THE CENTRAL DOT

日本企業の「パーパス・ドリブン」はマネジメントの視座になっているか?【アドテック東京2020レポート】

2020.12.04
#アドテック東京2020#ブランディング#マーケティング
単なるコミュニケーション上のメッセージではなく、その企業やブランドの「パーパス」を制定し、事業に活かす取り組みが日本でも進みつつあります。ただ、パーパスは他社と似通ってもいいのか、本当に事業成長に効くのかなど、疑問や懸念の声も聞かれます。
本稿では、10月29日、30日に開催されたアドテック東京2020で、博報堂の藤平 達之がモデレーターを務めたセッション「日本企業の『パーパス・ドリブン』はマネジメントの視座になっているか?」の模様をお届けします。LION・マツダ・ゼクシィそれぞれの取り組みを通して、「Start With “Why”」――なぜその企業やブランドは存在しているのかを起点にいかに事業を成長させていけるのかについて、ディスカッションをしました。

小和田 みどり氏
ライオン株式会社 CSV推進部長

別府 耕太氏
マツダ株式会社 グローバル販売&マーケティング本部ブランド戦略部 部長

平山 彩子氏
株式会社リクルートマーケティングパートナーズ ゼクシィ編集長

モデレーター
藤平 達之
株式会社博報堂/株式会社SIX クリエイティブ・ストラテジスト/UXデザイナー

「良いパーパス」の5つの条件

藤平
本セッションでは、パーパス・ドリブンに事業やマーケティングに取り組むLION、マツダ、リクルート『ゼクシィ』それぞれの実践を具体的にお話いただき、事業とパーパスについてディスカッションします。まず私から、パーパスについて概論をご紹介します。

パーパスという言葉を、日本でもよく聞くようになりました。とはいえ、これは流行り言葉ではなく、日本語でも「志」として昔からあった概念だと捉えています。吉田松陰が「志を立ててもって万事の源とす」と言っているとおり、あらゆる取り組みには本来「志」が必要です。それが企業やブランドのマーケティングにも浸透し、今やマーケティング・コミュニケーションを超えて「経営や事業にもパーパスを活かすべきだ」という段階になっています。

パーパスとは、「どのように褒められたらいいか」を考えるとわかりやすいと思います。それが、時代とともに変わってきている状況があります。例えばかつては「cool」「fun」など生活者にとっての価値が挙がったのが、今は「meaningful」意義のある、「brave」勇気のある、といった、企業やブランドそのものを評価する言葉が挙がります。

藤平
そのような状態を実現する際に必要になるのがパーパス、志だというのが現状の共通認識です。「どんな目的で社会に存在したいのか」を規定し、それを形にしていくことが求められています。

よく、「Start with “Why”」という言い方をされます。もともと組織論でよく使われる言葉で、何をするか、どう進めるかの前に「なぜやるのか」を伝えたほうが人は動く、という話です。それは今、企業やブランドの生活者への姿勢にもあてはまります。「何」ではなく「なぜ」を訴求されるほうが共感し、結果として購入に至る傾向がある。だから、プロダクトではなく思想を提示しよう、とも各所で言われています。

では、明文化したパーパスがしっかりと生活者に伝わる、いわば「良いパーパス」とはどのようなものでしょうか。博報堂でさまざまな企業のパーパス抽出やアクションへの転換を支援する中で、良いパーパスの条件を5つにまとめました。定量的に裏付けたというよりは、世の中で支持されるパーパスの共通点を探ったものです。

LION「習慣をリ・デザインする」の意図

藤平
ここからは登壇されたお三方と、次の3つの観点で議論したいと思います。

Q1.あらゆるパーパスは『世界平和』か?
Q2.誰のためのパーパスなのか?
Q3.パーパスはビジネスに効くのか?

