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博報堂に18年ぶりに帰ってきたら「まともな会社になっていた」(新連載:中川淳一郎の「博報堂浦島太郎」)

2020.02.07
ネットニュース編集者・PRプランナーの中川淳一郎さんが博報堂に“戻ってきた”? 18年ぶりに博報堂で働きはじめた中川さんが久々の古巣で感じた驚きやノスタルジー、博報堂への愛や喝!を自由に綴っていただく連載「博報堂浦島太郎」、ついに解禁!

 止めてくれるなよおっかさん、オレは自分の進む道を邁進するのじゃ、キェーッ! とばかりに発作的に博報堂をやめる宣言をした2000年11月1日早朝6時の高輪プリンスホテルの朝食ビュッフェ。実際におっかさんに言ったのではなく、一緒に徹夜残業をしていた先輩・田中雅子さんに宣言した私は「うん、いいんじゃない」と言われてしまった。

「ちょっと、あなたはまだ活躍できるわよ。私と一緒に頑張ろう、ウン!」なんて優しい言葉をかけてくれるものだと思ったらまさかの獅子は我が子を千尋の谷に落とす状態である。まさに私はダチョウ俱楽部・上島竜兵の「押すなよ、押すなよ」のようなフリをしてしまったわけだが、男子たるもの一度口にした言葉を撤回させるなんてことはあり得ない。結局私は以後、当時所属していたCC局(コーポレートコミュニケーション局、現PR局)の担当役員・柴田昌明さんと3ヶ月に及ぶ「辞める」「辞めるのは辞めたか?」「辞めるのは辞めません、辞めます」という応酬を繰り返し、2001年3月31日で博報堂退職が決定。同日、徹夜で机の片づけをしたのち、4月1日朝9時、東京・芝浦のグランパークタワーを出て、ピッカピカの新入社員も含め通勤する人々を逆走する形で4年間在籍した博報堂に別れを告げた。

 オレ様はこれからは一国一城の主じゃ、ガハハハハ。ワシはついに自由を手に入れたぞ! なんて思うことは一切なく、IT小作農として悶絶の日々を送り続けて早や18年、なぜか2019年8月5日に私は博報堂の入館証を首から下げ、管理部長から「情報セキュリティ研修」を受けている。横には“日本で一番数字を持っているウェブライター”として知られるヨッピー氏がおり、その隣には大学の同級生で一緒に会社を経営しているY嬢がいる。

 一体なんなんだ、これは、というのが、今回が初回となる連載「博報堂浦島太郎」のはじまりだ。18年ぶりに戻ってきた博報堂は私にとってまさに浦島太郎のごとき異空間になっていた。なんで電話がガンガン鳴り続けていないんだ! 「松永さーん、3番でーす!」「遠藤さーん、2番でーす!」のような声が一切聞こえず、オフィスは静寂に包まれている。さらには執務室に立ち込めていたタバコの煙がまったくない! 19時になるとオフィスから人が消えている! 「お前らさっさと帰れ、会議はこれからするんじゃねーぞ」といった全館アナウンスまでされる次第である。

「こ、これは……、オレが知っている博報堂とは違う」――

オレが知っている博報堂。上司は席でタバコを吸っていた

 こうした観点から、1997年から2001年までの博報堂しか知らぬ男が2019~2020年の博報堂に戻ってきた時に感じた当時との違いやら「まともな会社」になった博報堂の姿を綴っていく。中高年にとっては「あったあった」という過去の懐かしい話を書くとともに、若者にとっては「何それ?」的なことを書く。狙いはただ一つ。

 博報堂は戻ってくる価値のある会社である。

 これを伝えたいだけだ。

◆統合プラニング局「風の間」とは…

 こんにちは。中川淳一郎と申します。ひょんな経緯からヨッピーさんとY嬢とともに2019年8月から業務委託契約で博報堂の統合プラニング局に週1回出勤しています。クライアント業務を行うほか、「よろず相談(無料)」をやらせていただいております。我々は統プラの有志+外部の有識者4名とともに「博報堂 風の間」というプロジェクトチームを発足させました。PRを主軸としたチームで、「このメディアに出せない?」や「この商材をネットでウケるような企画に仕上げて!」といった相談に応じます。ぜひ、お気軽にお声がけください。

 私自身のことを話しますと、現在NEWSポストセブンをはじめとした様々なウェブメディアで記事を編集しています。他にも多数の連載を抱えているため、すべての原稿を今現在の世間・ネットで吹いている「風」に合わせる必要があると考えています。それこそタイトルもそうですし、主張や論調にしても「風」を読まなくてはなりません。風を無視した記事というものはまったくPVが取れないわけで、メディアの生命線であるPVが稼げず運営が成り立たなくなります。

 こうした「風を読む」のマインドを博報堂に根付かせたいなぁ…といった壮大なるロマンを抱き、このたび恥ずかしながら戻ってきましたが、今回の「浦島太郎」状態のできごとは「女性が堂々と意見を言うようになった」ということです。社会全体がそうなっているとは思うのですが、特に博報堂ではその傾向が強いと感じています。

 私は現在、ありとあらゆる出版社とIT企業と接点がありますが、それらと比較してもその傾向があります。

 2週間に1回、博報堂社内で「風を読む会」というのをやっております。ここでは、メンバー各人が現在の世相を捉えて「今はこのような風が吹いている」を発表し、いかにしてクライアント業務に役立てるか、提案にそれらの要素を含めていくか、のヒントになる会議です。ここで女性社員が実に堂々と意見を述べるわけですよ。それこそジェンダー論もあれば、炎上の話もあれば、持続可能な社会、といった話も出てくる。

 彼女達の理路整然とした語り口に対しては、かつての「まぁさこちゃ~ん、元気してるか~い!」みたいなガハハオヤジによる「女の子」扱いは一切ありません。ネット上には広告業界はブラックで男尊女卑がまかり通っている、的なことが書き込まれ、「博報堂」にしても飲み会のコールでは「吐くほど飲むぞ、博報堂」といったものがある、なんて書かれます。

 つーか、そんなコール、20年前も聞いたことねーぞ。吐くなら飲むな! 飲むなら吐くな!

 それはさておき、20年前の打ち合わせでは大抵聞かれた「女性の視点」という決まり文句をまったく聞かなくなったことに気付きました。当時は打ち合わせに女性がいると「ん、マー、この。今回は紅一点、CC局の田中雅子さんが入ってくれましたからな、女性の視点でぜひともいいアイディアを出してもらいたいものですな、ガハハハ」みたいな一言が出たものです。

 浦島太郎として博報堂を見ている立場からすると、これは非常に良い傾向ではないでしょうか。グローバルスタンダードからすれば、これこそが当然の流れであり、女性の地位が低いとされている日本で「女は黙って一歩下がる」的馬鹿価値観をぶっ壊している様が実に心地よく感じました。

 今回は自己紹介にスペースを割きましたが、次回以降、様々な「浦島太郎」的な話を書いていきます。あとは「外に出て分かる、博報堂のありがたさ」的なことも。それではどうぞよろしくお願いいたします。更新頻度は2週間に1回を予定しております。

◆中川淳一郎/なかがわ・じゅんいちろう

1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。一橋大学卒業後、博報堂入社。企業のPR業務に携わる(2001年退社)。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』など。
(写真は1997年入社時)

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