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【カンヌライオンズ2019 レポートvol.5】 優れたアイデアは職域を超える(クリエイティブディレクター 石井 裕子)

2019.07.31
20年以上にわたりカンヌライオンズを見てきた博報堂クリエイティブディレクターの石井裕子が、今年のカンヌから得られた考察について報告します。

今年のカンヌライオンズの受賞結果を見たら、ちょっとした疑問が湧くかもしれません。「そもそもの企画アイデアはどんな職種の人が考えたのだろう?」と。

コピーライターの深い観察力から生まれたのか?アートディレクターの卓偉した表現力によるものか?それともデジタルプランナーやアクティベーションプランナー、あるいはPRプランナーによる精緻な分析の結果、生み出されたものなのか?

答えはイエスとノーの両方でしょう。おそらく中間にあるものすべて、というのが正しいかもしれません。

まずはバーガーキングが仕掛けた新手の作戦、「Whopper Detour(ワッパーの回り道)」を見てみましょう。
モバイル部門とダイレクト部門に加えて、最も先見性のある作品を表彰するチタニウム部門で最高賞のグランプリを受賞したキャンペーンです。

お客様はマクドナルドのお店に行きます。そう、バーガーキングではなくマクドナルド。そこでバーガーキングのアプリを起動すると、デジタル端末を使って定番商品のワッパーをたったの1セントで事前購入できるのです。あとは喜び勇んで近くのバーガーキングのキャンペーン参加店舗に行き、ワッパーを受け取れば完了。

この極めて太っ腹にみえるキャンペーン。一体顧客にどう効いたのでしょうか。
では、その裏側の仕組みを見てみましょう。

実はこのマクドナルドの店舗を取り囲むのはジオフェンス、つまり仮想的な境界線です。
全米に4,000店あるマクドナルドのいずれかの店舗600フィート圏内に入ってアプリ「Whopper Detour」を開くと、この画期的なオファーが取得できるのです。
1セントでワッパーを事前購入したら、あとはバーガーキングの店舗へ。アプリ内の案内にしたがって行くもよし、マクドナルドの店員に道案内を仰ぐのもよし。結果、お客様は現在地から一番近いバーガーキングの店舗がどこなのかを把握することになります。

今年、「クリエイティブ・ブランド・オブ・ザ・イヤー賞」を獲得したバーガーキングのグローバルCMO、フェルナンド・マチャド氏に聞いたところ、「当然簡単に実現できたわけではなく、実際すべてを束ねるのに1年半もかかった」と教えてくれました。

バーガーキングのCMO、フェルナンド・マチャド氏。バーガーキングは「クリエイティブ・ブランド・オブ・ザ・イヤー」を受賞。

しかしそれだけの労力をかける意味はあります。バーガーキングによれば、このキャンペーンは投資額の37倍にあたる利益をもたらし、同社における過去のデジタルプロモーション最高記録の40倍の成果を生み出したといいます。また、デジタル上で事前購入するということは、煩雑なお釣りのやりとりなどがなくなるため店頭での回転率アップにもつながります。さらに、バックエンドで将来のマーケティングに活用できる顧客データも取得できるわけです。どこまでもよく考え抜かれたキャンペーンというしかないですね。

さて、これは一体誰の仕事なのでしょうか?
デジタルスタッフは当然として、ビジネス、アクティベーション、CRM、データなどにまたがるメンバーが関与しているはずです。

次にヘルス&ウェルネス部門でグランプリを受賞した「ThisAbles」という、イケアのキャンペーンを紹介します。
イケアは、あらゆる人に家具を提供するという信念の元、プロダクトイノベーションに取り組み、同社の製品を障がいのある人も利用できるようにしました。

プロダクトエンジニアたちは障がいのある人とともに、店内ハッカソン(エンジニアリングを表現する「ハック」と「マラソン」という単語を組み合わせた造語)を展開し、その中で様々な家具を徹底的に研究・分析しました。そこでの学びをベースに、障がいのある人が自宅で使用する家具の操作性を高めるために3Dプリンターで製作可能な補助器具を作りだしたのです。プロジェクトの詳細をケーススタディー動画で説明するのは脳性まひを持つエルダー・ユスポフさん(32歳)。彼は、イケアを担当する広告会社で、この仕事に携わったコピーライターでもあります。

これは、まさにインクルーシブ※なプロジェクトだといえるでしょう。
※インクルージョンとは、ダイバーシティと共に使われる言葉で、個人的な背景によって差別されることなく、あらゆる人々が企業や社会に参画する機会を持ち、それぞれの経験や能力、考え方が認められ活かされている状態を言います。