ひとつ目は、パーパスを突き詰めると他社と似通う、という課題を挙げました。突き詰めるとどんな企業も「世界が良くなる」ために活動しているので、すると言葉が似通ってきてしまうのです。我々4人の間では「それでもいいのでは」という結論に至りましたが、とはいえ前出の条件「#2 ブランドの資産・USPと深く連動できているか」のように、そのブランド“らしさ”をつくっていくことも必要です。

小和田さん、LIONはかなり早い段階でパーパスを「習慣をリ・デザインする」と掲げていますね。企業としてのパーパス制定と、ブランドごとの事例を教えてください。

小和田
これは2017年、中期経営計画を立てるタイミングで制定しました。そもそも我々の存在意義は何か、創設者の気持ちを本当に言葉にできているかと深く考え、この言葉に行き着きました。

では、習慣をリ・デザインするために、我々は各ブランドで具体的に何をしているのか。例えば「キレイキレイ」では、毎日の手洗いを“楽しい習慣”に変えようと取り組んでいます。

今年は状況が違いますが、基本的に手洗いってすぐ忘れるものなので、外から帰ったときや食事の前など、お母さんが子どもにいちいち「手、洗ったの?!」と言わきゃいけない。次第に、お互いイヤなものになってしまうので、そこで「手洗いを楽しい習慣に変える」ことを掲げ、そうなるための施策をたくさん実践しています。

小和田
口臭ケア製品の「NONIO(ノニオ)」も、実現したい世界とプロダクトの存在意義を考えながら、習慣のリ・デザインに取り組んでいます。このブランドの価値は、口臭ケアによって人と話すのに積極的になり、関係を築けること。そう考えて、パーパスを「気持ちの通うコミュニケーションを応援する」と掲げました。すると、私たちの施策も変わってきて、例えば自己表現に着目してデザインアワードを開催したりしています。

「企業・ブランドに具体的に行動してほしい」81%

別府
「キレイキレイ」では子どもが自発的に手を洗って、親も子もハッピーになれる、手を洗う習慣の先がイメージできます。本当のパーパスは、顧客の身の回りのことに有効なのだと教わりました。

平山
シーンがイメージできることは、とても重要ですよね。ブランドが目指すところは静止画ではなく、動画なのだな、と。何かが変わるそのシーンを動画で考えるのは、施策を考えるときにもポイントだと思います。

藤平
動画というのは、まさしくそうですね。LIONの実践には、プロダクトと生活者をしっかりと見つめると、フィットするパーパスが生まれるという学びがあります。最終的な「世界平和」をブレイクダウンして、その下にある行動のレイヤーを言語化するとうまくいくのではと思います。

小和田
私たちも、パーパスを考え始めた当初はどのブランドでも「世界平和」に行き着いて、本当に悩みました。昨年ジム・ステンゲルさんと話す機会があり、相談したところ「いいんだよ、やり方が違うから」と言っていただいて。そのブランドでしかできない方法で世界を平和にすればいいのだという考えが、とても腑に落ちました。

藤平
生活者からも、実は「そのブランドらしい取り組み」が求められています。博報堂が実施したオリジナル調査(2020年5月実施、n=800)では、85%の人が「自分たちにしかできないことに取り組んでほしい」と思っていました。また81%の人が「企業・ブランドは具体的に行動すべき」と思っていて、行動が伴わない耳ざわりのいいだけの言葉は求められていないんですね。パーパスをコミュニケーションのメッセージだと捉えると、ではそれをCMで打ち出しましょう、となって、言いっぱなしでは生活者には空回りや上滑りに感じられてしまう。

だから、企業がパーパス・ドリブンに変革されるということは、メッセージではなく行動が変わることだと言えると思います。目指すことと行動をセットで考えていくのが、ひとつの実践的な方法です。

マツダの「Be a driver.」に込められた意味

藤平
では、それを踏まえて2つ目の「パーパスは誰のものなのか?」を議論します。もちろん、事業サイドが共感しないと行動に落とし込めないですが、ユーザーや、現場を含めたインナーにどう響くのかをよく考える必要があると思います。マツダでは「Be a driver.」というすばらしい思想を掲げられていますが、少し意地悪な見方をすると、果たしてこれはパーパスと言えるのか、という指摘もできてしまいます。どうお考えですか?

