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未来生活者発想で、ネイチャーポジティブの「ありたい未来」を共創する
―博報堂SDGsプロジェクト「Nature Positive Studio」ワークショップレポート

2024.06.05
#SDGs
博報堂SDGsプロジェクトは、未来生活者発想でネイチャーポジティブ(自然再興)とビジネス機会創出の両立を支援するソリューション「Nature Positive Studio」を発表しました。本ソリューションを体験していただくため、私たちが生きていく上で不可欠な「食」をテーマにワークショップを開催。企業、アカデミア、NPO法人などから約45名がUNIVERSITY of CREATIVITYに集いました。
ワークショップの前半では有識者3名によるインプットトークを実施。後半ではグループワークによる対話を通じて、ネイチャーポジティブと両立する未来のビジネスアイデアを出し合いました。

ゲスト:
齊藤 三希子 氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

ジュール アメリア 氏
コンサベーション・インターナショナル カントリー・ディレクター

関口 友則 氏
東京大学未来ビジョン研究センター グローバル・コモンズ・センター(CGC)特任研究員

根本 かおり
博報堂 研究デザインセンター 上席研究員/イノベーションプラニングディレクター

■はじめに:ネイチャーポジティブとビジネス機会創出の両立を目指す「Nature Positive Studio」

企業の経済活動は森林、土壌、水源、海洋資源、生物資源などの自然資本と密接に関わっていますが、今や地球上の自然環境は危機に瀕しており、このままでは企業のビジネスの持続可能性も失われることが危惧されます。2022年12月に開催された国連生物多様性条約の第15回締約国会議 (CBD-COP15)で「2030年までに自然資本や生物多様性の損失に歯止めをかけ、プラスの状態にしていく」という、いわゆる「ネイチャーポジティブ」に向けた国際目標が設定されました。博報堂SDGsプロジェクトは、その「ネイチャーポジティブ」と、企業のビジネス機会創出を両立させるビジネスアクションやコミュニケーション戦略の立案を未来の生活者発想で支援するソリューション「Nature Positive Studio」を開発。
今回は「食」をテーマに本ソリューションを体験するワークショップを開催し、フードサプライチェーンの上流から下流にいたるさまざま企業やアカデミア、NPO法人、学生など幅広い方々が集まりました。

冒頭にプロジェクトを推進する博報堂PR局の島田圭介があいさつし、「ネイチャーポジティブのビジネスアクションはよく鶏と卵に例えられるが、『生活者のニーズがないから企業は動けない』のではなく、ぜひ『鶏である企業が変わることで、これから生まれてくる卵、雛の行動も変えていく』という思考を持つきっかけになってほしい」と語りました。

■「生物多様性」と「食の持続可能性」をめぐる3つのインプットトーク ―Part 1:農地資源の確保が、安全保障につながる (PwCコンサルティング合同会社 齊藤 三希子氏)

食料安全保障の側面において、今の日本は非常に危機的状況にあります。日本は世界第2位の食糧輸入国であり、フードマイレージ(自国までの食糧輸送距離)は世界第1位です。輸入の多くを依存しているアメリカや中国との輸送経路が何らかの理由で断絶されれば、それだけで今の食生活は維持できなくなります。

もしも台湾で有事が起きた場合、私たちの食生活がどのように変化するかを想定してみると、牛乳は4日にコップ1杯、卵は14日に1個、牛肉は14日に1皿分しか入手できなくなり、私たちが必要とする複数の栄養素が欠乏状態になるといわれています。

また日本の食料自給率はカロリーベースで37%、種苗なども含めると8%にとどまる状態にも関わらず、日本の耕作放棄地は東京都面積の約2倍で、毎年約10万トンの需要量が減少。農業人口も20年間で半減しています。
何らかの影響で、国内における作付けが米・麦中心からいも類中心に変わった場合も、多くの栄養素が欠乏状態に陥ります。この状況を回避するためにも、自然や農地の維持が喫緊の課題です。

一番重要なのは農業資源の確保であり、いざという時に栽培できる農地を維持・確保しておくことが安全保障にもつながります。例えばある企業では、食用以外のお米を使ったプラスチック樹脂「ライスレジン」の開発・生産が進んでいますが、そのような取り組みが農地の維持にもつながっていきます。生活者においても、そういった企業の商品を選ぶことで農地の維持に貢献していくことができるのです。

インプットの時間では、参加者それぞれが気になった言葉をメモしていきます。

―Part 2:食品&農業セクターの課題解決のカギは「リジェネラティブ農業」 (コンサベーション・インターナショナル ジュール・アメリア氏)

