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HAKUHODO DESIGN永井一史リレー対談
「デザイン経営の実装と実践」
Vol.1「デザイン経営宣言のその先」
ゲスト:林 千晶氏(株式会社ロフトワーク代表取締役)

2019.08.16
#デザイン経営
2018年、政府の「デザイン経営」宣言により、「デザイン」が企業価値に直結するものとして認知され、事業創造に取り入れる会社も目立つようになりました。その一方、「デザイン」は広い概念で定義がまちまちなこともあり、まだ広く浸透しているとはいえません。
そこで、「デザイン経営」宣言の策定に政府委員として関わったHAKUHODO DESIGN代表の永井一史がホストとなり、一線の経営者・デザイナーの方々をゲストに迎えたリレー対談を実施。経営の現場に「デザイン」を取り入れている方々との対話を通して、「デザイン経営の実装と実践」における課題と可能性について語り合います。

2019年7月1日に行われた第1回目では、「デザイン経営宣言のその先」と題して、永井と同じく「デザイン経営」宣言の策定に政府委員として参画した、株式会社ロフトワーク代表取締役の林 千晶氏と対談。「デザイン経営」宣言の中身を振り返りながら、その意義をあらためて語りました。

■「デザイン」に対するスタンスの違いで議論が紛糾した

「デザイン経営」宣言は2017年7月から行われた、経済産業省と特許庁が共催した「産業競争力とデザインを考える研究会」という有識者会議の1年に及ぶ議論の報告書として発表された。
日本の産業競争力低下に対する危機感を背景に、日本の経営者に「デザイン」の重要性を認識してもらい、国際的な競争力を高めていくために行われた研究会には、コンサルタントやデザイナーに加え、 “ものづくり”を強みとする企業も参加したが、「経営におけるデザインの重要性をいかに定義するか」という点をめぐって交わされた議論は、かなり紛糾したという。

永井:冒頭の2、3回は、「これは結論が出ないんじゃないか?」というくらいの雰囲気でしたね。

林:あまりにも紛糾して、議事録に記録できるような結論が何もない回もありましたよね。

永井:その原因は、「デザイン」が示す領域があまりに広いということにありました。ものづくり企業の人は、「デザイン経営」とはいっても、最終的には“もののかたち”に集約されるのがデザインであるという立場。一方、林さんのように「デザイン思考を経営に活かしたい」と考える方は、“もののかたち”にこだわるというより、事業プロセスの改善によって、イノベーションにデザインを活かしたいという立場。それぞれの「デザイン」に対するスタンスが違いすぎて、議論が折り合わなかったんです。

林:会議のデザイン自体も良くなかった。「こんな大きなテーブルがあるんだ」っていうくらいでっかいテーブルに横並びで座って、その周りを何十人も取り囲んで聞いている。

永井:司会者に意見を言って、それを司会者が別の人に……ということの繰り返しになって、議論が積み重なっていかなかった。でも、いよいよ結論をまとめなきゃいけないという段階になって、この形式では絶対にダメだ、と。それで会議の形式を円卓にしてみたら、議論が一気に進んでいきました。

林:「何を話すか(WHAT)」ということ以上に、「どうやって話すか(HOW)」ということが重要なんだとわかったことは、わたしにとって大切な研究会での発見のひとつでした。異なる立場の人が集まって、同じチームとしてひとつの宣言を出そうとするなら、横並び一列ではダメなんだって。そうやって立場を超えて、「わたしたちは『デザイン』によって、日本の経営をどうしたいのか?」という視点になって話したことにより、ものづくりにこだわることも、イノベーションにこだわることも、結局は一緒のところを目指していますよねって着地点が見えてきました。

株式会社ロフトワーク代表取締役の林 千晶氏

■「デザイン」は“Better”を目指し続ける終わりなきプロセス

そうして生まれたのが、「最後に全員がハラオチした」という「デザイン経営」の効果を定義したキーチャートだ。それは「ブランド構築に資するデザイン」と「イノベーションに資するデザイン」の両面によって、企業競争力を向上させる。

