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連載【生活者一人ひとりのウェルビーイングを実現させる――「ウェルビーイング産業の夜明け」】Vol.6
地道な「対話」と会社の「支援」の両輪で実現する、社員のウェルビーイング

2024.01.18
「社員のウェルビーイング」を企業の成長を支える重要な要素のひとつとして、経営的な視点で取り組む会社や、企業内で社員のウェルビーイングを推進する「チーフ・ウェルビーイング・オフィサー(CWO)」という役職を設置する企業も増えてきました。企業が社員一人ひとりのウェルビーイングを達成するにはどのような施策が有効なのか。博報堂で人材開発、生活者のウェルビーイング促進と、それぞれに取り組む2人が語り合います。

予想外の異動で身につけたウェルビーイング術

堂上:新規事業開発組織「ミライの事業室」で、ウェルビーイングをテーマに活動している堂上です。今回は博報堂・秘書部長の河合さんをお呼びしました。河合さんは博報堂で人事部門や人材開発の仕事に長年携わってこられた方で、同時に現在はマネジメント層とも近い部署で仕事をされていることから、忌憚のないお話を伺いたいと思います。まずは、簡単に自己紹介をお願いします。

河合:秘書部の河合です。1991年に博報堂に入社して、希望通り広告営業に配属されましたが8年目に人事局に異動になりまして、7年間労務、評価、制度関係の仕事をしました。その後デジタル系グループ会社に出向し、7年後に本社にもどって営業統括。そして人材開発で5年働いたあと、働き方改革を2年担当して現在の秘書部に至る、という経歴です。

堂上:こうして伺ってみると、本社系の仕事ばかりですね。

河合:もともとは広告の仕事をしたくて入社したのですが、途中から不思議とそうなりましたね。

堂上:想定外の異動ばかりで河合さんご自身としては、仕事人生にウェルビーイングを感じられていますか?

河合:今日の対談のポイントはまさにそこだなと思ってきました。結論からいうと、いたってウェルビーイングな状態ですよ。

堂上:そうでしたか。僕から見ていると、さぞキャリアプランが立てにくかっただろうなと思いました。

河合:正直、8年目で人事局に異動になった時は、激しく落ち込みました。なんでかなと思いましたよ。広告の現場に行きたくてこの会社に入社したわけですからね。そもそも人事って何をやっているのかも知らなかったですし……。でもそこで素晴らしい方々と出会って、それまで気づかなかったこと、たとえば、バックオフィスをはじめ、支えてくれる人がたくさんいるから会社が成り立っているんだな、ということとかに気づかされたんです。仕事をしていくうちに人事の仕事が面白くなっていって、当時は注目されていなかった「キャリアカウンセラー」の資格を会社にお願いして取らせてもらうなど、前向きに取り組みました。それがきっかけで人のキャリアや生き方に興味を持つようになり、働く人の支援をする人事の仕事にやりがいを感じるようになっていきました。

堂上:その後、出向してもどってきて、今度は人材開発に異動になりましたよね。

河合:そこで人材教育や、組織の強化と経営の関係とか、人の学びに対するモチベーションを高めることだとか、人のパフォーマンスをあげる、といったことを学びました。その一環でウェルビーイングやポジティブ心理学といったものに出会い、社内で人の強みを生かすための場やプログラムを提供する側になっていったというわけです。

堂上:想定外の異動によって河合さんが「人」の問題に関心を持つきっかけになったんですね。そこでやりがいを感じるようになり、ご自身もウェルビーイングになっていったと。

河合:ビジネスパーソンに異動は避けられませんからね。与えられた環境の中で楽しむ方法や、自分が大事にしているものを失わずに仕事をする方法を身につけられました。いま振り返れば、そういう経験ができたことを非常にありがたく思っていますし、想定外なことがあっても楽しむことが上手くなりました。

堂上:河合さんにとってのウェルビーイングはどのような状態ですか?

