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「2030年、旅ってどうなっているんだろう?」第6回/株式会社ディスカバー・ジャパン 代表取締役社長 編集長 高橋俊宏さん【前編】

2021.06.17
2020年初頭、世界を襲った新型コロナCOVID-19、その猛威は世界のあらゆる仕組みを一変させてしまいました。各国政府の国境をまたいだ渡航制限、感染予防を意識した「ニューノーマル」な旅行様式の普及などで、旅のあり方も大きく変わってきました。
すでにさまざまな兆しは出てきていますが、アフター・コロナの時代は、旅の仕方も、好みも、大きく変化していくことでしょう。2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
さまざまなジャンルで活躍する人たちに「2030年の旅(いまからだいたい10年後)ってどうなってるか?」「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」という話をwondertrunk & co.代表の岡本岳大がお伺いします。

■すでにある自分たちの価値を「再発見」する試み

岡本
「少し未来の旅を考える」をテーマに続けている本連載。第6回目のゲストはディスカバー・ジャパンの高橋編集長です。せっかくお会いできたので、今日は僕らのやっていることについても少し紹介させていただきながら、話を進めていければと思います。

高橋
ぜひ、お願いします。僕ももちろん知っているつもりではあるけれど、改めて伺いたいです。

岡本
ありがとうございます。僕らwondertrunk & co.(ワンダートランク)は、博報堂DYホールディングスの社内ベンチャーの仕組みを使って2016年に誕生しました。基本的には旅行とインバウンドを中心に、広告・PR、旅行商品などを企画・販売・運営する会社で、瀬戸内や北海道の道東、東北、山陰、九州や沖縄の離島など、海外から見たらまだ観光地としてメジャーではない地域に焦点を当てています。事業としては、JNTO(観光庁・日本政府観光局)やDMO(観光地域づくり法人)の旅やインバウンドに関するデスティネーションマーケティングを行うほか、旅行会社として、自分たちでグランピングや特色ある体験ツアーをプロデュースしたり、さまざまな事業者と地域のコンテンツ開発に当たっています。それをベースに、海外の旅行会社に販売したり、海外でイベントをしたりということも行っています。

高橋
事業の割合として、やはりマーケティングの比重が大きいですか。

岡本
そこから始まったんですが、次第に「ここに行ってみたい」「こういう旅をしたい」というオーダーが海外から入るようになり、旅行業とセットになっていきました。本来なら昨年くらいから旅行業をぐっと増やしていきたかったんですが、こういう状況なので、コミュニケーションやマーケティングの仕事に注力しているという現状です。ワンダートランクの旅行業の中心は、インバウンドの富裕層専門旅行チームです。メンバーは金沢オフィスでも旅行の手配をやってくれているので、今後は北陸周辺の商品ラインナップも強化していけたらと考えています。
また、長崎の五島列島も特に力を入れている地域です。もともとプライベートでも好きな場所だったんですが、あるときワンダートランクのメンバーがフランスの旅行会社の人に「五島って知ってる?」と相談されたのがきっかけで潜伏キリシタンの教会や島の暮らしを巡るツアーを企画するようになりました。3年前に島の廃校をリノベーションした宿泊施設とグランピングサイトの開発プロデュースに関わらせてもらい、いまはワンダートランクとしてツアーデスク兼パン屋/カフェの運営や、ツアーのオペレーションをやっています。
コロナの影響もあるし、事業を続けるなかで、地域とのかかわり方といった点でも試行錯誤しているところなので、ぜひ今日は高橋さんとのお話から何かヒントをいただけたら嬉しいです。

高橋
なるほど、わかりました。

岡本
まず高橋さんが編集長をされている雑誌『Discover Japan』について教えてください。創刊は2008年ですが、当時想定されていた読者と現在の読者層に何か変化はありますか?

高橋
媒体市場的な話をすると、読者層は30代40代が中心で男女比はほぼ半々。わずかに男性が多いくらいです。知的好奇心が旺盛で、意識が高く、ある程度可処分所得がある方たち。これは創刊時からほぼ変わっていません。僕も年をとるように読者の年齢も若干は上がってきていますが、それと同時に若い世代の流入もあります。
僕は『Discover Japan』以前は、建築やインテリア、デザイン関連のムック本編集に携わっていて、『北欧スタイル』という本の編集長でもありました。当時はたとえば佐藤可士和さんがデザインしたSmapのキャンペーンや、デザイン性の高い携帯が話題になったり、あるいはイームズだ、ヤコブセンだといった名前もしきりに聞かれるようになった。一般生活者のデザインに対する感度が一段高まったような感のある時期でした。そんなあるとき、あまり知られていないけど優れたデザインの日本のプロダクト、レベルの高い日本の作家を特集してみたところかなりの反響があったんですね。当時も今も、感度の高い読者に向けて知られざる日本のいいものをかっこよく情報伝達したいし、そうすれば絶対に注目してくれるはず、という思いは基本的に変わらないですね。