永井:結局、もののデザインも、事業プロセスのデザインも、企業のブランド力とイノベーション力を高めるためのものなんです。これを僕なりに言うと、“Better by Design”。もともとはコピーライターの秋山 晶さんの言葉です。「デザインは、より良くすること」というのは、その通りだと思う。さっきも言ったように「デザイン」の領域はものすごく広くて、とらえどころのない面がある。でも、「経営になぜデザインが必要か?」と聞かれたら、「より良くするため」なんです。組織を良くする、商品を良くする、そして経営を良くする。「デザイン」とは要するに、「物事を良くする」ことに特化した方法論であり、考え方ということです。

林:これはイノベーションも含めた“Better”ということですよね。改善とイノベーションは違うってよく言われるけど、わたしは事業に“Best”はあり得ないと思っています。そもそも“最適解”って言葉が好きじゃない。
経営では次の日には“もっとも適している答え“が変わってしまうから、“より良い”しか目指せないと思っているんです。だから、“Best“なんてあり得ないという意味での“Better”だったら納得できる。

永井:デザインの歴史を話すと長くなっちゃうけど、今言われている「デザイン」というのは、アーツ・アンド・クラフツ運動に代表されるように、産業革命以降の行き過ぎた機械化へのカウンターとしての“人間中心主義”として出てきた思想で、バウハウスも大量生産を前提に、どうすれば暮らしをより良くできるかという視点で議論していました。でも、時代を遡っていけば、人類の誕生とともに「デザイン」はあると言える。石器を削って使いやすくしたり、祭祀に使うための装飾したりとか、ああいうのも「より良くする」という意味での「デザイン」と捉えれば、文明の進化とはデザインの進化とともにあったと言える。

林:だから、人間の歴史っていうのは“Better”の思想で作られてきた。

永井:これは僕が「デザイン」を説明する際のフレームワークですが(下図)、「デザイン」には社会性・文化性・経済性という3つの軸がある。経営というと経済性ばかりを考えがちだけど、「デザイン」にはお金だけじゃない多様な軸がある。今の経営には透明性や美意識とかも必要だと言われている中で、経営に「デザイン」という視点を持ち込めば、企業は社会とのより豊かな関係を作っていくことができる可能性が生まれて、それが結果としてビジネスにおいても有効な手段になる、というのが僕の考えです。

デザインとは、多様な関係性が最適に調和する点を見つけること

永井:この“最適”はゴールを見つけるということじゃない。企業のステークホルダーとひと言で言っても、それは取引先のことなのか、地域なのか、もっともっと広げて地球全体までいけるわけですよ。そのレイヤーを考え続けて、企業にとって最適に調和する点を目指し続ける、つまり“より良く”を思考し続けるというのが、「デザイン」じゃないかと思います。

■ビジョンが大切という考えを持つことがデザイン経営のポイント

この“より良くする”という「デザイン」の発想は、今後ますます重要になっていくテクノロジーと社会との関係性を考える際にも必要とされている。たとえば、2015年の「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」では、自動運転車が当たり前のものとなった未来において、人と車の関係はどうあるべきかということが発表された。

永井:アルスエレクトロニカの、人間をちゃんと観察して、どうあればよりテクノロジーとの良い関係を築けるだろうかって考えていくのは、まさにデザイン的な思考です。進歩とか利便性の追求だけを考えていると、最先端のテクノロジーが人の暮らしや気持ちを圧迫するみたいなことになりかねない。そのとき「デザイン」は、テクノロジーを避けるのではなく、まさに“より良い”かたちで社会と関係を結んでいくための方法を考えることができます。

今の企業に求められることをまとめると、<社会を俯瞰して感じ取るセンサーの役目→魅力ある未来像を人起点でイメージする→社会実装に向けてカタチにする→それによって世の中に調和と共感をつくる→またスタートに戻る>というサイクルを繰り返していくことです。まさに終わりがない”Better by Design”の思考が必要とされています。

