THE CENTRAL DOT

生活者体験のデザイン 生活者と「長くつながる」ための視点/川口真輝・飯塚考浩
(連載:ブランド・トランスフォーメーション vol.8)

2021.10.01
#BX#コンサルティング#ブランディング#ブランド・トランスフォーメーション
人々の価値観が多様化し、またあらゆる領域でデジタル化が進展するなかで、企業やブランドは「生活者体験」をどう考えていくべきか。生活者との長期的な関係を築くために欠かせないポイントは何か。生活者体験の設計に数多く携わるブランド・イノベーションデザイン局の川口真輝とマーケティングシステムコンサルティング局の飯塚考浩が、互いの考えを語り合った。

川口 真輝
博報堂ブランド・イノベーションデザイン 部長/イノベーションディレクター/BXコンサルタント

飯塚 考浩
博報堂マーケティングシステムコンサルティング局 イノベーションプラニングディレクター/BXコンサルタント

生活者体験のデザインとは

――今日は「これからの生活者体験」をテーマにお話をうかがっていきたいと思います。まずは、お二人の専門分野や普段の業務内容について教えていただけますか。

川口
私は、ブランド・イノベーションデザイン局で、ブランディングやイノベーションのコンサルティング業務に幅広く携わっています。特に、生活者体験を起点とした事業戦略の構想や、体験の設計を強みにしています。店舗などのリアルな場や空間をデザインしたり、新しいサービスを開発したりすることもあります。ストラテジックプラナーとしての経験と、生活者とブランドをつなぐ統合的な体験設計の経験、イノベーション創出に取り組んできた経験が、今につながっています。

飯塚
私は中途入社で、博報堂に来る前はコンサルティングファームや金融機関などで業務改革やシステム開発に携わったり、オムニチャネルの戦略策定をサポートしたりと、今でいうDXの戦略設計から実装まで幅広く経験してきました。博報堂に来てからはマーケティングシステムコンサルティング局に所属し、主に営業やマーケティングのDXコンサルティングを手がけています。私の場合、ビッグデータを活用して生活者体験を考えていくことも多いですね。

――生活者体験のデザインとは、具体的にどういうことを指すのでしょうか? 例をうかがえるとありがたいです。

川口
例えば、あるキッチンメーカーのショールームでの生活者体験設計を手掛けたことがあります。それまでのショールームでは、案内するスタッフがいて、お客さまの要望をお聞きしながら、必要なものを提案していくのが一般的でした。そこで考えたのは、まずお客さまがキッチン空間を楽しみ、キッチンに対する想像力と言葉が湧きあがってくるようなショールームでした。ショールームでの体験を、「相談」ではなく「想像」から始まるものにしたわけです。スタッフは、想像で広がった夢の実現をお手伝いする役割になります。お客さまも、気軽に訪れやすくなる場になります。体験を変えると、空間も変わるし、お客さまとスタッフの関係も変わるし、事業におけるショールームや商談の位置付けも変わります。ブランドが提供する価値も変えていくことができます。

飯塚
わかりやすくて、とても良い事例ですね。私の例で言うと、ある百貨店からの依頼で、顧客データ・購買データ・行動データの分析をもとに、マーケティングや販促を企画・実施するために店舗ごとのターゲット顧客像を可視化したことがあります。百貨店が提供する上質な生活者体験を実現するための大事な要素に、外商員・バイヤー・美容部員・店頭販売員などのヒューマンタッチな接客や商品提案があると思います。いわゆるECサイトでの商品レコメンドなどとは違って、単に「よいモノを買えた」という体験ではなく、店舗空間や接客も含めて「よいお買い物ができた」という体験を届けてきた。その百貨店ならではの接客の強みをさらに高めるためには、店内での買物の仕方だけではなく、お客さまの普段の生活者としてのありのままの姿を捉え、百貨店利用の背景にある価値観や嗜好性まで把握する必要がある。そこでビッグデータの解析を通じて、それまで漠然としていたターゲット顧客像をペルソナ化し、それを起点にマーケティングや販促を変革していきました。

川口
ビッグデータからペルソナがつくれるというのは面白いですね。テクノロジーやデータをうまく使うことで、生活者体験を設計するアプローチが広がっています。

飯塚
もともと博報堂には、生活者起点や社会起点の発想が根付いています。そこに僕みたいなキャリアの中途入社の人材が続々と加わり、システムやデジタル、データ活用ができる体制が整って、生活者体験の設計力、実装力が高まってきていると思います。博報堂が生活者体験の事業化まで提供するケースもどんどん増えていますよね。

川口
それは私自身も実感しています。ブランディングとしての体験デザインから、事業のための体験デザインへ広がっています。体験の裏側にある提供プロセスの設計まで行うサービスデザイン業務も増えていますね。生活者体験の設計と、それを提供し収益化する仕組みとしての事業の設計が、とても近付いてきているということだと思います。

生活者との長期的な関係性をどうつくるか

――よりよい生活者体験を生み出すために、普段どんなポイントを意識されていますか?

