
かつてはドラッグストアや家電量販店で日本商品を大量購入する中国人訪日客の姿が注目されましたが、アフターコロナの現在では、中国人訪日客のニーズは大きく変化しています。
本調査では、各国の対象者に日常生活や旅行に対する意識を聴取し、その違いを因子分析によって整理し、訪日客を7つのクラスターに分類することができました。


その中、中国訪日客のクラスター特徴が他のアジア諸国と異なり、 「好奇心豊富探求派」が1位、「トレンド・SNS映え派」が2位、「自己成長チャレンジ派」が3位となりました。特に好奇心豊富探求派の割合は38%で、対象国の中で最も高い数値となります。モノの消費だけでなく、知識や体験といった新たな価値へのニーズも高まりを見せています。


※ご参考までに、その他対象国の数値はこちらになります。
アフターコロナ期には、「旅行に来たからには学びを持ち帰りたい」と考える中国人訪日客が大きく増加しています。訪問先では「観光名所」が最も人気で、文化や風土の違いに触れ、現地との交流を通じて知識や視野を広げたいという知的探索志向が際立っています。
約10年前が「お得で実用的な日本製品を求めるモノ志向」だったとすれば、今は「日本の文化・歴史、異文化理解への知的欲求」へと重心が移っていると言えます。
2022年頃のコロナ収束直後は、ビザ発給条件の厳格化や航空券の高騰・便数減少の影響で訪日客数が一時的に減少し、富裕層中心の構成へと変化していました。しかし現在は、コロナ禍の終息とともに「日本旅行」はより身近で気軽な選択肢となりつつあります。
本調査では、過去1年以内に日本を訪れた5か国の旅行者を対象に、「旅先決定」「航空券・宿泊予約」「訪問スポット・買物予定の決定」などの時期について聴取しました。

他国と比べると、中国人訪日客は旅行の決定・予約やプランニングの時期が総じて遅く、「思い立ったら行く」「直前に考える」といった旅のスタイルが目立ちます。
出発1か月以内に航空券を購入する人は約20%、予約する人は過半数を占め、宿泊予約も約7割が1か月以内です。買物プランも7割以上が出発直前に立て始めており、日本旅行は「入念に準備するイベント」ではなく、「余裕ができたら計画を始める日常的な行動」へと変化しています。
背景として、コロナ前と比較すると、日本観光ビザの発給において収入要件・居住地要件・職業要件などの条件が厳格化しており、大衆層に対するシングルビザの取得が難しくなっています。その結果、比較的条件を満たしやすい中産階級〜富裕層向けのマルチビザが主流となりつつあり、実際に訪日観光客の多くが1〜2級都市に居住する中産階級〜富裕層で占められている点が原因として挙げられます。
中国訪日客は精神的豊かさを求め、より気軽な感覚で日本を訪ねているという旅スタイルを有するということはすでにわかりました。では日本旅中に、どのような買い物をし、日本商品購入時の重視点は何でしょうか?
本調査では、各国調査対象者に対して「前回日本旅行中に購入した商品」カテゴリーについて聴取し、さらに日本旅行中に購入した商品カテゴリーのうち、旅前に購入を決めたもの、旅中店頭で見て購入を決めたもの、及び旅後に自国においても継続購入したいものに分類し、それぞれの傾向を観測しました。

購入品の傾向を見ると、どの国でも「お菓子」「食品類」が上位2位に入り、特に東アジアでは「お菓子」が1位になる傾向があります。一方、中国では「化粧品・美容用品」が1位、「洋服・アパレル」が2位と、他国と異なる特徴が見られます。
背景には、「日本ファッション」「日系メイク」などのトレンド再燃があり、SNSでは日本の雑誌掲載アイテムやコーディネートを紹介するコンテンツが人気を集めています。こうした流れから、「本場で化粧品やアパレルを購入したい」という意欲が高まっていると考えられます。


さらに、「化粧品・美容製品」を前回の日本旅行中に購入した中国人訪日客の店頭購入理由を見てみると、中国とインドのみで「その場で商品を体験・使用・試用して魅力を感じた」という項目がTOP3に入っており、店頭での実際のトライアルが化粧品購入の重要な決定要因となっていることが分かりました。


