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D2Cのアプローチで地域の資源に新たな価値を【後編】
(「東北D2Cアワード」レポート 最優秀賞:三陸とれたて市場)

2021.01.12
#D2C#博報堂グループ・D2C統合ソリューションチーム
2020年9月~11月にかけて「東北D2Cアワード」が開催されました。東北・岩手の自然や文化、その風土の特色を活かし「ECで日本・世界に売り出す商品」を岩手県内の事業者から募集。54の事業者から応募があり、書類審査とピッチイベントを経て、三陸で水揚げされた魚介の産地直送を行う「有限会社三陸とれたて市場」が最優秀賞に選ばれました。
今回、アワードで審査員を務めたフラクタの河野貴伸さんと博報堂の入江謙太に東北D2Cアワード開催の背景や審査のポイントを、そして最優秀賞を受賞した三陸とれたて市場 代表取締役の八木健一郎さんと商品開発・製造を担当する越田祐二さんに商品開発までのストーリーや思い、今後の目標などについて聞きました。
後編では、三陸とれたて市場のお二人の話をご紹介します。

有限会社三陸とれたて市場 代表取締役
八木健一郎氏

有限会社三陸とれたて市場 グローバルコールドチェーン 産地側運用担当
越田祐二氏

株式会社フラクタ 代表取締役CEO
河野貴伸氏

博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局 部長
入江謙太

新しい価値を作り、経済につなげる

――東北D2Cアワード 最優秀賞を受賞されて今どのようなお気持ちですか。

八木
率直にうれしいです。「魚は生に勝るものはない」という根強い思い込みがある中で、冷凍刺身でマーケットに打って出ることはその固定観念との戦いでもあったわけですが、我々が磨き上げてきた商品がこのように評価いただけたことはとてもうれしいですし、またそのようなものが求められる時代に差し掛かっていることに感慨があります。

――今お話に出た「刺身個食パック」という三陸で水揚げされた魚介をお刺身にして冷凍した商品が高く評価されましたが、事業を始められた当初は生魚の提供が中心だったそうですね。どのようなきっかけで加工・冷凍した商品を販売しようと思われたのですか。

八木
当時生魚を提供する中で、「生魚はさばく必要があって不便」「消費期限が短くてたくさん買えない」「魚をさばいた後のごみ処理が大変」といったお客さまの声が増えてきて、生魚主体では事業の成長に限界を感じていました。
また、売り手はよく鮮度の良さをアピールするのですが、お客さまは魚を買ってすぐに食卓に並べるとは限りません。水揚げから輸送、消費にいたるまでの間に魚はどんどん変性していくので、我々が出荷した時の品質のままお客さまの口元に届くことはほとんどないんです。そこにも改善の余地があると感じていました。でも当時はまだ規模も小さく自転車操業だったので、ビジネスモデルに疑問を感じながらも軌道修正することが難しく、日々魚を送り出すことに精いっぱいでした。そんな時に東日本大震災が起こり、津波で全てが流されました。唯一残ったのは“お客様から寄せられながらも叶えられなかった宿題の山”と“理想の産地になるために積みあがった課題”でした。そこですべてをゼロベースに、真に求められる商品の開発を目指して生産設備を一新し、素材研究から再出発しました。

――津波で全てが・・・大変でしたね。震災がひとつのきっかけとなったのですね。

八木
そうですね。それから、資源に魅力があっても、その魅力が経済に結び付いていないことにも問題意識を持っていました。魚の値段が高いときはおおむね不漁で物が悪い。逆に安いときは大漁でものすごく物がいい。つまり魚は、品質よりも受給バランスで値段が決まり、「価値を作る」ことがとても難しい素材なんです。その常識をひっくり返したいという思いもありました。

――そこで開発された商品が「刺身個食パック」なのですね。お刺身は普通に冷凍してしまうとおいしくなくなってしまうかと思うのですが、そこにはどのような技術や工夫があるのでしょうか。

八木
CASという最新の精密凍結技術を使っています。解凍すると凍結前の状態に戻すことができる精度の高い凍結方法で、食材や料理の長期保存が可能です。移植医療の現場でも使用されているほど、解凍時の高い再現性を誇ります。
でも、そんな高性能の凍結機がこの世にあっても、割烹に卸せるような質の高い素材をわざわざ冷凍してしまおうなどという発想は誰も持っていませんよね。しかし生である限り、どんなに質の高い魚もお客さまの口元に運ばれるまでその品質が保たれているかといったら、そうではない。我々はCAS技術を駆使して、お客さまの口元まで最高の品質が保証された商品の実現を目指してきました。