コンサベーション・インターナショナル(以下CI)では、自然を活用した気候対策、多国間にわたる海洋保全、ネイチャーポジティブな経済の普及を重点テーマとして活動しています。今私たちが直面している地球規模の課題の一つとして「気候危機」があげられますが、温暖化を止めるためにはより野心的な削減、投資、協力が急務です。

もう一つは、「生物多様性の危機」。環境破壊によって100万種にのぼる生物が絶滅の危機に瀕しており、中でも野菜などの生産に欠かせない受粉を担う蜂(ポリネーター)の減少が危惧されています。
また都市開発、農業、林業、鉱業の拡大などによって、多くの生き物の生息地が破壊、分断されており、特に食品、農業セクターが土壌環境に与えている影響が甚大です。

解決策の一つとして有効なのは、時間をかければ再生するという自然の特性に寄り添った農業の形、つまり「リジェネラティブ(再生)農業」です。CIではリジェネラティブに向けて6つの指針(下図参照)を掲げていますが、これらを通じて土壌が健康になれば、生物多様性が守られ、炭素吸収量の増加や投入コストの削減などにつながり、受ける恩恵は大きくなります。

特に生産者である農家への支援は欠かせず、CIではスターバックス社と共に、認証システムの仕組みづくりや、コーヒー生産地の人々と豊かな生態系を守るために、社会全体でサステナブルコーヒーの需要を高め、持続可能な生産への移行を実現し、さらなる投資へとつなげるキャンペーンを実施しています。
今回のワークショップでは、「どうしたら消費者に再生農法の商品を選んでもらえるか」、「どうしたら企業に産地の健康の重要性を知ってもらえるか」、「どうしたら日本らしい協調体制をつくれるか」、といったことを皆で議論していきたいと思います。

―Part 3:サステナブル調達からエシカル消費までのバリューチェーン全体を変えていく (東京大学未来ビジョン研究センター/グローバル・コモンズ・センター 関口友則氏)

グローバル・コモンズ・センターでは、食料システム転換に向けたバリューチェーンのあり方を研究しています。地球システムの安定を支える9つの重要なサブシステムの限界値を示す「プラネタリー・バウンダリー」は、現在6項目が危険域に達しています。人間の社会経済活動が地球の安定性を損ねてきていることなどから、我々世代が経済活動のインパクトを抑えることで地球の自己回復力を取り戻していかなくてはなりません。

また、食料自給率(生産額ベース)が6割程度の日本では、輸入食品、原料の調達など海外の生産拠点に与える環境負荷に対応していくことも課題です。同センターが研究パートナー機関と共に開発したグローバル・コモンズ・スチュワードシップ・インデックスは、輸入に伴う海外への越境負荷を定量化し、その必要性を示しています。生産地視点では再生農法やスマート農業などの導入と生産者の収入の多角化、企業視点では複数プレイヤーと連携したサステナブル調達への取り組み、そして生活者視点ではマスのボリュームゾーンにおけるエシカル消費などの行動変容が求められます。

ネイチャーポジティブを考える上で、まず「ネイチャー」を正しく認識する必要あります。ネイチャーすなわち自然は、非生物圏(大気・陸水・陸・海洋)と生物圏にわかれ、その生物圏に存在する遺伝子・種・生態系の多様性が「生物多様性」です。また、琉球大学の久保田康裕教授は、「生物多様性は概念でしかないので、それ自体を直接的に測定することはできない*」とおっしゃっています。そこで大事なことは、例えば食料バリューチェーンにおいては、農業生産プロセスにおける環境負荷の低減を実現する為に、「生産地」「企業」「消費者」それぞれネイチャーに関連する課題を認識した上で、その課題解決のためにそれぞれどのような貢献が出来るか、そして、こうしたステークホルダー間でどのように連携できるかが大きなポイントになります。例えば「消費者」のステージでは、SDGsなどに賛同はしても実際の消費行動がなかなか伴わないという日本の生活者の特性をふまえると、企業によるわかりやすいコミュニケーションが鍵を握ると考えております。

<引用文献>総説(学会40 周年記念企画論文)生物多様性ビッグデータに基づいたネイチャーの可視化:その現状と展望 計量生物学Vol. 43, No. 2, 145−188(2023)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjb/43/2/43_145/_pdf

