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言葉で考え、「未来の根幹」をつくる|Next Creativity Map Vol.07
井口雄大

2023.03.20
企業のコミュニケーションやマーケティング課題に、さまざまな「得意技」でクリエイティビティを発揮する博報堂のクリエイターやマーケター。連載「Next Creativity Map」では、クライアントの課題に寄り添い、解決、変革へと導くランドマーク人材にスポットを当て、その「技」を解き明かします。第七回は、クリエイティブディレクター/コピーライターの井口雄大。SDGs17の目標の日本語版開発をはじめ、幅広い分野のクリエイティブに取り組む井口が考える、コピーライターとしての在り方とは。

“楽しんで生きている大人”に憧れてコピーライターに

―はじめに、井口さんがコピーライターになったきっかけを教えてください

僕の父親は商社勤めで、夜遅くまで働いて休日はゴロゴロしているみたいな、いわゆる昭和のサラリーマンだったんですね。いまになって考えると、父は仕事を楽しんでいたんだろうし、満喫していたんだと思うんですが、子どもの目から見ると、なんか大人って大変そうだなって(笑)。そんなとき、テレビで糸井重里さんが出ている徳川埋蔵金の番組を観たんです。大の大人が嬉々として埋蔵金を探してる。こんなに楽しそうにしている大人がいるんだと衝撃を受けました。調べてみたらコピーライターだということがわかって、それが15歳くらいかな。いざ就職活動となったときその記憶が繋がって、自分も広告を目指してみようと思ったのがきっかけです。

―1998年入社ですが、当時のコピーライターの仕事は?

当時は、新聞やテレビCMのコピーを書くのがメインの仕事でした。でもその頃すでに糸井さんは「ほぼ日」※をはじめていたんですよね。コピーライターの可能性って、いわゆる広告のキャッチコピーを書くだけじゃないよな、とずっと思っていて。大きくいうと、「何かについて考え、あたらしい解を導き出すこと。それを人と共有すること。」
あるとき、板東睦実さんという先輩クリエイティブディレクターが、「人は言葉で考える。だから、あたらしい発想や価値は、あたらしい言葉なのだ」と言っているのを聞いてすごく腑に落ちたんです。人間は考え、そしてその考えを共有するツールを言葉しか持っていない。だとすると、コピーライターというのは考えるプロフェッショナルであり、その先には広がるフィールドは果てしない。そこをもっと発展させていくべきだよね、と常々考えてきました。
ほぼ日刊イトイ新聞:糸井重里氏が主宰するウェブサイト

箱庭のパーツを埋めるのではなく、その周りに広がる風景までつくりたい。

―コピーライターの仕事やクライアントに求められることが変わってきたと感じる?

以前は、ここに文章が必要だからコピーライターを呼ぼう、という発想でしたが、そうではない案件が増えてきています。優秀な経営者が優秀なコピーライターやデザイナーをブレーンとするように、もっと事業そのものを広げるためにクリエイティブの人材を使うべきだし、それが求められていると感じます。
決められたメディアのなかで素晴らしい広告をつくるのももちろん大切な仕事ですが、それだけでは箱庭づくりに止まってしまう。それ以上に、そのコピーは投資するに値する価値があるかどうか。広告のコピーを超えて、その事業や企業の未来を変えていけるか。その周りにいる人たちの想いを束ね、動かしていけるか。コピーライターってもっといろいろできるし、世の中を大きく動かしていけたらおもしろいよね、というのがベースの想いとしてあります。

―世の中を動かすという意味も含め、SDGsの日本語版で力を入れたことは?

前身のMDGsのとき、公式の日本語がなかったことで混乱が生じた、という経緯からクリエイティブボランティアとして参加させていただきました。英語版を見てはじめに思ったのは、これ本当に2015年にたてた目標なの?ということ。自分が子どもの頃から、世界の課題ってずっと変わっていないように見えたんです。でもそんなわけはない。必ずちょっと違うはずだから、17の目標ひとつひとつに対して、いま、なにが、どう大事なのかを掘り下げていくことからはじめました。

いちばんわかりやすいのは目標6の水のところ。昔は上水道の整備が足りずに、安全な水を使えない地域が多くありましたが、いまそこは改善されつつある。でも、下水道の整備は依然として課題のままだという。それなら「トイレ」という言葉を入れて伝えるべきだと考えました。もともとの英語は「CLEAN WATER AND SANITATION」。直訳すると「安全な水と衛生を」でしたが「安全な水とトイレを世界中に」という日本語訳にしています。ちょっとした違いですが、そこを具体的に伝えること、自分ごと化しやすく、わかりやすく呼びかけることに注力しました。

目指すべき世界を示すことで、「未来の根幹」をつくる言葉が生まれる

―SDGsの日本語訳以降も、「1.5℃の約束」気候アクションキャンペーンや「SDGインパクト特別サイトなど、国連との取り組みを続けていますが、そのなかで感じることは?

SDGsに関しては、定着した言葉を今後「どう使っていくか」が重要だと思っています。
ビジネスとSDGsの両立は非常にむずかしいですが、CSRの感覚で捉えるのではなく、SDGsを実践することが会社の利益に繋がって、みんながハッピーになる仕組みをつくらなければ、本当の意味で機能しません。たとえば、製菓メーカーなら、環境のために木を植えるのではなく、お菓子をつくるなかでどう社会のサステナビリティに貢献できるかが大事ですよね。サステナビリティ広告を展開したいというクライアントには、そういったお話からさせていただいています。

―そうすることで、“箱庭”をつくるだけの仕事を超えていくのですね

SDGsは非常に大きな話ですが、クライアントワークも「こういうふうに世の中を変えていこう」という、目指すべき未来を示すことからスタートします。東京メトロでは、自分のお気に入りの東京を探そうというキャンペーンを7年前から継続しているのですが、コロナで広告キャンペーンが中止に。でも、そのコンセプト自体に強い軸があったので、東京のお店を応援し、生活者が自分にとってのあたらしい発見をしてもらうためのECサービスとして新事業がスタートしました。そういう意味でも、単なる広告のキャッチコピーではなく、企業の「未来の根幹」が元からあったのではないかと思っています。
いまはクライアントとパートナーとして取り組む仕事が増えていって、広告というある種の“手品”を使う前から並走することができるようになりました。さまざまなクライアントの担当者と心を通わせるなかで見えてくるものがあったり、自分の言葉で企業の見られ方が変わって、それによって企業自体の在り方が変わってきたり。本質的な事業の視点で課題と向き合えることにやりがいを感じますし、人との関わりのなかで生まれる思いがけない発見を楽しんでいます。

井口雄大
クリエイティブディレクター/コピーライター/MDコンサルタント

SDGs17Goalsの日本語キャッチコピーをはじめ、言葉を軸に、映像・グラフィックの広告コピーから、企業・事業のコンセプト・ステートメントなど幅広いアウトプットを手がける。ACC ゴールド、ギャラクシー賞、フジサンケイグループ広告大賞グランプリ、新聞広告賞など受賞多数。

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