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連載 「IoT時代の広告のカタチ」
第3回 『モノがメディアになる時、 IoTに求められる作法』

2021.04.01
#クリエイティブ#マーケティング
博報堂ブランド・イノベーションデザイン局 須田和博の連載「IoT時代の広告のカタチ」の第3回『モノがメディアになる時、IoTに求められる作法』が、日経広告研究所報315号に掲載されました。

エンゲージメントという考え方

前回の連載で紹介した「NIKE+FuelBand」が高く評価されたその頃、広告界では「エンゲージメント」という新しい考え方が定着し始めていた。露出ではなく「関与」を重視するというものだ。インターネットが普及し、それがメディアとして無視できない存在感を確立し始めた時、無限面積を持ち得るWEBでは、テレビCMなど「露出」でカウントするのとは違う指標が必要になった。これに対して登場したのが、「関与が人を動かす」という考えに基づく「エンゲージメント」という概念だった。2005年の全米広告業協会(AAAA)の基調講演で提唱され、新たな広告効果指標として広まった。
インターネットのWEBサイトやSNSでの広告に限らず、モノのインターネット化である「IoT」広告においても、この「エンゲージメント」という考え方は非常に重要なものである。前回「視界そのものがメディアになる未来」の可能性に言及したが、もしそこで「露出」だけが広告の評価指標のままだとしたら、ユーザーの視界を広告が埋め尽くすことになると、誰でも容易に想像がつくだろう。
「露出」が人を動かしたのは、人々が見たいと思う媒体に広告が割って入ることで見てもらえた時代の話だ。今日のように、日常のすみずみまでメディア化され、目を閉じない限り、何かしらの情報に常に接するようになった時に、露出が人を動かし得るか? ただ露出だけでは難しいであろう。露出がゼロでは話にならないが、露出に関与を組み合わせる手法や、何かしら関与を生み出せるような情報設計をしないことには、広告プランナーは仕事をしたことにはならないだろう。
関与と露出の違いは何か。最も簡単に言えば、「見たいもの」と「見たくないもの」の差である。「見たいものを見る」、これは関与。「見たくないものを見せられる」、これは露出。日常生活を構成する様々なモノがメディアになっていくこれからの社会において、「露出すれば良い」という考え方は捨てるべきだ。無配慮に「露出」を企画することは、これからの社会で広告がますます嫌なものになっていくことを意味する。

モノがメディアになるとは

モノがインターネットに接続し、その結果、モノがメディアになっていくというのは、どういうことなのだろうか。スダラボのプロトタイプ事例を2つ紹介し、その意味や働き、コミュニケーション企画における「ツボ」などを考察してみたい。
1つめは「フェイス・ターゲティングAD」という、鏡をメディア化したものである。鏡の形をしたハーフミラーのサイネージに広告を映す。その際、これをクラウドサーバーに接続しておき、鏡を見た人の顔認識をサーバー上で行う。その人の顔の特徴や、表情から推測できる感情に合わせて広告を出し分けるシステムである。さらに、鏡に映る本人の顔を広告表現に取り込んで、ユーザーごとにユニークでユーモラスなアプローチを試みた。
例えば、こういうアイデアである。男性の顔を認識し、ヒゲの有無を判定した時に、その人のアゴやクチのまわりにシェービング・クリームが塗られる様を、鏡の中の自分の顔の上に出現させる。「お?何だろう」とユーザーの興味を惹いた後に、シェーバーが出現し、クリームを剃り落とし、スッキリした元の自分の顔が鏡に現れる。そんな広告。また、例えば表情がすぐれない(笑顔でも怒り顔でもない無表情)と顔認識した時に、「ユー・ルック・タイアード(おつかれじゃないですか?)」とメッセージが現れ、その後にエナジー・ドリンクの広告が表示される。いずれも広告は仮のサンプルで、本当の広告主が付いているものではなく、「こういう商材のの広告をこんなふうに鏡に出したらどうですか?」という新しい広告コミュニケーションのプロトタイプであった。これを自主的に開発して、アメリカ・テキサスで開催されるSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)というテックスタートアップ企業のトレードショーに、博報堂グループとして17年に出展した。

