分析と論理に軸足を置いた「サイエンス重視のビジネス」には、限界が来ているのだろうか――。ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の著者・山口周氏は、直感や感性といった「美意識」と「サイエンス」のバランスを調整することが大切だという。山口氏の知見と博報堂のシニアクリエイティブディレクターの吉澤到の経験から、クリエイティブが複雑化するビジネス課題の最適解になり得るのかを問う。さらに、美意識の磨き方についても掘り下げる。

「美意識」がなぜ、ここまで受け入れられたのか

吉澤 山口さんが2017年7月に上梓(じょうし)された『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』は、経営におけるアートの重要性が改めて注目されるきっかけとなりました。最近では「デザイン経営」といった言葉もよく聞かれます。まず、このタイミングでこの本を書かれた理由を教えていただけますか?

山口 とにかくずっと違和感があったんです。どんな違和感かと言うと、2000年代初頭からMBAをベースとした外資のコンサルブームがありましたよね。私自身、その業界に10年いたのですが、正直に言うとその限界がよくわかってしまったのです。実際に彼らのプロジェクトの軸足は、ロジカルシンキングや戦略策定から、組織変革とかコスト削減が主流になってきています。
一方で、世の中ではやっているビジネス書の傾向は、コンサルティングファーム流何々といったものばかり。僕としては、すでに日本の国力の回復はその方向にはないと思っていたのでとても違和感を覚えていたんです。

吉澤 確かに、ビジネス書のみならず、そうしたテーマの企業向け研修もはやっていますね。

山口 欧米の企業は明らかにロジックやサイエンスでは戦えないと気づいて、別の方向へかじを切り始めていますが、日本は半周遅れでそこに走り込んでいる状態です。僕があの本を書いたのは、そういう日本企業の焦りのようなものに、ある意味つけ込むようなコンテンツが幅を利かせている状態に一石を投じたいという思いからだったんです。

吉澤 ただ、ロジカルシンキングが日本企業にとって新鮮だったのは、日本ではそれまで、経験が何よりも重視されてきたからではないでしょうか。右肩上がりで経済が成長していくときには経験や過去の成功法則が役立ちます。しかし、そうしたやり方が通用しなくなったときに、欧米流にサイエンスを持ってくればいいんじゃないかとなったのが、今の日本の状態なのかなと感じています。
そんな中で山口さんの著書がヒットしたのは、経験則が役立たず、サイエンスでも次の成長シナリオを描けないときに、ある種の救いの手として「次はアートだ」という提言が受け止められたのだと思っています。最近イノベーションが日本企業共通のテーマになっているのと同様に、経営者のこのままではいけないという思いがこのヒットに表れている気がします。

山口 この本を読んだ方の反応のパターンが、3つあることが面白いんです。1つ目は、まさに経営者の方たちが、何か、もやもやしているなかで大きな方向感をもらったというもの。2つ目がデザイナーなどいわゆる表現にかかわる業界の人たちが、自分たちが前々から思っていたことが書かれていたというもの。一方で3つ目ですが、コンサルタントや大手町、丸の内の方からの反応の多くが、よくわからなかった、理解できませんでしたというレスポンスでした。

「アート」だけでは解決できない問題もある

吉澤 ロジカルシンキングやサイエンスといったMBA的経営というものの限界がきているのか、それともやはりそこは必要なのか。どのようにお考えですか?

山口 まず僕自身は、サイエンスが好きなんです。哲学ってアートと捉えられがちですが、そもそもサイエンスですよね。だから、経営のリテラシーとしてのMBAは、取れるタイミングのある方は取っておいた方がいいと思います。ロジックの限界とアートの限界は両方あると思うんですが、その極まで一度も行ったことがない人は、どの状況においてどちらに軸足を置くべきかという極めて難しい判断はできないと思います。何か問題を突き詰めたときロジックで解ける問題については、ロジックで解いた方がいいと思います。

吉澤 ロジカルかアートのどちらかに寄ってしまうのではないということですね。

山口 日本は昭和30年代から60年代までは、満たされないニーズや生産性を上げることで解決してきました。でも今はみんなが満足している状態で、解決すべき本質的な問題がない。そうなると、本質的な問題を見つけにいくことが必要です。
MBAは問題がすでに与えられている状態で、なおかつロジカルに解くことができるときにおいては極めて強力な武器になります。が、問題が提出されないときに問題を作る力というのは経営学にはあまりない考え方です。
ところが、いまリーダーに求められているのは、世の中で何が問題で、自分たちがどういう問題を解くために存在しているのかを考え、世の中に問題提起していくことだと思います。そこにおいては、アートで話すことができます。

