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これからの社会におけるクリエイティビティの役割とは(スマイルズ代表取締役社長 遠山正道氏 × 嶋浩一郎)

2020.02.13
#クリエイティビティ#生活者インターフェース市場

※当記事は、日経ビジネスオンラインに掲載されたインタビューシリーズ『生活者インターフェース市場の出現と可能性』の記事です。

博報堂が「生活者インターフェース市場」と名付けた市場の中で、生活者の真のニーズをキャッチし、サービスを提供するためにクリエイティビティが担う役割とは何か。「スープストックトーキョー」などの事業やプロジェクトを独自の視点で手掛け、アートの新たなあり方も模索するスマイルズ代表の遠山正道氏と、「博報堂ケトル」や「本屋B&B」を設立し、多彩な活動を展開するクリエイティブディレクターの嶋浩一郎に意見を交わしてもらった。

これからは価値が横にスライドしていく時代になる

 5GやIoT化が進むと、家庭の中でもトイレやベッド、自動車などがネットを介して生活者とつながり、「生活者インターフェース市場」が生まれると博報堂は考えています。街中でも店や駅や自動販売機がインターフェースになる。鏡を見るだけで化粧品会社に肌の状態が伝わり、アドバイスが受けられる時代が来るでしょう。

IoTのサービス提供側はテクノロジーオリエンテッドな見方が強く、生活者の望むサービスが見えにくい。その中で、我々が持つクリエイティビティで新しいビジネスを生み出せるのではないかと考えています。

遠山 これまでのビジネスは売り手がなるべく高く売りたい、買い手がなるべく安く買いたいと矢印がぶつかり合うイメージでした。しかし、今後は生活者が求める価値が横にスライドしていくような感覚を持っています。わかりにくいでしょうから、おいおいお話ししていきますが、必要なところに価値が巡っていく、あるいは吸い寄せられていく状態とでも言いましょうか……。

その1つの象徴が、今取り組んでいる「ArtSticker(アートスティッカー)※」というプロジェクトです。スマホアプリには、ギャラリーや商業施設、街中などにある作品が表示されます。それを実際に見て、気に入り応援したいと思ったら、アプリ上で最低120円からスティッカーを送ることができます。さらにコメントを書き込むことでアーティストを直接サポートする、マイクロドネーションのようなものです。

従来は、例えば300円払って作品のポストカードを買うようなサポートの方法がありましたが、交換することで関係性をチャラにするような感じがしていました。そうではなくて、見返りを求めない愛のような行為があってもいいと思って始めたのです。

スマイルズ 代表取締役社長
遠山正道氏

 

 今までは美術館やギャラリーで鑑賞するというのがアートの楽しみ方でしたが、ArtStickerはデジタルデバイスを活用してマイクロドネーションのような形でアートと生活者を直接繋げる新たなアート体験をデザインしました。遠山さんはアートを楽しむ人々の価値観を先んじてつかんでいらっしゃいますが、それは生活者発想があったからできたこと。IoTという言葉は「モノのインターネット化」という意味でモノについての話しかしておらず、そこにつながるヒトの生活のことがあまり考えられていないように思います。そこに生活者発想という博報堂の強みを生かし、クリエイティビティで新しい人々の体験やビジネスを作っていきたいというのが僕らのやりたいことです。遠山さんがなさっていることは、その意味で博報堂がやっていきたいことと同じ方向性を感じるんです。

小さくてユニークなミュージアムを世界中に

遠山 ArtStickerは、小さくてユニークなミュージアムを世界中にたくさん生み出していく「The Chain Museum」というプロジェクトの中の1つの取り組みです。実は当社スマイルズとしても作家活動を行っており、2016年には瀬戸内国際芸術祭に「檸檬ホテル」という作品を出品しました。私自身も絵を描き、個展をしたこともあります。これまでアートに対して創作するモチベーションと、好きな作品を購入する欲望がありましたが、第3の道としてアートを楽しむもっと開かれた場があってもいいのではないかという発想から始めたのです。

 遠山さんはアートに新しいインターフェースやコミュニティを作って、新しいアート市場を作ろうとしているわけですね。

博報堂 執行役員兼 博報堂ケトル 取締役 嶋浩一郎

 

