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企業活動のすべてを貫く「バリューチェーン・ブランディング」
Next Creative Map Vol.05 宮永充晃×原谷健太

2021.11.29
博報堂には、企業のコミュニケーションやマーケティング課題を解決する「得意技」をもったクリエイターが数多くいます。その「技」を解き明かしていく連載「Next Creative Map」。今回は、企業のバリューチェーン全体を貫くトータルなブランディングを設計しているクリエイティブディレクターの宮永充晃とクリエイティブストラテジストの原谷健太が登場します。彼らが考える本質的なブランディングの方法と、それをデザインするクリエイティビティについて語ってもらいました。

バリューチェーンに関わるすべてがブランド

──企業のブランディング支援で、ほかにあまりない取り組みをしているそうですね。まずは、ブランディングに対するお二人の考え方をお聞かせいただけますか。

宮永
ブランド業務というとブランドイメージの切り替えや洗練に留まることが少なくありません。しかし本来は、商品をつくる素材、プロセス、組織づくり、従業員のマインド、店舗設計、接客スタイル、広告、商品までのすべてがブランドで、そのすべてをトータルでデザインすることがブランディングであるはずです。

──サプライチェーン(供給網)やバリューチェーン(価値の連鎖)の川上から川下までを視野に入れる必要があるということですね。

宮永
そのとおりです。サプライチェーンのあり方までがブランドだとすると、素材調達やロジスティックもブランドの方向性に合致させるのがブランディングの本質であるというのが僕たちの考え方です。そう考えると、企業が為すべきエシカルなアクションなどもブランドの延長として起きやすくなりますよね。

原谷
以前、とある企業の社長さんからこんな話をうかがって、とても感動したことがあります。生活者に対するブランドのインターフェースは商品やサービスそれ自体で、それをつくったり提供したりしているのは現場の社員である。だから社長がやるべきは、社員たちがよりよい商品やサービスをつくって提供できるよう会社の組織を整えることだ──。

これをブランディングの文脈で考えると、商品やサービスはもちろんブランドの一部なのだけれど、それをつくる人、提供する人、あるいはそれが生活者に届けられる現場、そしてその全体をデザインする経営者。そのすべてがブランドということであり、よりよいブランディングを実現するには、ブランドの本質を経営者から現場までが共有しなければならないということなのだと思います。

ブランドを軸にして経営と現場をつなぐ

──そのような「バリューチェーン・ブランディング」の具体的な進め方をお聞かせください。

宮永
僕たちが最初にやるのは、経営層と現場の意見をマッチさせる会議体づくりを支援することです。いつ、どこで、どのくらいの頻度で、誰を呼んで会議をするのか──。その設計をお手伝いさせていただきます。この会議の目的は、トップダウンとボトムアップの両方向から意見を出し合い、PMVV(パーパス、ミッション、ヴィジョン、バリュー)をあらためて確認し、それを徹底的に共有することです。

──会議にはどのようなメンバーが招集されるのですか。

宮永
ケースバイケースですが、マストなのは、部長クラス、決裁者である役員、現場への影響力がある課長やチームリーダーです。そこに経営者が加われば理想的だと思います。

原谷
会議を開くに当たっては、店舗の店長や、好成績を残している店員、あるいはロイヤルカスタマーに事前にヒアリングをして、その内容を共有することもあります。

宮永
出席者はそれぞれに異なった仕事のミッションをもっています。この会議体で全員が大きな概念を共有できたら、次はその概念を分科会の形でそれぞれのジョブに落としていく。そんな流れになります。

──一種のインナーブランディングの活動と言えそうですね。

原谷
ブランドを軸にして経営と現場をつなぐ活動であり、PMVVを社員のマインドや具体的な行動に結びつけていく活動なので、広い意味でのインナーブランディングと言っていいと思います。

宮永
そのインナーブランディング全体の設計をお手伝いすることが僕たちの役割です。たんにファシリテーションをしてさまざまな意見を整理するのではなく、対話やヒアリングの中からその企業にとっての「宝物」を見つけ、それを誰もが納得できる形に可視化していくという意味でのインナーブランディングです。

企業には、経営者や社員の皆さんが気づいていない強みがある場合が多々あります。例えば、会社の歴史がとても面白かったり、製品の開発者や研究者が魅力的だったり、組織のつくり方がすごく個性的だったりすれば、それは企業にとって大きな価値になります。そのような「宝物」を見極め、それを具体的な言葉やビジュアルにしていくプロセスに、博報堂の生活者発想やクリエイティビティがいかされると考えています。

商品が売れなければ、パーパスは実現しない

原谷
インナーブランディングには、商品やサービスを起点とする逆の流れもあります。具体的な商品からPMVVへの理解を深めるという流れです。それを実現するために僕たちが提案しているのが、「商品編集会議」というミーティングです。

例えば、メーカーや、店舗を展開している企業は、商品のラインナップが増えれば増えるほど在庫も増えますよね。在庫を適量に抑えるには、商品を絞り込んでいく必要があります。その検討作業にブランディングの視点を取り入れて、どの商品をラインナップから外し、どの商品をリニューアルすべきかを話し合うのが「商品編集会議」です。

宮永
「商品編集会議」は、いわばブランドを形成するうえで重要な商品は何かを決める会議です。パーパスやミッションは概念なので、解釈の余地がある場合もあるし、すべての社員がすぐに理解できるとは限りません。しかし、それが具体的な商品になれば、「ああ、そういうことか」という腹落ち感を醸成することができます。

もちろん、商品ラインナップの検討には、ブランドの視点と同時に、売上、粗利、市場成長率といった視点も必要となります。POSデータなどをもとに、そういった定量的視点を加えたうえで、商品の絞り込みやリニューアルを行っていくことになります。

