上地 浩之 博報堂ブランド・イノベーションデザイン コミュニティ・プロデューサー
岡田 庄生 博報堂ブランド・イノベーションデザイン 部長・イノベーションプラニングディレクター
──お二人は博報堂ブランド・イノベーションデザイン(BID)のコンサルタントとして、それぞれのご専門の中で、企業のコミュニティ活用の支援に取り組まれています。これまでの業務や、コミュニティに関わるようになった経緯についてお聞かせください。
上地
私はもともと「売るためのマーケティング」だけでなく「社会にムーブメントを起こすマーケティング」を担当する機会も多かったんです。行政をクライアントとする公共性の高いプロジェクトであったり、メーカーが環境や持続可能性を意識して立ち上げる事業であったり。そうした業務に関わる中で、これからの時代は生活者や複数の企業、地域社会の「共創」が不可欠になると感じていました。
そこで「VoiceVision」という企業の共創を支援する専門会社を博報堂グループ内に立ち上げ、コミュニティ構築やプロジェクトのファシリテーションなどを中心に10年ほど活動していました。2020年10月に博報堂に戻り、現在はBIDで引き続き共創の活動に携わっています。
岡田
私がここ数年取り組んでいるテーマは「ユーザー・イノベーション」という、新しい事業や商品のタネを、先進的なユーザーのアイデアから取り入れていこうという試みです。コミュニティは、そういったユーザーを発掘できる有力な場の一つ。イノベーターがコミュニティに集まって、お互いにアドバイスし合ったり、自分が創ったものを見せ合ったりしている中でイノベーションが起こり、それを企業が商品化するという動きも生まれています。その観点から、コミュニティに注目しています。
──最近はコミュニティマーケティングに注目する企業も増えていますが、企業にとってのコミュニティとは、具体的にどういったものでしょうか?
岡田
一口に「コミュニティ」と言っても、かなり幅がありますよね。どのように整理できるか、上地さんの考えを聞いてみたいんですが。
上地
そうですね。博報堂が提唱している「ブランド・トランスフォーメーション®」(BX)モデルの中で、次世代型ブランドの構成要素として挙げている「生活者体験」「事業・組織」「パーパス」との関係性で整理してみると分かりやすいと思います。
まず「生活者体験」を中心に置いたコミュニティが『体験共有コミュニティ』です。いわゆる「ファンコミュニティ」と呼ばれるものはこれにあたります。メーカーが自社の商品のファンを募って、ファン同士のつながりを活性化したり、新たな体験を提供したりすることでロイヤリティを高めていきます。現在、マーケティングの領域でコミュニティと言うと、多くの場合がこのカタチだと思います。
CRMの延長として、既にメルマガなどでつながっている顧客をもっと活性化する、育成していくという文脈でつくられる場合も多いですね。単なる顧客リストや単なるアフターサービスで終わらせず、CRMをコミュニティにシフトさせているパターンです。
2つめは、事業・組織の革新や継続的なアップデートを主目的とする『イノベーション共創型コミュニティ』です。ユーザーの声を経営や事業活動に活かそうと考えても、一般に、既存サービスの改善ぐらいにとどまることが多いです。しかし、ワークショップを重ねたりして企業と生活者が深く語り合えるような関係性を築ければ、大きな改革につながるようなヒントが得られるかもしれません。こうした取り組みも立派なコミュニティ活動と言えます。
そしてもう一つが『パーパスドリブンコミュニティ』です。一企業だけでできることを超えて、新しい社会的価値を生み出すために、企業と生活者という立場を超えて一緒に価値創造に取り組んでいくようなコミュニティです。
岡田
なるほど。ところで、そもそも「コミュニティ」の定義とは何でしょうか?
上地
色々な考え方があると思いますが、私は「何らかの『目的』を共有して活動する集団=コミュニティ」として捉えるべきだと考えています。目的がなければ人は集まりませんし、活動も生まれません。ファンコミュニティはわかりやすくて、そのブランドが好きだからもっと楽しみたい、より良くしたいっていうユーザーの想いが、コミュニティの共通目的になっています。
一方で、そういった共通目的を持ちにくいカテゴリーの場合でも、「みんなが共通して目指す未来」を目的にすることでコミュニティはつくれますし、そのブランドに強く寄与します。
岡田
つまり、その企業が目指すパーパスを真ん中に置くということですよね。それも、企業だけが目指したいパーパスじゃなくて、みんなが共感してくれる、みんなで成し遂げたいパーパスを共有することで、賛同する人が集まってコミュニティがつくられると。
それに加えて、コミュニティは企業からの一方通行じゃなくて、主体となる企業と、そこに集う人たちの相互作用的なやりとりという要素も必ずありますよね。定義としては、「みんなで成し遂げたい目的があり、企業と参加者が協力し合う集団」といったことでしょうか。
──企業はコミュニティ活動に取り組むべき理由は何だとお考えですか。企業にとっては、どんなプラスの成果が期待できるのでしょうか?