岡本
そうなんですね。

高橋
『Discover Japan』構想のきっかけをもう少しお話すると、僕は岡山出身で、子どもの頃はよく渡船で直島にわたって一日釣りをするなど、瀬戸内海の自然の中で育ちました。一方で「こんな田舎を早く出て東京に行きたい!」とも思っていた。で、実際に東京に来てみて初めて、美しい自然のなか美味しい魚を当たり前のように食べていた岡山のあの環境が、決して当たり前のことではない、ありがたいことだったんだと気付いたんです。
それから、『北欧スタイル』の編集長時代、デンマークの家具デザイナー、ウェグナー氏の自邸に取材にいくと、「何をしに来たの。あなたの国の方がよっぽどいいものがたくさんあるのに」と奥様に怒られたことがありました。確かにウェグナー邸には、日本でつくられた蓑(みの)や美濃和紙のぼんぼりが飾られていたり、桂離宮や民家を紹介するビジュアル本が並んでいた。そこではたと気づいたんです。北欧はデザイン先進国だと捉えていたけど、日本と同様、戦後復興に苦労し、ヤコブセンもウェグナーもアアルトも資金も物資もないなか何とかいいデザインを生活者に届けようとした。そこでヒントにしたのが日本のデザインだったんですよ。

岡本
そうなんですね!

高橋
日本人は土と木と紙で、贅沢なものは何も使わずにあれほど静謐な茶室をつくったり、シンプルで美しい民具などを生み出した。彼らはそこに着想を得たんです。「数寄屋造にフィンユールの椅子が合います」なんてことを得意気に誌面で紹介していた自分がなんてバカなことをしていたんだろう。それはそのはず、北欧の巨匠たちは日本に学んでいた。デザイン誌をつくる上で北欧デザインを最先端と思って紹介していたことがルーツは日本にあったんだと、、、。これは、よその国のデザインを褒めている本をつくっている場合じゃないなと。原点である日本のいいもの、デザインを、きちんと紹介する本をつくらないといけないと思ったんです。それで、帰りの飛行機で『Discover Japan』の構想の種が生まれた。

岡本
そういうきっかけだったんですね。北欧と日本のデザインの関係は、あまり知られていない話ですよね。

高橋
そうなんです。日本人は自分たちの価値をもっと知らなきゃいけない。だから再発見というコンセプトなんです。新しいものをつくったり、発見する必要はなくて、もともとあるものをちゃんと再発見し、その価値をもう一度いまの感覚に合うように引き出して、プロモーションしていけばいいと思っています。

岡本
本当にそうですよね。実はコロナの前、デザイン好きの家族と一緒に冬のコペンハーゲンに行ったんですが、特に現地での照明の使い方、陰影に感銘を受けたようでした。それは谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の感覚にも通じるように感じたし、外国の文化に触れることで自国の文化を見直すことにつながるのも、いいことだなと思いました。

高橋
そうでしたか。僕らも、日本の本ではありつつも、近視眼的につくるのではなく、つねに海外からの視点は意識するようにしています。だからお茶の特集なら、シリコンバレーでは緑茶がよく飲まれていることを紹介するし、禅の特集なら、スティーブ・ジョブスが禅にいかに影響を受けたかという話から入るわけなんです。

岡本
そういうことなんですね。

■観光コンテンツとして付加価値をつけ、地域の経済につなげていく

岡本
僕らは先ほどご紹介した通り、主に東京、京都といった観光地以外の地域に重点を置いているのですが、場合によってはデスティネーションとしての受け皿が整っていなくて、基本的な環境整備からご一緒させていただくこともあります。また、教会だったり山伏の修業の場だったり、あるいは日常生活、文化があるところなど、そもそも「観光コンテンツではない部分」を海外の方にも体験してもらいたいというスタンスでいるのですが、しっかり紹介したい、多くの人に広げたいと思うと同時に、有名になりすぎることでいまの環境が保てなくなることへの不安もあります。そこのバランスが難しいなと感じているところです。