河合:ひと言でいうと、‟ゴキゲン”な状態。いかに自分をゴキゲンにさせるかというのがウェルビーイングだと思っています。心も身体も自分の状態を常に意識して、調子が悪かったら、そのために自分で何かしらの手を打っていく、そんなイメージです。

堂上:ちなみに自分をゴキゲンにするためには、どんなことをしているんですか。

河合:職場なら、自分らしい仕事のやり方を実践してみるとか、心地よい人間関係を築くこと、といったことだったり、休みには必ずサーフィンをして海に入ることで、心も身体も、リセットしたり、マインドフルな状態にします。

職場のウェルビーイングは、自分の心の声を知ることから

堂上:ここから視点を切り替えて、社員のウェルビーイングという視点で考えていきたいと思います。人事や人材開発でのご経験から、会社で仕事をしている一人ひとりがウェルビーイングになるには、何をすればいいとお考えですか、

河合:仕事をしていると目の前のことばかりになって、自分の楽しみとか幸せを忘れてしまう人が多いと思います。ですが自分のことを知る、考える時間こそ大事で、無理やりにでもとるべきなんですよ。自分との対話ですよね。健康診断で身体のチェックはするのに、心のチェックをすることはやらない。なので一人ひとりが自分と向き合い、考えるワークショップを提供したり、心地よい生活を送るためのヒントを伝えるような支援をしたいという思いがありますね。

堂上:なるほど。河合さんのいうことはよく理解できるんですが、それだとウェルビーイングは個人のマインドセットの問題で、会社とは切り離された感じがするとも捉えられませんか?

河合:そう聞こえるかもしれませんが、自分としては、やっぱり原点は「自分を知る」にあると思っています。ウェルビーイングは、他人から与えられるものではなくて、主観的なもので、自分の本当の思いを知らないことには、実現できないと思うからです。まずは一人ひとりが自分と向き合う時間を、コツコツととっていくのが大事だと思っています。

1人、2人とウェルビーイングを実現した人が増え、周囲に波及していけば、そのうちリーダーの人たちも理解を深めていくでしょう。そのリーダーが、メンバーの幸せを配慮した采配をするようになれば、きっとそれが成果に表れます。日立フェローの矢野和男さんなどがおっしゃっているように、成果が上がるから幸せになるのではなくて、幸せだから成果が上がる、のです。成果が上がれば、ほかの部署もそれを模範とするようになる、というふうに自然に波及していくのが良いと思っています。

会社がまとめてドンと仕組みをつくることも大事ですし、誰かが旗を振るのも大事ですが、やはり社員一人ひとりに広げていくとなると、それだけでは難しいと思います。

堂上:何がウェルビーイングかは、人によって違いますよね。ある人は目標の年収を得ることかもしれない、またある人は働きが評価されて出世することかもしれない。一人ひとりバラバラだと思うんです。

河合:バラバラでいいと思います。ただリーダーは一人ひとりの心の内を理解しておく必要がある。個々の強みとか弱みを把握し、何を喜びとしているのかもわかってあげている状態が大事だと思っています。

堂上:いまはマネジメント層に冒頭で言及したCWOやチーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー(CHRO)などを置いて、全社での取り組みを図る会社が増えています。もし河合さんが博報堂のCWOだとしたら、どのような施策をとりたいですか?

河合:個人的な意見ですが、まずは、会社に所属する人同士の「関係の質」の向上を促進したいですね。MITのダニエルキム氏が提唱している組織の「成功循環モデル*」の実践です。関係の質が良くなれば、思考の質がよくなる。思考の質が良くなれば、行動に繋がる。行動の質がよくなれば、組織のパフォーマンスが上がります。これは、会社イコール人、なので会社と人との「関係の質」とも捉えられます。打つべき施策としては、社員の仕事や組織に対するエンゲージメントの向上を図ること。一人ひとりがこの会社にどれくらいコミットしているのか、どれくらい繋がっているか、この会社をどれだけ紹介したいかと思っているのか、まず現状を調査したいです。
*「The Fifth Discipline: The Art & Practice of The Learning Organization(第五の視点:学習する組織の芸術と実践)」(1990年)