顔認識し、その人にピッタリ合った広告を出す 仕組みの「フェイス・ターゲティングAD」

鏡が応対するというメディア

このSXSWのトレードショーで、連日デモンストレーションしながら来場者に説明し続けて、重要なことに気が付いた。先ほど説明したエナジー・ドリンクの広告コピー「ユー・ルック・タイアード(おつかれじゃないですか?)」というメッセージが鏡に表示されるのを見る時、体験者たちの表情がほころぶのである。嬉し恥ずかしというように「え、なんで、わかったのー?(笑)」というような反応を連続して見るうちに、「なるほど!」と気が付いた。
「キャッチ・フレーズ」というのは、もともとお客様の注意を引くために、つまりキャッチするためにある言葉だが、紙のポスターに入っている時に顧客の興味を「キャッチ」する言葉と、鏡の中で自分向けに表示される時に興味をキャッチする言葉は違うのだな、と気付いたのである。すなわち、鏡を見ている時、人間には「鏡に言われたい言葉」がある。鏡というのは人類最古のセルフチェックの道具である。鏡を見て人は身だしなみを直し、自分の顔を見つめ、顔色がすぐれているかいないかで健康状態を推しはかる。
だから、鏡を見た時に、鏡から「おつかれじゃないですか?」と訊かれることで、人は喜ぶのだ。「この鏡は自分のことをわかってくれている」と感じられて嬉しいのだ。そんな鏡から声をかける際の「コピーライティングのツボ」に気付いた時に、「そうか!なるほど!」と思ったのだった。鏡と人間の間には、固有のメンタルな関係性がある。童話の「白雪姫」の有名な冒頭部に、白雪姫の継母である王妃が、「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」と問うシーンがある。「それはあなたです。王妃さま」と鏡が答え、王妃は満足する。ここにシンボリックに表されているメンタルがそれである。トレードショーの会場で、最新技術で顔認識する鏡型サイネージから「ユー・ルック・タイアード」と表示される時に、嬉し恥ずかしそうにするユーザーたちの反応を見て、この最古から続く人類の心理に気付いたのだった。

「フェイス・ターゲティングAD」の博報堂グループのデモ (SXSW 2017のトレードショー)

野菜がしゃべるというメディア

スダラボのもう1つのIoTコミュニケーションの事例を紹介する。それは、接触検知技術を応用し、店頭で野菜に触ると野菜自身が出身地などをしゃべって自己紹介する、「トーカブル・ベジタブル」というプロトタイプである。開発当時、食品の産地偽装が問題になっており、それを楽しく解決する方法はないものかと考えて作ったものだ。
北海道・札幌の産地直送スーパーで実施した時には、実際に道内の生産農家にメッセージを録音しに行った。店頭のジャガイモに触ると、「北海道・当別町から来ました。とってもおいしいよ!」という出身地紹介や、「ジャガバターがお薦めです!」というレシピ紹介などをイモ自身がしゃべる。しゃべると言っても、実際に本当に野菜がしゃべるわけではもちろんなく、センサーを通じて野菜に触ったことが検知されたら、箱の中に隠されたスピーカーから生産農家さんの声が出る仕組みである。
これも北海道で実施したあと、先ほども紹介したアメリカ・テキサスのSXSWトレードショーに持って行った。北海道で実施した時はジャガイモが自己紹介したが、テキサスではタマネギとトマトをしゃべらせた。触ると「アウチ!(痛っ!)」と反応したり、「アイム・フレッシュ!」と自慢したりする野菜は、そのかわいらしさから、無機質なメカの展示が多い会場で非常に目立ち、アメリカ人の来場者に大ウケした。
仕組みそのものは単純だが、これが人々に非常に喜ばれたのは、やはり「野菜が何をしゃべったら嬉しいか」という「コピーライティング」と、その「声質」にあったと思う。ハロウィンのカボチャを例にするまでもなく、人々は野菜をキャラクターにしたがる傾向がある。ジャガイモ、オレンジ、リンゴなどの運搬用の段ボール箱に、野菜や果物に顔が描かれたキャラクターが印刷されているのをスーパーの店頭などでよく見るだろう。人は野菜や果物に人格を感じたいのである。だから、触ったらしゃべる野菜は、とても喜ばれた。
ポイントは、箱に隠されたスピーカーから音が鳴る仕組みだからこそ、店頭の呼び込みセールス・トークのように聞こえたらダメで、あくまで「野菜自身がしゃべっている」という話法でセリフを書き、人柄を感じる声で収録することが最重要であった。
のちに、日本の新聞社の記事企画で、野菜の宅配サービス企業とのコラボレーションで、シニア女性層にこの装置を体験してもらって意見を聞くという調査会を行ったことがある。「生で食べられるカボチャ」など、珍しくておいしい野菜を複数用意し、出身や由来、おいしいレシピなどを一人称語りで、その野菜の性格に合いそうな声をスタッフから選び録音した。結果、特殊な野菜の名前も、初めて聞いた調理法も、一発で覚えてもらえた。店頭販促の連呼トークでは、絶対に達成しないであろう情報の到達率は、「触るとしゃべる」という体験と、「人格を感じるしゃべり声と内容」で出た成果だったと思う。

「トーカブル・ベジタブル」の展示販売・実証実験(北海道・札幌の産直マート)

モノと人とのメンタルな関係性

鏡が人に応対する「フェイス・ターゲティングAD」も、野菜がしゃべる「トーカブル・ベジタブル」も、どちらの例もユーザーに喜ばれるポイントは、その「モノ」に人が感じたい人格を感じられるような企画や言葉や仕上がりになっているかどうかだ。人は鏡には「自分のことをわかってくれている」神秘的な力を感じたいし、野菜には「素朴で、ウソ偽りない」キャラクターを感じたい。モノと人との間には、モノごとに固有のメンタルな関係性がある。そのことに、スダラボでのプロトタイピングと、展示会や実施現場でのフィールドワークで気付くことができた。

