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若手!クリエイターが挑む!ソーシャルテーマvol.17
難しいことをわかりやすく、面白く!金融経済教育のプラットフォーム「空想金融教室」

2025.12.03
クリエイティブの力で世の中に新しい視点をもたらし、社会課題の解決に挑む博報堂の若手メンバーにフィーチャーする連載企画。今回ご紹介するのは、金融経済教育を題材にしたみずほフィナンシャルグループ発の「空想金融教育」プロジェクト。クライアントの社内活性化というお題からスタートし、いかにしてプロジェクトが社会的な広がりを見せていったのか。博報堂チームの吉岡俊介、大槻将之、浅見紘子、田嶋千寛、谷山茉香に話を聞きました。

「空想金融教室」とは
みずほフィナンシャルグループによる、金融経済教育プロジェクト。「桃太郎」や「浦島太郎」など誰もが知る昔話を活用し、「もしも浦島太郎に投資の概念があったら……」といった架空の物語を制作し、ウェブや書籍で展開。経済や金融に関する学びを楽しく深めるためのエンターテイメントコンテンツとなっている。

意外性のある企画でクライアントのイメージを刷新し、「ミラー効果」を狙う

―「空想金融教室」はどのような経緯で生まれたプロジェクトなのか、経緯を教えてください。

吉岡
もともとはみずほ銀行さんのインナーモチベーション活性化が目的でした。動画やイベントなどを組み合わせた統合的な提案を行い、クライアントから「もう少しソーシャルグッドに寄せた施策にしたい」という要望が上がり、そこで出てきたのが「金融経済教育」というキーワードだったのです。ただし、ワークショップを行うとか、小中学校などで訪問授業を行うといった手法ではなく、もっと拡散力があり、多くの人が楽しむことができるエンタメ感のある施策がいいとのことでした。

そこで想起したのが、まんがやアニメで描かれるさまざまな空想の世界を、著者の柳田理科雄さんが科学的に検証していく「空想科学読本」です。「空想科学読本」のような仕立てであれば、金融経済について楽しく学べるエンタメコンテンツにできると考え、「昔話や有名なコンテンツの登場人物に、金融経済の知識があったら物語がどう変わるか」という思考実験的な企画を提案したところ、採用いただきました。

―具体的にどのようなコンテンツに落とし込んでいったのか教えてください。

大槻
たとえば「桃太郎」なら、鬼退治を事業として捉えたらどうなるかを考えてみます。鬼をビジネスパートナーとして鬼ヶ島を不動産開発し、テーマパークをつくって観光地にしていけば、桃太郎が潤うのはもちろん、鬼も豊かになって略奪する必要がなくなる。さらには住民も鬼に襲われる恐怖から解放され、Win-Win-Winの関係が築けるというわけです。「浦島太郎」なら、竜宮城にいた間、地上で経過していた300年という時間を味方につけて、地上と竜宮城の二拠点生活をしながら堅実な資産運用を成功させる……といった具合です。そうした架空の物語に対して、投資、信託、法律など、みずほ銀行さんの各専門部署の方に先生として登場いただき、監修と解説を行ってもらいました。また、どの昔話をどのテーマに結びつけるかは、基本的に空想科学研究所の柳田先生、みずほ銀行さんと私たちの3者で、アイデアを出し合いながら考えていきました。

浅見
ウェブサイトをローンチしたのが2024年4月で、その後も月に1、2本のペースで異なるテーマ×題材の記事を掲載していきました。ある程度本数がまとまったところで書籍化の話になり、2025年7月に、『昔話でおカネの基本がわかる! 空想金融教室』(小学館)という形で上梓することができました。

―書籍化にはどんな意図がありましたか。

吉岡
ウェブサイトだけの展開だと、どうしてもリーチする先が限定的になります。PR戦略の面でもモノがあった方が、販売することで話題をつくったり、みずほ銀行さんの先にいるクライアントにも手渡したりすることができます。活用方法の幅も広がるし、より広い層に届けることができると考えました。

実は教育現場でも金融経済教育に対するニーズが高まっていて、学校を対象に告知を行ったところ多数のリクエストをいただき、結果的に全国の小中学校500校以上に書籍を献本することができました。

―書籍版の見せ方、仕立てにおいてこだわった点はどこですか。

谷山
たとえば、キャッチ―で一目見て内容がわかるようなコピーにしたり、写真を撮ってSNSで拡散したくなるようなデザインにしたりと、「ワンビジュアル、ワンメッセージでいかに伝えるか」という広告的な考え方が書籍のつくり方にも反映されたと思います。

