THE CENTRAL DOT

「2030年、旅ってどうなっているんだろう?」 第5回/MATCHA代表取締役社長 青木優さん【後編】

2021.03.15
2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
アフター・コロナの時代は、旅の仕方も、好みも、大きく変化していくことでしょう。
さまざまなジャンルで活躍する人たちに「2030年の旅(いまからだいたい10年後)ってどうなってるか?」「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」という話をwondertrunk & co.代表の岡本岳大がお伺いします。

前編はこちら

地域に必要な他己承認と自己承認、そして世界視点

岡本
昨年10月に発表された、在日外国人向け越境クラウドファンディング「Japan Tomorrow」にも感銘を受けました。このタイミングですごいチャレンジだと思うし、日本の地域側の人も、海外にいる読者も、皆さん励まされたのではないかと思います。どういう取り組みか簡単に教えてもらえますか。

青木
コロナで旅行ができなくなった世界中の人から、「日本に行きたい」という声がMATCHAに日々届いていました。一方で、自分たちの魅力をなんとか世界に届けられないだろうか、と考える事業者や地域もたくさん存在する。両者をつなぐプラットフォームはできないだろうかと考えたのが最初のきっかけです。仕組みは通常のクラウドファンディングと同じで、たとえば熊野古道さんのプロジェクトの場合、リワードとして1泊2日で30万円くらいのツアーを用意しました。環境保全など、熊野の魅力的な地域資源をしっかりと未来へつなげるために企画したもので、結果として目標を超える300万円ほどが集まった。支援の半分くらいは海外からのものでした。こうした、魅力的だけどなかなか知られていないツアー商品、パッケージは結構あって、そういう地域事業者の方がある意味挑戦的にトライできる場にしていけたらと思っているんです。旅行者にとっても、チケットを予約して終わりではなくて、ひと手間はかかるけれど、旅の手前から地域とのコミュニケーションが発生し、一歩踏み込むような関係性が地域と旅行者の間に生まれる形にしたい。僕らが海外向けの発信方法、商品の見せ方、翻訳などの部分でサポートするので、事業者にしてみるとミスの心配なくトライでき、未来への投資のためにお金を集められる仕組みになっています。実は、商品そのものにそれほど関心はなくても、企画の文脈に共感して支援してくれる海外の方もいるんです。そういう視点は、地域が情報発信のスタンスを決めていく上でも非常に重要。地域にとって、有効なひとつのソリューションとして、「Japan Tomorrow」が活用されていくといいなと思っています。

岡本
そうなんですね。富裕層の旅行者の間では、しばらく前から持続可能性やエシカル消費、利他といった考え方が注目されていました。自分たちのためだけの消費はもうやり尽くしていて、これからは自分の行動や体験が自分以外の人の役に立つような旅がしたいという傾向です。彼らはコマーシャル的な消費に対しては財布のひもは固いですが、たとえば僕らワンダートランクが提供する地域の伝統芸能を体験するような旅で、それが伝統文化の保護、継承につながるという話をすると非常に共感してくれる。先ほどのパーパスに通じるものかもしれませんが、そうした旅のニーズは、コロナを経て、より多くの旅行者に広がっていく気はします。

青木
そうかもしれないですね。

岡本
「インバウンド観光 再出発のガイドライン」でも触れられていましたが、これからの旅と地域との関係性については、どういうことが考えられますか?

青木
たとえば京都なら、オーバーツーリズムが問題視される反面、実は地域が潤うことによって生まれているメリットもたくさんある。それを伝えることも、DMO(観光地域づくり法人)だったり観光事業者のひとつの役割だと考えます。たとえばニセコ町が独自に雪崩の研究をし、発表したところ、ニューヨークタイムズなどの海外メディアに取り上げられた。ニセコは雪質が素晴らしいだけでなく学術面でも貢献度が高いということで、旅の目的地としての評価が上がったそうです。京都も、いまある課題を示し、解決のためにどういう取り組みをしているのか、人の流れや生まれたお金をどう投資しているかなど、啓発的なレポートを定期的に出してはどうかと実際に提案させていただいたことがあります。地元の人もより誇りが持てるだろうし、他の地域もノウハウを参照できる。京都に限らず、あらゆる地域で、地域内外の視座を上げるような施策をやっていく意味はあると思います。

岡本
京都には京都にしか世界に発信できない、悩みとチャレンジがある。そのプロセスを素直に可視化させていくわけですね。面白い。これまでのデスティネーションのマーケティングやPRって、売り込みたい部分にしか光を当ててこなかった。でも発展途上なこと、絶賛チャレンジ中です、といった側面をウォッチし続け、情報として出し続ける。きっとそれを見て、関わりたいと思ってくれる人が生まれ、ゆくゆくは来てくれる人になるかもしれない。それによって地域の取り組みが進んだり、新しい外とのつながりも生まれていくという、すごくいい流れがつくれますよね。

青木
そうです。一方で、最大の目的は地域の人への啓発と言えるかもしれません。外からの信頼、つまり他己承認が得られれば自己承認にもつながるし、世界やアジアの中の我々、という視点も得られる。自己肯定感、地域肯定感につながって、いい効果が生まれるのではないかなと思います。そこをうまくサービスづくりに活かせるといいなとも考えています。

