THE CENTRAL DOT

企業と企業、官と民の新しいつながり方とは?(博報堂「ミライの事業室」JMAセミナー後編)

2020.03.30
#ミライの事業室
博報堂の新規事業開発専門組織である「ミライの事業室」が、その組織ビジョンや活動を紹介するセミナーを日本マーケティング協会のアカデミーホールで開催しました。セミナーでは、ミライの事業室の事業開発アプローチ「チーム企業型事業創造」をともに進めるパートナーであるやさいバス株式会社の加藤百合子社長と、Public dots & Companyの伊藤大貴社長を交えたパネルディスカッションが行われました。本稿では、その内容をご紹介します。
(※セミナー前編記事:「チーム企業型事業創造」―博報堂流の事業開発アプローチとミライの事業機会

【パネリスト】
やさいバス株式会社 代表取締役 加藤百合子氏
Public dots & Company 代表取締役CEO(博報堂フェロー) 伊藤大貴氏
博報堂ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター 岩嵜博論
博報堂ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター 大家雅広

「つくる人」と「たべる人」をつなぐ新しい仕組みづくり──やさいバス

岩嵜
まずは、やさいバスの加藤社長にお話を伺います。私から簡単にご紹介させていただくと、「やさいバス」は地域内での農産物の共同配送システムで、毎日決まったルートを冷蔵トラックが巡回していて、生産者を指定して野菜を注文すると、その日のうちに最寄りの「バス停」と呼んでいる専用スポットに野菜が届くというサービスです。コスト面などさまざまなメリットを生産者と利用者の双方にもたらす物流のプラットフォームとして各地で導入が始まっています。
このたび博報堂はやさいバスと資本業務提携をさせて頂き、今まで以上に深く協働していければと思っています。加藤社長がやさいバスを立ち上げられた経緯をお話しいただけますでしょうか。

加藤
私たちの会社のビジョンは「持続可能な社会を次世代へ」、ミッションは「Food & Farm Ecosystemの構築により、人が人間社会によりHappyに関わることができる場を提供する」です。食べ物が人を幸せにする、という考え方がビジネスの基本にあります。

やさいバスの出発点にあったのは「農家が儲からない」という課題でした。農産物の流通は、生産者、市場、バイヤー、小売店舗、そして一般消費者という多段階のサプライチェーンになっていて、もともとの生産者、つまり「つくる人」と、実際に「たべる人」との間には、大きな断絶が生じているのです。それは情報の断絶であり、信頼の断絶でもあります。

そこで7年前に、「つくる人」と「つかう人」と「たべる人」をチームにする取り組みを始めました。「つかう人」は飲食店や小売店ですね。この三者が信頼をベースにつながったバリューサイクルを回せないかと考えたのです。最初は「何を青臭いことを言っているんだ」などと相当言われましたが、実際にチームをつくってみたら、「つかう人」の利益率が劇的に上がったんです。「つかう人」が「つくる人」のことを「たべる人」にしっかり伝えることで、信頼の循環がうまく機能したからです。

非常に手ごたえを感じていたところ、今度は「宅配の値段が高すぎる」という新たな課題に直面しました。実際、農産物は色々な事業者の宅配車が同じところをぐるぐる回っていて効率が悪く、それが結果的に配達料を割高にしているのです。そこで、共同配送の仕組みをつくることを考えました。

ただ、これは小さな会社1社でできることではありませんから、協議会を設立しようと考え、いろいろな企業に声を掛けました。50社が集まり、最終的に15社で協議会を発足しました。折よく静岡県から課題解決を依頼され、県庁と一緒に事業を進めることになりました。県の事業が終了したあとも、物流の鈴与とシステムの日立ハイテクがビジョンに賛同してくださって、ともにやさいバスの事業化を進めていくことになりました。

しかし、配送のインフラを構築しただけではモノは動きません。商流や物流に加えて「人流」をつくる必要があります。ちょうどそのころIDEOの本を読んでいて、そのIDEOに博報堂DYホールディングスが出資したという新聞記事を見たことがきっかけで、博報堂に相談したんです。その結果、岩嵜さんたちとつながって、やさいバスのサービスデザインにともに取り組んでもらえることになりました。静岡でスタートして、現在は神奈川や茨城での運行も実現しています。

