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ブランドたまご 第28回 / 地域の名品は、地域のもの。地産地”商”のお菓子ブランド「ちちぶまゆ」

2017.11.30
#イノベーション#ブランディング#博報堂ブランド・イノベーションデザイン
新しい秩父名物「ちちぶまゆ」を生みだした秩父中村屋さんの店舗前にて。左から今回取材にご協力いただいた店主の中村雅夫さん、博報堂ブランド・イノベーションデザインの田中れな。
「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランド・イノベーションデザインのメンバーが話をうかがう連載対談企画です。
第28回に登場するのは、埼玉県秩父市で地元産メープルシロップ「秩父カエデ糖」を使ったお菓子「ちちぶまゆ」を提供する、秩父中村屋の中村雅夫さん。和菓子屋の三代目が、和菓子とは少し装いの異なるお菓子を生みだした背景とは?そして、込めた思いとは―。聞き手は、初登場、秩父を訪れるのは2回目というブランド・イノベーションデザインの田中れなです。

「自分の一品を後世に残しましょうよ」。会社員時代のお客さんと同僚に後押しされ、継いだ家業

秩父山地に囲まれ、朝晩、夏冬の気温差が激しい埼玉県秩父市。カエデの生育に適し、およそ25種類以上のカエデが自生しています。古くはカエデを使った炭を大奥に献上していたという記述も残っているそう。そんなカエデから作られた秩父カエデ糖は、日本で初めて作られた国産メープルシロップです。
「ちちぶまゆ」は、その秩父カエデ糖を白いマシュマロで包んだお菓子。ふわふわのマシュマロ、トロリとこぼれるシロップのやさしい甘さが評判の一品です。そのまま食べるだけでなく、熱いコーヒーや紅茶に浮かべる楽しみ方も人気を呼び、現在は地元のお土産店のほか、都内のコンビニエンスストア、西武鉄道のレストラン列車「旅するレストラン」などでも提供されています。10年前の発売当初より10倍の売上を誇っているのだとか。

素朴なデザインが印象的。秩父産のメープルシロップカエデをマシュマロで包んだお菓子、「ちちぶまゆ」。
どこか懐かしさを感じる、秩父中村屋さんの店内。

田中:以前秩父に来た時以来「ちちぶまゆ」の大ファンなんです。今日はお話をお聞きするのを楽しみにしていました。まずは、秩父中村屋さん、そして中村さんのご経歴からお教えいただけますか。

中村:「秩父中村屋」は大正13年、秩父市で雑穀商として創業しました。戦後、それでは商売が成り立たないということで、節分で食べる「いり豆」などを取り扱っていたこともあり、和菓子屋に転換し、今に至ります。
私は中村屋の三代目として生まれました。高校まで秩父で過ごし、その後東京の大学に進学、卒業後は栃木の食品製造機械販売会社に就職したんですね。家業を継ぐかなと思いながらの就職でしたが、営業として日本全国飛び回る仕事が楽しくて、このまま働き続けてもいいなぁなんて思っていました。
でも、お客さん(全国のお菓子屋さん)と深い関係を築いていく中で、家業の話をすると、「なんで継がないの?」というお声をいただくようになって。困難もあるけれど切磋琢磨しながらお店を切り盛りされている彼らの言葉は、私にとって重みがありました。
また、特に仲良い同僚が、和菓子屋の息子だったんですね。彼と日々語らう中で、和菓子の世界にある“生涯一品”という言葉を教えてもらったんです。「中村さん、お互い自分の一品を後世に残しましょうよ」なんて言われて、継ぐことを正式に決意したのが就職から3年半位たったころです。
それから、父のもとで、和菓子の製造・販売に携わり始めました。まだ和菓子が日常的に食べられていて、商売に困らなかった時代です。

秩父オンリーワンのお菓子を作る…目をつけたのは、見慣れたカエデの木

田中:ここからは「ちちぶまゆ」開発のお話をお聞きしたいと思うのですが、和菓子屋さんから生まれたのが意外な、どちらかというと洋風のお菓子ですよね。地元産メープルシロップ・秩父カエデ糖を使われているとのこと、その着眼点と合わせてお教えいただけると嬉しいです。

中村:話しは15年ほど前に遡ります。そのころ、弊社中村屋はじめ、秩父市内にある和菓子屋一同、売上に伸び悩んでいたんですね。市内のリピーターさんも高齢化していましたし、たまに市外の出張販売などに参加しても、8割9割が返品されて戻ってくるような状態でした。このままでは共倒れになってしまう、秩父市を盛り上げるような取組みが出来ないかということで、秩父市の菓子事業社の有志が集まって2003年に「秩父お菓子な郷(くに)推進協議会」という団体を設立しました。
すぐに取り組んだのが、秩父らしいお菓子の開発です。初めは秩父の名産である苺やぶどう、きゅうり、しいたけなどを使ったものを検討しました。でも、これらは秩父以外でも取れる産品ですから、どうしても“秩父らしさ”が弱くなってしまう…。本当の意味で秩父にしかないものを試行錯誤していた時に、ふと目についたのが見慣れたカエデの木でした。
カエデって、紅葉の印象が強いですが、実はメープルシロップの原料なんですね。聞くと国産メープルシロップは、まだ作られていない。これが実現できたら大きな強みになると、樹液の調査から始まり、プロジェクトがスタートしました。
当時、林業関係者の中では、「山を守るべき」という立場の方が9割。「山を活かすべき」という意見を持ち、われわれに協力してくれる方はほんの1割しかいませんでした。

