20年にわたりカンヌライオンズを見てきた博報堂クリエイティブディレクターの石井裕子が、65年目を迎える今年のカンヌで感じたクリエイティビティーの「今」をとらえる「2つの厳選キーワード」をご紹介します。
今年は「Hack」「コミット」です。

今年も6月の18日から一週間、世界最大規模の広告・コミュニケーション祭である「カンヌライオンズ」が開催されました。
近年「一大ビジネスイベント」という顔を持つようになったカンヌライオンズですが、今一度「クリエイティブの祭典」という原点に立ち戻る判断をしました。

【クリエイティビティは堂々と他領域を「Hack」しにいく】・・・キーワード1「Hack」

前回のレポートでは、「美しき領海侵犯」 というキーワードで、「これまで飛び越えることが難しかったとされる領域を自由に飛び越えるような」クリエイティブをご紹介しました。
例として、AIが絵画という古くから存在する芸術領域へと軽やかに飛び込んでいった「The Next Rembrandt(次のレンブラント)」というキャンペーンをご紹介しました。今の時代にレンブラントが作品を描くとすれば、一体どういったものになるのか?AIが筆をとって次なるレンブラント作品を描き出したのです。
今年はこの「領海侵犯」が更に堂々と行われ、その行為自体がエンターテイメント化されていました。まさにHackという言葉がぴったりです。
例えば、フィルム部門のグランプリをはじめとして様々な賞に輝いた「It’s a Tide ad.(これはTideの広告だ)」 。「テレビCMの祭典」ともいわれるスーパーボウルでオンエアされた、衣料洗剤のド定番商品「Tide」のキャンペーンです。

やはりスーパーボールで過去に話題になったCM(いい意味でも悪い意味でも)をマルっとパロディー化。全く違う商品やサービス(に見える)CMの中に突然あらわれるのがスポークスマンの有名俳優。他の登場人物にからみながら「(シミや汚れひとつ無い服を着ているということは)これはTideの広告だ」と決めセリフでしめくくります。
ならばという具合に、顔が汚れているのに服がまっしろな機械工に対して「これもTideの広告だね」「ああ、これだってもはやTideの広告・・・」と連発しつづけるのです。そのうち視聴者もTideとは全く別のCMであっても「これもTideの広告だ!」と次から次へと流れるCMにつっこみをいれるようになります。
まさにあらゆる他のCMへのHackをやってのけたのです。大胆に人のCMをジャックすることでメッセージの拡散量でも他を圧倒したといえます。

■動画はこちら→ https://www.youtube.com/watch?v=doP7xKdGOKs

【Hack」をすっかり自分のものにしているブランド】
実はここ数年いち早くこのHackの道を突き進んできた企業があります。バーガーキングです。
世界の平和を祈る日ぐらいライバル同士、手を組もうじゃないかとマクドナルドに呼びかけ、お互いの看板商品のビッグマックとワッパーというハンバーガーを合体させたハイブリッドバーガーを世間に提供しようと、敵陣をHackした「McWhopper」 。

あるいは「OKグーグル、ワッパーについて教えて」という15秒CMのナレーションで、全米中の家庭のに置かれたグーグルのAIスピーカーを起動させてしまったこともあります。アメリカのお茶の間をHackした「Home of the Whopper」 です。

更に今年のカンヌで注目を集めたのが「Whopper Neutrality」 。テーマは「ネット中立性」です。これがなかなかわかりにくい話なのです。
「ネット中立性」とはインターネット通信を誰にでも開かれた、公平でオープンなものに保つという考え方なのですが、オバマ政権時に明確に決められた「ネット中立性」の撤廃をトランプ政権下で連邦通信委員会(FCC)が決めたのです。
そうなると通信会社が特定のコンテンツの配信速度を遅くしたり、早くしたりすることが可能になり、スイスイ高速でゲームなどのネットコンテンツを楽しむためには高い料金を払わないといけなくなることも考えられるわけです。耳を疑うような話ですが、同じワッパーを手に入れるのに$25.99という高額を払うとすぐに手にできて、$4.99という常識的な金額だと延々待たないと食べられないという比喩でそれをわかりやすくデモンストレーションしてみせました。

その演出を知らないで来店したお客さんはばかげているとカンカン。当然です。しかし後から「ネット中立性」が撤廃されることがどういうことかを伝えるためのキャンペーンであることを説明されるとやっと納得。今度は政府に対して怒り出します。これまた当然です。
今年のカンヌのバーガーキングによるセミナーでこういったキャンペーンが紹介されましたが、セミナーのタイトルもずばり「The Rise of Hackvertising」。HackvertisingとはHackとAdvertisingをかけ合わせた造語です。時代を象徴する事象をHackすることで、時代と生活者との対話の一部になっていく、という思考でバンバン新しい領域へと踏み込んでいきます。どれもナイスHackです。

