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なぜ、いま「未来起点の発想」が求められるのか/竹内慶・宮井弘之
(連載:ブランド・トランスフォーメーション Vol.2)

2020.12.24
#BX#イノベーション#コンサルティング#ブランド・トランスフォーメーション
博報堂グループでは、多様な専門性をもったコンサルタントが活動している。彼らが取り組む最先端のコンサルティングやブランディングの視点と方法論を紹介していく連載「ブランド・トランスフォーメーション」。第2回となる今回は、未来生活者発想を専門とするブランド・イノベーションデザイン局の竹内慶と、トライブ・リサーチを通じて企業のイノベーションを支援するSEEDATA代表取締役の宮井弘之が、「未来起点の発想」をテーマに語り合った。

竹内 慶 博報堂ブランド・イノベーションデザイン局 部長
宮井 弘之 株式会社SEEDATA 代表取締役

「自分たちが、どうありたいか」がいっそう重要な時代に

──竹内さんがブランド・イノベーションデザイン局で取り組んでいる「未来生活者発想」と、宮井さんがSEEDATAで実践している「トライブ・リサーチ」は、「未来起点で発想する」という点で共通しています。最初に、それぞれの考え方について説明していただけますか。

竹内
さまざまな未来洞察手法を用いて未来のシナリオを描き、そこから機会を見出していくのが「未来生活者発想」です。未来のありたい姿を想像することから、新しいビジネスやサービスを創造していこうという考え方で、「未来」と「生活者」という言葉を組み合わせているのは、未来とは現在を生きる生活者、私たち自身がつくり出していくものにほかならないからです。

先日、未来に関する生活者の意識調査をしたところ、多くの人が未来を悲観していることがわかりました。また、未来は自分の力でつくるものではなく、外部からの大きな力によってつくられるものだと考えている人が7割もいました。コロナショックで、未来を予測することはいっそう難しくなり、未来を悲観する意識もより高まっていると思われます。
未来の不確実性が高まっているからこそ、「どんな未来にしていきたいか」「その未来で自分たちはどうありたいか」という意志が重要になると、僕たちは考えています。パーソナルコンピュータの父といわれている科学者のアラン・ ケイは、「未来を予測する最善の方法は、それをつくり出すことである」と言いました。人、組織、企業が未来に向けた主体的な意志を持って、そこに向かって行動していくことを重視するのが、未来生活者発想の大切なポイントです。

宮井
「トライブ・リサーチ」は、5年くらいの先の未来は、すでに今の消費者の価値観や行動にあらわれているという考え方のもと、先進的な価値観や行動をいち早く体現している消費者群を「トライブ」と位置づけ、彼らへのインタビューを通じて未来を読み解くというアプローチです。現在、国内に400、世界で500超のトライブを、SEEDATA独自に定義しています。トライブ・リサーチから読み解いた未来像を企業のビジネスモデルと掛け合わせて事業創造を支援していくのが、僕たちのコンサルティングの基本的なスタイルです。企業の新規事業や新商品開発部門からのご相談や、スタートアップの育成の仕事を多く手がけています。

竹内
もうひとつ、僕自身は「アートシンキング」と呼ばれる領域にも力を入れています。これも未来について考えるための一つの方法で、メディアアートやバイオアートといった、先端的なテクノロジーとの境界領域で生み出されるアートから発想の刺激を得て、それを企業のビジネスやイノベーションに応用していこうというものです。

──未来生活者発想やトライブ・リサーチは、クライアントのどのような課題解決に役立っているのでしょうか。

宮井
課題を解決するというよりも、課題が何かを特定した上で、企業が確信を持てる強い仮説を届けるのが僕たちの役割だと考えています。多くの企業がイノベーションを起こさねばと思っていますが、それを任された現場の担当者は、リアルに実現への手応えを感じられるアプローチの確立に悩みを抱えています。SEEDATAに寄せられる相談でも、「いろいろやってみたけれどうまくいかなかった」というものが特に多いです。まずは自己流にやってみた、次は教科書通りにやってみた、さらに大胆にチャレンジしてみたが失敗した、その結果どうしていいかわからなくなった──。そんなプロセスを踏んで、煮詰まってしまうケースがよくあります。トライブは、その突破口の一つになる視点だと考えています。

竹内
およそマーケティングの常道にはすべて取り組んできた。もっと違う方法はないか、まだやれることはないだろうか。そんな思いを抱えているクライアントからお声がけいただくことが多いです。そうした方々とともに未来を洞察し、提供していくべき価値や進むべき道を一緒に考えていく。それが僕や宮井くんのコンサルティングの方法です。
これは、「自分たちはこういう方向に進んだ方がいい気がする」「こうすれば、世の中がよくなるんじゃないか」といった企業の担当者の「主観」を確信に変えていくお手伝いをしているということでもあります。その過程では、調査データのような客観的指標を用いる場面もあります。「主観」と「客観」を掛け合わせながら、未来に向けたシナリオをつくっていくわけです。

宮井
竹内さんが言う「客観」と「主観」を僕なりに解釈すると、「論理的理解」と「感情的理解」ということになります。ビジネスには、論理的に理解できることだけではなく、言葉では明確に説明できないけれど感情的には腹落ちしている状態、その二つの領域があります。「頭でわかること」と「心でわかること」、その両方が大切なんです。頭と心が働けば、人は行動を起こすことができるからです。

未来は予測できなくても、意志と行動の精度は高められる

──なぜ、未来を起点にしてものごとを考えることが必要なのでしょうか?