別府
これは難しい問いですね。「パーパスではない」と言い切ろうかとも考えましたが、結論の前に2つ、この言葉の特徴を紹介させてください。

ひとつは、これは主語がわからない言葉なんです。ドライバーになる主語がマツダという企業自身なのか、我々の車に乗っていただくお客様なのか、受け手に判断をゆだねています。もうひとつは、「運転する人」という一般用語に、「自分の意志で行動する」というメタファーを載せていること。転じて、「自分で行く道は自分で決める」「マツダブランドに触れると自分らしく生きていける」というメッセージを語っています。

ただ、課題もあります。主語があいまいで、メタファーが伝わる人も限定的なので、受け手によってはまったくピンとこないことです。

藤平
なるほど。車好きで、運転に人生観を重ねたりする人は「人生の主人公になれ」と鼓舞されるけれど、特別車好きではなくマツダのこともあまり知らない人には「運転しよう」と言われている感じだと。

別府
そうなんです。業界における当社はスモールプレーヤーで、伸び悩みの時期にあるという企業の課題を考えても、2014年から掲げているこのメッセージを、より幅広い人に伝わるように変えていく必要があると考えています。結論として、パーパスかといわれると「パーパスだと認識しているが現状はちょっと惜しい」と思っています。

藤平
「誰に受容されるパーパスであるべきか」は、考えるべき観点ですよね。どうしてもコアユーザーを見つめがちですが、それでいいのか、という問いがある。「Be a driver.」は、車好きの人が多いであろうインナーにも響いているでしょうが、インナー、ライト層、ヘビー層の3つに響くメッセージを出すことはとても難しいはず。だからこそ、どこにどう響かせるのか、3つの層を意識することが大事だという学びがあると思います。

ゼクシィが「プロポーズ」から「幸せ」に視点を移した理由

藤平
ターゲットを考えると、ゼクシィがこの春にタグラインを刷新しているのも興味深いです。「プロポーズされたらゼクシィ」から「幸せが、動きだしたら。ゼクシィ」へ。奇しくもコロナ禍においての転換でしたが、準備はもっと前からされていたと思います。

平山
はい、コロナ禍で変えたわけではありません。ゼクシィは、結婚による幸せの総量を増やしたい、結婚してよかったと思う人を増やしたいと考えてここまで事業を続けてきました。それが存在意義だと認識する中で、結婚したいと思う方々に「プロポーズ」を起点に寄り添ってきました。

ただ、それが今の時代に結婚する2人に本当にフィットしているのか、という問いをこの数年抱えていました。背景には、結婚する方々の価値観が大きく変化していることがあります。何のための結婚なのかというと、プロポーズから式に至るまでだけじゃない、その後もずっと長く続く幸せのために結婚するのだと。そこまで含めてずっと私たちは寄り添っていきたい、という思いを込めて打ち出したのが、新しいタグラインです。

藤平
ゼクシィは、リピーター型のビジネスではありませんよね。誰のためのパーパスなのかを考えるとき、その点で意識されたことはありましたか?

平山
そうですね。
リピーター型のビジネスではありませんが、ゼクシィでは結婚するふたりを起点に、婚活や出産、家族の生活といったその前後のサービスも展開していますので、結婚式だけにとどまらず長く支えることへの意味を込めて2人の「動きだし」を応援することを意識しました。

また、結婚式は、当人だけの幸せにとどまらないもので、例えば、若い頃に出席した結婚式で憧れを抱いたり、子どもがいる立場で「うちの子は〜」なんて想像したり、そういう意味で周りの人の幸せも動いていって、その連鎖がどんどん回っていったらいいなぁという想いもあります。

小和田
プロポーズも大事なシーンのひとつですが、あくまで“点”ですよね。その後に続く幸せや結婚生活に焦点を当てると、ビジネスの幅もぐっと広がると思います。

パーパスは事業成長につながるのか?

藤平
では最後の問い、「パーパスはビジネスに効くのか?」を話したいと思います。すべてのブランドでいきなりパーパスによる事業成長を実現するのは難しいですよね。

小和田
「パーパスをつくったくらいで売上が上がるなら、そんな簡単なことはない」とよく聞きます。おそらく、以前ならその2つはトレードオフだったかと思います。ただ、LIONでの4年にわたる実践では、パーパスを定めたブランドのほうが明らかに成長率が高いという結果が出ています。今年は非常事態なので比較から除外しましたが、もっと差がついています。

小和田
パーパスがなぜ売上につながっているのか。それは、行動レイヤーに落としたときに「やることの可能性」が広がり、「やらないことが明確」になるからではないかと考えています。特に私たちは、ずっと製品の機能についてコミュニケーションをしてきて、コモディティ化している商材でもあるので、だからこそブランドの世界観を打ち出すことが売上に響いてきているのでないかと、数字を出してみて改めて実感しました。

藤平
とても貴重なデータですね。売れているブランドでパーパスを定めたのではなく、パーパスを定めたから行動の方針が定まり、結果それが成長に効いていく、理想的な流れだと思います。

お三方との事前の話も踏まえて、次のように整理してみました。パーパスが一足飛びに収益向上に寄与するのではなく、その間に顧客体験の変化があると思います。大義が変わると、アクションが変わる。すると顧客体験が変わって、収益モデルの変革も起こせるのではないでしょうか。

藤平
最後に、それぞれの今後の展望と、パーパス・ドリブンの事業運営に取り組む方へメッセージをいただけますか?