また、洋服類の店頭購入理由を見ると、中国のみで「店員におすすめされた」がTOP3に入り、店員のコーディネート提案や推薦を重視する傾向が見られます。これは、現地のアドバイスや日本での最新トレンドを購入の基準とする動きと考えられます。
かつて中国で最も重視されていた日本製品の特性が「品質」であったとすれば、現在は「センス」が最も重視されているといえるでしょう。日本のセンスを反映した商品を購入し、そのセンスを最大限に実感・理解するために、来日時の店頭体験や店員の提案を重視することが、中国人訪日客の買物スタイルとなっています。
先ほど、ポストコロナ期における中国人訪日客の旅行特徴と買物特徴について簡単にご紹介しました。では、現状の中国人訪日客を攻略するためには、どのようなポイントがあるでしょうか。

コロナ後の中国人訪日客は、ニーズ・行動様式ともに「モノ」から「コト・センス」へ、「計画的」から「気軽・直感的」へと大きく変化しています。この傾向に対応した旅行コンテンツの開発が攻略の鍵となります。
① 精神的豊かさ(知的探索)を満たすコンテンツ
「旅行を通じて学びを持ち帰りたい」というインサイトに応え、商品の購入だけでなく、その背景にある工芸や文化を体験できる教室・ツアーを提供します。訪問スポットも、日本文化や歴史を学べる場として設計することで、旅行を自己成長の場にする仕組みが重要です。
② 思いつき旅スタイルに対応した商品設計
直前・当日予約が可能なシステムや、現地到着後でも参加できる「現地起点型街歩きツアー」を充実させることで、フレキシブルな旅行計画に対応できます。また、着物体験や料理体験など1〜2時間の短時間コンテンツを用意することで、旅の途中でも気軽に旅行内容を調整でき、中国人訪日客の誘客につなげられます。

中国人訪日客の購買行動では、「日本の美的センス」を体感・理解できる仕組みが、購入につながる重要な要因です。ポイントは「購買」をゴールにせず、「センスの理解」を中心に据え、商品を交えた体験型の店頭サービスを提供し、体験後に購入につなげる導線を設けることです。
また、化粧品やアパレルに限定せず、「店員のおすすめ」を重視する傾向を活かす施策も有効です。人気店員による提案や現地人気商品の紹介を旅程に組み込むことで、「日本のセンスを学ぶ体験」としてパッケージ化でき、訪日客にとって魅力的で記憶に残る体験を提供できます。

来日1か月以内に訪問スポットや買物リストを決め始める中国人訪日客に対しては、タッチポイントや自社商品・サービスへのアプローチのタイミングが極めて重要です。旅行業界では3~1か月前、観光地や商品の場合は旅前1か月以内~旅中直前までに予約・購入の機会を設けるのが効果的です。
全体として、中国人訪日客の計画期間は従来より短縮傾向にあるため、旅前の早すぎるタイミングでの主力アプローチは避けることが望ましいでしょう。

「訪日中の消費」にとどまらず、「訪日前後の生活」と「訪日体験」の相互作用を最大化するクロスバウンドの発想が求められます。
①知的好奇心と美的センスの「輸出」と「再購買」
日本の専門家や店員による解説やコーディネート提案を、中国向けにライブ配信や短編動画で発信することで、旅前から日本のセンスへの憧れを醸成し、訪日中の購買動機や再訪のきっかけを作ります。
②「直感的な旅」を可能にするデジタル接点
予約・決済・情報提供を中国人が慣れたプラットフォームで完結させ、現地到着後は位置情報に基づき短時間体験や限定クーポンをプッシュ通知。訪日前・訪日中・訪日後を通じてシームレスな体験を提供し、自由で柔軟な旅と再訪・購買を同時に促進します。
おわりに
ポストコロナ期の中国人訪日客は、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさや美的センスを重視し、計画的よりも直感的な旅を楽しむ傾向があります。旅行コンテンツ、店頭体験、プロモーション、クロスバウンド型施策を組み合わせることで、訪日前・訪日中・訪日後を通じて魅力的な体験を提供し、購買や再訪につなげることが可能です。今こそ、この変化をチャンスに変え、未来のインバウンド戦略を描く時です。

中国出身。コンサルファームを経て2022年に博報堂に入社。
インバウンド戦略立案、インバウンドソリューション、海外生活者インサイトマーケティングを得意領域としている。