――理想の品質を実現するために最も難しかったことはどのようなところですか。

八木
刺身をCASで単純に凍らせれば良さそうに思えますが、凍結時や解凍時の温度差が刺激となって魚種によっては食感や味に影響があるので、解凍時に理想の刺身となるよう魚種ごとに手当て(下処理)の方法を最適化していく必要がありました。

越田
魚種によって手当ての方法だけではなく、凍結するタイミングも異なるんです。漁獲方法や魚の体調によっても仕上がりは変わってくるので、それぞれに応じて最適な処置を施し品質の安定化に努めています。

八木
さらに、皮をはがされて刺身にすると魚は極めて脆弱な状態となりますが、お客さまが賞味するまでの間、低温保管や解凍に耐えられるようにしなければなりません。魚が本来持っているバリア機能を再構築し、刺身を外界から守る特殊なパッケージの開発も必要でした。
どのように手当てして凍結すると、味がよく、かつお客さまが使う時に一番便利なのか。前例もなく、似た商品も存在しないので、何年もかけ試行錯誤を重ねながら探ってきました。CASという精細な凍結技術を操り、理想とする商品に磨き上げるためには、素材の質も含めて、スタッフのスキル、ノウハウなど全てを高めていかないといけません。

_______________三陸とれたて市場の「刺身個食パック」

――まるで生物学の研究のようですね。徹底的に魚を研究することで、品質の維持を実現されたのですね。

八木
はい。そして味もさることながら、「あとは盛るだけ」の状態まで処理して、1食分ずつコンパクトにパックしているので、保管や輸送において空間を極めて効率的に使うことも可能になりました。生魚の場合、梱包用の発泡スチロール、保冷剤、緩衝材、魚の頭、内蔵、うろこ・・など結局捨ててしまうものも含めて高い輸送料を払って運んでいたわけです。その分のコストがかからなくなることは、ビジネスにおいてとても大きな意味があります。

さらにこの商品は、適切な温度管理を行っていただくことで360日、約1年の品質保証が可能なんです。1年あればスイングバイ航法で木星まで持っていけるんですよ!お客さまがいるかどうかは別ですが(笑)。でも商品寿命が約1年あるということは、日本国内だけでなく、世界をターゲットにすることができるわけです。人口比で考えると、これまでは商圏に地球上の1.5%しか入らなかったわけですが、これからは残りの98.5%のお客さまも射程に入れられるようになった。新鮮な魚を手に入れることが難しい世界中の人に、輸送コストが安い船便で刺身を届けることが可能になったことは、事業のあり方が本質から変わる可能性を秘めています。

――開発当初から海外進出も視野に入れていらっしゃったのですか。

八木
いえ、そこまでは考えていませんでした。近年国内外から多くの方が視察・商談に来てくださるのですが、さまざまな国の方とコミュニケーションをとる中で、「魚は生が一番」という固定観念がない海外の方がイデオロギーに邪魔されず、引き合いが強いことに気づいたんです。その時、経済とはそういうことなんだと実感しました。意外な場所でどれだけ想定外の物を提供するのか、そのギャップこそが価値で、そこに新たな経済が生まれるんですよね。シンガポールのホテル「マリーナベイ・サンズ」の屋上に、なぜプールが必要なのか。地上階に作ってもプールとしての機能は変わらないのに(笑)。

また、例えばあらゆるところで商品化され尽くしてきたマグロの品質が多少向上したとしても、それを新たな価値として認識してもらうのは非常に難しい。それより今まで手をつけてこられなかった、価値がないと思われていた多様な魚介資源をどれだけ磨き上げて戦力にするのかということに挑戦しています。実際に、市場に多く流通する高級魚より、いわゆる地魚と呼ばれる相場も安留まりしている魚を提供した方が、お客さまの満足度や感動度が高まるんですよ。何せレア感満載ですから。

入江
「経済につなげる」という観点はすごく大事ですよね。日本にはなんとなく「儲けることは悪」という空気があると思うのですが、自分たちだけが儲けるということではなく、もう少し広い範囲で経済を活性化させていく。新しい物、つまり今までみんなが価値に気づいていなかった物を価値に変えて、経済を作っていくことを意識されているのはすごいことだなと思います。

河野
徹底的にお客さまのニーズに向き合い、研究を重ねて理想の商品を実現し、求める人の元に届けている。まさにD2Cの本質ですね。なかなかできることではないと思います。

「食材のバリアフリー化」を目指して

――海外への販売も増やしていらっしゃる今、今後はどのようなことに挑戦されたいですか。

八木
「食材のバリアフリー化」です。これまで扱いづらかった水産物から手かせ足かせを外し、お客さまが何の心配もなく多様な選択肢からお好みの素材を気軽にチョイスできるような環境を作っていければと思っています。そして、これまで光が当たってこなかった物や素材、そしてそれに携わる人材が正当に評価される環境を整えていきたい。それができると、この東北に眠っている物的・人的資源が新しい価値を生み出すフェーズに入ると思います。

