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新連載「IoT時代の広告のカタチ」
第1回『コロナ禍の時代に、テック広告はどう向き合うか?』

2021.02.22
#クリエイティブ#マーケティング
「日経広告研究所報」にて、博報堂ブランド・イノベーションデザイン局 須田和博の新連載「IoT 時代の広告のカタチ」がはじまりました。
第1回「コロナ禍の時代に、テック広告はどう向き合うか?」が日経広告研究所報313号に掲載されました。

ニューノーマルsince2020

2019年度の終わり頃、あまりにも突然に、まったく予想もしなかった理由で、「新しい時代」がやって来てしまった。それは、出勤やオフィスという「当たり前の日常」を当たり前でなくし、ライブやイベントの実施を根底から不可能にし、旅行や出張をごくごく稀少なものにし、そして「都市に住むことの意味」を問い直しつつある。19年度の秋頃から「VUCA(Volatility:激動、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:不透明性)の時代」「予測不能の時代」とは言われていたが、半年後にこんな日常が当たり前になるとは、本当に誰も予測できなかっただろう。この原稿の依頼をいただいた時は、まさかこんな日常が来るとは思ってもおらず、「IoT時代の広告のカタチ」と題して、テクノロジーを活用したコミュニケーション事例、すなわち「テック広告」を、その考え方と実施方法の両面から解説し、「広告の未来形」を模索していく連載を構想していた。
その意図は大きくは変わらないが、ここ数ヶ月で「5年以上」、いや、場合によっては「30年近く」未来が前倒しでやって来た印象があるので、そのような時代認識と考え方で未来のコミュニケーション予測を書くことで、現状の課題のヒントにならないだろうかと考えた。

自分広告30年史

未来の広告である「IoT時代の広告」を考えるにあたり、まずは自分自身の広告クリエイターとしての歴史を振り返りたい。
もともと自分は、1990年に多摩美術大学のグラフィックデザイン科から、博報堂にデザイナーとして入社した。紙に印刷する広告のアートディレクターを7年やったあと、CMプランナーに転向。国内や海外のテレビCMを同じく7年ほど手がけた。05年に当時できたばかりの「インタラクティブ・クリエイティブ室」に志願異動。黎明期の「Web広告」や「SNS広告」の急成長に歩を合わせるように、インターネットにコミュニケーションの主舞台が移行していくその後の15年間の発展を、自分のメインキャリアとする形で仕事をしてきた。
日本最初のSNSである「mixi」に、年末年始に増設されるものとして「ミクシィ年賀状」という、mixi内のフレンドに紙の年賀状を出せるサービス型の広告を実施し、これが高く評価されて「東京インタラクティブADアワード」の08年のグランプリをいただいた。10年に上梓した著書『使ってもらえる広告』にまとめた「ユーティリティ価値がある広告的サービス」という考え方は、のちの「アプリ型の広告」や「Webプラットフォーム・サービスと一体になった広告」などの源流と言えるもので、スマートフォンの時代に移行していくその後の流れに多くのヒントを与えた予言的書籍だった。

14年から博報堂横断の社内プロジェクトとして自分の名を冠した「スダラボ」という、テクノロジーを活用したコミュニケーションを自主的に試作するプロジェクトを、若手と一緒に始めた。「広告の新商品」と呼んでいる、さまざまなモノや体験をスマホやオリジナル・デバイスでインターネットにつなぎこむスダラボの「プロトタイプ群」は、今で言う「IoT」を広告コミュニケーションに応用したはしりだと言える。その第1弾「ライスコード」で、アドフェスト・グランプリやカンヌライオンズ・ゴールドをはじめ、国内外で70以上の広告賞を受賞した。
16年から始まった「hakuhodo-VRAR」というプロジェクトに翌17年からスダラボとして合流し、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)やMR(複合現実)など「XR領域」で、コミュニケーションのプロトタイプを作り続けてきた。これは、IoTのさらにネクスト領域と言える「空間そのもの」や、「視界全体が媒体になる」近未来の広告コミュニケーションのトライアルをいち早く行おうとしているのだ。ここで実施した最初のプロジェクト「MRミュージアムin京都」は、19年の「日本イベント大賞」のグランプリである経済産業大臣賞をいただいた。
約30年の広告クリエイターとしてのキャリアを振り返ると、おおよそ7年ずつの区切りで媒体領域を転じてきたことがわかる。すなわち「印刷→テレビ→Web→IoT→XR」である。これはコミュニケーションの歴史的発展そのものと相似であると、ある時期に気がついた。広告やコミュニケーションの歴史と、自分のキャリアの「領域を転じる歴史」が重なっているということは、我ながら非常に興味深い。
その領域職転の中で、一貫して変わらない実感を、この先の「未来の広告」を考えるヒントとして提示したいのが、この連載の趣旨である。