アメリカ人に大人気を博した「トーカブル・ ベジタブル」の展示 (SXSW 2018のトレードショー)

IoTによってモノがメディアになっていく時に、この「モノと人との固有のメンタルな関係性」に気付いてコミュニケーションをプランニングするのと、気付かずに露出や表示の仕方だけでプランニングするのとでは、ユーザーの反応に雲泥の差が出るだろう。本稿の冒頭で「エンゲージメント」という考え方の重要性について触れた。インタラクティブ領域のコミュニケーションにおいて、浅い深いの違いはあれど、このエンゲージメント、すなわち顧客からの関与を考慮せずにプランニングを行うことは、愚の骨頂である。広告情報を「露出させる」だけにしか、新技術や新デバイスの使い方を考えないことは、新時代における「広告の死」を意味する。ポータルサイトが検索連動広告で大成功したのは、検索という「ユーザーの関与」に対して、広告もそれ以外の情報も同等に「役に立つもの」として提供したからだろう。鏡をのぞき込むという「ユーザーの関与」に対して何を提供できるのか? 野菜に対する「ユーザーの関与」に何をしたら喜ばれるのか?そういうところにこそ、IoT時代のエンゲージメント型広告コミュニケーション企画の核がある。
今後、ますます様々なモノがIoT化し、メディア化していく時、人とモノとはどんなメンタルな関係にあるのか、そのモノが何をしてくれたら人は嬉しいのか、ということをはずして考えてはならない。著書『使ってもらえる広告』(アスキー新書)の最終章で、「広告はメディアの似姿を借りる」と書いた。江戸時代、歌舞伎の中で広告をしていた時は、広告は歌舞伎の似姿を借りてまぎれ込み、人々に見てもらい聞いてもらった。新聞の時代が来たら、広告は記事の似姿を借りて、読んでなるほど!と思える内容で、人々に読んでもらった。テレビの時代が来たら、娯楽という形でテレビの似姿を借り、見て楽しく、聞いて覚えて歌えるようなものになった。WEBの時代が来たら、その似姿を借り、人々が何かを調べたり探したりするところに役に立つものとして入り込んだ。SNSが日常的になれば、その似姿を借りて、日々のささやかな挨拶や声がけという形でお馴染みになるよう人々に寄り添った。
この「広告はメディアの似姿を借りる」という考え方が、IoT時代に「モノがメディア化していく」時も、まったくそのまま通用する。すなわち「モノがメディア化していく時も、やはり広告はそのモノの似姿を借りる」と言える。腕時計に広告が入る時は、腕時計の似姿を借りる。鏡に広告が入る時は、鏡の似姿を借りる。野菜に広告が入る時は、野菜の似姿を借りる。「モノの似姿を借りる」とは、どういうことか。それは「人がそのモノに期待する気持ちに応える」ということだ。鏡に入り込むなら「おつかれじゃないですか?」と声がけし、野菜に入り込むなら「素朴で偽りない」存在として接する。モノと人とのメンタルな関係性をチャンと把握して、ユーザーとの接点となるコミュニケーションをプランニングする。一番大事なことは、それである。

モノが接客する未来

しかし、「野菜がしゃべったり、鏡に広告を映したりして、どうするんだ? そんなのが日常的なメディアになる時代なんか、当分来ないだろ」と言う方もいるだろう。私自身も、野菜や鏡が今すぐ主流メディアになるとは思っていない。しかし、コンビニやスーパーの「無人店舗」や、「自動運転」の自動車はすでに現実のものとなり、近い将来、当たり前のものになっていく。
その時、「無人店舗」の店頭や「自動運転」の車では、なにかしらモノがユーザーに対して接している状態になっているはずだ。モノが接客する未来。そこで必要となるコミュニケーションのプランニングでは、技術への理解はもちろん、「モノと人とのメンタルな関係性」に関する洞察がなかったら、ユーザーに喜ばれる企画など絶対にできないはずだ。
コロナ禍で、ますます人が人に接するのが難しい社会になった。メディアを介して遠隔でコミュニケーションが行われるようになり、ユーザーのメンタルに対する洞察は、どんな仕事でも重要度が上がっている。感染防止のために無人窓口や、ロボット接客も出現してきている。モノがメディアになる時代は、実はすでに到来しているのである。

須田 和博(すだ・かずひろ)

1990年多摩美術大学卒業
同年、博報堂入社。AD、CMプランナーを経て、2005年よりインタラクティブ領域へ。
14年スダラボ発足。
アドフェスト・グランプリ、カンヌ・ゴールドなど、国内外で70以上の広告賞を受賞。
[著書]『使ってもらえる広告』(アスキー新書)

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