高橋
僕らもなるべく知られていない地域を盛り上げたいと思ってはいるんですが、より多くの読者に手に取ってもらうためには、メジャーな観光地の情報もはずせません。なので8:2くらいのイメージで、8はメジャーなもの、2はちょっと変わったところを紹介する。ただこの2の部分の価値が、いまはもっと高まってきているようにも感じます。
有名になりすぎることで現地の環境が変わってしまうというのは、確かに避けなければなりませんよね。80年代によくあったような、観光のための観光ではやはりだめで、これからの旅は、やはり日常生活や文化を体験することが目的になってくると思います。瀬戸内国際芸術祭が人気の理由も、アートへの関心もありつつ、やはり地元の人たちとの何気ない触れ合いなどが楽しいわけで。その価値変換は起こりつつあると思っています。東日本大震災もあり、自分たちを見つめ直す機会もあり、日本人全体のリテラシーは確実に上がってきている。おこがましいですが、僕らの発してきたような情報もある意味きっかけになって、より多くの日本人が日本の価値にちゃんと気づき始めていると思います。

岡本
「観光のための観光にしない」というのは本当にそうですね。地域における旅行業って、東京やグローバルのビジネスと地域経済の間というか、両者をつなぐような立ち位置でもあるような気がします。地域は経済の論理も時間の流れも東京や海外とは違いますが、そういうなかで、ある意味、拡大や成長よりも、いかに継続してみんなが幸せでい続けられるかの方が大事なのかもしれない、とも思います。今回のコロナのようなことがあると、観光だけに依存していると打撃も大きい。やっぱり地域が本当に強くなるためには、地域の経済の一つのピースとして観光がどうあるべきかを考えることが重要ですよね。
今後、地域の持続的な経済のサイクルをどうつくっていくのか、という点について、何かお考えのことはありますか。

高橋
まず、先程のお話に出てきた、五島のパン屋/カフェは事業の主体でやってるんですよね。これはすごいと思いますよ。

岡本
まだまだ試行錯誤ですし、五島にいるメンバーも苦労は多いと思います。ただやっぱりPR会社のような立ち位置で、外から「僕らが紹介してあげますよ」と一方的に言っても、信頼関係は築くのは難しいのかなと思います。少しでも地域に根を張って一緒にやらせてもらうことで、地域の方にお話を聞いてもらえるようになるのかもと感じています。

高橋
素晴らしいと思います。僕らもメディアの立場として、行政のクライアントと地域をつなぐことはありますが、その後の責任もある。僕自身、地方の出身ですし、なんというか地方のウェットな感覚がわかるんです。きっとこれまで東京から来たというだけで、警戒されてもやむを得ない(笑)。岡本さんの場合、現地でやっていることを通して、責任を取る覚悟も伝わり、地元の人が受け入れてくれているんだと思います。
観光のための観光ではない、いわゆる地元の人たちが暮らしている生活そのものがコンテンツ、価値となる場合、必要なのは地元の人がそこに気付いて、単価を上げていくことです。先ほど言った、再発見すればいいというのと同じで、その土地にある風景とものと暮らしを、観光コンテンツとして付加価値を上げていけば単価は取れます。行く人も、都会にない、人々の営みを求めてそこへ行くわけですから。ただそれに気付くのは、地元の人だけだと無理かもしれない。だからやっぱり、岡本さんのようなプロデューサー的な観点や海外の視点から、ここはもうちょっと付加価値をつけられるよといったことをアドバイスしていくことが必要だと思うんです。

岡本
そう、海外の旅人、とくに日本の地方まで足を伸ばしたい方たちが興味があるのは、まさに地元の人が行っている普段の“営み”なんですよね。たとえば地元の人にとっても、普段の仕事や暮らしを続けながら、年に数回でもお客さんの対応をすることで一定の副収入になったりするかもしれない。そういう循環ができると幸せかもしれませんね。

後編へつづく≫

高橋 俊宏
株式会社ディスカバー・ジャパン 代表取締役社長 編集長

岡山県生まれ。建築やインテリア、デザイン系のムックや書籍など幅広いジャンルの出版を手掛けたのち、2008年に日本の魅力を再発見をテーマにした雑誌、Discover Japanを創刊。編集長を務める。2018年11月に株式会社ディスカバー・ジャパンを設立し、代表取締役社長兼統括編集長を務める。雑誌メディアを軸に、イベントや場づくりのプロデュース、デジタル事業や海外展開など積極的に取り組んでいる。
現在、環境省グッドライフアワード実行委員、京ものユースコンペ審査員、高山市観光経済アドバイザー、高山市メイド・バイ・飛騨高山ブランド認証委員会 委員長、経産省や農水省関連のアドバイザーなども務める。NHKラジオ「マイあさ!」に隔月でゲスト出演、JFN「オーハッピーモーニング」に毎月ゲスト出演中などメディアを超えて、日本の魅力、地方の素晴らしさを発信中。

岡本 岳大
株式会社wondertrunk&co. 代表取締役共同CEO

2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。

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