宮井
新しい事業を始めて、数ヵ月で結果が出ることはほとんどありません。最低でも2年から3年はかかるものです。しかしその数年の間にも、社会や経済の環境は変化し続けています。結果として、その間に事業の前提が古くなってしまう。ですから、新しいことを始めるときは、少なくとも3年後くらいの未来を念頭に置いて考えなければならないのです。数年後の未来を想定し、そこからバックキャスティングして何をやるかを決める。その方法論が僕たちのトライブ・リサーチであり、未来生活者発想ということです。

竹内
トライブからのヒントや未来シナリオがあれば、「この取り組みを2、3年続けても大きく間違うことはない」という、ある種の安心感を得ることができます。未来発想は、クライアントに安心して前に進んでもらうための取り組みと言ってもいいかもしれません。

宮井
コロナ禍でも、いろいろな新しいビジネスが生まれましたよね。一見すると急な思いつきに見えても、背景にはある程度の想定や準備があったから、スピーディーに実現したケースというものは多いのです。そういった意味ではコロナショックも、あらかじめ未来を想定していた人たちにとっては、完全な想定外ではなかったわけです。

竹内
そう。なんとなく考えておいたことが、大きな外的刺激を受けると、それと結びついて顕在化しやすくなるというのはありますよね。

──未来が不確実になってくると、バックキャスティングの精度を保つことが難しくなるような気もします。

宮井
未来の正確な予測はもとより不可能という前提に立つべきですが、「未来のこの時期までに、自分たちはこうありたい」という「意志の精度」を高めることはできます。そして、その意志に基づく「行動の精度」も高めることができます。僕たちが「主観」が大事だと言っているのはそのためです。意志や主観がなく、「未来は外部の力によって決まるものだ」という考え方に立ってしまうと、バックキャスティングを活かすことは難しくなります。

竹内
先ほど、未来洞察の過程で調査データなどの客観的指標を用いる場面もあると述べました。想定した未来に本当にニーズがあるかをデータで検証することもあります。ただ、最近では、「データは要らないです」とおっしゃるクライアントも少なくありません。大事なのは意志であり、それがあればものごとは動き始める、そう考える方が増えているように感じています。

宮井
マーケティング研究者である首都大学東京の水越康介先生は、企業で上申に使われるデータが「レトリック」に陥る危険性を指摘しています。企業活動を観察していると、データが、主張を単に補強するために後づけで使われているケースが散見される、と。水越先生は「本質直感」が大事だと言っているのですが、それは僕たちが言う「主観」や「感情的理解」に該当します。各自が「本質を捉えた」と確信していること、それ自体を手がかりに根拠やデータさえも疑うような姿勢です。
もちろん、僕たちがデータを軽んじているわけではまったくありません。データ分析から有力な仮説を導き出すのは極めて重要なことです。あくまでも、僕たちのコンサルティングの方法では相対的に主観を手がかりにデータと対話するケースが多いということです。

竹内
宮井くんは、よく「確信」と「確証」という言葉を使っているよね。

宮井
そうです。「これならいける」と自分や少数の周囲が腹落ちしている状態が「確信」、その確信を組織や社外のパートナーと共有するために数字と事実とロジックを用いて実証していくのが「確証」です。新しいことを始めるには、その組み合わせが必要だと思います。

生活者の「参加」がブランドをダイナミックに形成していく

──お二人もメンバーである「HAKUHODO X COUSULTING」では、モノやデザインを中心としたブランドから、事業としてのブランドへの変革を目指す「ブランド・トランスフォーメーション」という考え方を提唱しています。
竹内さんと宮井さんは、主観や意志と「ブランド」の関係をどう捉えていますか。

宮井
これまで、ブランドとは「管理するもの」だと考えられてきました。いわゆるブランドマネジメントです。しかしその考え方では、どうしても「ブランドのアイデンティティやレギュレーションを守らねばならない」という発想になってしまいます。結果、どんな社員がブランド担当者になっても、その自主性や熱意がブランディングに反映されることはなく、ブランドが硬直化してしまいます。
実際には、社会も経済も生活者の意識も常に変化していて、ブランドの担当者も時間が経てば交代していきます。そのような変化に対応できるようにダイナミックなブランディングを実践していくには、現場の人たちの主観、意志、思いとブランドを適切に融合させる必要があります。