博報堂の次世代型クリエイティブ開発ラボ 「スダラボ」
青森県田舎館村とコラボした「ライスコード」

メディアは変わる、人間は変わらない

いつも講演の第1章で必ずお伝えするのが、メディアには歴史があり、そして「メディアは歴史と共に必ず変わる」ということである。自分が博報堂に入り、広告を学び真剣に実践しながら、定期的に媒体領域を転じざるを得なかったのは、おそらくそのことに敏感であったからだと言える。そして、「印刷→テレビ→Web→IoT→XR」とコミュニケーションの全領域を手がけてきた自分が思うのは、媒体やテクノロジーごとに手法や作法は違えども、相手にするのは「人間という変わらないもの」だということである。「テック広告」と言う時、一般には新しいものばかり追求しているように思われがちだが、必ずしもそうではない。
テクノロジーが進化し、メディアが変わっても、企画を考えるのは自分という人間であり、相手にするお客様も同じ人間である。この「人間という変わらないもの」に対して、「激変し続けるテクノロジーやメディア」を使ってどうコミュニケーションしていったら良いのか? それが、この連載を通じて一貫して考えたいテーマであり、自分が永遠に興味を持ち続けているライフテーマである。
いつも講演でお伝えする2つめのことが、企画する時に大事なのは「変わるものと、変わらないもの」がそれぞれあり、その両方に敏感であるべし、ということである。変わるものばかりに気を取られ、それにいち早く追いつかなくてはと焦るばかりでは、足をすくわれる。逆に、変わらないものばかりに執心し、そこにこだわってしがみついているだけでは、やがて時代に淘汰され滅びることになる。「変わるものと、変わらないもの」、その両方に敏感であり続け、何が「変わるもの」で、何が「変わらないもの」なのかを見誤らないこと。それが最重要である、とお伝えしている。要は、「変わらないもの」に足場を置き、「変わるもの」をうまく取り入れて鮮度あるものにする。
そして、3つめに「人間」というものの「愛すべき変わらなさ」について、いつも言及する。例に出すのはiPhoneが日本に上陸した時に流行したジョークアプリである。09年当時、最新、最先端の手のひらに入るパーソナル・コンピューターであるスマホこと「iPhone」が日本でも使えるようになったばかりの頃に、新人研修でこのiPhoneにおける広告事例について話してほしいと、ほかならぬ新人自身からリクエストがあり、いくつかのアプリ型広告の事例を集めて紹介した。
しかし、その研修で若い諸君が一番キャーキャーと夢中になったのが「PUFF!」というジョークアプリだった。これはiPhoneの底部にあるマイクに「フー!フー!」と息を吹きかけると、画面の中の女性のスカートがフワッとめくれるという、今だったら怒られそうなアプリである。博報堂に入社してきた優秀な若い諸君が、最先端の超小型コンピューターであるiPhoneで、そのジョークアプリを大喜びで楽しむ様を見て、つくづく「あー、人間って変わらないんだなぁ。だったら自分は広告の仕事をずっと続けられるなぁ」と思ったことを、いまだに忘れない。

時代と共に変わるコミュニケーション媒体

当たり前は、突然変わる

そして、講演で4つめにお伝えするのが「当たり前は、突然変わる」ということである。技術の進化によってイノベーションが起こり、それがユーザーに支持されて普及すると、それまで「当たり前」ではなかったことが、ある日、当たり前にできるようになる。当たり前ではなかったことが当たり前になり、当たり前だったことが当たり前ではなくなる。これはコロナ前から、起きていたことであった。「当たり前は、突然変わる」ということに日頃から敏感に洞察力を働かせているべきだと、コロナ禍が来るはるか前から提言し警句を発していた。
その講演時に例として出していたのは「学生時代に8ミリ映画を作っていた自分は、まさかコダックが倒産するとは思いもしなかった」とか、「博報堂に入った新人時代、毎日のように本屋をハシゴしていた自分が、まさかネット通販でしか本を買わなくなるとは思いもしなかった」とか、「日本で初めてカメラ付きの携帯電話が発売された時、多くの人が『携帯にカメラ付けて、どうするの?』と言ったという話」とか、「05年に志願してCMからWebに異動する時、クリエイティブの親しい友人から『Webなんかに行って何するの? 仕事あるの?』と真顔で心配されたこと」などなど。
ことほどさように、未来のことは誰にもわからない。イノベーションというものは実際には意図した通りには起こせないものである。ユーザーに支持されて普及するまで、その新発明の「本当の使い方」は見つかっていないのだと、いつも思う。そんな「当たり前は、突然変わる」がクチグセの自分ですら、今回の新型コロナでの「当たり前の一変ぶり」は、予想外のものだった。