田中:なるほど。そのような経緯だったのですね。

中村:はい。研究に研究を重ね、なんとかお菓子に使える程度に樹液が入手できるようになったのが、2年後の2005年。作られたメープルシロップ・秩父カエデ糖は、カナダ産のものに比べてカルシウムが2倍、カリウムも3倍多く含まれていることがわかりました。からだに優しい天然の甘味料だったんです。「山しかない」秩父が「山があるからこそ」に変わった瞬間でした。
そこから、お菓子を作るための更なる挑戦が始まりました。

田中:大量生産が出来ない秩父カエデ糖は、活用したお菓子を各社参加してのコンペで決定されたと聞きました。中村屋さんもそちらに出品されたのですね。「ちちぶまゆ」のアイデアはどのように生まれたのですか?

中村:美味しいけれど個性的、かつ秩父にしかない秩父カエデ糖を味わってもらうのが一番なので、とにかくシンプルなものを作りたかったんですね。本当はカエデ糖だけを食べてほしいくらい。でも、そんなに量も取れませんし、量産できないのではコンペをした意味もありませんから…。苦戦して、考え抜いたあげく、味がすぐに想像出来て、かつ秩父カエデ糖を引き出す素材として、マシュマロを選びました。和菓子とは少し離れていますが、若い人にも食べてもらいたいと考えたときに、あえて和菓子の枠を意識しすぎなくてもいいと思ったんです。秩父の過去の名産である「繭」を連想できるのもポイントでした。

田中:出品前に、これはイケる!と思われたきっかけはありましたか?

中村:ゆくゆくの機械化を見込んで、前務めていた会社に相談に行ったことがあるんですね。その時に、担当の方たちに「これはおいしい!」と言ってもらえたことが大きかったです。彼らは相当の数のお菓子を食べていますし、コメントも厳しいですから。

田中:お父さまの反応は、いかがでしたか?

中村:もう大反対です。和菓子屋なのにこんな商品を出品するなんて、と大ゲンカしました。

金メダルは売上で獲る!―モンドセレクション銀賞受賞で変わった周囲の反応

田中:コンペの結果、7品のお菓子の中に選ばれた「ちちぶまゆ」ですが、販売を開始されたのが2007年だそうですね。お父さまの反対を押し切ってのスタートだったとのことですが、どのように説得されたのですか。

中村:周囲の評判や売上があれば父を説得できると思い、当時雲の上の存在だった「モンドセレクション」に出品してみたんです。ちょうどサッカーワールドカップの直後だったので、「お菓子のワールドカップはモンドセレクションだろう」というような発想でした(笑)。何年か出し続けて、どこかで入賞すればいい位の気持ちだったのに、初年度でまさかの銀賞を獲得。そこから父の態度はがらりと変わりましたね。

見せていただいたモンドセレクションの銀メダル。

田中:お墨付きを得ることで、お父さまも納得されたのですね。

中村:そうなんです。ちなみに、当時入賞パーティに参加した時に、通訳さんを通じて審査員と話す機会があったんですね。「どうして銀賞だと思う?」と聞かれて、「わからない」と答えると、「モンドセレクションはヨーロッパの賞でしょう。ヨーロッパのマシュマロはカリッとしていて、『ちちぶまゆ』のものとは違うんです。マシュマロをヨーロッパ風に変えると金賞受賞も狙えますよ」と。

田中:たしかに、ふわふわのマシュマロはアメリカ式ですね。

中村:はい。でも私は、あくまで日本人になじみがあるふわふわのマシュマロで勝負したいと思っていたので、モンドセレクションは銀賞でもかまわない、売上で「金メダル」を獲るぞ、と心に決めました。
また、この受賞で父だけでなく、地域の人たちの反応も大きく変わりましたね。もともと反対していた9割の林業関係者も応援してくれるようになりました。
秩父カエデ糖作りには、樹液を取る、シロップを煮詰める、と様々な作業が発生します。秩父に住む高齢者の方々が従事してくださっているのですが、こうした雇用を生み出していることも、地域で受け入れられるようになった理由だと思います。

家業を継いでいるのではない、秩父を預かっている。一番に願うのは地元の発展

田中:「ちちぶまゆ」を育てる上で大切にされていることはありますか?