竹内
同感です。企業とは生身の人間の集合体ですから、生身の人間の感性や活力がそのまま企業の力になると考えるべきですよね。一人ひとりがどうなりたいかを考え、その意志に従って行動する。組織に所属する人たちが互いに変化し、互いに動いていくプロセスの総体が企業活動になるのだと思います。

宮井
これからの企業活動やブランドのキーワードとなるのはパーティシペーション、つまり「参加」だと考えています。「cotopaxi(コトパクシー)」というアメリカのアウトドアウェアのメーカーは、まさにそのような視点でブランドを形成しています。いわゆる企業主語のPRはなく、イベントに参加したユーザーが自発的に行うSNSへの投稿がそのまま広報活動として編集され、ブランドがつくられていく、という仕組みができています。企業側では原則マネジメントしていない。ユーザーのパーティシペーションによって、非常にダイナミックにブランドが形作られています。

竹内
まさに新しい時代のブランディングですよね。どんな人たちが参加しているか。その人たちと一緒にどんな行動を起こしているか。それがブランドの「らしさ」や、アイデンティティの核になっています。
これからの時代、生活者は「どのブランドのコミュニティに参加したいか」という基準で商品やサービスを選び、働く人たちは「どの企業活動に参加したいか」という視点で会社を選ぶ。そうした人々の参加によってブランドが形成されていく。今後はそういう視点が求められると思います。

宮井
それは、未来のブランドの姿であると同時に、ブランドの本質に帰るということでもあると僕は思うんです。ブランドとは本来、人々の頭の中にあるイメージのことです。企業側からの一方的な発信でつくられるものではありませんし、人々の頭の中のイメージを企業が管理するというのも非現実的です。

竹内
ブランドは本来、生活者と企業とのあいだ、インターフェースに存在するものだ、ということですよね。

宮井
そうです。その本質が見直されてきているし、企業がその本質に立ち帰るお手伝いを僕たちはしなければならないのだと思います。

「意志」に力を与え、命を吹き込むコンサルティング

──未来生活者発想やトライブ・リサーチを、今後クライアントにどう役立ててほしいと考えていますか。

竹内
日本企業の多くは非常に優れたアセットやシーズを持っていらっしゃいますが、それをどう組み合わせて価値に変えていけばいいのかわからないという悩みを抱えている企業が少なくありません。できることがある、やりたいという意志もある。しかし、どうしていいかわからない。そんな思いに応えられるのが未来生活者発想であり、アートシンキングであり、トライブ・リサーチです。未来の視点から意志に力を与え、命を吹き込むコンサルティングをご提供していきたいと考えています。
企業とは生身の人間の集合体であるという話をしました。コンサルティングとは結局のところ、いろいろな会社で働く生身の人たちが、少しでも楽しく、充実して働けるようになることを支援することなのだと思います。そんな「人を支援するコンサルティング」にこれからも取り組んでいければと思っています。

宮井
竹内さんに全部言われてしまいましたが(笑)、今日の話をまとめると、これからの企業ブランディングは、自分たちの意志で精度高く未来を描いて、具体的なアクションとして行動し、そこにいろいろな人を参加型で巻き込んでいくダイナミックな取り組みになっていく、と言えるかと思います。新しい事業や新しいブランドを立ち上げるときには、ぜひお声がけいただきたいですね。これまでの事業開発やブランディングを進化させていくアプローチをきっとご提案できると思います。

竹内 慶
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 ブランド・イノベーションデザイン一部長

2001年博報堂入社。マーケティングリサーチ、コミュニケーション戦略、商品関発等の業務を担当した後、博報堂ブランド・イノベーションデザインに創設期から関わり、2004年より所属。「論理と感覚の統合」「未来生活者発想」「共創型ワークプロセス」をコンセプトに、さまざまな企業のブランディングとイノベーション支援を行っている。アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトでは、博報堂側リーダーを務める。著書に『ブランドらしさのつくり方』(ダイヤモンド社/共著)等

>>博報堂ブランド・イノベーションデザイン

宮井弘之
株式会社SEEDATA 代表取締役

02年博報堂入社。主に博報堂ブランド・イノベーションデザイン局にて新商品・新サービス・新事業の開発支援に従事。幅広い業界のリーディングカンパニーと300を超えるプロジェクトを経験。博報堂子会社であり、近未来の消費者洞察データを基軸にイノベーション支援を展開する株式会社SEEDATA(シーデータ)を経営。
>>SEEDATA

「HAKUHODO X CONSULTING」
博報堂グループ横断で提供する統合コンサルティングサービス。「ブランド・トランスフォーメーション(BX)」を旗印に、次世代のブランド発想を基軸にしたアプローチで「ビジョン・パーパスを変革」し、「組織・事業・人を変革」し、「生活者体験を変革」することで、独創的な企業活動へ大胆にトランスフォームします。
未来の生活・生活者起点でのトランスフォーメーションを支援する「FUTURE_X」など、多様ななソリューションをご用意しています。
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