田嶋
大槻さんが考えた「空想金融」という四文字自体、ふんわりとしたフィクション感と、数字を追い求めるきりっとした感じが共存しています。デザイナーとしてはそのイメージのギャップがこの言葉の魅力だと感じたので、とにかくこの四文字が視覚的にも印象に残るようにデザインしました。また、「金融」も「教室」も言葉としてなんとなく敷居が高い印象があったので、その敷居を下げることを意識し、なるべく柔らかく、一目で楽しそうだと感じてもらえるようなロゴ、そして世界観を目指しました。そのような点で、「空想金融教室」はクライアントにとって新しい挑戦だったんじゃないかなと感じています。

―クライアントがそこまで挑戦しようと思ったのはなぜでしょうか。

吉岡
インナーモチベーション向上のためには、まずは世間に広まっているクライアントのイメージを刷新する必要があるし、そのためにもこのプロジェクトでは「変化」を全体のキーワードに据えるべきだという話をしました。これまでの文脈とは異なる、少しエンタメ寄りに振ってみるとか、ポップな雰囲気を打ち出すことで、「あの会社がこんなに面白いことをやっているんだ」という印象をつくるべきだと考えたんです。外部から「あの企業は楽しそう」「面白そう」と言われることで初めて、中で働いている人のモチベーションも上がっていく。心理学でいうミラー効果を狙うためにも、ここはチャレンジが必要だということで、クライアントからも同意を得ていました。だからこそ、今回のような際立ったアウトプットが実現できたのだと思います。

企画のシンプルさが強みとして機能し、自走へとつながった

―1つの部門のインナーモチベーション向上のための施策から、グループ全体、そして複数の企業を巻き込んだ取り組みに発展していきましたね。

浅見
もともとみずほ銀行さんはCSRとして金融経済教育に注力していました。なのでこのプロジェクトも、すぐにグループ全体で取り組むべき社会貢献活動と認められることになりました。クライアントの担当者さんも非常に熱意があって、社内の法務や企業審査、不動産投資を専門とする部署などなど、複数部署をどんどん巻き込んでいかれました。そのうち、クライアント社内での自走が始まり、最終的には生命保険会社や人材派遣会社など、クライアントのクライアントも参画する企業横断的な社会貢献プロジェクトになっていきました。

クライアント社内でも、クライアントのお客様の方でも、「ふだん自分たちが携わっている仕事について、家族や子どもにわかりやすく説明できるツールがほしい」というニーズがあったことも大きかったと思います。「空想金融教室」の枠組みを使えば、損害保険×昔話とか、ESG投資×昔話など掛け算のアイデアが生まれやすく、その結果どんどん企業間コラボが生まれていきました。

吉岡
金融×エンタメというこの企画自体はものすごくシンプルですが、だからこそプラットフォーム的に機能できているのだと思います。シンプルだから、社内でも社外でも人に説明しやすいし、さまざまな掛け合わせを考えやすい。ベースとなった企画のシンプルさが、強みとして後々まで効果を発揮していると感じています。

―クライアント社内で自走が始まってから、博報堂チームはコンテンツにどのような関わり方をしていましたか。

大槻
クライアントには金融のプロとして言いたいこと、言わなくてはならないことがあり、生活者に向き合っている空想科学研究所は、読み物としての面白さを追求することを重視しています。我々はその中間に立ち、ターゲット読者層である小中学生にとって、読みやすく、面白いことはもちろん、情報の正確性を担保しながら、できるだけわかりやすくクライアントの言いたいことを翻訳し、違和感のないストーリーに仕立てなければなりませんでした。たとえば「いまのアイデアだと複雑すぎるので、もう少しシンプルにしませんか」とか、「こういう流れで説明した方が伝わりやすいのでは」など、ブランドと生活者それぞれが求めるもののバランスを取りながら、何度もやり取りを重ねて細かくディレクションを行っていきました。

吉岡
いずれにしても、自走しているという事実自体、非常にいいことだと考えています。それだけ「空想金融教室」というある種のプラットフォームが、その世界観も含めて非常に強固になっているということだし、もともと組織のモチベーション向上を目的として始まった施策ですから、「自分たちでもここまでやれるんだ」とクライアントが感じられていることに大きな意味があるからです。

