中平充 ストラテジックプラニングディレクター/プラニング局部長
井手宏臣 シニアマーケティングディレクター/プラニング局部長
田縁美幸 イノベーションプラニングディレクター
古賀晋 シニアストラテジックディレクター/プラニング局部長
──調査の第3パートは、「経営・組織におけるブランドパーパスの役割」。働く人の目線からパーパスをとらえると、どのようなことが見えてきたのでしょうか。井手さんにうかがいます。
井手
企業がパーパスを規定し、それをもとに経営や事業活動をするからには、必ず何らかの成果が出なければならないはずですよね。実際に、どういう成果につながっていくのかを把握したいと考えていました。また自分もひとりの会社員として、パーパスのある会社で働くと、どんな幸せにつながるのかを知りたいという想いもあって。いまや多くの企業が掲げている“ビジョン”や“経営理念”を糸口に確認していくことにしました。
まず分かったのは、企業で働く人の8割近くが自分の会社に理念があることを知っている、ということ。一方で、その理念に「共感している」のは4人に1人だけ、ということでした。理念の捉え方は、「行動指針だと思っている」という人、「単なるお題目と思っている」という人、「よく分からない、何なんでしょうね」という人が、それぞれ3分の1ぐらいでした。
──つまり、大半の人が、会社の理念は知っているけど、中身まではよく分かっていないということですか。
井手
そうです。6割ぐらいは、よく分からないと思っている。ですが企業は、自社の理念をしっかりと従業員に伝えて、共感してもらう努力をする必要がありそうです。というのも今回の調査で、その会社が何を目指しているかが社員に伝わっているかどうかが、明らかに勤続意向に影響を与えるという結果が出ていたのです。
「今後も現在の勤め先で働き続けたい」という人の割合は、全体でみると1割程度ですが、会社の理念に共感している人に絞って集計すると、3割に増えます。働く理由を聞いてみると、理念に共感していない人は金銭面を理由に働く人が多くて、理念に共感している人は「仕事そのものが楽しいから」という理由が一番高かったんです。
──理念に共感している社員は、働くモチベーションが高いのですね。それはなぜでしょうか?
井手
社員も「生活者」である、ということだと思います。勤める前からひとりの生活者としてそのブランドが好きで、理念にも共感していた。入社して商品を提供する立場になってからも、企業理念が自分の活動に落とし込まれていて、理念と自分の仕事が直結していることを頭でも体でも感じながら働けている。そういった手ごたえが、働くモチベーションや勤続意向につながっているということだと思います。
共感と関係するポイントとして「理念が活動に落とし込まれている、日々の仕事の中に理念を体現する活動が組み込まれている」というのも非常に重要で、単に理想として掲げられた理念やビジョンと、実際に人を動かすパーパスの一番の違いはそこにあるのではないかなと。
中平
今までは、ブランドブックを作ったので見て下さいと社員に伝えても、自分たちの日々の仕事がブランドにどう貢献してるのかはよく分からないし、それを考える機会もあまりなかった。でもこれからは、会社が目指すパーパスと現場の活動をリンクさせるようなインナーコミュニケーションが重要になってきそうですね。
古賀
これまでは外向けのブランディングとインナーブランディングは別物として分けていたけれど、その真ん中にパーパスがある感じですよね。
田縁
クライアントとの議論でも、以前は「自社はこれからどうなるのか?」という「Iの視点」で考えていたけれど、最近は「社会に対して何をしていくか?」ということを、お客さんや中で働いている人たちを含めた「Weの視点」で考えるようになってきています。みんなで一緒に目指せるゴールってなんだろう、と考える企業が増えてきたと感じます。第3パートの結果を見て、企業のパーパスが社員のマインドや人材確保などに実際どれくらい寄与するのか、数値として確認できたのはとても大きな収穫だったと思います。
──調査からのお話を踏まえ、これからの時代のブランドパーパスの重要性について、あらためてうかがいたいと思います。パーパスは企業活動やブランディングにおいて、どのような意義を持つのでしょうか。
井手
目標達成のためには利益の質は問わない、とにかく数字を作ればいいというような状況になってしまうと、「10年後もこの仕事を続けたいか?」と自分に問いかけたとき、それは違う、お金を稼ぐことと自分がいいと思えることを両立したいーーそう考えて会社を辞める人も出てきますよね。パーパスはそういう時にもビジネスを先細りさせず、もう一度みんなで新しい価値作りにチャレンジしよう!という前向きなモードをつくる“北極星”的な役割を果たすと思うんですよ。
中平
マーケティング(marketing)は「ing」が付いている通り継続的に取り組んでいく活動ですし、会社勤めも1~2年やって辞めようかという短期的な話ではありません。中期的に継続して成長していくことを目指すためには、マーケティングにも、組織にも、北極星としてのパーパスが必要なのかもしれないですね。
田縁
そのたとえで言うと、いま求められているパーパスは、北極星よりももう少し近いものになってきてませんか? 抽象的でなかなか到達できない理念ではなくて、一歩一歩取り組んでいけばたどり着けるような目標。働いている人も、その企業のファンになる生活者も、そういうパーパスを求めている気がするんです。それに、ずっと変わらないものでもなくなってる気がして。社会や生活者と一緒に変わっていくような。
井手
北極星じゃなかったら何でしょう、高尾山ですかね。もうちょっと遠い?(※博報堂本社から高尾山まではおよそ1時間半)
中平