■グループワーク:「未来機会探索」で次々と生まれるアイデアの種

ワークショップの後半では、「未来洞察」の手法を用いたグループワークを実施。「未来洞察」とは、今表出している非連続的で不確実性の高い動き・兆しからバックキャスト(逆算)して、企業や事業の予測的な活動の中に生まれたアイデアをどのように取り込めるかを考える方法論です。フォーキャスト(予測)の考え方では、壁にぶつかったときにできない理由を探してしまいがちなのですが、バックキャストでは、できない理由を探すというよりは、「こんな世界を実現するために何をすればいいのか」というマインドになるため発想が広がりやすく、チームで行うことで偶然の議論や思いもよらない発想が生まれる可能性が期待できるのが特徴です。

グループワークではそのエッセンスを取り入れて、内部視点の「未来事象」(=インプットトークの内容)と、外部視点の「未来兆し」(=ニュースや記事で取り上げられた未来の兆し)を示唆するトピックを掛け合わせることで、事実の積み上げだけでは得られないような、未来に向けた新しい切り口、アイデアの種の創発を目指しました。

各自、ニュースや記事で取り上げられた「未来兆し」をまとめた資料から、自身が印象的だったものをピックアップし、前半のインプットトークの内容とかけ合わせて「どんな商品、サービスが出てきそうか」「どんなターゲットが増えそうか」「どんなビジネスモデルが考えられるか」などを付箋にメモしていきます。個人でのワークののち、チーム内で意見交換を実施。和気あいあいとした雰囲気の中それぞれの意見を述べながら、気づきやアイデア、そこから導き出せるビジネスの示唆を次々と出していきました。

たとえば、「食料安全保障とネイチャーポジティブ」という観点と「未来兆し」のかけ合わせでは、

「食料安全保障とネイチャーポジティブ」×「未来兆し」
(気づき)
「江戸時代のように人間の排泄物を有効利用し、燃料に転換させることでフードマイレージ削減に活かせるのでは」
「かっこいいシンボルマークを作って農業のなり手を増やす」
「食糧危機について楽しく知るためにエンタメを活用する」
「企業の人事評価の項目に環境への貢献を加える」

など、日本人が昔から持っていた知恵を活かしたり、企業活動としてできることなどの案が出ました。

また、「食品&農業セクターの課題と『リジェネラティブ農業』の可能性」という観点と「未来兆し」のかけ合わせでは、

「食品&農業セクターの課題と『リジェネラティブ農業』の可能性」×「未来兆し」
(気づき)
「蜂(ポリネーター)を多く生育させた農家を税制優遇する」
「アグリツーリズムワーケーションで社員が農業の現状を学べるようにする」
「再生農作物を買っている人、再生農法の従事者に投げ銭できるようにする」
「リジェネラティブ(再生)農法を一言で説明するコピーが必要」

など、国の政策にも踏み込むような意見や、現在の社会の潮流を上手に活かして展開するようなビジネスアイデアが生まれました。

そして、「食料バリューチェーンとネイチャーポジティブ」という観点と「未来兆し」のかけ合わせでは、

「食料バリューチェーンとネイチャーポジティブ:ビジネスにおけるサステナブル調達からエシカル消費まで」×「未来兆し」
(気づき)
「国産食材の消費税率を下げることで消費を促す」
「学校教育の一環で農村留学させる」
「食材がどこから来たか、生育環境などをQRコードで知らせる」
「2050年の仮想店舗をつくり、いかに食材が手に入れにくくなるかを示して啓発する」

といった、教育から毎日の消費行動までさまざまなフェーズにわたって、生活者の行動変容を促すための工夫やアイデアが必要だという気づきがありました。

■おわりに:生物多様性を楽しくポジティブに考える時間を積み上げる

バリューチェーンの上流から下流にいたるさまざまな企業の方々や、大学生、博報堂グループ社員も交え、多種多様なメンバーで実施された今回のワークショップ。参加者それぞれの事業視点でも見つめ直して意見交換することで、幅広い共創アイデアが生まれました。

参加者からは、様々な気づきや感想が寄せられました。

●固定観念を超えるような視野や発想の拡がりが持てた
「未来の生活者を起点にポジティブなアイデアをたくさん出すことができました」
「バリューチェーンの川中、川下の解像度が上がったので生産現場に反映させたい」

●未来の自分ごと化が強まった
「バックキャストはポジティブな発想ができるとわかった」
「自分たち生活者の認識を変えることが流通を変えるすべての出発点なんだと気づいた」

●未来を考えることで、「いま」への意識が強まった
「生活者の意識(味・価格)を超えていくようなサービスの必要性を改めて感じた」
「現状の食糧問題が危機的状況ということを改めて実感し、自分自身の意識や行動を見直すきっかけとなった」

●楽しい、ワクワクした
「グループの方のそれぞれの面白い発想からくるアイデアを教えていただけて刺激になりました」
「すごく拡散したので、今度はこれをまとめる方向で第2弾を考えたい」

