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生活者のつぶやきを、経営資源に変える技術

2019.01.30
製造ラインの稼働率向上・マーケティングコストの最適化など、経営管理文脈でのデジタル化は多くの企業で浸透し、企業活動の必須科目となった。一方で、戦略立案から顧客管理までを連ねるサプライチェーン全体で同時多発的にデジタル革新が起き、個別ではなくサプライチェーン全体を組み直し、顧客への提供価値そのものの再設計をしなければ生き残れないとの危機感も高まっている。欧米ではソーシャルデータを活用した企業買収の判断や、商品開発で戦略の即時性を高めるデジタルトランスフォーメーションが進むなど、いよいよ破壊的な力を発揮し始めている。──マーケティングディレクター 井手宏臣がその可能性を語る。

ソーシャルデータから事業機会の予兆を捕捉する「プレディクションマーケティング」

──今、いろんな企業がデータの活用を試行錯誤していると思うのですが、最近のマーケティング業務におけるデータ活用に関する相談はどの様な傾向がありますか?

井手 デジタルで相談が…と言われる際のテーマが効率化から価値創造にシフトしてきている印象を持っています。これまでは潜在的な顧客に対する高精度なターゲティングをどう行っていくか?既顧客の活性化をどう実現していくか?そのために行動データやシステムをどう活用するべきか?といった話が主流でしたが、最近は、どうやったら生活者の面白い行動を発見できるか?新しい市場を探すのに、例えばソーシャルデータは使えないのか?というご相談も増えてきました。「プレディクションマーケティング」と呼ばれる領域です。例えば、この領域には、イギリスのBlack Swan社が提供している「トレンドスコープ」というツールがあります。Black Swan社はイギリスやアメリカではTwitterの過去7年分の全量データやブログなどのソーシャルデータの解析と可視化を行っています。Black Swan社が何をしているのかというと、飲料だったり、食品だったり、トイレタリー製品だったりを生活者が自由に発言していて、そのままだと使いづらい口コミを機械学習の仕組みを使ってカテゴリー別に整理したデータベースを作っています。例えば飲料のツイートのかたまりの中で、どういう素材がつぶやかれているのか、どういうブランドがつぶやかれているのか、どういうベネフィットを期待されているのか、あるいはどんな商品のことがつぶやかれ始めているのかなど、そのつぶやきの中に入っているいろんな要素を単語レベルで「トレンド」という形で集約していきます。トレンドはプロダクトライフサイクルのように、出てきたばっかりでものすごく盛り上がり始めているもの、一般的な用語として定着をしているもの、ちょっと最近衰退気味なもの、もうなくなってしまったものなど、カテゴリーの中で相対的な位置づけで評価する。ある種のBIツールのようなものですね。そういう予兆を掴む技術も上手に使いこなしながら、私達のビジネスに対する意思決定力や創造性を高めていく思考法です。

──もっと面白いこととか、今までは自分たちで思いつかなかったことを発見し、事業機会検討に結び付けられるような仕組みを作りたいという相談が多いということですね。

井手 例えば、ある企業では、長年にわたって定量・定性の生活者洞察調査をしつくして、もはや発見がないという声もあります。長年事業をつきつめてこられたからこその深刻な悩みだと思います。だからこそ我々のような多様な業界でマーケティング支援をしてきた広告会社のマーケティングセクションに白羽の矢が立ち「どういう手口があるんだ」「なにか新しい仕組みはないのか」というお問い合わせをいただくようになったのだと思います。そんなときに、従来の手法ではなく、先端システムを活用して新素材を検知したり、こだわりの強い生き方をしている人を見つけ、行動や嗜好(しこう)性の連関から見落としていた着眼点に気づくきっかけをつくったり。気づきがあれば戦略担当や開発担当の方のクリエイティビティに火がつくので、データやシステムで知らない素材やトレンドを俯瞰(ふかん)できる状態が生まれ、新しい事業機会や着目すべき新興企業・新商品を探すためのバイアスから解放される。そもそも早い段階から事業機会の予兆を捕捉できれば、十分なリードタイムをもってM&A・事業提携の検討や商品開発を行うことができますよね。

──でも、ウェブ上のデータって玉石混交ですよね。本当に“玉”となる予兆って、どうやって見分けるのでしょうか?

井手 長年議論されてきた、ビッグデータから価値創造はできるのか?という質問に近いと思うのですが、現時点ではシステムだけで価値創造のたねが打ち出の小槌のように出てくる状態ではありません。必ず人間の解釈力が必要です。また、事業としてスケールするかしないかはソーシャルデータだけでは見えてこないと思っています。そこは従来のSTPマーケティング的な手法を掛け算していく。「プレディクション」の中から見える部分っていうのは、ネット上の予兆の強さとかヒット確率です。それが売れるか、売れないかという問題については多面的に確認をすべきで、リアルな生活者に調査するっていうことも必要だと思います。どっちがいい悪いではなくて、人と機械の得意なところを組み合わせるプロセスをうまく作り上げる戦略性や能力が、企業側に強く求められてくるんだと思います。