川口
フィリップ・コトラーの「マーケティング5.0」では、Technology for Humanityが副題になっています。新しい顧客体験は、先進テクノロジーと人間味の融合として語られています。デジタル化が進展している中で、生活者の視点をHumanityまで深めて、手段としてのテクノロジーと、ヒューマンタッチを統合し、どんな体験を提供できるかが問われている時代ですね。
ブランドがもたらす体験は、ブランド価値そのものです。私は、そのブランドならではの体験をつくることを大切にしています。それが事業につながっていく。博報堂が「ブランド・トランスフォーメーション(BX)」として提唱している取り組みも、まさにそういうことです。

飯塚
サブスクリプションモデルのようなサービスが増え、モノを売って終わりではなく、「生活者との長期的な関係性」を構築・維持する前提で体験や事業モデルがつくられることが多くなってきました。事業のKPIも売上や収益といった結果指標だけでなく、継続率などの生活者とのリレーションの管理指標も重要視するようになってきています。

川口
購入後まで含めて、長期的な関係性を考えることは重要ですよね。私は最近、「体験」と「経験」の2つを分けて考えるようにしています。どちらも英語では「experience」になります。日本語の「体験」は、時間軸が短くて、瞬間的で、感性的なものと捉えられます。一方で「経験」は、時間軸が長くて、積み重なり、習慣化されていくものと捉えられます。そこには理性的な意味性が介在します。なので、生活者との長期的な関係性を構築していくためには、「体験」だけでなく「経験」、それも「生活者にとって意味のある経験」をどう提供できるかがより重要になっていくと考えています。

――生活者との長期的な関係性を構築できるような体験や経験は、どのようにつくっていけばよいでしょうか?

川口
まずは、「生活者は、これからの生活や人生において何を新たに実現したいのか」を見極めることから始まります。その実現したいことを、体験と事業の両面で組み立てていきます。体験は、習慣化され、経験化されるように設計していきます。同時に、そのブランドならではの「らしさ」も組み込んでいきます。

飯塚
生活者の価値観が多様化している今は、体験のあり方も多種多様であるべきですよね。ブランドが提供するコアな価値は一つでも、それを使う生活者一人ひとりはそれぞれ自分なりの体験をして、一人ひとりの「物語」が生まれていくことがポイントだと思います。

川口
とても大事なところですね。ブランドはさまざまな体験の提供を通じて、生活者との関係を築いていきます。それは生活者からすると、自分だけのブランドの記憶を蓄積していくということ。あるブランドを使い続けている方に、その理由をたずねたとき、思わず自分語りを紡いでくれるような、深みや奥行きのある体験を提供できるかも重要ですね。

飯塚
何年経っても語れるような深い体験ってありますよね。それを体験して価値観が変わったとか。
先ほどのキッチンのショールームのお話も、きっとそのショールームに来た人は、単に新しいキッチンの設備をどうしようかと考えるのではなく、新しいキッチンでどんな料理をつくろうか、こんな調理家電があるとあんな料理も作れそうだとか、その人なりのいろんな物語をワクワクしながら想像して、これからキッチンで紡がれていくであろう未来の生活を疑似体験できたのではないでしょうか。

川口
ひとつひとつの体験は点だとしても、それがどんどんつながっていって、その人だけの物語になっていく。まるで、旅の記憶のようなものです。

――一人ひとりに多様な物語が生まれるような体験を提供することと、そうした体験を有償の事業として成立させることは、両立できるのでしょうか?