入江
八木社長は固定観念を持たず、常識を常識として見ない。そして、正当な評価がされていない物をきちんと見分けて、光を当て価値に変えていく。ECで売るから、強い世界観があるからD2Cということではなく、常識に引きずられることなく世の中に新しい価値を生み出しているところが、真のD2Cブランドだなとあらためて思いました。パンクだなと(笑)。D2Cブランドってパンクじゃなきゃいけないと思うんです。常識を疑う姿勢がとてもかっこいいと思います。

河野
D2Cビジネスが今までのビジネスと違う点は、ある意味アーティストのような視点が重要になってくることだと思うんです。今まではビジネスとしての成功を考えると、財務など数字的な視点ばかりが重視されてきましたが、これからはアーティストの多様な視点がビジネスにおいてすごく大事な要素になる。一人ひとりのアーティストに共感するファンがついて、それがビジネスになっていく。それがもしかすると世界を変えるかもしれないし、それがきっかけでまた新たなアーティストが生まれて誰かを幸せにしていくかもしれない。お話をうかがって、あらためてそう感じました。

八木
これまでは明確な成功モデル・王道があり、そこからこぼれ落ちる物は評価されない傾向が強かったと思います。でもコロナ禍で今までの価値観は大きく崩れ去り、我々は生き残るために本質を問い直すことが求められています。今まで注目されてこなかったものが突如関心を集め、救世主のように活躍するのを目にする機会も増えました。多様な価値観が非常時にセーフティネットに繋がることを示していると思います。今後はより不安定で流動性の高い世の中になっていくと思いますが、多様な資源や人材が活躍できるステージを作り、それらが新しい価値を生み出すことに少しでも貢献していければと思っています。

「東北D2Cアワード」の運営に携わった東北博報堂の高橋栄人(右端)と佐藤文香(左端)と共に
D2Cのアプローチで地域の資源に新たな価値を
(「東北D2Cアワード」レポート 最優秀賞:三陸とれたて市場)
【前編】東北D2Cアワード 審査員インタビュー
【後編】三陸とれたて市場インタビュー

八木 健一郎(やぎ・けんいちろう)氏
有限会社三陸とれたて市場 代表取締役

1977年静岡県生まれ。北里大学水産学部(現・海洋生命科学部)卒業。2001年に地元の商店と協働して鮮魚のネット販売を始め、2004年有限会社三陸とれたて市場を設立。船に設置したネットカメラで漁を中継するなど、ICTを活用した販促を行う。
東日本大震災後は、地元の漁業者とともに漁業復興に取り組み、魚の加工プラントを新設。地域の雇用創出に貢献するとともに、競争力のある商品開発を行う。

越田 祐二(こしだ・ゆうじ)氏
有限会社三陸とれたて市場 グローバルコールドチェーン 産地側運用担当

1998年大船渡生まれ。常識とされるものになじめず、中学卒業後に社会人となる。社会経験を積むなかで、自身の将来に不安を感じ、三陸とれたて市場の門をたたく。
入社後、技術習得に並行して基礎教科の補習も受けるなか、生産技法の開発において頭角を現し、現在は医学論文を片手に、素材を操る鮮度管理技師として手腕を発揮する。

河野 貴伸(こうの・たかのぶ)氏
株式会社フラクタ 代表取締役
Shopify 日本エバンジェリスト
ジャパンEコマースコンサルタント協会講師
元 株式会社土屋鞄製造所 デジタル戦略担当取締役

2000年からフリーランスのCGクリエイター、作曲家、デザイナーとして活動。美容室やアパレルを専門にデジタルコミュニケーション設計、ブランディングを手がける。
「人の“心”に届く、ブランドの最適解を探究し続ける」をミッションに、ブランドビジネス全体とD2Cブランドへの支援活動及びコマース業界全体の発展と「Shopify」の普及をメインに全国でセミナー及び執筆活動中。

入江 謙太(いりえ・けんた)
博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局 部長

マーケティング/クリエイティブ/デジタルを統合したコミュニケーションプラニングの知見と、広告を超えた新しいサービス開発の知見をかけ合わせた、企業や事業、ブランドの戦略構築・実行に携わる。日本マーケティング大賞、ACCグランプリ(マーケティング・エフェクティブネス部門)、モバイル広告大賞、東京インタラクティブアドアワード、カンヌ、アドフェストなど受賞。

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