──商品がパーパスに沿っていても、売れなければ意味がないですからね。

宮永
そうなんです。パーパスは手段ではなく、本質的な目的です。商品を売るためにパーパスをつくるのではなく、商品が売れることによってパーパスが実現する。生活者に商品やサービスを買ってもらうことによって、自分たちのパーパスを享受してもらう──。そう考えるべきです。商品が売れないということは、パーパスが実現しないということです。「売れる」こととしっかり結びついていないと、パーパスは荒唐無稽で実現不可能な内容となってしまいます。

「人」を起点としたインナーブランディング

原谷
もう一つ、商品やサービス以外に、「人」を起点とする考え方もあります。例えば、ブランドの本質を最もよく理解し、それを現場で実行している社員を表彰する制度などは、とても有効なインナーブランディングの方法だと思います。「ブランドを体現している人」という具体的な人材像が誰の目にも明らかになるからです。いわば、ブランドをペルソナ化する方法ですね。

宮永
表彰には処遇が組み合わされなければ効力がありません。ですから、人事制度も変えていく必要があります。難しいのは、人事査定が売上などの定量的成果に紐づいているケースです。そこには、「売上を原資としてボーナスを配分する」というロジックがあります。ブランディングに関わる表彰は定性的評価であり、短期的売上とは紐づいていないので、人事査定のロジックから外れることになります。ですから、人事制度を変え、かつ会計の仕組みも変えなければなりません。

──一般的なインナーブランディングと比べると、かなり徹底していますね。

宮永
通常のインナーブランディングとの一番の違いは、合意形成で終わる取り組みではないという点です。PMVVに合わせて、場合によってはビジネスモデルや組織構造、生産体制までを変えていく。そして、バリューチェーンの川上から川下までPMVVを行き渡らせる。それが、僕たちが考える本質的なインナーブランディングです。

原谷
僕たちが取り組んでいるインナーブランディングが目指しているのは、社員の皆さんの「習得」と「成長」です。柔道で例えるなら、「柔よく剛を制す」という言葉を「理解」できたとしても、その考え方をすぐに「習得」できるわけではありません。それぞれの仕事の中で、その言葉を念頭に置いて体を動かし、顧客やビジネスパートナーと接する中で、「ああ、こういうことか」という納得感が各人の中に形成されて、一人ひとりが「成長」し、その結果として企業全体が成長する。そんなイメージですね。

「実効性のあるブランディング」を提供していきたい

──クライアントからすると、そのようなブランディングへの取り組みが最初からイメージできるわけではないと思います。何が取り組みのきっかけになるのでしょうか。

宮永
これまでの僕たちの経験では、テレビCMキャンペーンのご依頼を受けて、それがブランディングに発展していったケースもあるし、事業構造の変革やデジタルマーケティングのご相談が入口になったケースもあります。取り組みのきっかけはさまざまですが、共通しているのは、クライアントの課題をどんどん掘り下げていった結果、バリーチェーン・ブランディングが必然的に必要になるということです。

──バリーチェーン・ブランディングの考え方を納得してくださるクライアントは多いのでしょうか。

宮永
それもケースバイケースですね。クライアントの課題に真剣に向かい合って、問題点とその解決策を率直にご提示すると、ものすごくお叱りを受けることもあります(笑)。「社外の人間であるあなたたちにそんなことは言われたくない」と。

僕たちは、必要があればクライアントにとって耳の痛いことをご指摘しなければならないし、組織構造や商品開発にまで踏み込んだご提案をしなければならないと考えています。それを受け入れていただけるかどうかは、提案してみるまでわからないというのが実際のところですね。

原谷
クライアントとのミーティングでは、宮永さんが率直な発言をして、僕を含めたチーム全体がそれをフォローするというパターンが多いですよね(笑)。

宮永
そういうチームプレイができていますね。こちらの本気度を示すには、はっきりと物事をお伝えしなければならないというのが僕たちのスタンスです。それを避けては、クライアントの課題を本当に解決することはできないと思っています。

──今後に向けた意気込みをお聞かせください。

原谷
広告会社は、企業と生活者をつなぐプロフェッショナルです。そのスキルが、経営と現場をつなぐインナーブランディングにもいかされると僕たちは考えています。いろいろな工夫をしながら、社員の皆さんが納得し、共感し合えるようなコミュニケーションを設計して、クライアントの商品やサービスのブランド価値を上げる支援をしていきたい。そう思っています。

宮永
今求められているのは、実態のあるブランドです。明確な「意志」があり、それに基づいた「行動」がある。そんなブランドです。僕たちがお手伝いできるのは、企業のさまざまな資産をあらためて検証し、バリューチェーン全体を分析しながら、その「意志」を明確に定義し、社員の皆さんや生活者に理解してもらい、共感してもらえる仕組みをつくることです。その仕組みづくりこそがクリエイティブである。そう僕たちは考えています。博報堂のクリエイティビティの力をもって、「実効性のあるブランディング」をこれからも提供していきたいと思います。

宮永充晃
生活者エクスペリエンスクリエイティブ局クリエイティブディレクター

2012年博報堂入社。博報堂DYメディアパートナーズに出向し通販クライアントを担当。その後、マーケティング部門に異動し、コミュニケーション戦略・商品開発・事業戦略・中期経営計画策定を担当。現在は、クリエイティブ部門に属し、複数領域を統合的にプラニング。

原谷健太
生活者エクスペリエンスクリエイティブ局クリエイティブストラテジスト

2017年博報堂入社。クリエイティブとマーケティングを越境したブランド戦略を起点に、インナーブランディング、新商品・サービス開発、未来洞察などに従事。特にワークショップを通したボトムアップ型のブランド価値抽出に取り組む。

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