吉澤 なるほど。リーダーシップとアートが結びつくのですね。これまでのリーダー像というと正しい答えを出す人だったと思うんです。次はこっちだと道を示せるのが強いリーダーだった。そのときは、経験とサイエンスが何よりも役立った。しかし、今求められるリーダーは自ら答えを出すのではなく、むしろ「問い」を投げかけ、考えるプロセスにみんなを巻き込んでいくタイプの人間です。アートには世の中がまだ気づいていない課題を見つける力があり、そうした力こそ現代の経営者が必要としているのかもしれません。

大いなる問いの再設定をするのは誰なのか?

吉澤 今は第4次産業革命とも呼ばれるように時代の潮目が大きく変わろうとしています。アートが注目されている背景を、もう少し大きな視点で読み解くとどんなことが言えますか?

山口 これは最近考えることなのですが、ある種の資本主義の脱構築がこれから必要なのではないかと思っています。市場原理の経済システムに支配されて隷属するのか、もう少し上位のレイヤーに立ってそのシステムをうまく使うのか。それによって、生き方そのものが全然変わってくる。そういう時期にきているのかなと思います。そうしたときに、広告会社というのは資本主義の経済システムに組み込まれた存在なのですが、その中にいるデザイナーやクリエイターというのは逆に経済システムに隷属することに対しそれでいいの?と疑問を投げかけることをずっとやってきた。経営者に対して、お宅の会社って何のために存在するんですかとか、ある種目線を上げる役割をしてきたと思うんです。

吉澤 そうですね。広告のクリエイターというのは、何か表現を作るときに、ワンビジュアル、ワンメッセージを最初に決めることが多いんです。どんどん余計なものをそぎ落としていって、一番大事なことは何かを突き詰める。経営も、戦略とは選択と捨象だと言われていますよね。そして、ミニマムに一番大事な核心を探っていくと、忘れていた強みに気づいたり、存在意義を見つめ直すことにつながったりする。広告会社の人間、特に経営者と向き合うクリエイティブディレクターの仕事というのは、「あなたたちの仕事は社会にとってこんな意味があるのですよ」という、新たな視点を投げかけてあげることだと思っています。

山口 その部分は戦略コンサルティング会社には絶対にできないことなんですよ。僕はコンサルにもエージェンシーにもいたのでわかります。クリエイティブやデザイナーの人たちは、その問いでいいのかと問いそのものを作り直します。
問いを再設定するという作業は、世の中にすごくニーズがあるのに、その受け皿がないんですよ。唯一、受け皿となり得るのは、おそらく広告会社かデザインエージェンシーだと思うのですが、アジェンダの再設定という機能はビジネスモデルにはなっていません。これは、今後のチャレンジかなと思います。

吉澤 最近、我々の仕事でも“パーパス”がすごく語られることが多くなってきています。自分たちの存在意義って何だろうと問い直すことですね。なぜかというと、デジタルによってあらゆる業種の垣根がなくなって、すべての産業がサービス化していく中で、自分たちの生業を再定義しなくてはならないステージに来ている。それを最初にきちんと定義することなしに、やれイノベーションだ、新規事業だと言っても、しょせん借り物にしかならないわけです。自分らしさを見つめ直したいというニーズが企業の側に強まっていると感じています。

ジャンルの異なる企業、それぞれのブランドの作り方

吉澤 クリエイターの問いを設定する力というのは、クリエイター自身の美意識と強く結びついています。「こうしたら世界はもっと良くなる。美しくなる。」という極めて個人的な感覚に基づく確信です。しかし、それが行き過ぎると単なるエゴになってしまう。美意識の実現のためにはトップダウンがいいのか、それともボトムアップで進めるのがいいのか、どちらなんでしょう。