「公共」を「パブリック」にアップデートする──Public dots & Company

大家
ミライの事業室ではスマートシティ領域での事業開発に取り組んでいて、公共の専門家である伊藤大貴さんにフェローとして加わっていただき様々な取り組みを一緒に進めています。伊藤さんの会社Public dots & Companyの成り立ちについてお話しいただけますか。

伊藤
工学部出身の私が、テクノロジー情報誌の記者、10年間の横浜市議会議員を経てPublic dots & Companyを立ち上げたのは、2019年5月です。そういうバックグラウンドから、私の得意分野は「テクノロジー×都市」です。政治家の中でもいち早くTwitterを始めたり、行政でのオープンデータ活用に早期から取り組んだりしてきています。民間と協力した公共空間の有効活用というテーマにも長く取り組み、横浜市の条例改正も実現しました。

これからは自治体と民間企業の関係が大きく変わっていくという見通しが私たちにはありました。今までははっきり分かれていた行政の領域と、企業が担ってきた領域が重なってきて、「パブリック」と呼ぶべき新しい領域が生まれるという見通しです。背景にあるのは、人口減による税収の減少とテクノロジーの進化です。自治体が自前の行政サービスを行うことが難しくなると、それをテクノロジーの力で民間企業が代替していくようになります。

問題は、テクノロジーと都市政策が重なる、その新しい領域の専門家が非常に少ないということです。この領域に伴走できるのは、官、民、テクノロジーのそれぞれを深く理解している人材です。私たちはそういう貴重な人材を「パブリック人材」と位置付けて、データベース化を進めています。

Public dots & Companyは「私たちは、公共を再定義する」というミッションを掲げています。これまで官だけが担ってきた「公共」を、住民や民間企業など多くのステークホルダーが担うことで「パブリック」にアップデートするという意味です。広く言えばGR、つまり、日常的に政府と民間の関係を構築するガバメント・リレーションの支援が私たちの役割です。官民のプラットフォームを整備していくことで、持続可能な社会の実現に取り組んでいきたいと思っています。

行政担当者をどう「仲間」にするか

岩嵜
加藤さんが実現された協議会のつくり方は、私たちが目指す「チーム企業型事業創造」のヒントにもなるように思います。協議会が成功した理由はどういう点にあると思われますか?

加藤
最終的には複数の物流会社が参加してくれたこと、県庁のサポートがあったことなどが大きかったと思います。それぞれの物流会社同士は通常は競合関係にありますが、ビジョンやミッションを共有することで、同じ方向を向くことができました。協議会に参加するすべてのプレイヤーが、誰か一社の利益ではなく「全体の利益」を目指そうとしたことによって、チームとしてまとまることができたように思います。

岩嵜
今までだったら、「競合だから…」と対立したり、排除したりしていたかもしれませんね。さらに企業だけでなく、行政もチームの一員になってくれたということですね。

伊藤
新しい試みが難しいのは、初期段階での経済性がないからだと思います。お金の出し手が成果を短期間で求めすぎると、失敗することが多い。その点はどう乗り越えられましたか?

加藤
地域貢献への意識が高いオーナー企業が理解を示してくれて、出資してくれたことによってその問題は回避できました。

大家
やさいバスのように行政と何かを進める際の難しさは、「行政を仲間にする」ことだと思います。伊藤さんは、行政を仲間にしていくためには、どのような方法が有効であるとお考えですか。

伊藤
普通、行政に相談しても最初は相手にしてくれませんよね。前例のないことをやりたがらない人が多いからです。重要なのは「どこの門を叩くか」だと思います。財政、企画、観光といった比較的影響力のある部署の門を叩いて、自分たちがやろうとしていることが自治体や住民にどういうメリットがあるのかをしっかり伝えることが有効だと思います。時間はかかるかもしれませんけど、行政の仕組みを理解しながら、根気よくやっていくことが大事かと。

資本主義の新しい形は、「ふわふわした感じ」?

