THE CENTRAL DOT

デジタルトランスフォーメーション時代におけるマーケティングの“別解”とは

2019.12.05
#マーケティング#生活者インターフェース市場
「デジタルトランスフォーメーションが叫ばれる中、マーケティングの世界では、多くの企業がコミュニケーションやプロモーションのデジタル化に取り組んでいます。効率化という点では、“正解”かもしれませんが、果たして、マーケティング本来の役割である“価値創造”に繋がっているでしょうか」。2019年10月30日に東京・秋葉原コンベンションホールで開催されたイベント「日経電子版ビジネスフォーラム 価値創造時代の新戦略とは?」において、博報堂の土屋亮(エクゼクティブマーケティングディレクター/プラニング局長)が「デジタルトランスフォーメーション時代、マーケティングの別解」と題して講演いたしました。その様子をレポートいたします。

土屋:
博報堂は今年度より「正解より別解」という言葉を掲げて活動しています。“正解”とは、みんなが常識だと思っている解のことで、我々は“正解”に対してクリエイティビティを発揮して、“別解”を提示しようとしています。今日はこれと同じ考え方で、“マーケティングの別解”についてお話したいと思います。

よく「日本にはマーケティングがない、マーケティングとプロモーションという言葉が同義で使われている」と言われます。また「日本企業は技術で勝って、マーケティングで負けた」とも言われます。しかし、我々は、企業が本来の意味においてマーケティングで勝つためのお手伝いがしたいと考えています。

ご存知の通り、生活者がデジタルメディアに接触する時間が増えています。そのため、「コミュニケーションをデジタル化しよう」という議論になりますし、企業の方から「どのようにコミュニケーションをデジタル化した方が良いのでしょうか」というご相談を頂くことが増えました。しかし、多くのケースで、コミュニケーションのデジタル化は効率化に終始していて、マーケティングの課題を解決していません。

勿論、効率化という点では成果がでやすいため、一般的には、プロモーションのデジタル化がマーケティングの“正解”だと考えられています。本日は、この“正解”に対して、マーケティングの課題を解決する“別解”を提示したいと思います。

マーケティングは、「よいモノを作って伝えれば、売れる」という前提に縛られている。

博報堂生活総合研究所の調査によると、「広告は新しい生活を教えてくれる」という質問に対して、「そう思う」と回答する人は、20年以上にわたって、すべての年代で、減り続けています。もしかすると、「広告が悪いのではないか」とお感じになるかもしれませんが、課題は違うところに存在します。

博報堂は、モノからコトへの流れに着目し、製造業を中心に16のカテゴリーで、「生活者のマーケティング意識」を調査しました(調査概要参照)。ほとんどのカテゴリーで、「今、お使いの製品に満足していますか」という問いに対して、8割の生活者が「満足している」と回答しています。性能や効果に不満がある人は1割に満たない数字です。

特に日用品では、過半数の生活者が「購入時でさえ情報収集しない」と回答しています。例えば、洗剤やビールでは、生活者は過去の体験で、銘柄を決定しており、「企業からの広告や情報で銘柄を検討する」と回答した人は十数%に留まります。

以前であれば、メーカーの製品力に差があり、生活者も「より優れたモノが欲しい」と思っていたので、メーカーは製品の良さを伝えるだけで、モノを売ることができました。一方で、現在、多くの生活者は、製品の品質に満足していて、不満がないため、製品の品質改善に期待をしていません。にもかかわらず、「製品の良さをしっかり伝えれば、モノは売れる」ということが依然としてマーケティングの前提になっています。このようなマーケティングでは、生活者が「新しいくらし」を感じにくくなってしまうのも仕方ありません。

モノ作りに優れた日本企業は、技術の力で成功したがゆえに、これまでの前提に縛られてしまっています。技術が生活者の期待を超えてしまった今、企業は、「製品の良さをしっかり伝えれば、モノは売れる」という過去の常識を捨て、生活者に“体験価値”を提供し、生活者がその体験を自ら広めていくようなマーケティングが求められています。

先述の博報堂の調査で、過去1年で、感動した買い物体験を聞いたところ、実は、43%が「感動した体験はない」と回答しており、「必要なモノを補充しているだけ」「定番を買うだけ」「想定の範囲内で、感動した製品はなかった」といった意見が挙がりました。では、「感動した体験がある」と答えた54%はどのようなことに感動したのでしょうか。
※残りの3%は「不満」回答でした。

ある回答は、「行きつけの服飾店で、そのお店が独自にオーダーした服を紹介された。その際に、お店の人がどのような気持ちでお店に置く商品を選んでいるかを初めて知ることができて、その考えに共感した。その服を買う予定はなかったが、ついつい買ってしまった」というものでした。