その後、各メンバーのチームに対するエンゲージメントに変動があれば、それを組織長の組織評価の項目に加えることも必要です。メンバーのエンゲージメントが上がれば、組織長としての評価も上がるというしくみですね。もちろんその逆もありですが。

堂上:まずは調査をして、エンゲージメントの向上の度合いを組織長が評価対象とすると。では会社としては何をするのでしょうか。

河合:会社は社員のエンゲージメントを高めるための支援をします。たとえば、メンバーと対話する時間を設定するとか、社員との対話でより相互理解を深めるワークショップなどを提供して、「関係の質」を上げるための策を提供するということですね。上下両方から挟みこんでいく形です。

人事部が人員配置を決める 立候補制が難しい理由

堂上:ちょっと現実的な話をしますと、人によってたとえば目標年収に届かないとか、目指す地位に引き上げてもらえないといったことが当然ありますよね。もっといえば、河合さんのように望まない部署に異動になることもあります。彼らはノットウェルビーイングな状態ですが、それに対してその人がマインドを変えればいいという考え方は、ちょっと腑に落ちないなとも考えられます。

河合:私の経験からの考えですが、さきほどお話しした通り自分自身との「対話」が必要だと思います。それで捉え方を変えてあらためて仕事を見直してみると、面白さを発見して、自分の強みを生かした仕事のやり方に切り替えられたり、それが評価されるというポジティブループに入っていける可能性もあります。

堂上:いっそのこと人員配置も立候補制にするのはどうですか。そうすればみんなが主体性を持てるから、ウェルビーイングな人は増えると思うんですよ。

河合:それに関しては大賛成。

堂上:なぜ難しいんでしょうか?

河合:博報堂社内だと、キャリアダイアログとかで、一部ではじまっていますよね。少しずつ選択肢は増えている。手を挙げて、全員の希望に沿った結果だけで組織を作ることは、一気には難しい。ただ全てでなくても、たとえば社内副業などはあっていいと思います。就業時間の2割を別の希望の部署での仕事にあてるという形で。

堂上:確かにそういう形もアリだと思います。でも、やはり人気の組織には、副業でも入れない人は出てきてしまうのではないかと思います。やりたい仕事ができないというのは、ウェルビーイングに関わるし、ひいては離職の確率も高まる……ということにも繋がるのではないでしょうか。

河合:繰り返しとなりますが、自分の経験を振り返ってみて、もしも第一希望の部署に選ばれなかったとしても、ほかに自分に合う部署があるかもしれない。仕事人生のなかで、予想もしない経験をする場面があってもいいと思う。むしろ会社が選択の幅を広げることで、新たな自分の可能性に気付くことも多いにあると思いますし、それを伝えたいですね。

堂上:最近は副業を認める企業も増えていますよね。

河合:そういう自由な会社に人が集まる流れは、これから確実に高まるでしょう。まだ少数派ですが、何かのきっかけで社会が一気に変わる可能性はありますね。また、社外活動としてボランティアなどを通して社外、そして社会に働きかけていく人も増えているように感じます。

堂上:すでに会社と従業員の主従関係は逆転していて、生活者として心地よく働ける場所に人が集まる流れははじまっています。僕としては会社にわかりやすいアクションを起こしてもらって、それを発信してもらいたいと思っています。

常識や固定観念を捨て、ゼロベースで対話をはじめよう

河合:やっぱりウェルビーイングに「飛び道具」はないと思うんですよ。心の充足度の話だから、会社から一方的に発表されただけで終わってしまっては、一人ひとりの心の内面には届きにくい。最後は人です。人と人との対話から広げていき、それが波及していきます。するとどこかで一気に広がるタイミングがくるんじゃないかと思っています。基本1対1の対話だから、効率よく綺麗に広げることはできないと思っています。

堂上:たしかに型にはめようとしたら、うまくいかないですよね。

河合:いまはコロナ禍を経て、みんなが自分の生き方や働き方の原点を見直しているところだと思います。だからこそ、対話を通じて自分が望む生き方や働き方を考える場が必要だと思うんです。