岡本
いまのうちに地域に眠っている観光資源をどんどん掘り起こし、ブラッシュアップさせようという動きが、特にこの1年増えている気はします。でも結局、掘り起こしたものを観光資源にできる人材が地域にいなかったりする。地域でいま向き合っている課題やチャレンジしていることを可視化し、世界で関心を持ってくれる人とつなげていくことには大きな可能性がありそうです。

青木
そこでもう一つ鍵となるのは、いま日本に住んでいる外国の方の存在です。近年観光地として外国人人気の高い熊野古道や高野山には、実際にそこで暮らしているアメリカ人やフランス人がいて、彼らがある意味、大きな情報の発信源となっています。そういう人たちが活躍できる環境をつくることも、僕たち日本人ができることかもしれません。
スタジオジブリがなぜ世界で支持されているかについて、以前プロデューサーの鈴木敏夫さんが分析されていたのですが、1に純度が高い良い作品であること、2にウォルトディズニーという強力な配給チャネルを得られたこと、3にその国に本気でジブリを広めたいキーパーソンがいたからということでした。それをインバウンドに当てはめると、1は日本という魅力ある素材があり、2はGoogleや僕らのMATCHAみたいなウェブメディア、またSNSがある。3は、その地域について本気で発信したい存在がいるかどうか、ということになります。

岡本
なるほど。すごく面白いですね。確かに地域とグローバルをつなぐという視点でも、同じことが言えそうです。
そのうえで、地域の光の部分だけを取り上げるのではなく、課題や悩みもさらけ出していき、関心と共感を呼んでいく。レポートの話は特に、僕らもご一緒できることがありそうな気がします。

青木
ぜひぜひ。よろしくお願いします。

旅メディアとしてさまざまな人に寄り添う旅の形をつくりたい

岡本
これはどなたにも聞いている質問なのですが、2030年の旅の姿について、改めて青木さんがイメージされていることを教えてください。

青木
少し前に読んだ何冊かの本によると、どれも大前提にテクノロジーの進化があり、将来的にリコメンデーションの精度が異常なほど上がっていくだろうと予測されていました。そういう時代になると、デジタルを最大限利用する人もいれば、逆にネットも見ずに脱デジタルで旅に行く人も出てくるでしょう。ですから1つは、その人に最適な旅がリコメンドされたり、その人に合わせて細かくコーディネートされたりといった旅の傾向は増していく。一方でネットを使わずにその瞬間を楽しみたい、情報が遮断された秘境に行ってみたいといったニーズに応える旅もあって、二極化するような気がします。

いずれにしても、僕自身、大学時代に経験した世界一周の旅によって自分の人生が大きく変わりました。会社のビジョンとしても、日本の価値ある文化、まだ知られていない魅力がしっかりと伝わり、時代と共に残っていくことを目指していますが、何より旅をした人の人生を変えるような、その人の人生の原体験となるような体験を届けたいとも思っています。それを提供し続けられる会社でありたいですね。

岡本
2030年だと予想がつかないことも多いですが、旅の概念はずっと広がっていきそうですね。今回ステイホームで実感したのは、今後ARやVRといった技術の進化によって、家にいながらにしてもそこに行ったような気になったり、あるいはその地域の食べ物が届いて、それを食べることで満足できる体験が得られるようになるのなら、それはそれでいいのかなということ。ただ、それでもなおリアルで行きたい場所、お金を払ってでもアナログで体験したい旅、という方向性もあるはず。両者の旅のありかたがどこまで進化していくのか、楽しみでもあります。

青木
デジタル化によって現地の混雑状況がよりわかるようになったり、事前予約することで混雑が緩和されるなどして、オーバーツーリズムで生じていた問題が解決するかもしれませんよね。
MATCHAとしては、メディア企業でもあり地域とのコネクションを持つアナログの会社でもあるので、両方を活かしながら、ユーザーに合わせて最適化して届けていけたらと考えています。実は、僕自身、毎年東京の奥多摩に行って、定期的にネットに触れない時間を持つようにしているんです。だからネットの快適さとつながらない良さの両方がわかる。会社としても、良質な体験をしっかりと海外の人に届け、満足してもらうために、その都度必要なカードを切っていけたらいいかなと思います。情報の幅の広さを担保しつつ、深く掘り下げることもできる旅メディアとして、さまざまな人に寄り添う形がつくれるといいなと思っています。

岡本
2030年くらいのMATCHAは、パーソナライズもされていて、多様性もある旅を読者に提供しているということですね。楽しみです。いまは大変な時期ですが、お互い乗り越えましょう。

青木
そうですね。頑張りましょう。

岡本
今日はありがとうございました!

青木 優
株式会社MATCHA 代表取締役社長

1989年、東京生まれ。株式会社MATCHA代表取締役。内閣府クールジャパン地域プロデューサー。2014年2月より訪日外国人観光客向けメディア「MATCHA」の運営を開始。現在10言語、世界180ヶ国以上からアクセスがあり、さまざまな企業や県、自治体と連携し海外への情報発信を行なっている。

岡本 岳大
株式会社wondertrunk&co. 代表取締役共同CEO

2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事