遠山 美術館を作るには大きな費用がかかりますが、小さいからこそリスクも小さく、その分ユニークなことができます。現在、佐賀県唐津市で、アーティストの須田悦弘さんが「雑草」という作品を展示しています。鋳金製の小さな金色の雑草が風力発電機の上や旧唐津銀行、唐津市役所などの一角にぽつんと置いてあり、スマホで探しながら街を巡るという体験をします。このように美術館という「箱」を持たない分散型の街に開かれたミュージアムを展開していきます。

 アートの鑑賞の仕方を変える試みであり、アーティストにも鑑賞者にも新たな視点や体験を提供していますね。

遠山 2020年4月から、商業施設などの様々な場所で壁面などを利用したアート展示を行っていきます。これは若手アーティストの支援であり、鑑賞者とのコミュニティづくりでもあります。

キーは 「子供の眼差し」×「大人の都合」

 遠山さんはArtStickerもThe Chain Museumも、誰でも参加できるアーティスト支援という概念で新しいビジネス展開していらっしゃいます。アート市場の流通経路をデジタル化する中で、新しい鑑賞、応援、購入の仕組みを作っています。アート以外でも新しいリサイクルショップやファミレス、シンプルな結婚式など、そのやり方があったかという施策を手がけられ、生活者発想のクリエイティビティを発揮されています。そのような発想力は日頃、どのように鍛えていらっしゃるのですか。

遠山 私は「子供の眼差し」×「大人の都合」とよく言っています。世の中、大半が大人の都合だらけですが、フェイスブックやAirbnbなど世の中を変えるような新しいサービスや製品は、一人の人間のいたずら心や優しさから始まっていることが多い。それがみんなに喜ばれることに気づいて成長していく。そのような発想は難しいことではなく、誰でもできるし、ビジネスというフィールドの中で成立するということです。博報堂も、もっとリソースを活用して自ら事業をやる側に回ったらいいんです。

 これまで当社のクリエイティビティは広告作りに活かされていましたが、クライアントと一緒にもっと事業もおこなうべきだと考えています。

遠山 事業の出発を「誰かのため」と考えると、何か失敗しても「誰かのせい」になりやすい。だから、発想も行為も自分ごととしてやることが大事です。私は事業を始めるときに自分の体験を重視しています。そうでないと反対意見が出たときに突破できません。

 その感覚はこれからとても重要だと思います。生活者インターフェース市場では企業が一人ひとりの生活者と対話をしながら、コミュニティを形成してファンクラブのような運営が求められます。今までの不特定多数に向けてメッセージを送る広告コミュニケーションとは、違うあり方が求められています。

遠山 そのためには小さな旗を自分で揚げないと誰も集まりません。冒頭に価値のスライドというお話をしましたが、例えば、The Chain Museumの展開では企業に対してCSR的な観点から若手アーティスト支援と文化立国の底支えのために資金を投じてもらう。1つの価値が生活者や企業などを巡る中で、ビジネスの要素も必要になります。価値がスライドするときにそれを届けたり知らせるツールを使って、価値に見合った報酬を得る仕組みが大切です。アートとビジネスは実はよく似ていて、アーティストの考え方をビジネスのフィールドの中に入れ込むと新しい価値観が生まれるのです。

 ビジネスは合理的に積み上げていけばうまく行くわけではない。一見、非合理に見えるところに人は愛情を感じ、新しい価値観が生まれます。遠山さんは直感的にそれが見えているのでしょう。例えば、風車の上に乗っかった雑草をわざわざ見に行くという体験を人は愛する。今後は技術やデバイスそのものではなく、そのインターフェースでどんな体験を生み出すのかが問われると言うことでしょう。本日は貴重な提言をありがとうございました。

※=https://artsticker.app/r/dl/

5GやIoTといったテクノロジーの進化によって、全てのモノがつながり、生活の新たなインターフェースになろうとしています。そこから新たな体験やサービスの可能性がひろがり、社会の仕組みと市場がうまれる時代。これを「生活者インターフェース市場」の到来と捉えました。この新しい市場において、どのような価値を提供していくべきか。博報堂の新しい取り組みについてお伝えしていきます。

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