飯塚
そこはバランスの取り方というか、特に新規事業を立ち上げる場合には発想を変える必要があると思います。ひとつの方法としては、「適切な事業規模」を考えるということです。売上の規模をひたすら追い求めるのではなく、そのブランドが提供できる体験と事業の性質を見極めて、収益をしっかりあげられるベストな構造をつくる。そういう風に考え方を転換していくことで、両立も可能になるのではないでしょうか。

川口
顧客の数だけをただ増やすのではなく、ブランドに対してより積極的に関わってくれる顧客を増やすということですね。そのブランドに意味を見出し、適切な対価を払ってでも使いつづけたいと思ってくれる顧客を創り出すことが大事になります。生活者とブランドの長期的な関係構築が前提となっていく中では、体験と事業は今まで以上に表裏一体で、密接なものになっていくと思います。言い換えると、ブランディングにおける生活者体験の設計は、事業のデザインと切り離せないものになっていきます。

「新しい当たり前」の中に選ばれる体験を届けていく

――コロナパンデミックを機に今後、どんな生活者体験やサービスが求められていくと思いますか。

川口
生活者のブランド観は大きく変化したはずです。それぞれが所有あるいは使用しているブランドの数をかなり絞り込んだり、入れ替えたりしたのではないでしょうか。生活者自身が、生活において、それぞれの新しいスタンダード、「新しい当たり前」を作ろうとしているのだと思います。そこで生き残るブランドは、新たな生活習慣の中で心地よく定着したものだったり、特別な愛着があるブランドだったりします。ブランドは社会的な意義も含めて、一人ひとりにとっての意味があるかどうかが問われていますし、体験を通じてその意味を実感されることが重要になっていると思います。

飯塚
自社の提供する体験が、生活者一人ひとりの「新しい当たり前」を支える選択肢として、長く使われ、選ばれ続けるものであることも、一層大切になっていきますね。

――最後に、今後取り組んでいきたいことをお聞かせ下さい

飯塚
今、社内でウェルビーイングをテーマにしたプロジェクトにも関わっていて、ちょうど「新しい当たり前」をつくるというイメージにも近い取り組みをしているんです。生活者一人ひとりが、その人ならではのウェルビーイングを発見したり、高められるような事業やサービスをつくれないかと思っています。例えば、ある街で暮らしたり、仕事していると、自然と健康になったり幸福度がちょっと高まったり、生活者がその人なりによりよく生きることをさりげなく支えてくれるサービスとか。その実現に向けて、チャレンジしていきたいと思っています。

川口
事業やブランドの成長を考えるときに、生活者と向き合うことが、ますます大事になっていると思います。これからも変わらず、生活者に長く愛されるブランドづくりのお手伝いをしたいという想いは変わりません。同時に、生活者一人ひとりの人生やくらしが豊かになり、さらには、社会にも良い影響を与えていくことを探求していきたいです。そんな新しい時代のブランドづくりを、「ブランド・トランスフォーメーション」の仕組みの中で実現していければと思います。

川口 真輝
博報堂ブランド・イノベーションデザイン
部長/イノベーションディレクター/BXコンサルタント

東京工業大学大学院建築学専攻修了。株式会社博報堂に入社後、ストラテジックプラニング局を経て、博報堂ブランド・イノベーションデザインにて、ブランディング及びイノベーション創出のコンサルティングに従事。博報堂エクスペリエンスデザインの立ち上げに関わり、体験ブランディングプログラムを開発。HUX & Service Design、HumanXなど、BXにおける生活者体験領域を担当している。一級建築士。香川大学大学院地域マネジメント研究科 委嘱講師。

飯塚 考浩
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局
イノベーションプラニングディレクター/BXコンサルタント

コンサルティングファーム、メガバンク等を経て、2015年に博報堂入社。マーケティングシステムコンサルティング局の立ち上げメンバーとして、オムニチャネル/OMO、CRM、データサイエンス組織開発等に関する戦略構築および実行支援を行う。近年は、複数のDXプロジェクトを横断的にマネジメントしながら、経営層へのレポート支援を含めてクライアント担当者とともに併走する案件を多数担当。ウェルビーイング事業プロダクトマネジャー。Better Co-Beingプロジェクトメンバー。

HAKUHODO X CONSULTING(博報堂クロスコンサルティング)
ブランド・トランスフォーメーション(BX)®」の考え方に基づく企業・事業変革コンサルティング(=BXコンサルティング)の先鋭集団。グループ・部門を横断した約300名のコンサルタントの専門性と機能をクロスさせ、共創による事業変革を支援する。
>専用サイト https://www.hakuhodo.co.jp/hxc/
>お問い合わせ h.x.c@hakuhodo.co.jp
ブランド・トランスフォーメーションに関する最新記事をSNSでご案内します。ぜひご登録ください。
→ 博報堂広報室 Facebook | Twitter

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事