狭義の意味での「デザイン」という言葉には、審美性の追求という意味があるから、「デザイン経営」をデザイナー側から言い過ぎると、「わけがわからない」と思われがちです。でも、本来の「デザイン」というのは、ある種のマインドセットなんです。企業の活動や経営者の思想がオープンにされてしまう時代において、社会と調和できる経営を目指すというのは非常に重要なことだし、そういう状態を”美しい”と思えることが、まさに「デザイン思考」です。

林:これまで経営の優劣をはかる指標というのは、もっぱら”数字”でしたよね。だから、もっとも利益を上げている企業がもっとも優れているという結論になりやすい。だけど、本当は企業が取りうる選択肢というのは多様であり、それでいいと思うんです。

数字目標だけを求めていくと、どの企業もあり方が一様になってしまう。本来、企業にはそれぞれの目的やビジョンがあり、それを実現するための手段として経営手法がある。ビジョンが先であり、手法はついてくるもの。そして、「ビジョン」はマインドセットとしての「デザイン」と重なる。「ビジョンをどれくらい達成できたか?」「この経営方針はビジョンと比べて正しいか?」という視点は、数字という指標からでははかれない。だから、今の企業にとって、「デザイン経営」は絶対に欠かせないはずです。

永井:今はブランディングにおいてもミッションやパーパスみたいに、「その企業が社会に存在する意味は何か?」ということが問われているけど、それと林さんがおっしゃることは一緒ですよね。「ビジョン」というものが大切だという感覚を持つこと自体が、「デザイン経営」を実践するためのポイントだと思います。

HAKUHODO DESIGN代表の永井一史

■経営判断の指標を「数字」から「センス」に変えてみる

経営の現場にいる人から見れば、「ビジョン」という「数字」に比べて曖昧なものを経営の指標としていくのは、不安に感じるかもしれない。しかし、林氏によると、似たようなことは経営学の最前線でも言われているという。それが経営学者の入山章栄氏が紹介する「センスメイキング理論」だ。組織心理学者のカール・ワイクを中心に発展してきた理論で、日本語に訳すと「意味付け・納得」となる。

社会の不確実性が増し、先行きが不透明な時代においては、”正しい答え”を求めても得られない状況が増えていく。たとえば、人工知能に関する判断でも、「人間と共存できる」と言う人がいれば、「人間の脅威になる」と言う人もいる。人工知能の技術と向き合う経営者は、どちらを判断の根拠とすべきか。絶対的な正解はない。

そうした複雑な状況下で、自分なりに意味付けを行い、周囲を巻き込んでいくことが「センスメイキング」であり、それは現代の経営者に欠かせない能力になってきている。

林:瀬戸内海の直島を中心に行われる「瀬戸内国際芸術祭」というアートフェスティバルがあります。これを立ち上げたのが、ベネッセホールディンクス名誉顧問の福武總一郎さんです。直島は長らく”ゴミの島”と呼ばれていたのに、今は毎年100万人近い人が来る大イベントの開催地に成長しました。それは岡山県で育った福武さんが、子供の頃から知っていた直島を「”ゴミの島”で終わらせたくない!」と思い奮闘してきた結果です。

瀬戸内海の島という、決してアクセスがいいとは言えない地域で、100万人も来場者を集めるというのはすごい。これは「地域振興としてアートフェスティバルをやったらいいのでは?」という発想からは生まれなかったと思います。「俺がやるんだ!」という熱意がまずあって、それだけを根拠に行動することによって周りがついてきた。事前に計算していたら、どう考えてもこれだけの規模になるとは思えなかったはずです。

需要に対して何倍もの供給がある時代には、客観的に見て、「ここを攻めれば間違いなく成功する」という大きな市場は、もうありません。福武さんのように、まず自分が動かないと、何も変化しないという時代になってきたんです。それは数字だけを根拠にした経営会議からは生まれないでしょう。むしろ、これまでの経営会議では扱われてなかった感性(センス)というものを主体にして、それを補足するために数字を使っていくという逆転が必要なんじゃないか。わたしはそういう提言が「デザイン経営」には込められているんじゃないかと思っているのですが、永井さんはどう感じますか?

