
-新卒で2011年入社ということですが、博報堂に入社したきっかけは?
井川:中高時代に新聞社で学生記者ボランティアの活動をしていたんです。自分で好きなテーマを決めて、取材をして記事を書く。5年間その活動を続けていくなかで、政治家や著名な翻訳者といった社会の第一線で活躍される方から、同世代で活躍している方まで、さまざまな人とお会いする機会に恵まれました。人に会って話を聞いて、それを自分なりにまとめて記事にする。さらに、その記事を読んだ人から反響をもらうことができる。
それは自分自身の学びにもなりますし、すてきな人の話を聞いて、その人の生き方を世の中にひらくことが、誰かの人生に前向きな影響を与えられるかもしれない。そんなことが仕事にできたらいいなと思ったのがきっかけです。
新聞記者や雑誌の編集者になることも考えたのですが、広告会社もまた、多様な業種の方にお会いし、広告を通じてクライアントの思いを世の中にひらいていく仕事です。そこに学生記者時代の経験と通じるやりがいを感じられると思い、志望しました。

-入社してからはどんなキャリアを重ねてきたのですか?
井川:はじめの配属は関西支社のビジネスプロデュース職でした。この3年半は本当に貴重な経験ができた時期です。関西支社は若手にも裁量を与えてくれる環境で、領域の垣根なくなんでもやらせてもらえました。CM・グラフィックの制作、イベントの企画・運営、デジタルメディアの運用、一社提供番組の制作など、さまざまな現場を経験することができ、ビジネスプロデュース職ではありましたが、企画書のアウトラインを書かせてもらうようなこともありました。この時期に最もよかったなと思うのが、そうした経験を通じて、社内外の多様な職種の方々と協業したことで、自分がやりたいこと、目指したい方向を見定めることができたことですね。
-どんな方向を目指したいと思ったのですか?
井川:私がビジネスプロデュース職を担当していた3年半は、広告の仕事がひとつの転換期を迎えていた時期でした。2011年当時はまだ、新聞広告15段のクリエイティブを単体でプレゼンするというような仕事も多かったんですね。でも仕事の内容はどんどん変わっていって、企業の目的を達成するために、手法は問わず複合的にプラニングしてほしいというオーダーが増えていきました。いまでこそ当たり前のオーダーですが、当時はそうした要望に応えるための、新しいアプローチや専門性が求められているのではないかと感じていました。
ちょうどその頃、「人を動かす」ことを起点にコミュニケーション全体をデザインするアクティベーションという考え方が生まれてきたタイミングでもあり、自分はそこにチャレンジしたいという気持ちが湧いてきました。3年半という期間ではありましたが、ビジネスプロデュース職としてさまざまな制作やメディアの現場を見てきた経験を、今度はプラニングする側として活かしていきたいと考え、アクティベーション職に職種転換しました。東京本社に戻ってきたのが2014年になります。

-アクティベーション職としてクリエイティブ部門に異動してからは?
井川:異動して1〜2年は正直厳しい期間でしたね。関西支社のビジネスプロデュース職から異動してきたばかりで、プラナーとして何ができるのか、あるいは周りから何を求められているのか、手探りの状態だったと思います。思うような働きができず焦りを感じている頃、何かできることはないかと思い参加したのが、Spikes Asiaという広告祭の中で開催された、若手クリエイターを対象にした国際的なコンペです。幸運なことに日本代表に選出されて参加し、ペアにも恵まれ、現地でSilverを受賞することができました。その経験は、自分がプラナーとしてがんばっていこうという励みになりましたね。
-それは大きな転機になりましたね。
井川:そうですね。そのコンペの一年後にもうひとつ転機となる出来事があって、それはある鉄道会社のお仕事でした。お題は鉄道沿線の街の活性化。街の魅力を紹介するコンテンツはよくありますが、私たちの提案は、そうした情報発信に加えて、鉄道会社の社員である駅員さんを巻き込む企画にしたいというものでした。
駅員さんを「街のことをよく知るプロ」と位置付けて、駅員さんが厳選した店を一般の方に投票していただくアワードのような仕立てにしたんです。そうすると、参加された駅員さんがすごく楽しんでくださり、駅に自作のポスターを貼るなど、各々のやり方で自ら盛り上げてくださる企画になりました。
ひとつのコミュニケーションを行うことで、駅が街のメディアに変わり、会社自体もアクティブになる企画を設計できたことが嬉しかったですし、いまの自分のプラニングの根幹になっていると思います。