別の回答では、「大型の家具店に子供の机を買いに行ったが、追加でダイニングテーブルも購入した。部屋全体でコーディネートがされた空間で、ダイニングテーブルがある様子を見ることができたので、欲しいと感じた」というものでした。

これらの例から、生活者は欲しいモノを必ずしもイメージできているわけではなく、予期せぬ「くらしの変化」に対して感動するということが分かります。また、その予期せぬ「くらしの変化」に対する感動は、企業が持っている思想や考え方に触れたときに起こるようです。

もう少し続けてみましょう。「チーズを専門店で探した際、こちらが気に入るモノが見つかるまで様々な種類を試食させてくれた」、「シューズを選びに行ったら、様々な種類のシューズを履かせてくれて、履き心地について親身になってアドバイスしてくれた。結果として、シューズではなく、ソールを購入した」といった回答もありました。

企業は、競争相手の製品やサービスとの違いを強調して差別化しようとします。一方で、生活者は、「製品やサービスを自分の基準で客観的に選びたい」と考えています。昨今、「試してから購入を判断する」といった、買い物を「体験」化したビジネスが増えていますが、その背景には、生活者が企業の「売りこもう」という姿勢に敏感になっていることがあるようです。

他には、「整体マッサージに行ったら、悪いところと、自分で治すためにストレッチを教えてくれた。そのストレッチがとても効果があるので、それ以来、マッサージに行っていない」という回答がありました。この例では、「それ以来、行っていない」がポイントだと思っています。

生活者はモノを消費したいのではなく、「くらしの課題」から解放されたいと思っています。しかしながら、企業は、CRMという名の下に情報を送り続けて繋がろうとしています。企業は生活者と繋がりたいのかもしれませんが、生活者は悩みさえ解決すれば、企業と繋がり続ける必要はないと考えているのではないでしょうか。

従来、生活者の行動データは、精緻なターゲティングとして、プロモーションのデジタル化に活用されてきましたが、これからは、製品やサービスをフィットさせるために、使用データを活用するようになると考えています。重機メーカーが、使用データを保守管理や生産性向上に活用している事例や、生活者の温度体験データをもとに空調をフィットさせる機能を内蔵した製品は、その先行例と言えます。

ここで、例外的に、製品の機能に対して生活者が感動しやすいカテゴリーがあることを付け加えさせて頂きます。例えば、パソコンやスマートデバイス、自動車や冷蔵庫は、買替え期間が長期にわたるため、自分が以前に使っていた製品との違いを実感しやすくなります。

製造業は、流通にモノを卸すだけの“工場”になってしまうかもしれない。

ピーター・ドラッガーは、「マーケティングの目的は、販売をなくすことだ」と言っておりますが、企業がモノを売り込もうとすればするほど、生活者は自己防衛的になります。広告はスルーされ、他の生活者の声に耳を傾けます。その一方で、値引きや特典などの購入という行為には効率性を求め、ストレスの無い購入手段へ移行していきます。結果、企業はますます売り込みを強くするという悪循環に陥ってしまいます。

こうした状況が続くと、最終的には、生活者が新しい製品に期待しなくなり、それまで買っているものをただ補充するだけになります。その時、製造業は、流通にモノを卸すだけの“工場”のような存在になってしまう可能性さえあります。

同時に、モノからコトへの変化が進むと、生活者も所有から利用に変わり、サービスプラットフォーマーが生活者とのインターフェースを握ります。そうなると、製造業は、プラットフォーマーへの“サプライヤー”という側面が強くなります。実際、カーシェアリングサービスが普及すると、商用車の販売が増えるというデータがあります。自動車メーカーは、シェアリングサービス会社へのサプライヤーになってしまうということです。

では、どう考えたらいいのでしょうか。例えば、ブランドが社会に存在する意義、「ブランドパーパス」から構想することが挙げられます。ブランドパーパスは、そのブランドがこうありたいと考える姿、つまり、ブランドビジョンとは違います。ブランドパーパスは、生活者や協業企業とともに、社会やくらしを変えるための思想です。ブランドビジョンの主語が“I”であるのに対して、ブランドパーパスの主語は“We”であると考えると分かりやすいでしょう。

多くの企業は、ブランドの提供価値(WHAT)から事業を構想していますが、提供価値を起点にすると、「もっとよい製品をつくろう」という性能改善型の思考に陥りがちです。そうではなく、第二創業のつもりで、ブランドの存在意義(WHY)から構想することで、現在の提供価値から解放されて、事業が本来、果たすべき役割を考えることができます。

