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「広告人材」は「事業共創人材」になれるのか?

2021.10.14
いま、さまざまな事業共創を進めている、博報堂の新規事業開発専門組織「ミライの事業室」。長くマーケティングや広告コミュニケーションを本業としてきた博報堂の社員は、事業共創においても力を発揮できるのか? 事業共創を推進する中で発見した課題から可能性まで、「ミライの事業室」室長の吉澤到と、同事業室の「みんなの事業」チームリーダーである宮井弘之が語り合いました。

吉澤 到 博報堂ミライの事業室 室長/クリエイティブディレクター
宮井弘之 博報堂ミライの事業室 みんなの事業チームリーダー

博報堂の人間の強みとは? 生活者発想は“血肉”

吉澤
クライアント企業やパートナーとの事業共創プロジェクトが多数進んでいますが、実際のところ、これまでマーケティングコミュニケーションを提供してきた博報堂の人材が「今日から事業共創します」といっても、はたして本当に成功させることができるのか。この点、宮井君はどう思いますか?

宮井
300件近い企業の事業開発を支援してきた経験から言いますと、まず明らかに「強み」はあります。博報堂社員が元来持っている「構想力」や「実装力」はかなり高いと感じていて、それは新規事業の共創でも確実に活かせるスキルです。新規事業の“お作法”さえしっかりと身に着ければ、相当、事業共創でも力を発揮できるとみています。

吉澤
そうですよね。構想力に加えてさまざまな産業をつないで編集する、つなぐクリエイティビティもある。

宮井
「御社にはこんなビジネスチャンスがあるかもしれませんよ」「こういう体験ができると、お客様がもっとデータをくれるかもしれませんよ」など、新しい価値を見立てるクリエイティビティもありますよね。
特にクライアントとJVをつくるような形での事業共創では、いままでクライアントが売っていなかったものも売れるようになるので、クライアントの顧客のLTV向上にもつながります。「生活者発想を生かしたクリエイティビティとネットワーク力で、お客様一人当たりからいただく生涯利益を高めます」と言えるのは、事業共創における博報堂の強みだと思います。

吉澤
僕は生活者発想が「フィロソフィー」であることが、本当に強みだと思っているんです。社員にとって、もはや血肉のようなもの。非常に深く浸透していますからね。物事を考えるときに、「これは儲かるか」「企業にとって得か」よりも先に、「生活者にとって幸せなのだろうか」というのが判断軸になっている。
生活者視点で考えることは企業にとって当たり前になりつつありますが、いざ生活者の気持ちになって考えましょうと言っても、なかなか難しいことです。それがフィロソフィーという深いレベルで価値観に根付いているのは、明らかに我々の強みと言えると思います。それも、一つの業界だけでなく、あらゆる業界の生活者発想の知見がありますからね。

博報堂の人間が「いったん捨てるべき」スキル

宮井
一方で、事業共創において我々に足りていないことも明確にあります。いったん捨てたほうがいいスキルもあると思っています。

吉澤
その通りですね。広告会社の人間は、マーケティングコミュニケーションにおける実行力や実装力は高くても、事業開発においては経験が浅い。結果的に、たとえば自分たちが拠出するケイパビリティやアセットは何で、向こうからは何を拠出してもらえるのか、収益の分け方や業務分担も含めどうやったらフェアなやり方ができるかといったことの整理は苦手だし、PoCから先、どうやってスケールさせていけばいいのかというのがなかなか見えづらい。広告ビジネスだと、まず決まった予算があって、その範囲内で最大の効果、成長を目指すというやり方が多いですが、事業の場合は「そもそもいくらそこに投下し、どれくらいのリターンを目指せばいいのか」「どれだけ少ないコストで効果を出すか」という発想にマインドセットを変換しなくてはなりません。

宮井
本当にそうですね。事業共創においては、統合マーケティングコミュニケーション(IMC)という考え方を一度アンラーン(意識的に捨て去る)する必要があると思います。スタートアップで勝ち筋と言われるのは、いくら投資したらいくら戻ってきて、どのくらいの利回りがあるかという、数字という事実ではっきり押さえられるところをまず見つけることです。一度掘ってみて、うまくいったら広げるというやり方です。最初から可能な限り広げようとするIMC型の考え方だと、まずうまくいきません。
広告キャンペーンであればオリエン前にクライアントがしてくれていた整理を、自分たちでできるようにならないといけない。あるいは、クライアントと一緒に構想できないといけない。契約はどうすればいいか、法律に照らすとどうか、資本金はどうすればいいか、順番は……。そうしたお作法の部分は、全社向けにどんどんスタディをしているところです。事業開発は難しそうと思われがちですが、実は理屈が分かっていればコントロールできる部分も多くありますから。

吉澤
博報堂でもPoCに関わっている人が増えていると思いますが、「何のためのPoCか?」が曖昧なケースも多いように思います。「ここを突けば動く」といった成長ドライバー、作用点を探し出すことがPoCで、それをミニマムでいろいろと試しながら検証することを学ぶ必要がある。そうして初めて、PoCのレベルが上がる気がします。