中村:一つは、「遠くに売るより地域で売る」ということです。今、東京のデバートなどからも販売の依頼がありますが、お断りしているんですね。もともと秩父を盛り上げるために作ったお菓子ですから、あくまで地元に来てもらって、地元で買ってもらうことがゴールです。今展開している東京のコンビニエンスストアの販売量も少しですし、レストラン列車での提供もお茶菓子として2粒だけ。この体験はすべて入口作りでしかないんです。
私は父から代を継ぎましたが、家業を継いだというよりは「秩父を預かっている」と日々感じています。そういう意味でも、これからも秩父が元気になることを一番に考えたいですね。
もう一つは、「おれがおれが」ではなく、「おれとおれと」という言葉を大切にしています。お菓子は人を呼ぶ、といつも思っているのですが、「ちちぶまゆ」は本当にたくさんの人とのつながりを提供してくれます。前述の言葉も、たまたまご紹介いただいた方に教えてもらいました。売上が上がったから、人気を得たからといっていい気になってはいけない、人のつながり・今の境遇に感謝しながらほどほどを目指していきなさいというものです。

田中:なるほど。どんどん外に出ていくということではなく、あくまでも地元の発展を軸に、展開されているのですね。

中村:はい。そのためには、1次産業と私たち3次産業の連携が欠かせないんですね。秩父カエデ糖は林業との連携。今、農業との連携も進めているんですよ。秩父にしかない絶滅危惧種の在来大豆「借金なし大豆」を使ったお菓子の開発・販売です。
あとは、カエデの樹を植える活動もしています。樹液は30年後しか取れませんが、それまでに紅葉で楽しむことも出来ますよね。取れた樹液はカエデ糖はもちろんですが、未来には医療など別の用途でも使えるようになっているかもしれません。

田中:素敵な活動ですね。最後に、「ちちぶまゆ」と中村さんの今後の展望をお教えいただけますか。

中村:「『ちちぶまゆ』をまだ見ぬお客さんに届ける」活動を続けていきたいです。冒頭で「生涯一品」という話しをさせていただきましたが、私にとって「ちちぶまゆ」は、まさに生涯守るべきものなんですね。この子がどこまでいけるのか、成長限界点を見たいなと思っています。なので、「ちちぶまゆ」の新シリーズ展開などは、まだ考えていないですね。
あわせて、秩父を盛り上げるために、「地産地商」という活動を広めようとしています。グリーンツーリズムみたいなものですが、「ちちぶまゆ」をきっかけに、秩父の多様な産業・ブランドを体験してもらい、触れてもらいたいんです。

田中:お話をお聞きしていると、人のつながりも、ご活動も、都会より豊かだと感じずにはいられません。秩父と「ちちぶまゆ」が一層大好きになりました。今日は素敵なお話を本当にありがとうございました!

ブラたまEYE ~編集後記~

博報堂ブランド・イノベーションデザインでは、これからのブランドには「志」「属」「形」の3要素が不可欠だと考えています。「志」はその社会的な意義、「形」はその独自の個性、“らしさ”、「属」はそれを応援、支持するコミュニティを指しています。(詳しくはこちらをご覧ください)
今回は「属」の視点で、「ちちぶまゆ」から読み取れるこれからのブランド作りのヒントを考えてみたいと思います。

【属】商品の立ち位置を、一歩引いて見極める視点
今回取材の中で一番心に残ったのは、「秩父を預かっている」という言葉から見える中村さんの俯瞰の姿勢でした。
以前、ある農家さんのお話で、「土壌の表面の30センチは自分のものだけど、その下は先祖のもの」とお聞きしたことがあって、中村屋さんとリンクするところがあるなと感じました。
現に、カエデの原生林は自然のもので、秩父にあった。秩父のカエデを使って開発したものは秩父に返す、という姿勢。その循環を当たり前だと捉えていらっしゃるのです。
そこにあるのは、何が何でも商品が売れるために、といった近視眼的な態度ではありません。「この商品が売れると、秩父にいる方々の雇用につながる。この商品をきっかけに秩父を訪れる人が増えるといい」。この言葉にも示されているように、生み出す商品の表面上は知財だけれど、本質は、人々に応用されて使われていくものであるという考え方です。
結果、中村さんご自身が”生涯一品”という気持ちで完成させた「ちちぶまゆ」と、それがもたらす人の縁を大切にするエネルギーが相まって、秩父に新しい風をもたらしています。『属』という視点で見た時、その俯瞰の視点こそが、作り手の方々が持つベーシックな考え方である、と気づかされました。
企業の独占知識として捉えるだけではなく、シーズを生かしていかに世の中に還元することができるか。この俯瞰の視点からもう一度自分の活動・サービスを捉え直してみることは、新しいブランディングのヒントになるのではないか、と思います。

>>博報堂ブランド・イノベーションデザインについて詳しくはこちら

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