平山
今年は結婚式がなかなか実施できない状況があったので、今後は改めて、2人の幸せがちゃんと動き出すように、業界の皆さんとも協力して取り組んでいきます。長期的な視点でいうと、「顧客体験」をどうつくるかが大事ですね。私には、CMの最後の「幸せが、動きだしたら。」のあとに「ドキ・ドキ」という心臓の音が聞こえてくる気がするんです。2人の幸せへの期待や希望を、具体的なサービスを使ってもらいながら形にしていくことが、とても重要になると思います。

別府
車は、購入前より購入後の時間のほうがずっと長いですが、現状は新車販売台数がビジネスのKPIで、事後の接点は多くありません。ユーザーの継続的な幸せに貢献するパーパスとアクションづくりが、今後の課題です。まだ小さな事例ですが、海外では医療従事者に対して他社ブランドでもオイル交換や点検修理を無償で提供し、ビジネスにもつながりつつあります。パーパスを実現する上では、組織の壁を超える必要も出てきますが、逆にそれがパーパス・ドリブンに変革する原動力にもなるので、ぜひ取り組んでいただきたいですね。

小和田
まだパーパスを制定していないブランドも、ブランド開発の原点にある存在意義に立ち返って、明文化に取り組みます。また、今回アドテックのキーノートでも話題に上がりましたが、生活者のサステナビリティへの関心が高まっているので、この価値観の変化にも寄り添っていきます。パーパス・ドリブンの事業運営は難しいように思われがちですが、うまく回っていないなら、言葉が企業目線になっているのでは。お客さんの心にまったく響かない「世界平和」のスローガンもあり得るので、売上に効かないなら勇気をもって見直すことも大事だと思います。

小和田 みどり
ライオン株式会社 CSV推進部長
・商品開発担当(ヘアメイク・ヘアケア)・宣伝部(媒体担当)・子会社立上げ株式会社イシュア社長・宣伝部長・コミュニケーションデザイン部長

別府 耕太
マツダ株式会社 グローバル販売&マーケティング本部ブランド戦略部 部長

1998年マツダ(株)に入社。国内販売会社の採算管理や国内の商品戦略立案を担当したのち、2008年よりグローバルの商品戦略立案に携わる。2015年より開発主査となり、新型MAZDA3の開発・導入を行う。2020年よりグローバルのブランド戦略の構築・推進を担当。

平山 彩子
株式会社リクルートマーケティングパートナーズ ゼクシィ編集長

大阪府出身、1984年生まれ。2008年ゼクシィ編集部へ入社。2015年10月より現職。編集記事制作の他、CM・PR・ブランドマネジメントなどを統括。「今」を置き去りにしない生活者としてのブランドディレクションを大切に、結婚式にとどまらず結婚・夫婦関係についての探求がテーマ。

藤平 達之
株式会社博報堂/株式会社SIX クリエイティブ・ストラテジスト/UXデザイナー

神奈川県出身、1991年生まれ。「ターゲット・時代の求める価値」と「ブランドの存在意義」を組み合わせ、ストラテジーからクリエイティブまでを一気通貫させるプラニングが得意。 そのスタイルを、パーパス起点にブランドアクションを開発する「PJMメソッド」 として体系化し、多くのクライアントで実践。セミナーも多数実施している。広告領域に留まらず、サービス・プロダクト・事業開発の経験も多くあり、直近では金融サービスの開発、スマートプロダクトのUXデザイン、新会社の設立に伴うパーパス開発などに携わる。1日2食派。常においしいものを探していて、食事のイノベーションとイマジネーションに惚れています。

博報堂に関する最新記事をSNSでご案内します。ぜひご登録ください。
→ 博報堂広報室 Facebook | Twitter

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事