新型コロナで「当たり前」が激変した

本稿の冒頭に書いた通り、「あまりにも突然に、まったく予想外の原因で『新しい当たり前』が、やって来た」というのが、現状への正直な感想である。
技術の進化によるものであれ、パンデミックによるものであれ、予想もしていなかった「新しい当たり前」が普及する時、どうやってそれに、いち早く対応していけるのか? まったくわからない未来にどうやって備えたら良いのか? それが本稿をここまで読んでくださった読者の切実に知りたいことだと思う。そのヒントはここまで述べてきた「人間洞察」と「歴史に学ぶ」ということだ。
「兆しは常に、過去にある」自分が今までやってきたこと、人類が歴史上やってきたことに、常に未来のヒントがある。ドラッカーが言うところの「すでに起こった未来」という考え方だ。未来は常に、前もって存在している。
この連載で書こうとしていることも、コロナ禍のために用意したものではない。今までいろいろなコミュニケーションを制作してきた中で、その先を試したいという思いと共に、何年も前からコツコツとプロトタイピングし、ユーザーテストをし、その反応を観察する中で気づいてきたことの蓄積である。予想外な未来に対してあてにできるのは、過去に積んできた経験と、そこで磨いた洞察力だけである。
コロナ禍でどのようなコミュニケーションが普及するか? 今まさにさまざまな兆しを観察中だが、どんな予想外なコミュニケーション手法が勃興し普及しても、人々に喜ばれるプランニングの「根幹」は変わらないと断言できる。

テレプレザンスという新ジャンル

20年3月末からテレワークになり、自宅で毎日テレカン(teleconference:遠隔会議)で打ち合わせしながら考え始めたのが、「テレプレザンス」という新しいコミュニケーション・ジャンルがこれから必須になるだろうということだった。テレプレザンス、すなわち「遠隔の存在」である。ここにいない人を「いる」ように感じる。自分がどこか他所に「行った」ように感じる。
その顕著な例は「ディスティネーション広告」の最新形、「オンライン・ツーリズム」と呼ばれるWeb動画やリアルタイム動画チャット、VRなどを使い、今は行けないところに「行ったように感じる」コミュニケーションである。それが「旅行商品」そのものとなって流通し、苦境に立つ観光地や観光業の打開策になろうとしている。行けない旅行に「行ったように感じる」ことで、現状の収益にもなり、いつか行けるようになったら本当に行きたいと思ってもらう。旅行広告の「まったく新しい形」である。
しかし「まったく新しい形」と言っても、その真髄は大昔からあった。そもそも旅行文学などの「紀行文」は、それ自体が売り物でありながら、強烈に読む者の旅情をかきたてた。また「ディスティネーション広告」の名作テレビCMは、映像のチカラによって、まるで自分が一番良い時の当地の観光名所を旅しているような錯覚を見る者に与え、視聴者に強烈に旅情を喚起した。
人に旅ごころを起こすものの根幹は変わらないが、それを感じさせるメディアが「文章→映像→疑似体験」と変わってきただけである。つまり、自分の職歴「印刷→テレビ→Web→IoT→XR」という変化と同じである。ただし真髄は同じでも、手法と作法が違う。同じところと違うところ、変わらないところと変わるところ、その両方に敏感であることが大事なのは、何度もくりかえし説明してきた。

コロナで変わるもの、変わらないもの

まったく予想外な理由とタイミングで、2020年は今までの「当たり前の生活」とは相当異なる
「当たり前の生活」をするようになった。そして、多くの言説が語っているように、新型コロナウイルス感染症が収束したあとも、何事もなかったかのように元の「当たり前の生活」に戻ることは、どうやらなさそうである。もちろん、リアルで会社に行くこともあるが、全社員が毎日定時に出勤という形には完全に戻らないかもしれない。
大きな方向性としては、「未来はこうなるかも」と、予想され設計されていたものかもしれない。ただ導入タイミングが予想外であった。しかし案外、人々はそれに順応し、その「新しい当たり前」の生活の中に「新しい楽しみ」を見いだしつつある。今後、いくつもの産業が形を変え、我々が作るコミュニケーションも「新しい当たり前」に合わせて変わっていくだろう。
その中で、何が変わって、何が変わらないのか?今までやってきたことの蓄積の上に、どう「なんとかしていく」のか? 人々の変わらぬ喜びや楽しみに付き添いつつ、新しいテクノロジーを縦横無尽に活用しながら、これからのウィズ・コロナ時代、IoT時代の広告のカタチを模索する。

須田 和博(すだ・かずひろ)

1990年多摩美術大学卒業
同年、博報堂入社。AD、CMプランナーを経て、2005年よりインタラクティブ領域へ。
14年スダラボ発足。
アドフェスト・グランプリ、カンヌ・ゴールドなど、国内外で70以上の広告賞を受賞。
[著書]『使ってもらえる広告』(アスキー新書)

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