかもしれません。ほかにも日本食や食器についてなど、家で楽しめる日本文化についてのコンテンツがよく見られるようになりました。実際に日本には280万人くらいの外国人が住んでいるので、彼らが日本国内で生活するうえで役に立ったり、日本に住んでいてよかったと思えたりするような情報を届けられればと思っています。

岡本
当初想定していた読者のイメージと、実際の違いはありますか?

青木
実は、会社設立時はどこをターゲットにしたらいいかまったくわからなかったので、とりあえずいろんな言語で記事を出してみることからスタートしました。すると次第に、台湾やタイなど複数回来日している人たちにMATCHAがよく見られていることがわかった。やっぱりその国の人じゃないと掴めない感覚もあるので、だったら台湾向けの記事は台湾の人に、タイ向けの記事はタイの人に書いてもらおうと思い、各国スタッフの採用も進めていったという感じです。彼らには記事を書いてもらいながら、現地でのPRやヒアリングを行ってもらっています。

岡本
そうなんですね。
僕らワンダートランクにとっても、インバウンドが完全にストップしてしまった2020年は衝撃的な1年でした。MATCHAとしてはこのコロナ禍をどう受け止めていますか?

青木
僕らも大打撃を受けています。一方でインバウンドはある種バブルのような状態でしたから、自分たちの事業の足元を見直すいい機会になったとも考えています。

なるほどと思ったのが、セントラルフロリダ大学でホスピタリティ経営を研究されている原忠之先生が言っていた「国内観光は富の移動、インバウンドは外貨獲得」という話。外貨獲得という視点で見るとインバウンドは輸出産業とも近しく、国を豊かにする産業になり得る。地域に雇用がなくなり経済が縮小していく将来、国内だけをターゲットにするのではなく、世界の中でマッチする人に僕らが情報を届け、関わる誰もが幸せになれるような循環がつくれるとしたら、非常に意義があると思いました。そこへ向けて、この事業を10年スパンで捉えていこうという強い意志が生まれたのは、僕自身良かったと思います。

岡本
まったく同感です。私感ですが、インバウンドブームに乗って観光ビジネスを始めた人たちが早々に見切りをつけて別の領域に行ってしまい、もっと長期的にインバウンドを通じた交流を考えていたり、日本の競争力をどうつけていくかといったことを考えている人がいま残っている感じがします。業界としても筋肉質になろうとしている時期なのかもしれませんね。

青木
確かにそうですね。僕は先輩経営者の方々から、どんなビジネスでもお客さんの課題を解決して成り立っている以上、お客さんの声を聞き、いまできることを提供し続けるしかないという話をよくされます。たとえば星野リゾート代表の星野佳路さんも、お客さんが不安に感じていることをしっかり見極めて安心安全対策をしていくとか、たとえGoToキャンペーン停止が発表されても、予約済みの方にはキャンペーン価格のままちゃんと価値を提供しますよとか、人の悩みにきちんと向き合っていることがメッセージとしてもすごく伝わってくる。その軸に立ったとき、コロナの時期だからこそできることも確かにたくさんあるだろうなと思いました。

もう一つ、メンター的存在の方に説かれるのは、ソリューションベースではなく課題ベースで考えることの大切さです。たとえばウェブサイトでコンバージョンしないという課題があったとして、じゃあここのボタンを赤くしましょうというのはhowの一つでしかない。そもそも何を解決したいのかから考え、いくつもある選択肢の中から赤いボタンにすることを選ぶほうが、より実践する意味があるし、失敗しても立ち戻る場所ができるわけですから。

岡本
なるほど。余談ですが、博報堂で叩き込まれるのも実は課題ベースの考え方です。クリエイティビティもアイデアも課題がある限り枯渇しないと教えられる。それはどんな業界でも同じかもしれないですね。

青木
課題がある限りアイデアは枯渇しない、ですか。すごくいい言葉ですね。

安心安全が全世界共通のテーマになった

岡本
青木さんは昨年、さまざまなインバウンドや地域に関わる皆さんと一緒に「インバウンド観光 再出発のガイドライン」を作成、12月にリリースされました。「今だからこそできるインバウンド観光対策」というFacebookグループがもとになり、インバウンド観光再開に向けて地域や自治体が“取扱説明書”として使える網羅的な内容となっている。僕も熟読し、すごく勉強になりました。改めて、コロナ後にインバウンド観光が再開されたとき、どんな変化が起きていると考えられますか。