書籍というモノを通して、子どもたちの未来に関わり続けることができる

―これまでを振り返ってみて、もっとも大変だったこと、嬉しかったことについて教えてください。

浅見
大変だったのは書籍化の際のスケジュールでしょうか。毎週、空想科学教室さんから上がってくる原稿に目を通し、どこをコラムにすべきか、イラスト化してわかりやすくするか、内容を調整すべきかなど、判断を求められ続けました。原稿には専門性の高い情報が多く盛り込まれているため、こちらの勉強が追い付かない部分もあって、時折緊急ミーティングを開いては、自分たちの理解や解釈が正しいかを確認しながら進めなければなりませんでした。その後の校正作業も含め、しばらくは編集作業に忙殺されていました(苦笑)。

嬉しかったのは、実際の書籍出版イベントです。出席者から、「本、面白かったです」などと声を掛けていただき、頑張ったかいがあったなと思いました。通常の広告と違って、書籍という、この後もずっと残り続けるモノをつくることができたのはとても嬉しかったです。

本屋B&Bでおこなった、出版記念トークイベント

田嶋
これほど息の長いプロジェクトのデザインを一貫してディレクションできたのは、本当に貴重な経験でした。最初につくりこんだ世界観を、バナーやOOH広告、動画、書籍、イベントなど、さまざまな形に広げていくことができましたし、「空想金融教室」がみんなでつくる「場」のような企画だったからこそ、いかにこの世界観を守っていくか、それぞれの立場と折り合いをつけながら調整するという経験ができた。いずれもとても貴重で、いい経験ができたと思います。

谷山
私は金融については専門分野ではなく、詳しくなかったので、とにかく先方から出てくるアイデアに対して、まずはきちんと理解するということからすでに挑戦で、努力が求められる部分でした。一方で柳田理科雄先生というと、子ども時代に図書館で「空想科学読本」を愛読していた友人が何人もいますし、非常にリスペクトされている方です。そんな方とお仕事をご一緒できたのはとても光栄でした。それに、小中学校に500冊お届けすることができたのも嬉しかったです。私自身、子どもの頃は図書館の本を読んでとても刺激をもらっていたので、自分が携わった本が誰かのそんな体験に結びつくかもしれないと思うと、とても誇らしく感じられる仕事でした。

大槻
特に書籍化に関しては、主体であるみずほ銀行さんのほかに、空想科学研究所さん、出版社の存在があり、さらにイラストレーターやデザイナーと、ステークホルダーが多く、それぞれの譲れない部分をすり合わせていく過程はやはり大変だったと感じます。でも本を読んだ方から「みずほ銀行さんの印象が変わった」「みずほ銀行さんのことが好きになった」という感想をいただいたときは嬉しかったですね。それは僕らの最終的なゴールでもあったし、理想的な読後感でもあったので、やってよかったなと思いました。

吉岡
確かにステークホルダーの多い案件でしたが、それでも最終的にまとめることができたのは、このチームだったからかなと思います。複数のステークホルダー間で合意形成を図ることはPR職の基礎スキルといえる一方で、難しい部分もある。その点このチームはPRバックグラウンドのメンバーで形成されていたので、互いに越境しながら一丸となって事に当たることができました。また、小中学校へ書籍を寄贈できたことも嬉しかったです。それがきっかけで金融に興味を持ち、将来的に金融業界を目指すような子が出てくるかもしれないと考えると、可能性のある仕事ができたなと感じます。

クライアントの新たな才能を開花させることができたことも、非常に面白い体験でした。みずほ銀行さんは普段の業務内容についてごくごくまじめに語るわけですが、それが昔話というシチュエーションに置かれることで、シュールさ、面白みが出てくる。そうしてクライアントの仕事にきちんとスポットライトが当てられただけでなく、彼らのクリエイティビティも刺激できたことは、大きな成果だったのではないかなと思います。

PR的発想で関心を呼び起こし、課題に挑む仲間を増やしていく

―このプロジェクトを通し、社会課題解決にクリエイティブはどのように貢献できると感じましたか。

大槻
社会課題って一見すごく難しくて、興味が持てない、という人も多いと思います。でもそれをあえてエンタメ化してみるとか、伝わりやすいコピーにするとか、魅力的にビジュアライズし、興味関心を醸成するというのは、クライアントにも向き合いながら生活者発想を持っている僕らだからできることだと思います。

田嶋
社会課題という、一見自分とは縁遠く思われるものを、企画によって書籍という身近な形に落とし込み、さらに学校という場を通して子どもたちの手に届く場所に置くことができた。それは博報堂の仕事だからできたことなのかなと思います。