永井:自分の気持ちを切り離して客観的に経営判断を下すのではなく、自分の気持ちが本当に動くかどうか――これはいいことだとか、ぜひ使ってほしいとか――を判断基準に入れていくことで、周囲にも思いが伝わっていくということですよね。それはまさにマインドセットとして、広い意味での”美しさ"や"調和"を求める「デザイン思考」だと思います。

そもそも「デザイン」には概念を具現化させるって要素が欠かせないですが、具体になるときには絶対に説明しきれないジャンプがあるんですよ。分析的に「このデザインじゃなければならない理由」は絶対に説明しきれない。だけど形にしてみたら気持ちが動いて、物事がドライブし始める。だから、その「センスメイキング理論」は、「デザイン経営」に近いところが確かにありますね。

■「デザイン経営」はあらゆる人のためのもの

最後に「デザイン経営」宣言は誰のためのものか? という点に関しても議論が行われた。そのまま読めば、同宣言は第一に経営者にデザインの重要性を説くものだ。永井はそこに加えて、デザイナー自身にも「事業の上流から積極的に参加すること」を求める。

永井:この宣言は経営者が読むためのものだけではなく、デザイナーが経営者にデザインの重要性を説得するためのツールとしての意味も込められています。それは逆に言えば、デザイナー自身もかたちをどのように作るかということだけでなく、この企業にとってどんなデザインが必要かということから考えなければならないということでもある。デザイン経営的デザイナーは、ビジネスとしての事業性や収益性も意識しなければなりません。

林:これは企業の中にいるデザイン責任者に、デザインとは末端の仕事ではなく、最上流の仕事なんだよ、だからもっと声を大きくして、経営陣と話をしてほしいって応援する言葉でもありますよね。

永井:今後の対談でお呼びするのは、みなさん「デザイン」というものを経営資源に取り入れて成長した企業の方々です(無印良品、中川政七商店、サムスン電子)。具体的な方法論として、どうやって社内に「デザイン」の大切さを浸透させていったかということを聞いてみたいと思っています。

そして林氏は、同宣言の策定から1年が経ち、「実は『デザイン経営』とは、あらゆる人のためのものではないか?」という思いを持つようになったと語る。

林:実はロフトワークに「デザイン経営をやりたいです」という相談が来るときは、最終的に相手方の総務と話すことが多いんですよ。窓口が"事業創造室”みたいなところだったとしても、「社内に『デザイン経営』を実践するための共創空間を作りたい。つきましてはうちの総務と……」って。ほかにも、「デザイン思考ができる人を採用するためにはどうしたらいいですか?」と人事の方から相談されることもあります。経営者も、デザイナーも、人事も、総務もってなると、要するに「デザイン経営」宣言とは、ひとりひとりに通用するものではないかと思っているんです。

永井:その通りだと思います。でも、あの宣言自体はひとりひとりに向けて書かれたものではないから、もっと読む人の立場に合わせてブレイクダウンしていかないと、「デザインの大切さはわかりましたけど、わたしはどうしたらいいんですか?」ということになるかもしれない。そこは今後やるべき課題ですね。

林:あと企業規模でも、大企業とスタートアップの事例は入っていますが、日本でもっとも多い中小企業は入れられてないんです。中小企業は本当に多様で、「デザイン? なにそれ?」みたいなところもあったりする。でも、ここまでお話を聞いてもらったらわかるように、「デザイン経営」と無関係な企業なんてないんです。中小企業はトップが判断したらすごく早いので、そこをテコ入れしていくことが、わたしの今後のモチベーションです。

※「デザイン経営」宣言
URL:https://www.meti.go.jp/press/2018/05/20180523002/20180523002-1.pdf

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