では、このアイデアはどの職域から生まれたのでしょうか?プロダクトデザイン、アートディレクション、プロモーション、アクティベーション、テクノロジー、インクルーシビティ、コピーライティング?答えは「その全て」です。

また最近、Googleのダイバーシティ/インクルージョンのイニシアティブである「Rare」を通じて、イギリスの放送局であるChannel 4の元CMOであるダン・ブルック氏と話す機会がありました。ダンは、ロンドンパラリンピックの「Meet the Superhumans(超人を目撃せよ)」キャンペーンと、リオパラリンピックでその続編を立案したキーパーソンです。

この2つの作品は、一人ひとりの「超人」のプライドとパフォーマンスを圧倒的なスケールで、でも丁寧に細部にまで配慮したクラフトワークで描いています。「Forget everything you thought you knew about humans(人間はこういうものだという思い込みは今すぐ捨てたほうがいい)」というコピーは、私たちの障がい者に対する見方を180度変えるものです。このキャンペーンでは学校で子どもたちがバイアスに影響されることなく、インクルージョンについて学ぶ時の教材になっています。その理由は言わずもがなでしょう。

インクルージョンに対して誠実に向かい合うためにダンがChannel 4で実施したことがあります。それは、より多くの障がい者を職場に招き入れるということでした。しかも、職場における障がい者の割合をリオパラリンピックまで3.5%増、2020年までに6%といった明確な成果目標を掲げました。

ダンの行動は、ただインクルーシブについて「語る」だけではだめなのだということを私たちに教えてくれます。具体的な「アクションを起こす」必要があるのです。インクルージョン革命は、全員を巻き込むリアルなものでなくてはいけません。

最後にウェンディーズのキャンペーンをご紹介しましょう。「Keeping Fortnite Fresh(フォートナイトを新鮮に)」というタイトルのついたこのキャンペーンは、熱狂的なファンがいることで有名な大人気バトルロワイヤルゲーム「Fortnite」の中で、ウェンディーズのアバターが9時間にわたってゲーム内に配置されているあらゆる冷凍庫を破壊するというものです。なぜ冷凍庫を破壊するのか?それはウェンディーズでは冷凍ビーフを一切使用していない、ということを明確に世界に伝えるためです。

4日間で作品のプランを立て、廊下で社長に提案し、すぐに「わかった、やってみろ」という返事をもらったチーム。ブランドにとって最適な場所で最適なことを実践したといえるでしょう。ハンバーガー好きの若者が熱中している「Fortnite」に乗り込んでいって、同じ感覚で同じゲームを話すことで、彼らと同盟を組んだのです。実際、若いゲーマーたちはウェンディーズのアバターにならい、敵のアバターではなく、ゲームの中の冷凍庫を次から次へと破壊していきました。

さて、このキャンペーンを手掛けたのは誰か?アナリスト、戦略ランナー、ソーシャルプランナー、デジタルテクノロジスト、ゲーマー?そう、多かれ少なかれ、その全員が関与しているともいえます。

見てきたとおり、優れたビッグアイデアは一つのクリエイティブ領域に収まるものではありません。今や職域ごとの境界線はぼやけてきています。もしかしたら境界線自体が消滅してしまったのではないでしょうか。

今日のマーケティングコミュニケーションに必要なスキルについて、モバイルライオンズ部門の審査員長であるアリ・ワイス氏は「鮮やかなアイデアを考えられるような、Brilliant Thinkerになれるかが鍵になる。変化を起こすアイデアを考え抜くことができる人だ。その人を中心に据えて、周りをそのアイデアの実現を助ける専門家で囲むんだ。」と明確な考えをシェアしてくれました。

モバイルライオンズ部門審査員長のアリ・ワイス氏

わたしたちはBrilliant Thinkerか?自問自答してみましょう。

ターゲットである顧客をワクワクさせ、しっかり巻き込んでエンゲージしてもらうアイデアを考えられているか。結果的に一番大事なのは、そのアイデアがクリエイティビティによってどれくらいのインパクトを生むかです。そう、相手とつながる言語で話し、心をわしづかみにしましょう。優れたアイデアは職域を超えるのです。

石井 裕子
博報堂クリエイティブディレクター

東京生まれ。幼少期の数年間を南アフリカで、10代の数年間をアメリカで過ごす。
早稲田大学文学部卒後、博報堂入社。現在まで主に海外広告クリエイティブの仕事に携わる。ニューヨーク広告フェスティバルで金賞受賞、ロンドン国際広告賞で金賞等を受賞。カンヌライオンズは1997年以来取材している。

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