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ヒット習慣予報 vol.288『ギルトポジティブ空間』

2023.10.17
#トレンド

こんにちは。ヒット習慣メーカーズの山本です。

最近、また一段と肌寒くなり、季節の移り変わりを感じますね。夏が終わり冬に向かうと、減退気味だった食欲も次第に旺盛になり始め、僕自身、最近はすこし暴食気味な日々を過ごしています。そんな中、サツマイモが近年スイーツトレンドになっているというニュースを目にしました。自然の甘味ということでおやつの罪悪感が少なく、女性を中心に人気なのだとか。罪悪感が少ないことは「ギルトフリー」という言葉で表現されることもあり、近年、食品業界ではひとつのトレンドになっています。
また、ダイエット界隈では、罪悪感を覚えることなく好きなものを何でも食べていい日を意図的に作る「チートデイ」がトレンドになっているようです。なんとなく、罪悪感という言葉を見かけることが多くなってきたような気がしますが、実際にGoogle トレンドで「罪悪感」の検索数を調べてみると、ここ20年ほどで右肩上がりに伸びていることがわかりました。

(出典:Googleトレンド)

今日は、そんな罪悪感を開放するような習慣に関するお話で、「ギルトポジティブ空間」と名付けました。読んで字のごとく、普段、罪悪感を覚えてしまってできないようなことを、公式に肯定する空間を提供する新たなサービスと、その利用者が増えているというお話です。どのような罪悪感を肯定するサービスが現れ始めているのか、具体的に事例を見ていきたいと思います。

まず一つ目は、「破壊」を肯定する空間です。日常生活の中では、モノを壊したり、落書きしたりするのはあまり良いとされていませんが、お金を払ってそれらを公式に楽しむ時間制のレンタルスペースが注目を集めています。防護服を着た利用者は、ブレイクルームと呼ばれる部屋の中に置かれた食器類や家電品などを、バットをはじめとしたさまざまなアイテムで自由に壊せるというものです。壊すだけでなく、様々な絵具やブラシを使って自由に落書きを楽しむプランもあり、SNSでは立派なグラフィティアートのような作品が書かれた壁も見受けられました。
このようなサービスは、もともとはアメリカ発祥のものですが、日本でも店舗数が増えているようで、レジャー体験のキュレーションサイトでも特集が組まれているほどです。最近では、暗闇フィットネスのように照明を落とした部屋で破壊と創作を楽しむプランもあるようで、暗闇の中だとより本能的にストレスが発散されそうだなと思いました。

二つ目の例は、「愚痴」を肯定する空間です。愚痴を誰かにこぼすのは罪悪感を覚えやすいものですが、昨年、東京の某横丁に、なんでも愚痴をきいてくれるバーがオープンし話題になりました。そもそもバーという場所はマスターとの会話を楽しむというような側面はあるものの、お客さんが日ごろの悩みや怒りを愚痴として吐き出すことを公式に認可するという新鮮さが人気を博したようです。SNSで「愚痴バー」と検索してみると、話題になったバーの投稿のみならず、「愚痴バーってものがあればいいのに」とつぶやく投稿も複数見受けられ、愚痴を肯定してくれる場所を求める人は潜在的にも多いのではないかと思います。コロナ禍でたまったストレスを誰かに話せる機会が少なくなったことも、愚痴を通じて会話や繋がりを生んでいく取り組みに注目が集まる要因として考えられそうです。余談ですが、さらに調べてみると、バーではなくWebのデジタル空間にも、愚痴を専門にした掲示板を提供するサービスもありました。

三つ目の例は、「昼寝」を肯定する空間です。シエスタと呼ばれる昼寝文化のあるスペインならともかく、これまで日本では昼寝をする人はあまり多くなく、ネットで「昼寝」と検索すると、「さぼり」や「罪悪感」というキーワードが並ぶ記事も少なくありません。しかし、最近の研究では、短い時間の昼寝が脳の健康状態や集中力を高めることがわかったり、国民的メジャーリーガーも昼寝をしていることが注目されたりと、昼寝=悪という図式が崩れつつもあります。そんな中、立ったまま20分だけ寝て適度にリフレッシュし、素早く仕事に復帰できる仮眠ボックスというサービスが登場し注目を集めています。頭、お尻、すね、足裏の4点を固定すると、どんなに脱力してもリラックスできる立ち寝姿勢のキープが可能というもので、体験レビューを見ると、深く寝すぎず適度にリフレッシュができると評価されているようでした。罪悪感を覚えない効果的な昼寝を実現するサービスとして今後、期待が高まっていきそうです。

さてここまでご紹介した「ギルトポジティブ空間」ですが、なぜ今このような動きが起きているのでしょうか。
ひとつは、コロナ禍や不況など不安定な生活の中で溜まったストレスの発散ニーズが増えていることが背景にありそうです。たとえば、激辛ブームは不況時と重なると言われることもあるようですが、確かに、単調な生活の中で刺激を求めたいという気持ちは、コロナ禍を経験した私たちみなが共感できるものではないでしょうか。やってみたいが罪悪感のあることを公式にできるギルトポジティブな空間があることは、普段の自分から一時的にでも非日常の自分にスイッチできるという、ストレス発散の価値を提供していると考えます。
もう一つの理由は、ギルトポジティブ空間は、その非日常感の強いエンタメ性から、SNSの発信ネタになりやすいというものです。特にブレイクルームに関するSNS投稿は数多く、調べてみると、壊したものや落書きした壁の前で自撮りをとるグループ参加者の姿が多く見受けられました。また仮眠ボックスも、そのユニークさから情報感度の高い層が注目し、体験レビューが多くのブログで投稿されています。罪悪感なき新たな非日常空間が注目される背景には、このようなネット上での情報発信のネタとして注目される側面もあるのではないでしょうか。

最後に、「ギルトポジティブ空間」のビジネスアイデアを考えてみました。

「ギルトポジティブ空間」のビジネスチャンスの例
■あえて夜限定でオープンするハイカロリーフード専門店の開発
■キャンプに行かずとも燃やすことを楽しめる、焚火バーの開発
■飲んでそのまま寝落ちしてOKな、寝落ち居酒屋の開発

夏を過ぎ寒い季節になると、僕の大好きな野外での音楽フェスも開催が少なくなり寂しさを覚えているところですが、思えばこのようなフェスも、「外で音楽を爆音で聴く」という罪悪感を肯定してくれている場所かもしれません。非日常を感じられるようなストレス発散の重要性が高まる中、ギルトポジティブな空間は新たなリフレッシュ方法として、これからもストレス発散法の多様化を担っていくのではないかと思います。

▼「ヒット習慣予報」とは?
モノからコトへと消費のあり方が変わりゆく中で、「ヒット商品」よりも「ヒット習慣」を生み出していこう、と鼻息荒く立ち上がった「ヒット習慣メーカーズ」が展開する連載コラム。
感度の高いユーザーのソーシャルアカウントや購買データの分析、情報鮮度が高い複数のメディアの人気記事などを分析し、これから来そうなヒット習慣を予測するという、あたらしくも大胆なチャレンジです。

山本健太(やまもと・けんた)
生活者エクスペリエンスクリエイティブ局
ヒット習慣メーカーズ メンバー

2017年に博報堂入社以来、ストラテジーやブランドデザインを軸として、企業やブランドの戦略・企画立案に従事。ミレニアル世代/グローバル領域の業務経験多数。写真と音楽とすべてのユースカルチャーをこよなく愛する。

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