THE CENTRAL DOT

「2030年、旅ってどうなっているんだろう?」
第10回/早稲田大学ビジネススクール教授 池上重輔さん【後編】

2023.02.01
コロナによってしばらくの間、移動が制限されてきましたが、2022年10月にはインバウンドが再開され(12 月のインバウンド旅行者は137万人)、国内の旅行支援キャンペーンもあり、人々がまた動き出しました。また、最近はSDG'sやサステナブル・ツーリズムへの関心の高まりから「持続可能な旅や地域との関係」が注目されています。
コロナ前から旅は少しずつ変化していましたが、有名観光地への物見遊山の旅から、様々な旅の意義やスタイルへ変化はさらに加速していきそうです。そして「観光」の捉え方も「旅に行く」だけではなく、「地域の人たちとつながる」「地域のものを買う」など"旅人と地域の関係”は新たなフェーズに入ってきているようです。
その様な中、2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
wondertrunk&co.代表の岡本岳大が、さまざまなジャンルで活躍する人たちに「2030年の旅はどうなっているのか?」「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」といった話をお伺いします。

海外の旅行客に対するマナーやルールの啓もう、教育も重要

岡本
僕たちも燕三条の方々にはお世話になっていて、今後数年内には、何かきちんとした商品として現地を紹介できたらと考えています。ただ現状では、燕三条という目的地の前後をどうプランニングするかが見えていません。金沢や会津の方まで足を延ばすべきなのか、周遊に適したルートを検討しているところです。

池上
新潟県は1880年代には人口日本一になったこともある非常に栄えた地域ですから、いまも豪農、豪商の立派な邸宅が多数残っています。さらにおいしい食べ物が豊富です。そういうアセットを利用して、ホテルでは味わえない滞在体験を提供するというのもありだと思います。持ち主の負担にならないよう場所だけをお借りし、滞在体験の設計と実行はプロがサポートするというパターンもあり得そうです。同じような地域は全国に点在していますから、ひとつ成功事例をつくって、外に広げていくことができればいいですよね。

岡本
それは実現可能性がありそうですね。
それから、筋トレ期間中に、地域の人がインバウンド対応に取り組むメリットをきちんと感じられることも大事じゃないかと思っています。燕三条で「工場の祭典」を始めた当初、関係者のお子さんが「お父さんの仕事を見て誇りに思った」といったことがあったと聞きました。きっとそういうことが、地域の人たちがより一層コミットするきっかけになるのだと思います。

池上
そうそう。まさにそうした、身近なクイックサクセスが重要です。身の回りで好評だったり、単純にやっていて楽しかったり。燕三条はそのノリに周囲も巻き込まれていき、発展継続してきたケースだと思います。

岡本
なるほど。初期は地域の人を対象に、そして日本人の富裕層、海外の富裕層と少しずつ考え方の間口を広げていくといいのかもしれませんね。

池上
そうですね。ただしその際、海外の人に対しても、ある程度の教育、啓もうは必要になると思います。もしそこにルールがあるのなら、こちら側からマナーとして守ってほしいとクリアに伝えていく。ネイチャーツーリズムでは当たり前となっている、「ここは危険だから侵入禁止です」とか「環境保全のために〇〇はご遠慮ください」といった、当然のマナーがあることを明示しなければなりません。富裕層のリクエストは何でも聞かないといけないと思って構えてしまうかもしれませんが、こちら側にもリクエストはある。それでも大丈夫な人だけを受け入れるとしても、十分ビジネスになると思います。海外でそれが成立しているのは、トップティアのホテルでしょうね。一定層以上のホテルに行く人はホテルのルールをよく知っているもので、ルールがわからなければ下手すると出入り禁止になってしまう。ホテル側がいい客かそうでないかを選別していて、それによって互いがハッピーでいるわけです。そういう場でのふさわしい振舞い方については、長い歴史のなかで無意識に教育されているのでしょうね。温泉の入り方だって、基本的なマナーは徐々に外国人にも浸透してきていますから、同じように長期的な目線でしっかりと伝えていくことが大切なのではないでしょうか。

岡本
確かにそうですね。
もう一つお聞きしたいのは、高付加価値化についてです。地域の方と議論になることが多いのが、まさに値付けの部分なんです。工房におじゃましたり伝統芸能を体験することって、もともと値段があってないようなものなので、こちらの価値の目利きで価格設定をしなければならないのですが、多くのケースで「海外の富裕層向けの価格と国内の観光客向けの価格とで、どう整合性をとればいいのか」と問われる。そこは基本的には別々と考えて、海外のお客さんに対応するだけの付加価値をきちんと価格に反映させましょうと話をします。先生はどう思われますか。

池上
まったく同意します。国内と海外で整合性をとる必要はなく、海外価格と国内価格が別というケースがあってもよい。ただし、なぜそうなるかというロジックを持っておくことは必要。中途半端にしておく、曖昧にしておくことこそが問題です。海外からの観光客に高くチャージする理由は、われわれが国内の事業者であり、国内にプロフィットをもたらすためにやっているからですと、明言してもいいと思います。

岡本
そうですよね。また「安くていいものを」から、「いいものはより高く」というマインドに日本全体が変わらなければならないとしたとき、国内のお客さんに対して地域はどう臨めばいいんでしょうか。

池上
実際、コロナでの活動制限が緩くなってきた頃から、日本でも一泊10万円以上の高価格帯のホテルほど予約しにくくなっています。そういうお客さんの存在をわかってもらい、もっと価格設定をはねるべきだと思います。