岩嵜
伊藤さんが仰っている「公共と民間の融合」という視点は、今後ますます重要になっていきそうですね。

伊藤
この2年ほどで、官と民の融合はかなり進みました。海外のスマートシティなどでは特に進んでいて、世界的に見ても大きな流れになっています。この動きは今後さらに加速するとみています。

大家
官民の融合を進めていくには、民間企業はもちろん、行政担当者のマインドセットも変える働きかけをしていくことが必要ではないでしょうか。例えば、先進的なスマートシティとして知られるバルセロナの都市計画に関わるディレクターの方々も、かなり個性的で面白い人たちが大胆な行政をしていて、日本の行政担当者の雰囲気とは大きく違う印象を受けました。日本の行政の皆さんのマインドセットが変わって、もっと大胆な動きができるようになるといいですよね。

加藤
私は自治体担当者のマインドセットは徐々に変わってきているように感じています。やさいバスを茨城で運行するに当たっては、自治体の方が配送ルート内のバス停になる場所を集めてくれたんです。県庁や市役所自体もバス停になってくれています。民間出身の行政担当者の方が何名かおられて、その方々が積極的に実現してくれました。今後、民間の人材が行政に入っていく流れができると、変化もよりスピーディになっていくのではないでしょうか。

岩嵜
官民融合を進める際、民間企業の側に求められるのはどのようなことでしょうか?

伊藤
「公共性のあるサービスを生み出す」という視点をもつことだと思います。そのような視点があると、行政も関与しやすくなります。やさいバスが成功されているのは、サービスの中に「地域社会の困りごとを解決する」というパブリックな視点がインストールされていたからだと感じました。

大家
公共性を埋め込むという視点は、行政と民間の関係に限らず、民間企業同士がどう連携していくかにも活かせそうですよね。連携や融合の面白さという観点で言うと、僕は伊藤さんと毎週のようにミーティングさせていただいているのですが、お互いの「思考のタグ」が全然違っていて、それが面白いんです。それぞれの発想法や得意領域に大きな違いがあって、お互いの「思考のタグ」を掛け合わせたら何が生まれるだろうとワクワクします。でも、何が生まれるかはまだわからない。そういう、ふわふわした感じが大切だと僕は思っていて。一般的なビジネスだと、関係者がアウトプットの方向性を共有してからじゃないとスタートできないという話になりがちですが、新規事業を創っていく際は、まだ何のために集まっているのかよく分からない段階から色々と話せるような進め方も必要なのではと思っています。

加藤
それは大事かもしれませんね。やさいバスが掲げているビジョンやミッションは、通常のビジネスの感覚では、まさにふわふわしたものだと思います。でも、その柔らかい雰囲気によって、参加しているプレーヤー同士の強い競争心のようなものが和らげられているように感じます。ジブリの森に入ったような感じとでもいうのでしょうか(笑)。

岩嵜
その「ふわふわした感じ」とか「柔らかい雰囲気」は、実は資本主義の新しい形なのかもしれませんね。1社の利益だけを目指すのではなく、緩やかな結びつきの中で、みんなが同じビジョンに向かって動いて、利益をシェアしていくような。これからは敢えて、そういうつながり方をしていくことが求められるようになるのかもしれません。
最後に「チーム企業型」の未来のイメージをそれぞれお聞かせください。

加藤
シンプルに、人と人が楽しくつながり合える仕組みをつくれれば、みんなが幸せになれる。そんなふうに感じています。「社会関係資本」という言葉がありますよね。人と人の結びつきが資本になるという意味の言葉です。それがこれからの時代は重要になると思っています。

伊藤
共創の形が重要だと思っています。共創が本当に価値を生み出すという成功事例を一つ一つつくっていき、それを世の中に発信していく。そんな地道な取り組みが、実は未来に近づく一番の近道であると考えています。

大家
博報堂はこれまで、さまざまなクライアントのさまざまな事業を支援してきました。その点で、事業の文脈にとらわれないフリーな動きができると考えています。社会にとって必要な産業モデル、事業とは何かという根本的なところから捉え直しつつ、事業に関わることができます。ですから、僕たちみたいなチームに気軽に相談してみていただけると、化学反応がうまれるかもしれません。これからも、いろいろなプレーヤーの皆さんとチームをつくり、ともに未来をつくる作業に積極的に取り組んでいきたいと思います。

博報堂 ミライの事業室 http://mirai-biz.jp/
ミライの事業室に関する最新記事をSNSでご案内します。ぜひご登録ください。
→ 博報堂広報室 Facebook | Twitter

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事