上地
どんなコミュニティも基本的な効能は、参加者の自発的な行動を生み出すことです。生み出される行動にはいくつかパターンがあって、大きくは3つ。
1つは「購買行動」で、その商品・サービスが好きだから買い続けるっていうわかりやすい話です。2つめは「推奨行動」。その商品・サービスが好きだから他の人に薦めるという行動。最近はNPS(Net Promoter Score)のように、他人への推奨度が顧客ロイヤリティを測る指標にも使われていますね。そして3つめが「提案行動」、そのブランドの掲げるパーパスに共感していて、ブランドにより良くあってほしいから、自分の意見や感想を積極的に企業に伝えようとする行動です。
岡田
コミュニティの参加者にどの行動を求めるかによって、企業が持つべきコミュニティのあり方も違ってきますよね。
上地
もし参加者に購買行動を求めるなら、そのコミュニティ自体が大きくなり続けないと、成果を出し続けることは難しくなる。逆に、自社サービスに対する提案行動を期待するなら、コミュニティの規模拡大にそれほどこだわる必要はなく、むしろ革新的なアイデアを出してくれそうな人たちを集めるべきです。
──企業がコミュニティを活用していく際のポイントや留意点をお聞かせいただけますか。
岡田
購買行動、推奨行動、提案行動、いずれを目指す場合でも、企業がコミュニティを活用する目的を明確化することがまずは重要ですね。それができていないと、どんな人を集めるべきか、どんな課題や落とし穴があるかがわからない。
期待する行動によって、コミュニティに参加してほしい人も変わってくるはずです。例えば、混同しがちですが「イノベーター」と「インフルエンサー」は違う場合が多い。Twitterのフォロワー数が多いインフルエンサーは推奨には向いているけれど、必ずしも良い提案をくれるイノベーターとは限らない。提案が欲しいのに、拡散が得意な人ばかり集めてしまって、期待したような提案が得られないことはよくあります。「目的」と「集める人」の関係は、コミュニティを設計する際の肝という気がしますね。
上地
「目的」と「集める人」の齟齬でよくあるのは、購買行動の拡大を狙っているのに、既存ファンにしかアプローチできていないパターンです。購買行動を増やしていくなら、既存ファンだけでなく、自分たちのブランドを好きになってくれるポテンシャルがあるけど、まだファンにはなっていない「潜在的ファン」とは誰なのかを探るところからプランニングする必要がある。
その際、例えばビールメーカーが特定の商品ブランドのコミュニティではなく、「ビール」というカテゴリーのファンコミュニティを設計するという方法があります。それによってコミュニティの参加者に広がりが生まれ、購買促進という目的に対しても機能するものになっていく。
岡田
これは非常に重要な論点ですね。企業がコミュニティ活動をやるなら、未来の顧客、まだ見ぬ顧客にこそ積極的にアプローチするべきで、その方法の一つが、ブランドのファンじゃなくてカテゴリーのファンをターゲットにすることだと。一段上のレイヤーで「カテゴリーファン」のコミュニティをつくることで、まだ届いていない潜在ユーザーの購買を促したり、今までにない推奨行動が生まれたり、新しいアイデアをもらえたりする。そしてカテゴリーのファンを捉えるときには、ブランドパーパスが重要になってきますね。
上地
そういった部分の設計は、我々が培ってきた広告コミュニケーションやブランディングのメソッドがかなり活かせるはずです。そこに博報堂がやる意味がある。
──先ほども話に挙がった「ブランド・トランスフォーメーション」(博報堂が推進する、オールデジタル時代のブランド発想による事業変革)について。 コミュニティは、ブランド・トランスフォーメーションを推進していく上で、どのような意義を持つのでしょうか?
