博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)が提唱する、デジタル上のビッグデータをエスノグラフィ(行動観察)の視点で分析する手法「デジノグラフィ」。
生活総研では数々のデータホルダーと共同研究を行っています。今回は株式会社ヴァリューズの保有する24時間・365日のスマートフォンの利用ログ(使用許諾を取得したAndroidユーザーのアプリ利用・Web閲覧データ)を分析。そこから見えてきた「若者のスマホアプリ利用行動」について、2回に分けてご紹介します。後編では、「若者」に関するある俗説を検証します。
伊藤耕太/博報堂生活総合研究所 上席研究員
皆さんはネット上などで、こんな若者のイメージを見聞きしないでしょうか。
例えばあるインフルエンサーの方は、SEO対策しているから、ブラウザ検索はしないと言います。またあるSNSユーザーの方は、最近の若い人はSNS内のハッシュタグ検索で情報集めを完結させているのだろうと言います。そしてネットニュースには、ブラウザ検索は、若者の検索方法の主流ではなくっている、といったような表現が踊ります。
つまり巷では「若者はもはやブラウザ検索をしない」というイメージがまことしやかに拡がっているわけです。
しかし本当に、最近の「若者」は、ChromeやSafariといったブラウザを開いて何か検索することをやめてしまったのでしょうか?代わりにSNSのようなアプリの中で、ハッシュタグを使って検索を行い、効率よく自分にあった情報を集めるだけなのでしょうか?
こうした俗説を、前編(「若者」は何歳まで? アプリ利用データから見える境界線)と同じく、スマホ利用ログのデータを使って検証してみましょう。この分析では、ブラウザ上でのWeb閲覧データを活用します。
次のグラフは、2016年4月からの1年間に、スマホユーザーが、一人あたり月に何回ブラウザ検索を行なっていたかを示した、年齢1歳刻みの折れ線グラフです。
2016年の時点では、例えば20代は、月に30回ほど「ブラウザ検索」していたことがわかります。それが4年後の2020年度になると、減るどころか、最多で40回ほどに増加しているのです。
つまりよく言われるような「若者」の「ブラウザ検索離れ」は起きていない…むしろブラウザで何かを検索する頻度は増えている。データはこのように示しているわけです。
一体なぜなのでしょうか?さらにもう一つデータを見てみましょう。
次のグラフは5歳刻みの各年齢階層において、ブラウザ検索をしているときに、同じ5分間に「Twitter、Instgram、LINE、Youtubeといったアプリも使っている人」が、どれだけいるかを示したデータです。
ご覧のように、20代の約2人に1人は、ブラウザ検索をしているときに、同時にTwitter、Instagramも使っている、ということがわかります。また同様に、約4人に1人は、ブラウザ検索と同時にLINE、Youtubeを使っています。
これらのアプリは今や老若男女に使われていますが、それでもブラウザ検索と同時に使っている割合は若い年齢層で顕著に高い、ということをデータは示しています。
ではこの若い人たちは、一体何をそんなに頻繁に検索しているのでしょうか?
ここで解像度をぐっと上げてみましょう。いまご覧いただいたデータの中に含まれる、ある20代前半の女性の、4月のある1日、24時間に焦点を合わせてみます。
どんなアプリを使いながら、どれくらい、何をブラウザ検索しているのか。データを使って描いてみました。その24時間を2分間に縮めたアニメーションで、ご覧ください。
(注:許諾取得済みモニターの実際のデータをもとに制作していますが、一部のアプリ名称、アプリアイコン、検索ワードの固有名詞は架空のものに置き換えています。)
さて、「若者」の検索行動に関する俗説の多くは、もうブラウザ検索をしない、というものでした。それに対してデータが描く実像は、大きく異なっていました。ご覧頂いたアニメーションのように、SNSを中心に多種多様なアプリをホッピングしつつも、関心の赴くまま、多くのワードをブラウザ検索しています。
ふと見かけた情報から新しいことへの興味を刺激され、SNSの「外」に出て行っているわけです。
こうした行動実態は、実は生活者が生んでいる様々な現象の中にも見てとることができます。例えば「シティポップ」ブームについて考えてみましょう。
シティポップとは、竹内まりやさんや角松敏生さん、大貫妙子さん、吉田美奈子さん、山下達郎さんといった、1970年代後半から1980年代にかけて日本で流行したポピュラー音楽のカテゴリです。このシティポップが令和の今、再び流行していると言われています。
その流行は一体誰によって支えられているのでしょうか?当時若者でこれらの楽曲をよく聴いていた人たちが、歳を重ねた今、懐かしむ気持ちで再び聴いているのでしょうか?
データは少し違った様相を描き出します。
次の図は当研究所が、ヤフー・データソリューションの検索・行動データ分析ツール「DS. INSIGHT」を用いて算出したデータを元に、2020年1月1日からの1年間に、「シティポップ」を含む検索が誰によってなされたのか、年代構成比をグラフ化したものです。
ご覧のように、多くの検索ワードにおいて、そのマジョリティを成すのは20代なのです。
現在の20代というと、1992年~2001年ごろに生まれた人たちです。つまりシティポップを、テレビやラジオを通じてリアルタイムで経験しているはずのない世代です。
にも関わらず、彼らは経験や記憶の中にすら存在しないシティポップに関心を抱き、検索を行っています。そのことが検索行動というデータにはっきり表れている。
このような行動実態は、若者は自分の好みに最適化された情報環境で生きているのだ、と思い込んでいては見えてきません。
そのような、ある意味で閉じた環境では、自分の人生とまったく接点のなかったシティポップのような過去のカルチャーに出会うことは難しいはずです。
一方でデータが示唆するのは、異なる若者の像です。
生活者の中でも若い人たちは、Twitter、Instgram、LINE、Youtubeといった便利なアプリを自在に使いこなす一方で、他にも無数のアプリをホッピングし、ブラウザ検索と行き来を繰り返すことで、思いがけない興味関心の対象と出会っている。そのような姿が浮かび上がってくるわけです。
生活総研の進めるデジノグラフィの中には、「俗説発想法」といって、 世の中で定着している俗説や常識、固定観念を起点にデータを分析する技法があります。
「若者はもうブラウザ検索しない」という私たちの思い込みも、そのまま疑わなければ、若者に未知の事物を認知させることは無理である、という結論になりかねません。
他方、俗説発想法のような視座を通じてデータを探索してみることで、思っていたのとは異なる生活者の姿や、新たなビジネスチャンスに通じる、今まで見えなかった行動、隠れていた欲求が浮かび上がってきます。
元来、データは私たちに何か決められた答えを提示する存在ではありません。むしろ私たちの思い込みをひっくり返し、発想力を刺激し、新しい生活像を描き出す力になってくれるのです。
生活総研では、デジノグラフィを通じて今後もそのような気づきが得られる研究を実践していきます。
2002年博報堂入社。
国内外の企業や自治体のマーケティング/ブランド戦略の立案や未来洞察、イノベーション推進の支援に携わりながら、企業向けの研修講師や中高生向けキャリア教育プログラム講師などを担当。2021年より現職。