モノとしての商品がサービス化していく時代のマーケティング

──こういう市場はプレディクション型がよくて、こういう市場はSTP型から入るほうがいいとかはありそうな感じがしますね。

井手 あると思います。プレディクション型が向いているのは、やっぱりユーザーが思わずつぶやきたくなるものなので、あまりにも重すぎない、あまりにもトレンドサイクルが長すぎないものになってきますね。最近の面白い動きが自動車です。ご存じの通り“Mobility as a service”というのが大きなテーマになっていますよね。“モノ”としての自動車を考えると、購買サイクルもモデルチェンジのサイクルもFMCG(日用品)と比較すれば非常に長いのでトレンドとして捉えづらい。あまりプレディクションマーケティングに合わないものだと思っていましたけれども、テーマがサービス化にシフトして状況が一変しました。自動運転化した自動車の室内環境をどう使うのか?コネクテッドに求められる価値はどう移ろっているのか?など、サービスを考え、提供していくことが求められる状況に突入しました。また、セールスの視点でも、買った瞬間がスタート化し、移動し続けるうちに価値が複層的に積み上がる「サービス」を提供し続けられなければ、使い続けてもらえなくなる。だからこそ生活者の興味や課題のトレンドを捕捉 し、先行してサービス事業化を検討し、仕掛けていくことが非常に重要になってくるんですね。飲料・消費財が先行していますが、実は家や家電など耐久消費財全般にも起きています。

──そうかもしれないですね。OSをアップデートしたら違う使い勝手が増えたというような。

井手 そうなんです。生き残るためにはユーザーの行動や困りごととダイレクトかつダイナミックに企業がリンクする必要があって、そこが本質的にはIDが必要ではなかったはずの産業のプレイヤーが顧客とIDベースでつながっていかなければならなくなった真因なんだと思うのです。IDで繋がると次はサービスをアップデートしつづける必要が出てくる。イノベーティブなもの、トレンドを押さえたものを検討しつづけるにあたり、技術面ではまだ黎明期にあるプレディクションマーケティングが有効だと考えていますし、今から活用の仕組みを考えている企業、その仕組をいかした人間の創造力を引き出すワークフロー・組織を組み立てることに着手している組織からどんどん頭抜けていくんじゃないかなと考えています。インターネットの黎明期に感じた空気感を、人間の創造力×ビッグデータ×機械学習で織りなすプレディクションマーケティングの領域に感じています。今までモノを買ったときの体験って、買った瞬間がピークということが多かったと思うのですが、どんどんアップデートされていくとなると、その生活者が受ける喜びは買ったとき以上になるはずなんですよね。そこをどうデザインしていくかを考えると、競争も楽しく・厳しくなっていくでしょう。今までモノを作っていたフィジカル面での強みを企業が引き出し、使用価値をハイサイクルで企画できる開発集団に変わるには、どういうワークフローや技術的・システム的支援がこれからあればいいのか。当然支援するバックオフィスの考え方も変わってきますよね。

今までの開発サイクルではどんどん利益が奪われていくという危機感

──モノがサービス化する時代は、生活者がサプライチェーンの中心になっていくということですね。

井手 今の技術とその影響を踏まえた上で、サプライチェーン全体のあり方は再検証すべき時期だと思っています。多くは昭和・平成の常識で構築されたもので、年号が替わり次の時代で生き残りをかけていくとすれば、そろそろかもしれません。ニーズが多様化して多品種・適量対応しようとすると、規模やコストを追求するために作った仕組みだけで勝負することは厳しい。でも人や生産能力といった経営資源は一定量あるわけですから、うまく使いたい。いろんなことをできる人や機能が会社の中にあるのだけど、今最適に使われているのかっていう問いが社会的に立ってきている気がしています。大切なのは、自分たちのケイパビリティをどこに配置すればいちばん価値が高いのか。それはもしかしたら他社の経営機能の中にあるのかもしれないわけです。ちょっと新しいことやってみようかという甘いオープンイノベーションが頓挫することを考えると、資本関係に依存せずともお互いのケイパビリティを乗り入れながら会社を運営する価値観と信頼感で束ねられた共創アライアンスの構築のような形にまで踏み込むべきなのかもしれません。

──確かに今、生活者に最適なサービスを提供するために、人や施設、資産をフルで使えているのかっていうのは、疑問に思うところはありますね。すごく忙しい人と暇な人がいるなとか、工場も忙しいときと暇なときとあるなとか。どっちかっていうと暇なときをなくすためにやりたくないことで稼働率を上げて働いているけど、それは社員のためにも、ユーザーのためにもなっていない。自分たちの資産とか能力を、ユーザーのためにうまく使いたいっていうのはあると思いますね。

井手 いわゆるナショナルブランドがDNVB(Digital Native Vertical Brand)に開発・販売のサイクルや発想の柔軟さでシェアを奪われちゃって、利益を奪われてしまう事象が世界中で起き始めていますよね。彼らはそのへん上手だと思います。大手は慌ててそういう企業に出資したり、買収したりしていますし、そこに対する危機感がいよいよ本格的に現れ始めたのかなと思います。そうやって使用価値のあり方が生活者サイドでどんどん変わってくると、今までの年2回の開発会議みたいな商品の供給方法では太刀打ちができない。生活者と直接つながり、アイデアが溢れるような発想力をもった組織にしたいというニーズが高まるわけです。

──そもそも予兆を捉えるということは、未来を読み解くということだと思いますが、どうやったら未来が読み解けるのですか?

井手 難しい課題ですが、やっぱり未来の種は今の中、私たちの中にあるんだって思っています。生活者が何をしているのか、面白がっているのかっていうところにこだわりたい。その情報を得たマーケターとしての自分がどう感じるか、解釈するかということは普遍的な価値だと思います。違うのは自分の未知の兆しをスピーディに検出し、プラニングの材料として並べることを、今の技術が許してくれていることを強く認識することが、未来を作っていくときに大きなテーマになるのかなと考えています。

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