上地
前提としていま、生活者がブランドに求めるものが変わってきています。かっこいいブランドや、自分を高めてくれるブランドではなく、「自分たちのことをわかってくれているブランド」が好まれ、選ばれるようになっている。まさにコミュニティのような場で「生活者の声をちゃんと聞く」という姿勢が、ブランディング全体に効果を発揮するようになってきているんです。
岡田
今、ほぼ全てのブランドがWEBサイトを持っているのと同じように、今後はあらゆるブランドが何らかのコミュニティを持っている、という未来になるかもしれませんね。逆に、コミュニティの無いブランドは、「え?このブランド、コミュニティないんですか?」と思われるのかもしれません。
上地
私たちのこと知ろうとしてないんですね、って。みんなの声を聞きながらブランドが変わっていくという姿勢をはっきり示すためにも、「コミュニティに集まった声からこんな事業を始めました」とか、生活者とのコミュニケーションからのアウトプットを実際の企業活動としてフィードバックしていくことが重要で、それがブランドのトランスフォーメーションにつながっていくと思います。
岡田
企業がトランスフォーメーションしたい、つまり変わりたいときには、新しい人たちと一緒に新しい行動に踏み出していくことが必須です。先ほど出た「コミュニティとは未来のファンをつくっていく試み」という話を踏まえると、コミュニティはその非常に有効な手段になるはずです。企業の担当者はどうしても過去の枠に囚われがちですが、コミュニティを通じて新しいお客さんと新しい行動を始めることが、ブランド変革の第一歩になるんじゃないでしょうか。
上地
そうかもしれないですね。
岡田
企業を外側から変革していくほどの熱量を持ったもの、それがコミュニティだと。まだまだ議論を続けたいところですが(笑)、とりあえず今日の一つの結論としましょう。
──最後に、この分野で今後お二人が取り組んでいきたいと思うことを教えてください。
上地
コミュニティ周りで悩まれている企業の担当者の方って多いので、そうした人たちが一緒に考えることができる、いわば「コミュニティのためのコミュニティ」をつくりたいと思っています。
そこに参加してくれる人たちと、今日岡田さんと議論したような論点を共有しつつ、アカデミックな領域でコミュニティの研究をしている方たちとも議論を重ねて、これからのコミュニティマーケティングの進め方や、コミュニティ型の企業活動のあり方を探っていきたいですね。
岡田
実際にコミュニティ活動を企業のトランスフォーメーションにつなげていくには、デジタルをどう組み込んでいくかとか、いろんな領域の話が関わってきます。博報堂の大きな強みって、戦略設計から実際の運用まで一貫してできることなので、一気通貫で支援できるようなサービスを、博報堂グループのいろいろな部門と連携しながらつくっていきたいですね。
1979年神奈川県横浜市生まれ。京都大学でコミュニティ、パーソナルネットワークの研究に取り組み。2005年に博報堂入社。様々な領域のマーケティング戦略立案を通じ、人の思いと繋がりの大切さを痛感し、行きついたのが「共創」。
2013年から共創型のマーケティングを専門に担当。オープンイノベーションによる新領域開拓、多様なステークホルダーを巻き込むコミュニティの設計、共創人材の育成、共創型組織への構造改革を得意領域に、共創による価値創造のパートナーとして様々なコミュニティ/プロジェクトのプロデュース/ファシリテーションを手掛ける。
1981年東京生まれ。国際基督教大学卒業後、2004年株式会社博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局を経て、現在、ブランド戦略・マーケティング戦略の策定や新商品・新サービスの開発などを支援するブランド・イノベーションデザイン局に所属。法政大学と博報堂による産学連携プロジェクト「USER INNOVATION LAB.」の共同代表も務める。著書に『買わせる発想 相手の心を動かす3つの習慣』(講談社)『博報堂のすごい打ち合わせ』(ソフトバンククリエイティブ)、『プロが教える アイデア練習帳』(日経文庫:日本経済新聞出版社)などがある。経営学修士(MBA)。法政大学非常勤講師。日本広告学会理事。日本マーケティング学会理事。
■「ユーザー・イノベーション」についての記事
・法政大学西川英彦教授と深める、「ユーザー・イノベーション」の企業活用 〜イノベーティブな企業のユーザーの捉え方〜(博報堂WEBマガジン センタードット)
・博報堂、法政大学 西川英彦研究室と共同で、生活者イノベーターと企業の価値共創を産学で研究する「USER INNOVATION LAB.」を発足(博報堂ニュースリリース)