山口 それはなかなか難しいですね。結論から言うと、両方あると思います。たとえば明治維新では、「日本をどういう国にするか」というデザインをトップダウンでは考えていませんでした。激しいボトムアップ、時には斬り合いをしながらオピニオンの自然淘汰が起きました。説得力や共感力を持った意見が生き延びて、結果的には開国して貿易立国になろうという方向が示された。そのときに何があったかというと、今はまだない国を作りたいという完全な美意識だと思います。経済的に効率がいいなんて考えはなかった。
トップダウンで美意識を掲げるというのは、たとえばGoogleには世の中の問題をコンピューターサイエンスや数学で解くことのエレガンスや、フラットな世の中になることという美意識があります。そこには極めて言語化しやすい抽象度があったので、そこに共感する人が集まってきたわけです。
一方で具体的なモノを作るブランドにおいては、美意識の基準に具体性があります。アルマーニの社員の行動規範を伺ったことがあるのですが、「ビーイング・アルマーニ」というんですね。そこに長くいて、アルマーニっぽいものやそうでないものという視点を持つとわかるといいます。これはかなり具体的なものに付随した峻別(しゅんべつ)だなと思います。

吉澤 実は、最近、ブランドの作り方が変わってきているなと感じて、迷うことがあるんです。以前はブランドを厳密に規定しコントロールすることで、ブランドが作られていきました。ところが今は、“開かれたブランド”というものが成功してきています。ソフトウェアなんかは最たるものだし、ユーザーの発想をベースに商品開発をするブランドも増えています。最近はそういう自由さやフレキシビリティのあるブランドの方が強いのではないかと思っていまして、どこまでコントロールすべきかを迷うんです。

山口 そうですね、コントロールするかしないかということが、美意識の中に入っているケースもありますね。ある種の自由さのようなものが美意識を構成する要素だとすると、コントロールしようとしているのに自由さを求めるということで自己矛盾を起こしてしまうかもしれない。だからこそ、具体的かどうかということは一つの基準となりますね。

吉澤 今のミレニアル世代と呼ばれる人たちは、そういう与えられたものを良しとしない、そこに自分たちが作りあげたコミュニティや、コミュニティを体現したブランドに共感を持っていますよね。そこが面白いなと思います。

「美意識」を磨くには、わがままになること

吉澤 美意識の磨き方として、著書の中に絵画や詩、哲学に触れるとありました。素晴らしい芸術に触れることは感性を豊かにしてくれますが、そもそもそういったものに関心がない人はどうしたら良いのでしょうか。

山口 僕も個人的には、美術館に行って何か変わるかというと、あまり変わらないかという気がしています。ただ、美意識って結局は何が好きか嫌いか、きれいかとか、格好いいかとか、そういうことに対する心の反応、皮膚感覚みたいなものです。だから、普段から良いものは良い、嫌いなものは嫌いと言わないと、美意識はどんどんまひしていってしまうんですね。
感じたことを言わない、あるいは感じたことに基づいて行動できないでいると、心を動かす能力も減退してしまいます。ですから、ある意味でわがままになることはすごく大事なことなんですね。感じる能力よりも、感じたことをちゃんと声に出すとか、それに基づいて行動する、自分の人生の意思決定に反映させるということを先にやった方がいいのではないかと思います。

吉澤 同感です。美意識ってさらけ出すことで磨かれる部分もあると思うんです。クリエイターも見習の頃は考えたことを全部机の上に出せって言われます。そうやって自分を全部さらけ出すことで、批評されたり褒められたりするうちに、自分の中で良いものとダメなもの、快・不快の基準が出来上がっていく。それが美意識ですよね。みんなもっとわがままになっていいんですね。

Profile

山口周
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、同社のシニア・クライアント・パートナー。専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成。株式会社モバイルファクトリー社外取締役。一橋大学経営管理研究科非常勤講師。『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』(KADOKAWA)、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?─経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)など、著書多数。神奈川県葉山町に在住。

吉澤到
1973年、東京都生まれ。東京大学文学部社会学専修課程卒業。博報堂で20年以上にわたりクリエイティブディレクター、コピーライターとして国内外の企業のマーケティング戦略、ブランドコミュニケーション、ビジョン策定などに従事。2016年、英国ロンドン・ビジネス・スクールにて修士(Sloan MSc)を取得。帰国後は、新規事業開発やイノベーション支援を通じて企業の変革に携わる傍ら、クリエイティブ・コンサルティング・ユニットTEKOのメンバーとして企業のターンアラウンドやグローバルブランドのコンサルティング等を行っている。2018年11月発行の博報堂のイノベーション/事業開発領域の最新事例をまとめた書籍『INNOVATION DESIGN イノベーションデザイン ~博報堂流、未来の事業のつくり方~』(日経BP社)では、編集長を務めた。