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「デザイン経営」を始める時が来た/永井一史(連載:アフター・コロナの新文脈 博報堂の視点 Vol.1)

2020.06.15
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、企業や生活者を取り巻く環境はどのように変化したのか。また、今後どう変化していくのだろうか? 多様な専門性を持つ博報堂社員が、各自の専門領域における“文脈”の変化を考察・予測し、アフター・コロナ時代のビジネスのヒントを呈示していく連載です。
第1回は、「デザイン経営」の観点から、経済産業省・特許庁「産業競争力とデザインを考える研究会」の委員も務めたクリエイティブディレクター永井一史の意見を紹介します。

Vol.1 「デザイン経営」を始める時が来た

HAKUHODO DESIGN 代表取締役社長/クリエイティブディレクター 永井一史

デザインが持つ「変化させる力」

 新型コロナウイルスによって多くの事業者が、売上の減少、業種によっては喪失という状況にまで追い込まれました。多くの人の当たり前だった日常が一旦停止し、働くことや生きていくことの根本的な意味を突き付けられました。会社とはそもそも何なのだろう、と考えた人もいると思います。先が見えないVUCAの時代と言われていましたが、ますます混沌とした社会環境になっていくでしょう。企業はこれまで取り組んできた改善や変革よりも一段深く、やり方やあり方を変えていかざるを得ないと思います。

 そのときにポジティブな変化を起こしていくために、今こそ経営者はデザインに目を向け、デザインが持つ「変化させる力」を経営に活かしていくべきだと考えます。私が先日登壇した、コロナ時代のデザインのビジネス活用を考えるオンラインセミナーには2000人を超える経営者や若手リーダーが集まり、実際に「変化させる力」への期待が高まっていることを感じました。

 近年注目されつつある「デザイン経営」の本質も、まさにこの点にあります。デザイン経営とは、デザインの力や方法論を活用した経営手法のことで、2018年には経産省と特許庁が国内企業向けに「『デザイン経営』宣言」というレポートを発表しました。デザイナーを経営陣に登用したり、デザインの視点や思考法をビジネスに活かしていくことで、ブランディングやイノベーションを推進し、企業の価値や競争力を高めていこうという内容です。なぜ行政自らそのような宣言を出したのか? その背景には、日本の産業競争力低下に対する国としての強い危機意識があり、デザインによって日本企業の「変化」をうながしたい、という考えをみてとることができます。

経営者に勧めたいデザインの能力

 デザインを経営に活用する第一歩は、非デザイナーの経営者が自らデザインの能力を身に着けることです。デザインは特殊技能ではなく、思考法として習得できる力が多くあります。その中でも特に変化の時代の舵取りに必要となるのは、「フィール」「イマジン」「クリエイト」という3つの力だと私は思っています。

 「フィール」は、感じ取る力のこと。何かを生み出す時には、まず現状を疑って問題意識を持ち、センサーを働かせ、ものごとを多面的に観察し、普通なら見落とすようなことを感じ取っていくことから始まります。多くのビジネスパーソンの場合、こういった気付きを覚えても業務効率化のベクトルが強く働き、無意識に自分の感性を抑制してしまいます。そこに蓋をせずに、自分が感じていること、お客さんが感じているであろうことなど、数字や論理だけではない世界をちゃんと感じ取っていくということです。

 「イマジン」は、今まだ存在していないものを頭の中で組み立てる想像力のことです。たとえば新しい製品やサービスを作るとき、これを初めて受け取った人はどう思うだろうか、どんな風に使われるだろうか、といった想像を次々と膨らませながら、実装する前に頭の中で具体的な形として組み立ててみる。さらに頭の中で、それを色んな角度から眺めてみたり、使われている状況をリアルに描いてみるようなイマジネーションの能力を言います。

 最後が「クリエイト」、実際に形にする力です。何かを生み出し、それを世の中に出すという行為はとても勇気が要ることですが、形にすることで理解は深まり、また次の形の構想へとつながっていきます。

 経営者がフィール、イマジンのセンスと、クリエイションにつなげていく力と勇気を持っていれば、その企業は必ず前向きな変化を遂げていけるはずです。少なくとも、こういったマインドセットを普段から意識しておくだけでも視界は広がるのではないでしょうか。

これからの経営、これからの経営者へ

 デザイン経営に話を戻すと、企業の仕組みや考え方の中に新たにデザインを取り入れるとなれば、組織形態や業務フロー、人の評価など他の部分にも影響が生じるのは当然で、デザイン経営は総合的なアプローチと言えます。逆に考えれば、デザインの導入をきっかけに企業の全体を見直し、これからの社会に対応した経営のあり方に刷新していくこともできるでしょう。

 長く続けてきた科学的でロジカルな経営では他と差別化できなくなり、生活者にも届かない。もはや限界が来ている、という課題意識は以前から広まっていましたが、コロナによって加速しました。これからの企業はもう一度社会や生活者と正面から向き合い、社会や生活者のための新たな価値を創造していくことで、結果として世の中に必要な企業であり続ける。デザイン経営とは、そのような「価値創造を続けていく経営」を実現するための方法だと私は考えています。

 コロナによってデジタルシフトが数段加速しました。なかでも、さまざまな領域において以前には存在しなかった「リアルとオンラインの選択肢」が確立されたことは、非常に大きな変化です。これまでは働く=会社に行くことでしたが、今後は出社するかオンラインで働くかを選べるようになり、お気に入りのお店の食事を楽しみたいときは、お店に行ってもいいし、デリバリーサービスで注文して自宅に届けてもらってもいい。今後もさらに多くのサービスがオンライン化され、新たな選択肢が次々と生まれていくでしょう。

 社会や生活者をとりまく環境が大きく変化するとき、経営者が「感じ取れる」ものはたくさんあるはずです。そこから想像を膨らませ、未来の事業につなげていかない手はありません。アフターコロナの時代は危機であると同時に、思い切った変化に挑戦していける大きなチャンスでもあるのではないでしょうか。

永井一史 (ながい・かずふみ)
アートディレクター/クリエイティブディレクター
株式会社HAKUHODO DESIGN代表取締役社長
多摩美術大学教授
TCLエグゼクティブスーパーバイザー
(Tama Art University Creative Leadership Program)

1985年多摩美術大学美術学部卒業後、博報堂に入社。2003年、デザインによるブランディングの会社HAKUHODO DESIGNを設立。様々な企業・行政の経営改革支援や、事業、商品・サービスのブランディング、VIデザイン、プロジェクトデザインを手掛けている。
2015年から東京都「東京ブランド」クリエイティブディレクター、2015年から2017年までグッドデザイン賞審査委員長を務める。経済産業省・特許庁「産業競争力とデザインを考える研究会」委員。
クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリ、毎日デザイン賞など国内外受賞歴多数。著書・共著書に『幸せに向かうデザイン』、『エネルギー問題に効くデザイン』、『経営はデザインそのものである』、『博報堂デザインのブランディング』など。

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