高尾山! ただ眺めているだけじゃなく、定期的に登りたくなるという意味では確かにそうかも。富士山には、しょっちゅう登ろうと思わないですからね。志の達成に自分がしっかりとコミットしている実感が持てる、遠すぎず近すぎない適切な難度の設定と、分かりやすさが必要ということですね。
古賀
私は、これからのブランディングの肝はビジネスモデルだと考えています。そしてパーパスは、ビジネスモデルを変革するために必要なものだと捉えています。
D2Cビジネスがなぜパーパス的と評されるのかと言えば、パーパスに基づいて、ビジネスモデルを大きく変えているから。企業とお客さんの接点というビジネスモデルの根幹を変えて、新しい顧客との関係性をつくっていますよね。
田縁
たしかに、パーパスに従ってビジネスモデルが変わり、サービスのあり方やアウトプットの形も変わっていくような、実際の事業に落ちていくところは今までのビジョンなどとは違いますね。
古賀
そう、ビジョンやミッションは、ビジネスモデルにまでは影響しなかった。それらはブランドブックでまとめれば十分でした。でもパーパスはブランドブックにおさまる話ではない。なぜならパーパスは事業そのものであって、パーパス達成のための活動はビジネスに直結していなければならないから、というのが私の考えです。
井手
山でたとえると、企業が「どの山を登るか」を決めて、「一緒に登りたい人、手をあげて」と共感してくれる人を集めるだけでなく、じゃあ具体的にどう登ろうかという活動計画やプロセスも含めて人々から共感されるものにしていくことが必要だと考えると、古賀さんが言う通り、パーパスはビジネスモデル全体で実現するべきものという気がします。
ビジネスモデルが変わるとなれば、生活者だけでなく、中で働く人にも同じように共鳴してもらわないといけないですよね。自分たちが取り組んでいることが社会からちゃんと評価されている、そう社員が実感できるように戦略と日々の仕事をつなげながら、中と外のたくさんの人を束ねていく。そしてステークホルダー全体の意思を統一していく。パーパスはそんな可能性を持っていると感じました。
──今回の調査結果は、HAKUHODO X CONSULTINGのソリューションとして、企業のブランド・トランスフォーメーション支援に活用していくとのこと。皆さんがクライアントのパーパス策定を支援される機会もますます増えるかと思います。最後に、ブランドパーパスをつくっていく上で、自分が最も大切にしたいと考えていることをお聞かせください。
田縁
先ほどもお話ししましたが、私がクライアントにいつも伝えているのは、「Weの視点」でパーパスに取り組みましょうということです。社内だけでなく、お客さんであったりパートナー企業であったり、いろんなステークホルダーが共鳴して、「いいね。それ、やりたいよね」とみんなで思えるようなパーパスをつくりましょうと。今後もそれを大切にしていきたいと思います。
井手
自分も田縁さんに近い考えですが、「Weの視点」を具体に落とすことが重要だと考えています。頭や心で「いいね」と思うだけでなく、「それ、具体的な活動として、いいね」となるように、しっかりデザインするところまでやらないと、パーパスは絵に描いた餅で終わる。そこにこだわっていきたいですね。
中平
私がクライアントに必ず問いかけるのは、そこに本気の意志があるのか?です。共感とかweの視点ももちろん重要ですが、どこまで本気でそれを達成しようとしているのか。そこがないと、誰もついてこない。だから「10年後、なぜ御社がなければいけないのか」などと問いかけて、そこに本気の意志があるのかをよく議論しています。本気の意志がないと、パーパスの文言だけなら他社とかぶってしまいますので。
古賀
私はクライアントに対してではなく、本当にそれを良いと思っているか、必ず自分に問いかけるようにしています。「クライアント的に良さそうだな」と考えるやり方ではダメな時代だと思うので。
それともう1つ。パーパスを問い直す議論は、その企業の出自や過去の歴史の話に陥りがちですが、それは避けるべきだということです。これからの未来の話、5年後10年後に何ができるかという目線でパーパスを考えていくことが大切だと思っています。
2004年総合広告会社に入社し、営業職や統合プラニング職を経て、2013年博報堂入社。トイレタリー、自動車、情報サービス、食品など様々な企業のブランド戦略、マーケティング戦略、コミュニケーション戦略を担当。
営業局、プラニング局を経て、早稲田大学大学院商学研究科を修了(MBA)。住宅・自動車・流通・運輸・日用品などの各種業界の事業計画立案・実行支援を担当。特にソーシャルデータから生活者の声を読み解く先進技術のグローバル調達およびその活用による商品開発プロセスの強化・革新支援に強み。ミライの事業室を兼務し、サプライチェーン全体のデジタルトランスフォームについて研究・検証中。
ストラテジックプランニング職として、日用品、化粧品、飲料、食品、住まいなど、日常生活領域でのブランディングやマーケティング、商品や事業開発などに広く関わる。特に、家族や女性に関する分野に強く、「博報堂こそだて研究所」(現・上席研究員)やソーシャルネットワーク「リーママプロジェクト」の立ち上げに携わり、講演やソーシャルアクション推進なども行っている。
ブランディング専門部門を経て、プラニング局に。現在、自動車、アルコール、飲料を中心に、事業戦略、ブランドマネジメント、マーケティングプラン策定を支援。未来をシナリオ化し、マーケティングに活かす「LEAD2025プロジェクト」を主宰。
■関連するニュースリリース ※本記事で紹介したデータを掲載しています。
「ブランドパーパスに関する生活者調査」レポート(2021.1.25発表)
https://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/87994/