進行を務めた博報堂SDGsプロジェクトの根本は、「生物多様性は未来への宿題のように思えてプレッシャーに感じるかもしれないが、楽しくポジティブに考えられてよかったと思う。わくわくする、関わりたいと感じる人を増やすためにも、こういう時間を積み上げて、生活者の心を動かし、アクションにつなげる方法を考え続けたい」と語り、会を締めくくりました。

それぞれの参加者にとって意義のある1日となった今回のワークショップ。ここで出たアイデアの種は、さらに具体的にブラッシュアップしていくことを予定しています。「Nature Positive Studio」の試みはまだまだ続きます。今後の展開にご期待ください。

■未来生活者発想でネイチャーポジティブとビジネス機会創出の両立を支援するソリューション「Nature Positive Studio」

▼関連リリース(2024年1月31日発表)
博報堂SDGsプロジェクト、未来生活者発想でネイチャーポジティブとビジネス機会創出の両立を支援するソリューション「Nature Positive Studio」を開発
https://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/107912/

▼ソリューション資料はこちら

■博報堂SDGsプロジェクト
SDGsの視点からクライアント企業のビジネスイノベーションを支援する全社的プロジェクト。マーケティング・ブランディング、PR、ビジネス開発、ナレッジ開発、クリエイティブ、メディア企画など、SDGsに関する経験と専門性を持つ社員で編成。次世代の経営のテーマとなる、企業の経済インパクトと社会的インパクトの統合に資するソリューション開発や経営支援、事業開発支援、マーケティング支援などを行います。
https://www.hakuhodo.co.jp/news/info/82711/

齊藤 三希子 氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

国内 SIer、日系シンクタンク、外資系コンサルティング ファームを経て現職。外資系コンサルティングファームを 中心に 15 年にわたりサステナビリティに係るコンサルティ ング経験を有し、サステナビリティ・トランスフォーメー ション(SX)やバイオ・トランスフォーメーション(BX) 関連の講演や執筆も多数。地域資源を活用した持続可能な 地域モデルの構築や、Agri-Food Tech、カーボンニュート ラル、サーキュラーエコノミー、バイオエコノミー、SX、 食料安全保障などに係る事業の創出に幾度となく携わる。 専門分野・担当インダストリー バイオエコノミー、Agri-Food Tech、食糧安全保障、サー キュラーエコノミー、サステナビリティ戦略策定支援

ジュール・アメリア(Amelia Juhl) 氏
一般社団法人コンサベーション・インターナショナル・ジャパン
カントリー・ディレクター

マーケティングのワンダーマン、イノベーション・コンサルティング の IDEO Tokyo を経て、2023年 国際NGOコンサベーション・インターナショナル・ジャパンのカントリー・ディレクターに就任。日本人の母とアメリカ人の父のもと、東京の多文化コミュニティで様々な価値観に触れながら育つ。20年以上にわたり、あらゆる規模のクリエイティブプロジェクトをリードし、IDEO Tokyoでは、高齢者向けの医療機器や農業システムのデザイン、循環型デザインなど多岐にわたるプロジェクトに携わる。サステナビリティこそが世界でもっとも大事なイノベーション・チャレンジだと強く感じ、キャリアを転換。現職までの経験を活かし、自然と調和したビジネスや経済をデザインすることを志している。

関口 友則 氏
東京大学未来ビジョン研究センター グローバル・コモンズ・センター
特任研究員

大手総合商社で食料部門を中心にトレーディング(コーヒー豆)と事業投資(穀物、水産、油脂)を約20年経験した他、戦略企画部門や発電事業部門(石炭火力・ 地熱)も経験。海外はアメリカ・ベトナムに駐在、仏INSEAD 経営大での短期のマネジメント研修にも参加。2022 年 5月から現職にて、レジリエントでリジェネラティブでサステナブルな食料システムを実現する為の転換施策の研究を行っている。

根本 かおり
株式会社博報堂 研究デザインセンター 上席研究員/イノベーションプラニングディレクター

広告づくりの現場で自動車、化粧品、家庭用品など、多岐に渡る業界の広告マーケティングやブランディングにたずさわる。その経験を活かし、活動フィールドを生活者発想・未来発想に軸足を置いた事業・商品・人材開発、プラットフォームづくりなどにうつして活動中。経産省GXリーグでは「2050未来像策定」を担当。東京工業大学「未来社会DESIGN機構」委員、日本科学技術振興機構「サイエンスアゴラ」委員、環境省「2050年を見据えた地域循環共生圏検討業務」委員。

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