-いまの井川さんの肩書きはクリエイティブディレクターとプロジェクトデザイナーとなっていますが、プロジェクトデザイナーというのはどのような役割なのでしょう?
井川:現在所属しているTEKO LEVERAGE(テコ・レバレッジ) (https://www.teko.co.jp/)では、肩書きを2つ持とうという考え方があって、広告業界におけるいわゆる一般的な肩書きの他に、自分の得意分野がわかる肩書きを自分自身で考えて付けるんです。
私の場合、ひとつはクリエイティブディレクターで、もうひとつが「プロジェクトデザイナー」と名乗っています。
-どういう思いでプロジェクトデザイナーという肩書きを付けたのでしょう?
井川:統合コミュニケーションを考えることって、クリエイティブプロジェクトを組み立てることに近いと思ったんですよね。アクティベーション職を出自とする私に求められることは、コピーやCMといったクリエイティブはもちろん、そのブランドを成功させるための大きな流れ全体を設計することだと考えています。
そのために、インナーも含めてどれだけの人を巻き込むことができるか、というのが私の大切にしているプラニングです。コミュニケーションを通じて、プロジェクトそのものをデザインしていくという意味でこの肩書きを付けました。

-プロジェクトをデザインするうえで大切にしていることは?
井川:世の中にそのブランドらしさをどう伝えていくかというのが我々の仕事なわけですが、ではその「らしさ」をどう引き出すか。もちろん広告会社としての客観的な視点も重要ですが、クライアントと徹底的に向き合って、ブランドの価値の再定義からはじめることを大切にしています。
プロジェクトがはじまったら、まずは企業のさまざまなポジションの方とお話しして、その方たちの視点で語られた「ブランドらしさ」からストーリーを紡ぎ出す。そして、そこからアクションを生み出すときには、インナーの社員さんが熱量を込めて参加できるものにする、ということを特に意識していますね。
さきほどお話しした鉄道会社の例もそうですが、プロジェクトに関わってくれる人すべてが「この仕事をよくしたい」と思えるような船をつくる。そんなイメージでしょうか。
あらゆるステークホルダーの心をひとつにするストーリーと、それぞれの人が心を乗せられるブランドアクション。そのふたつが、船を動かす強いエンジンになると考えています。
-そんな「船」をつくるために意識していることはありますか?
井川:向き合う人それぞれの背景を知る、考えるということでしょうか。クライアントのみなさんがどんなことに力を入れていらっしゃるのかという企業サイドの視点だけでなく、コミュニケーションに携わっていただくタレントさんにとってこの仕事がいいキャリアになるか、同じ博報堂のメンバーにとってもやりがいのある仕事になっているかなど、あらゆる角度から考えます。みんなにとって100点の結果になるわけではないかもしれませんが、少なくともそれを目指したい。関わる人それぞれの立場でハッピーになれる仕事をつくりたいんです。
企業やブランドも結局は「人」なんですよね。携わる人の生きざまがそこに宿る。私たちのクリエイティビティで、その人が前へ進むエネルギーになれたらこんなにうれしいことはありません。

-いろいろな立場の人の話を聞いて、それを世の中にひらいていきたいという、井川さんが大切にしてきた思いに通じるところがありますね。
井川:そうかもしれません。その人それぞれの文脈で気持ちを乗せられる仕事ってやっぱりうまくいくんですよね。それをいかに設計できるかが、プロジェクトデザイナーの腕の見せ所だと思っています。目指すべきゴールを定めて、みんなが乗りやすく、乗っていて楽しい船を設計する。いい船をつくれば、いつか私が船を降りたときも、企業のみなさんがうまく操縦してくださるはずなので。
-さいごに、これから挑戦していきたい分野や今後の展望があればお聞かせください。
井川:TEKO LEVERAGEでは、専門的な技術や独自の製品・サービスを持つ中堅・中小の企業さまとお仕事する機会も多く、そういった企業さまの価値をさらに高め、ひろげていくためにはどうすればいいかということに関心があります。
現在、経営大学院(アントレプレナーシップ専攻)で学んでいるのですが、その一環として、「意味のイノベーション」と呼ばれる研究領域を深めているところです。これは、製品やサービスの「機能」を変えるのではなく、それが社会や顧客にとって持つ「意味」を捉え直すことで、価値を更新していくアプローチです。今後は、こうした既存の製品やサービスの「意味」を更新することで、企業の価値そのもののアップデートに貢献できたらと考えています。そうすることで、自分たちの仕事が持つ意味も再発見され、社員の皆さんが前向きに働けるモチベーションにつながったら嬉しいですね。

2011年、株式会社博報堂入社。ビジネスプロデュース職を経てプラナーに転身。化粧品、トイレタリー、スポーツブランドなど多岐にわたるクライアントの統合コミュニケーションデザインを通じて、企業・ブランドの成長を支援。 2024年より、クリエイティビティで企業評価の向上を支援する博報堂グループの専門ファームTEKO LEVERAGEに所属。受賞歴に、Young Spikes 日本代表、Silver受賞、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS、JPMプランニング・ソリューション・アワード他。「販促会議企画コンペティション」審査員。