堂上:そうですね。孫泰蔵さんが書かれた『冒険の書 AI時代のアンラーニング』の中に、過去の経験や価値観を一度、すっかり捨て去るという意味の「アンラーニング」という言葉が出てきます。いまはみんなで「アンラーニング」をした状態で対話をする時かもしれません。働くことがウェルビーイングにつながる世界とはどのようなものか、ということについて。それこそトップがまずアンラーニングやポジティブ心理学などを学んで、真剣にウェルビーイングを考えるようになるといいですよね。

河合:たしかにそれはワクワクすることだし、その会社に行ってみたくなります。

堂上:アンラーニングという点からいえば、どこの組織に所属するかとか、このコミュニティに所属していなければならないといった縛りも、取り払って考えたほうがいいかもしれませんね。

河合:我々の世代には会社に入っておけば安心という意識があったけど、20代の若い世代は、会社に所属することにさほど重きも置いていない傾向がありますね。

堂上:会社が1対1の対話に「任せる」というのは、逆に期待の裏返しで、みんなでウェルビーイングな組織に変えてくれということかもしれないと思いはじめました。

河合:会社ができることって、場づくりまでということが多いと思います。そこからあとは一人ひとりの行動に期待するというのが実情だと思う。でもその場づくりを手を変え、品を変えやっている組織は、素晴らしい。

失敗を許す文化に変えて存分にチャレンジできる会社へ

堂上:たしかに組織といっても、いまではさまざまな組織が融合したり、いろんな所属の人たちが集まっているわけで、どこに所属しているかよりこのプロジェクトで何の役割を果たすかが重要になっています。

河合:もともと博報堂は、そういう会社ですよね。いろいろな才能が合流して、新しいこと、面白いことに挑戦するというカルチャーがある、と自負しています。今はほかの企業もどんどんそうなってきています。

堂上:最後に、新規事業を手がける者として、提言したいことがあるんです。何かというと特に最近日本には失敗を許さない文化がありますよね。それを失敗を許す文化に変えていこうということです。のびのびと挑戦できる環境に変えるだけで、一人ひとりがウェルビーイングになるんじゃないかと思いますが、どう思われますか。

河合:その通りだと思いますが、会社としては、どんな失敗でも許しますよ、とは言いにくい(笑)。失敗しかなかったら潰れてしまいますからね。だから、「新たな挑戦をした失敗は称賛する」や、「チャレンジを評価する」を真ん中に置くのはどうですか。

堂上:どんどんチャレンジさせてくれる会社になったら、ウェルビーイングな人は増えますよね。なおかつ会社には次々にイノベーションが生まれます。そういうこともCWOの役割ですよね。河合さんのような、ひとりひとりのウェルビーイングを考える方が、どんどん仕組み化して、ウェルビーイング推進にドライブをかけるファーストペンギンになってもらいたいと期待しています。

河合:全社員がCWOの心持ちを持っている会社や社会づくりを目指して頑張りたいと思います。

河合和彦
株式会社博報堂 秘書部長

1991年博報堂入社。営業、人事、デジタル系グループ会社、営業統括、人材開発、プロセスイノベーションを経験し、現職に至る。「組織の関係の質」向上を目的とした、強みを活かす「ストレングスファインダーワークショップ」や「ポジティブ心理学」に精通し、ウェルビーイングに生きるヒントを伝える支援を行う。「タレントマネージャー制度」HRアワード2021入賞。「国家資格キャリアコンサルタント」、「JPPI認定ポジティブ心理学トレーナー」、「米GALLUP社ストレングスコーチ」、「日本MBTI協会認定ユーザー」、「組織変革のためのダイバーシティOTD普及協会認定講師」などの資格を持つ。

堂上 研
株式会社博報堂 ミライの事業室長代理/ビジネスディレクター

1999年博報堂入社。食品、飲料、保険、金融などのマーケティングプロデュースに従事後、ビジネスアーツ、ビジネス開発局で事業化クリエイティブをプロデュース。業界を超えてイノベーション活動を支援し、スタートアップや大企業とのアライアンス締結、オープンイノベーション業務を推進。現在、Better Co-Beingプロジェクトファウンダー、経団連DXタスクフォース委員。

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