クリエイティビティはアウトプットの先の先まで「コミット」する・・・キーワード2.「コミット」

今年設立された中にクリエイティブ・Eコマース部門という興味深い名前の部門があります。その部門のグランプリは「Xbox Design Lab Originals: The Fanchise Model」でした。
元々Xboxのコントロール端末をカスタム化できるサービスを自社のEコマースで開始したものの、価格が5割増しになることから売上が不調だったそうです。そこでブランドのファン達にカスタム化、販促、販売を任せる「フランチャイズ」ならぬ「ファンチャイズ」というシステムを確立して大成功しました。ファンが自らどんどんプロモーションをかけて盛り上げ、ちゃんと儲けられる。まさに「ゲーマー起業家」たちを生み出したシステムで、ブランドが短絡的に目の前の売上を追うのではなく、新たな事業形態をつくりあげるという長期的なコミットメントを実現したケースです。

コミットするという意味ではプロダクト・デザイン部門のグランプリになった「Kingo」 も象徴的だといえます。
これまで電気が通じていなかった地域に住む人々のために、その名もKingoというグアテマラの発電会社が開発しました。コンパクトな発電機やプリペイド購入を可能にするソフトウエアが一体となったキット型商品です。インターネット接続が必要なく、村のよろず屋さんであってもそこで必要な分だけ電気が購入できます。
Kingoは太陽光という誰もが受けることができる恩恵を電気に変えるというイノベーションを開発しただけではありません。そこでどういった人が具体的にどう使うのが理想的なのかまで徹底的に考えぬき商品開発をしたのです。

気の利いた商品をつくって終わり、というのではなく、その商品が生活の一部としてしっかりと定着するまで責任を持つ。デザインをした人たちの優しい視点と深くコミットする姿勢を感じます。

【「コミット」は様々な形で実現される】
こちらは映像のクオリティとエンターテイメント性にフルにコミットしたケースです。
スーパーボールでなんとも懐かしい「クロコダイル・ダンディー」の続編と思われる映画の予告編がオンエアされました。 これは80年代後半に一世を風靡した映画です。しかも実際にその後続編が2本出ています。当然、みんなざわつくわけですが、蓋を開けてみるとそれはオーストラリア観光局のPR動画、「Dundee: The son of a legend returns home(ダンディー:レジェンドの息子、帰郷する)」 だったのです。

でも途中からネタバラしが始まり、最後は「ああ、なんだ映画じゃなかったんだ。これってCMか」とナレーターの声で締めくくられます。あまりにもリアルで見た人はそのサプライズのスケール感に驚かされます。現在オーストラリア政府観光局は旅行者の積極的誘致を進めていますが、この動画が一役買ったことでしょう。
映画レベルのクオリティとエンターテイメント性がなければ、誰もが最初から見抜いてしまいうまくいかなかったはずです。徹底的にコミットしています。また登場した俳優たちも自国のPRのためにと無償でこの仕事を引き受けたそうです。彼らのコミットメントまでも勝ち取った高いクリエイティビティだといえます。

【クリエイティビティは「楽観力」】
時代の一部に、いや時代の代表になっちゃおうよという「Hack」。そしてこれまで以上に先の先まで徹底的にやってみようじゃないかという「コミット」。今年のカンヌライオンズで印象に残ったことです。
バーガーキングのコミュニケーション活動の鍵となったGlobal CMO、Fernando Machado氏に取材をすることができました。

バーガーキングGlobal CMOのFernando Machado氏(左)と筆者(右)

彼がアイデアを選ぶ時の基準は
・ブランドの価値とトーンに合致しているか?
・最も熱量があり、時代に合致したTalkability(話題になりうる力)が最も高い案はどれか?
だそうです。必ずこれらの基準に沿って進めるため、仮にベストな案が実地できなかったとしてもブランドにダメージはないと笑顔で語りました。「あるとすれば『思っていたほど話題にならなかったね』というぐらいで失敗なんてない。僕らのオリエンシートはものすごくシンプルだ。例えば「バーガーキングは誰をもウエルカムする」という一言で考える。そしていくつもの案からさっきの基準に合うものを選んで、世の中に届ける。それを夢中になってやるだけだ。」 その根底にあるのはどんな課題が目の前にあろうと、クリエイティビティでなんだって解決できるんだというある種の楽観性です。そして世の中が複雑であればあるほど、シンプルな突き抜けたクリエイティビティが求められます。
そう、クリエイティビティを信じる人達に与えられる楽観という力、たっぷり発揮していきたいですね。

石井 裕子
博報堂クリエイティブディレクター

東京生まれ。幼少期の数年間を南アフリカで、10代の数年間をアメリカで過ごす。
早稲田大学文学部卒後、博報堂入社。現在まで主に海外広告クリエイティブの仕事に携わる。ニューヨーク広告フェスティバルで金賞受賞、ロンドン国際広告賞で金賞等を受賞。カンヌライオンズは1997年以来取材している。