青木
その場所、その瞬間、その人にしか味わえない体験というものがある限り、人が旅をしたいという欲はコロナ後も本質的には変わらないと思います。変わることがあるとすれば、安心安全という観点です。これからの2、3年の間は、国内外どこへ行くにしても、コロナ対策がきちんと取られているかどうかが旅先を選ぶ際の大きな条件になるのではないでしょうか。そしてそれが、良くも悪くも全世界の人が同時に抱える共通課題、共通認識になっていく。この宿、この店は、安心安全対策がしっかりできていますよという情報発信も、今後確実に必要とされて行くだろうと思います。また、生活者の変化としては、コロナを経て日常を大事にする人が増えたようにも思います。そうすると、これまでのように非日常を求める旅から、自分の日常を豊かにするような旅が求められるようになるんじゃないでしょうか。たとえば福井に旅に行って高品質の包丁を買うとか、その後の暮らしにつながるような旅のスタイルというのが、ひとつの焦点になっていくような予感があります。

岡本
安心安全が世界共通の基準になったというのは面白い視点ですね。夜道を歩いていても犯罪に遭遇する確率が低いことなど、世界的に見ても日本の安全性は充分売りにできるポイントだったわけですが、それを観光でどこまで打ち出すべきか?というのはJNTO(日本政府観光局)でもずっと議論されてきたテーマです。でもここにきて、安心安全は世界中の誰もが絶対的に求める基準の一つになってきたというわけですね。日常とつながる旅というのも面白いコンセプトです。日常か、非日常かではなく、連続性があるということですよね。

青木
そうです。リモートワークがもっと普及し、国内外どこでも仕事ができるようになれば、仕事とセットにした旅も増えるかもしれません。そうなると、非日常を求めるだけではなく、旅はある種自分の人生を投下するひとつの側面にもなり得る。たとえばリゾート地でも、Wi-Fi環境など働く場所としての整備ももっと進めていけば、長期滞在の旅行者が増えるかもしれません。

岡本
そうですね。僕らも、コロナ後の旅のありかたとして、レジャーとか観光以外の目的がすごく重要になるのではないかと考えていて、目的=パーパスがひとつのキーワードになると思っています。3.11の後も、旅の目的がすごくはっきりしている人たちが、まず東北に戻っていった。雪が好きとかスピリチュアルが好きとか、既存の旅行業界の文脈を超えた、もっと幅広い視点から見たパーパス…ある意味人生の目的にも似たものが旅の目的となっていくように感じています。

個人的にひとつコロナでショックだったことがあって。僕はこれまで、各デスティネーションの国や人種などの垣根を越えて通じる価値を見出し、それに共感し、共有できるつながりをつくりたいと思ってインバウンドの仕事をしてきましたが、コロナによって国の縛りをまざまざと見せつけられた。アドレスホッパー的に仕事をしていた仲間も、国の垣根を超えることを目指していたはずなのに結局自国に戻り、国に守られないといけない状態になってしまった。国ごとに閉じて自国を守る様子を目の当たりにして、少し落ち込んでいたんです。でもいま青木さんの話をうかがっていて思ったのは、コロナを機に生き方や動き方がますます多様になることで、日本に長期滞在して仕事をしながら暮らすとか、僕らが海外に行って好きな街にとどまり、リモートで仕事を続けるといったこともできるようになるかもしれないと。一足飛びには実現しないでしょうが、またパンデミックが起きる頃には、ひょっとしたら全然違う世の中になっているかもしれませんね。

青木
きっとどんな場所でも、そこで“食える人”は残っていくでしょうね。そういう人たちはどこの国の人でも一定層いて、移動をし続ける気がします。ちなみに僕の周りのノマド的な人たちは、いま移動できない分、自分の中を旅している人が多い気がします。呼吸法を本格的に学んでいる友人もいて、いわゆる瞑想や、内的な旅をしている。そこから普遍性とか本質的なものを見極めようとしているようです。

岡本
そうなんですね。実はこのシリーズで前々回登場された、写真家であり文筆家のエバレット・ブラウンさんも同じことをおっしゃっていました。もともとあちこち旅をされる方でしたが、コロナの間は拠点である京都にとどまっていらっしゃる。物理的な移動が制限されている分、いまは内面を旅しているというお話でした。思索の時間としては最高だともおっしゃっていて、この1年に3冊も本を出版された。移動して何かを生み出し続けたり、移動することで、新しい価値観のなかで何かをつくっていける人というのは、10年後もっと増えているような気もします。僕自身もできればそうありたいと思いますね。

≪後編へつづく≫

青木 優
株式会社MATCHA 代表取締役社長

1989年、東京生まれ。株式会社MATCHA代表取締役。内閣府クールジャパン地域プロデューサー。2014年2月より訪日外国人観光客向けメディア「MATCHA」の運営を開始。現在10言語、世界180ヶ国以上からアクセスがあり、様々な企業や県、自治体と連携し海外への情報発信を行なっている。

岡本 岳大
株式会社wondertrunk&co. 代表取締役共同CEO

2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。

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