たとえばシンプルに考えて、いま100円で売っているものが50円のコストでできていて、お客さんは20人来ていて商売が成立しているとして、仮にコストを倍にしていいとしたら、相当付加価値の高いいいもの・よいサービスを提供できるはずですよ。値段を倍にすれば利益も倍になり、お客さんの数は半分でよくなる。従業員は倍のお給料をもらい、対応するお客さんの数が半減するので、余裕も生まれるし、いいサービスにできるはず。ちなみに一般論として、お客さんのニーズを適切に把握したうえでそれにフィットする形でコストを倍にすると、受け手には倍以上のバリューを感じてもらえます。理想としては、コストを倍にして価格を3倍にすることでしょうね。こうした変革を徐々にやった方がいい場合と一気にやった方がいい場合があって、徐々にやらないと従業員が受けとめきれないところもあるし、逆にしっかりしたトレーニング体制が敷けるところであれば、一気に変えていけばいいと思います。

気軽なスモールステップから始めるアウトバウンド

岡本
僕らはいまインバウンドの旅の領域に絞ってビジネスを行っていますが、インバウンドとアウトバウンドのループをつくるという意味で、僕らがお世話になっている非観光業の産業、そしてその担い手と、アウトバウンドにおいてもできることはあるんじゃないかと思っています。

池上
アウトバウンドは難しくとらえがちだけど、柔軟に考えるといろんなスタートの仕方ができると思います。インバウンドで来た人たちとちゃんとつながり、彼らが帰国した後もコンタクトをとり、情報提供し続けるのもアウトバウンド。ですから最初のステップとしては、海外から来てくれた人と一旦仲良くなること。連絡先をもらって、その後も情報発信していく。これを10人から20人へ・・・そして100人、200人と積み上げていけば、たとえば「あなたが日本に来て気に入ったお酒の新酒が出たよ」と伝えれば手を挙げる人は出てくるでしょう。いまは個人レベルでいくらでもそういうコミュニケーションがとれるし、越境ECの方法はいくらでもあるので、大掛かりでなければそうした最初の一歩は簡単に踏み出せるはずです。次の段階では、同じ地域から複数人が来日するようであれば、「友だちを連れてきてくれたらどこそこの名産品を紹介するよ」などと展開できる。

岡本
オフ会というか、完全にコミュニティですね。

池上
全く接点がないと難しいけど、接点があるならそれを積み上げればいい。毎年来てくれる人が出てくれば、ローカルでコミュニティができていきます。富裕層の場合は特に富裕層同士のコミュニティがあるので、1つ取っ掛かりを見つけたらそこからアプローチしていくことは有効だと思います。たとえばインドの富裕層とつながったとして、結婚式があると聞いたら、プレゼントしたいから行ってもいいかと聞く。大きい式ではゲストが500人くらいは集まりますから、そこで日本からのプレゼントをもらったという話をしてもらえれば、アウトバウンドのコミュニケーション拠点になる。そうしたことが、足元からできることだと思います。ここでポイントなのは、ローカルの事業者さんも大きく構えすぎないこと。たとえまったくレスポンスがなかったとしても、気にせず続ける。そういう期待値コントロールをしながら、過大な負荷もかけずに積み上げていくことだと思います。

岡本
先生のおっしゃるインバウンドとアウトバウンドのループの話は1000%同意します。一方で、行政との関係性のなかでは、部署、省庁も違ってきて、同じ視座でとらえることが途端に難しくなるという実感があります。

池上
行政に何とかしてもらおうという幻想を持たないことだと思います。民間でスタートして、いい事業がありますがこれに行政として乗っかりますか?と逆に振っていく。そうすることでスムーズに進める方に重きを置いた方がいい。その上で身の回りのローカルな行政、市や商工会の中で、小回りの利く相手を注力すべきだと思います。
最後にお伝えしたいのは、これからは地政学・国際的な政治経済動向による影響が大きくなので、ある程度知見を持った上でアンテナを張っておいてほしいです。インバウンド関係以外の方も留意してほしいですが、特にインバウンド関係の方はマストです。

岡本
なるほど、そういうことですね。よくわかりました。
それでは最後に、皆さんにしている質問をさせてください。池上先生が2030年頃にしたい旅とか、大事な方にプレゼントしたい旅ってありますか。

池上
いまは拠点が東京で、時差が少なく、季節の変動で縦軸で動ける場所を複数持っていて、そこの間で旅行することが多いです。もし遠くない将来に引退するとしたら、今度は横軸に、その時々の興味に沿った旅ができたらいいですね。たとえば奥さんが好きな動物をテーマにした旅、僕が興味のある、面白いビジネスを展開している場所を訪ねる旅もしたい。絵本なりスポーツ観戦なり、その時々の自分自身の興味関心に応じて自由に横移動する旅ができたらいいですね。

岡本
それは素敵ですね。今日は貴重なお話をうかがうことができ、学びの多い時間となりました。ありがとうございました!

池上 重輔(いけがみ じゅうすけ)
早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授、一橋大学博士(経営学)

早稲田大学商学部卒業。英ケンブリッジ大学経営大学院経営学修士、BCG、GE ヨーロッパ、ソフトバンク、ニッセイ・キャピタルなどを経て、現職。Academy of 早稲田大学商学部卒業。英ケンブリッジ大学経営大学院経営学修士、BCG、GE ヨーロッパ、ソフトバンク、ニッセイ・キャピタルなどを経て、現職。Academy of International Business, Japan chair。国際ビジネス研究学会理事。早稲田ブルー・オーシャン・シフト研究所所⻑等。著書に、『インバウンド・ビジネス戦略』(日本経済新聞)『シチュエーショナル・ストラテジー』(中央経済社) 『インバウンド・ルネッサンス 日本再生』(日本経済新聞出版)ほか。

岡本 岳大(おかもと たけひろ)
株式会社wondertrunk&co. 代表取締役共同CEO

2005年博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事