宮井
それも博報堂全体で必要な学びですね。また、こうしたことをクライアント企業と一緒に学んでいけることも、事業共創の大事な意義だなと思います。

クリエイティブリーダーシップを発揮する

吉澤
博報堂の強みを大いに発揮して、事業共創をリードしてきたいですよね。僕は「クリエイティブリーダーシップ」と呼んでいますが、博報堂の社員には、「とりあえず自ら動く」という行動規範が自然と備わっている気がするんです。「こんなことを実現したい」という内発的動機をちゃんと持っていて、それに向かってどんどん周囲を巻き込みながら自発的に動いていく人がいることが、会社としての非常に大きな強みになっている。今後特にマルチステークホルダーでの取り組みになればなるほど、そうした動きができるプレイヤーが求められるでしょうし、そうした博報堂社員の存在が大きな意味を持つようになると思います。

宮井
クリエイティブリーダーシップというのは、すごくいい言葉ですね。クリエイティビティだけでもネットワークだけでもだめで、「それらを価値化できる人」の行動様式ということですよね。おそらくこれは、教育しようと思ってどうなるものではない。

吉澤
博報堂のそうしたアセットまで熟知されているような、長い付き合いで信頼関係のあるクライアントと組んでいくというのは、ひとつの理想かもしれないですね。

宮井
そうなんです。実際、博報堂を広告会社とは見ていないクライアントの方は結構いてくださって、無言の信頼関係のなかで、とりあえず預けてくださる。やってくれるよね、という感じで新しい仕事が始まることはよくありますよね(笑)。

吉澤
そしておせっかいな我々は、特に頼まれていない課題解決まで提案するんですよね(笑)。事業共創でもきっとそうなるでしょう。一方で、博報堂の現状の戦い方の限界も感じることはあります。というのも、博報堂は、現場の若い世代が頑張って見つけてきた新しい手法を会社が認めるというパターンが割と多い、かなり現場主義的な会社です。ただ正直なところ、それだけでは戦えなくなってきているのが現状だと思います。
そこで大事なのが「ミドルの力」だと思うんです。やはり事業や産業全体を編集していくという話になると若い世代だけでは難しいし、かといって新規事業となるとトップにもわからないことがあるので、トップダウンも難しい。現場の感覚、若い世代の気づきもちゃんとくみ上げつつ、会社のリソースやネットワークも駆使できるミドル層こそが、現場の課題を経営の課題に結び付けることができると考えています。

宮井
現場での気づきやイノベーションの芽を、言わば会社ゴトに翻訳する役割ですね。ミドル層は、ラーニングもアンラーニングも両方必須だし、デジタルも事業開発も勉強しないといけない。この複雑な時代で闘うための武器を手に入れないといけませんね。

事業共創の究極は「人間力」

宮井
「ミライの事業室」の2年間を振り返って、吉澤さん自身が変化したと思うことは何ですか。

吉澤
さまざまな人と仕事をするなかで、人間力が問われていると感じるシーンがとても多かった。人として尊敬され、信頼されて初めて、一緒に仕事をしたいと思われるはずで、僕は事業の先にそういう人間になることを目指したいと思っていました。事業共創は目の前のクライアントにだけ気に入られればいいというわけにはいかなくて、いつ、誰がパートナーになるかも分からないなか、本当に最後は人と人との信頼関係が問われますから、人間力は必須です。そして、相手に「この人となら、何か新しいことを始めてみたいな」と思ってもらえるくらいの魅力をもつことですね。この2年で、人として成長できたように思います。

宮井
以前あるクライアントのCMOに、「正直、僕の立場的には、もう事業共創なんて挑戦しなくてものんびり過ごすことはできるんだ。でも、なんだか一緒にやりたくなっちゃったんだよね」と言われたことがあるんです。そう思ってもらえるのって、共創する関係として、最高に楽しい状態だと思うんです。実際、事業開発の現場は、僕らが広告づくりで体験するプレゼン前やローンチ直前のバタバタ感や、何とも言えないワクワク感が混ざった状態にすごく似ています。だから皆、きっと適性はあるはず(笑)。そんな状態を楽しみながら、人間としても成長できるような事業共創を目指していきたいですね。

関連リンク

ミライの事業室 ウェブサイト(2021年10月リニューアル)
生活者発想(企業フィロソフィー)
「Hakuhodo JV Studio」プログラム設置 ニュースリリース(2021.8.13)

吉澤 到
博報堂 ミライの事業室 室長

東京大学文学部卒業。ロンドン・ビジネス・スクール修士(MSc)。
1996年博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクターとして20年以上に渡り国内外の大手企業のマーケティング戦略、ブランディング、ビジョン策定などに従事。その後海外留学、ブランド・イノベーションデザイン局 局長代理を経て、2019年4月、博報堂初の新規事業開発組織「ミライの事業室」室長に就任。クリエイティブグローススタジオ「TEKO」メンバー。
著書に「イノベーションデザイン~博報堂流、未来の事業のつくり方」(日経BP社)他

宮井弘之
博報堂 ミライの事業室 チームリーダー

慶応義塾大学商学部卒。02年博報堂入社。情報システム部門を経て、博報堂ブランド・イノベーションデザイン局へ参画。新商品・新サービス・新事業の開発支援に従事。幅広い業界のリーディングカンパニーと300を超えるプロジェクトを経験。15年、博報堂子会社として、近未来の消費者洞察データを基軸にイノベーション支援を展開するSEEDATAを創業。21年度より博報堂の新規事業組織ミライの事業室みんなの事業チームTL。著書に『バカにされたらありがとう』(幻冬舎)他多数。
博士(経営学)(筑波大学)

【事業共創パートナーへの挑戦】
2021/10/7 なぜ博報堂は「事業共創」に踏み込むのか?
2021/10/14 「広告人材」は「事業共創人材」になれるのか?(本記事)

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