浅見
社会課題を何とか解決しようと頑張っている方は大勢います。でも実際は、解決に至るほどその動きが広がっていっていかないことが多い。その点広告という、広く人に伝えることに軸足を置く私たちだからこそ、SNSで拡散させるならこうする、メディアに取り上げられるにはこうするといった、効果的な戦略が考えられます。それこそクリエイティブの力ではないでしょうか。

谷山
企業が行う社会課題解決の取り組みはすでにさまざまありますが、少し毛色の異なる要素、枠を導入するだけで、ここまで見え方も変わり、想像していた以上にいろいろな人に届けられるようになる。アイデアの力、クリエイティブの力、そしてそれらの可能性を強く感じることができました。

吉岡
社会課題は決して一人、あるいは一社だけで解決できるものではないので、興味関係人口を増やしていくことが非常に重要になってくる。いかに興味の輪を広げるか、仲間を増やすかを考える際には、広告的、PR的な手法が大いに貢献できるんじゃないかなと思います。

――最後に、今後の展望を教えてください。

田嶋
今回のプロジェクトはとても専門性が高いもので、僕自身は金融領域についての知識がほぼない状態で挑みましたが、なるべく敷居を下げるようなデザインにするなど、一生活者としての自分の感覚や目線を活かすことができたと思います。今後も子どもに関わる案件や、僕ら世代の生活者目線に立てるような案件に取り組んでいけたら嬉しいです。

浅見
最近は、「難しい内容をいかにわかりやすく伝えるか」で困っている企業がたくさん存在していると感じます。今回、PRの基礎を学びつつも、編集や広告などさまざま越境をさせてもらえたので、今後も多様な手法を武器に戦えるアクティベーションプラナーとして、そんな企業の力になれる仕事ができたら嬉しいです。

吉岡
最近は世の中に1発ドカンと発するものよりも、着々と持続的に行う施策が求められています。とはいえ、我々もずっと付きっ切りでいることはできませんから、いかにクライアントで自走できるものを生み出すかが大事になってきます。そういうフレームを考えていくことの重要性を改めて感じました。

大槻
社会貢献活動でも、ブランドでも、商品でも、僕らがやることは同じだと思います。言いたいことがあってもうまく伝えられずにいる人や企業の、よき翻訳者であること。これに尽きるのではないでしょうか。

吉岡
そうですね。あるいは、非常に優れたものを持っているにも関わらず、その良さを伝えるすべを持たない人や企業に、光を当て、良さを伝えていく。そしてあわよくば、そこから新しい一面を引き出していく。そんな可能性のある企画に今後もチャレンジしていけたらと思います。

吉岡 俊介
博報堂ケトル PRディレクター/博士(工学)

2017年博報堂入社。社会発想を起点としたPR/クリエイティブ領域の戦略立案・施策実行からプロダクト開発まで、幅広い領域を担当。カンヌライオンズ ゴールド、スパイクスアジア ゴールド、ヤングライオンズ日本代表、TAKEO PAPER SHOW 2024など。この髪は天然パーマです。

大槻 将之
博報堂 PR局 PRディレクター

TV番組制作会社、PR会社を経て、2018年博報堂入社。情報戦略立案からコンテンツ制作、メディア、SNSアプローチまで、実務経験に根ざした一気通貫の実装型コミュニケーションと、継続型コンテンツ開発によるブランドファンの醸成を得意とする。

浅見 紘子
博報堂 クリエイティブ局 アクティベーションプラナー

2023年博報堂入社。ブランドらしさと生活者の喜ぶポイントの接点を考え抜いた企画を手掛ける。アクティベーションに限らず、調査設計から店頭デザインまで幅広く担当。
ヤングライオンズ ファイナリスト。

田嶋 千寛
博報堂 クリエイティブ局 デザイナー

2023年博報堂入社。広告のグラフィックデザインから、企業のロゴ、書籍やジャケット制作まで、幅広い領域でデザインを担当。ACCヤング準グランプリ、販促コンペ協賛企業賞、毎日広告デザイン賞学生賞など。

谷山 茉香
博報堂 PR局 PRプラナー

2024年博報堂入社。PRクリエイティビティを軸に、ブランドや商品が社会の「話題の中心」になるような企画を心がける。情報戦略立案に限らず、アクティベーション企画、SNS施策、コンテンツ制作など幅広く担当。

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