ブランドパーパスの例をいくつか紹介します。ある消費財メーカーのブランドは、スキンケアを販売するのではなく、「自分らしさに対する自信を生み出すこと」をブランドパーパスとしています。あるスポーツ用品メーカーは、シューズを販売するのではなく、「誰もがアスリートになれるようにする」ことをブランドパーパスとしています。

こういったブランドは、生活者からの共感が高いという特徴があります。そして、製品を売ることだけを考えている訳ではないので、関連した周辺のサービスへ事業領域が拡大していきます。ブランドパーパスは、それまでの事業の定義を見直すことで、もっと成長するために、もしくは、時代に合わせて、事業領域を再定義することができるのです。

デジタルトランスフォーメーションは、経営者の強力なリーダーシップが必要とされる。

 ブランドの役割は、以前は、技術を商品化し、品質イメージを高めて、収益性を向上することにあり、企業は、ブランドイメージで競争していました。これから、ブランドの役割は、よりよい社会にするため、生活者と一緒に製品やサービスを練り上げる仕組みになり、思想の差がブランド力の差になっていくと考えられます。ブランドは思想を実現する行動によって競争する時代になると思います。博報堂は、ブランドが、テクノロジーを用いて、生活者とサービスを繋ぐ「生活者インターフェース」へと進化すると捉え、「生活者インターフェース市場」が到来すると考えています。

デジタルトランスフォーメーションは、生活者との接点を「生活者インターフェース」化し、生活者と思想を共有し、体験価値を共創することに留まりません。「生活者インターフェース」から生まれたデータを顧客ニーズとして商品開発に取りこみ、製品やサービスをカスタマイズするというようにマーケティングが変わります。サプライチェーンも同様で、大量にモノをつくって売り込むのではなく、少量多品種で、いかに効率的につくるかということが求められるようになります。デジタルトランスフォーメーションは、マーケティングとサプライチェーンが同時に変わる企業モデルの変革であり、経営者の強力なリーダーシップが必要となるでしょう。

技術を起点にモノを作っていた時代のマーケティングは、製品開発部門から営業・広告宣伝部門へ、バケツリレーのように行われていました。しかしながら、ブランドパーパスを起点に生活者と繋がって商品やサービスをアップデートする時代になると、モノ作りから販売までの組織が分断しているとうまくいきません。これからのマーケティング組織は、生活者とのオープンな共創を前提にした全機能型組織になっていくでしょう。

ブランディングも変化します。これまでは、ブランドはイメージの競争だったため、生活者に対して、ブランドのイメージを刷り込むため、大量の広告を行ってきました。これからは、「生活者インターフェース」を通じて、思想を共有し、体験価値を提供することで、ブランドの思想に共感するファンを作ることが求められます。ファンベースができれば、ブランドのファンがSNSなどを通じて世の中にブランドを発信してくれるでしょう。生活者が、ある意味、企業のマーケティング活動の一部を引き受けてくれるようになるのです。

デジタルテクノロジーは、変化を実現するための道具に過ぎず、問いの立て方によって解は異なります。「生活者のメディア接触が変化している」と捉えれば、「生活者と繋がって精緻なコミュニケーションを取る」ことが“正解”かもしれません。しかしながら、「生活者が製品に満足しているから、広告をスルーする」と捉えれば、ブランドパーパス起点で「体験価値」を提供することがマーケティングの“別解”として浮かびあがります。

製品やサービスに生活者が満足し、技術が生活者の期待を超えた今、企業が製品力を一生懸命アピールしても、生活者の期待をつくることはできません。本日、“別解”として、お話したように、価値づくりという意味で、マーケティング本来の姿を取り戻す、ことの方が大切なのではないかと考えております。

博報堂も「正解より別解」を掲げて頑張っております。
本日は、ご清聴くださり、ありがとうございました。

「生活者のマーケティング意識」調査概要
18年10月に、ビール、洗剤、スマートデバイスや自動車など、製造業を中心に16カテゴリーで、生活者のマーケティング意識を聴取(インターネット調査)。全国20~69歳男女の2,062名の回答を得た。本講演は、調査結果の一部を活用しています。
マーケティングとイノベーションに役立つ情報をご紹介する「博報堂メールマガジン」を配信しています。お申込みはこちら

プロフィール

土屋 亮
博報堂 エグゼクティブマーケティングディレクター/プラニング局長

博報堂 エグゼクティブマーケティングディレクター/プラニング局長
営業局、経営企画局を経て、ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA(経営学修士)。
現在は、プラニング局にて、飲料、食品、トイレタリーなどのクライアントを担当し、事業戦略、新規事業開発やサービス・デザイン、ブランディング、マーケティングプラニングに従事。

FACEBOOK
でシェア

TWITTER
でシェア

関連するニュース・記事