右から株式会社tet. ブランドマネージャー、松下文さん、博報堂ブランド・イノベーションデザイン竹本しおり。

「ブランドたまご」とは、生まれて間もない、まさにこれから大きく羽ばたこうとしている商品ブランドのこと。中でも、伝統を活かしながら革新を起こしている魅力あふれるブランドに注目し、その担い手に博報堂ブランド・イノベーションデザインのメンバーが話をうかがう連載対談企画です。第41回に登場するのは、日本一の手袋産地、東かがわ市から生まれた手袋ブランド「tet.」(テト)を展開する、松下文さん。大手家電メーカーを離れ、香川で商売を始めることを後押しした、地元への想いとは?聞き手は博報堂ブランド・イノベーションデザインの竹本しおりです。

住職さんの駆け落ちから始まった、東かがわ市の手袋産業

「tet.」は、国内の手袋生産90%のシェアを誇る日本一の手袋の産地、香川県の東かがわ市で生まれた、“手にまつわる商品”ブランド。手袋を中心に、ハンドケアアイテムなども展開しています。
手袋づくりは、裁縫の中では最も難しいもののひとつと言われている手仕事。「tet.」というブランド名は、そんな様々なものを生み出す「手」に着目し、「手と、」その先に広がる様々な物語を伝えていく、という想いが込められているそうです。現在手袋の種類は、なんと150種類以上!

左下:手袋だけではなく、手袋の指先につけると、スマートフォンの操作が可能になるリキッド、日本機能性医学研究所監修のもと開発されたハンドソープなども販売 右下:「手袋は片方を無くしやすい」ということを前提とした片手売り

竹本:東かがわ市は、国内手袋の90パーセントをつくっているとのこと、取材でお声掛けするまで知りませんでした!香川は暖かいイメージで、あまり手袋と結び付かないのですが、なぜ手袋産業が盛んになったのでしょうか?

松下:東かがわ市が産地になったきっかけは、この街に住んでいた、住職さんの駆け落ちからはじまっているんです。

竹本:駆け落ち!なんだかロマンチックですね。

松下:1888年、明治時代だったので、まだ自由に結婚したい人を選べない時代。住職は街の娘と恋に落ちて、大阪へ駆け落ちしたそうです。その頃、大阪ではドイツから手袋づくりが伝わっていて、托鉢だけでは生きていけなくなったため、はじめたのが手袋製造だったんです。その後従兄弟も加わり、事業を拡大していきました。

竹本:手袋づくりは、初めから香川にあった産業だったわけではなく、駆け落ち先の大阪で、営んでいたものだったんですね。そこからどの様に香川に伝わったのですか?

松下:東かがわ市は塩づくりが産業だったのですが、海外の輸入品に押されてしまい、困窮していました。すでに住職は亡くなっており、従兄弟の方に街から手袋づくりの技術を持って帰って来ないか、と声がかかり、手袋づくりが東かがわに伝わったと言われています。
おっしゃる通り、暖かい香川でなぜ?と思われる方も多いのですが、街を存続させるための選択だったんです。

竹本:街を存続させるための選択、ですか。手袋は、この街の存続を繋いだ、大切な産業だったのですね。現在の産業状況はどうなっているのでしょうか?

松下:昔は200社程度あったと聞いていますが、現在は、100社程度なので、約半分に減ってしまっています。

やりたいことを言い続けていたら、舞い込んできたチャンス

竹本:そうなのですね。松下さんは、大学を出られてから、大手家電メーカーに勤められたあと、こちら地元に戻ってきて、手袋の事業を始められたとお聞きしていますが、何がきっかけだったのでしょうか?

松下:実家がこの街で商売をしているので、「周りがみんなお客さんであり、その人達に支えられて成り立っている」という意識で育てられたんです。いつか帰って街に恩返しができるといいな、とぼんやりと思っていました。
このブランドの始まりは、株式会社エイトワンという、地域の産業を活かしたオリジナルブランドを立ち上げている会社の代表が、東かがわが手袋の産地だと知り、ブランドをつくれないかということで、私に声がかったことでした。

竹本:Uターンは考えていたことだったのですね。どうして、松下さんに声がかかったのでしょうか?

松下:想いを持った、地場の人が立ちあげるのがいいのでは、と思っていたみたいです。
私も、会社員をやりながらも、いつか地元に何か恩返しがしたいという想いは周りに伝えていたので、人づてに繋がりました。

都会の人は何で知らないの?ブランド立ち上げを後押ししたものとは

竹本:自分の想いを周りにも共有していたからこそ、この機会を引き寄せられたんですね。一方で、手袋産業自体にも想い入れがないと踏み切れなかったのではないか、と思うのですが。

松下:東かがわの代表産業といえば、手袋だと思って育ってきたのですが、大学で県外へ出てみると、全く知られていなかったんですよね。ヨーロッパでは、革手袋の街と呼ばれるところはあるけれど、たった3万人の東かがわで、ニットや革等の普段使いのものから、スポーツ、林業、工業、医療、農業等の見たことのないような産業用の手袋まで、多様な手袋をつくっているんです。これって面白くないですか?日本で、ここでしかできないことをやっているのに、知られていないのは、もったいないことだと思いました。
そして、職人さんたちに話を聞いているうちに産業が消えて行ってしまうかもしれないことを知ってしまったうえで、関わらない自分を考えたときにやらなかった場合、後悔するんじゃないかなって。飛び込んでみようかな、死ぬわけじゃないし。と思って挑戦することにしました。

防寒具から、自分の「手」を大切にするアイテムへ

竹本:そうだったんですね。「tet.」は手袋ブランドではなく、“手にまつわる商品”ブランドとしていますが、それはどんな想いからなのでしょうか?

松下:このブランドを立ち上げる前に、職人さんたちに手袋産業について教えてもらいにまわっていたのですが、手袋づくりは縫製商品の中で最も難しいもののひとつだってことを知って。

竹本:え!そうなんですか。

松下:手は動作が細かいので、動かしたときに縫い目がパンクしないようにしたり、かつ感覚が優れている手だからこそ、着用した時に違和感がないようにフィットするように気を配ったりと、かなり緻密な手仕事でつくられているんです。でも職人さん自身はなかなか普段から意識していないですよね。その手仕事を、いとも簡単にこなしていて、取り分けすごいことだ!とはされていなくて、私たちも、手は毎日使っているけれど、なかなか普段から意識して大切にしてはいないですよね。
一方で、チャンスを掴む、とか、手相に人生が表れるとか、“手”って実は大切なシンボルになっている。そんな手を守ってくれる手袋が、ただの防寒具ではなくて、「尊い手仕事でつくられた、大切な手に寄り添うアイテム」だと思ってもらえるものになったらいいな。そう思って“手”にフォーカスしたんです。

tet.のシンボルは、「手」の字、「+」、「八角形」の組み合わせ。「手」という漢字は古来、手そのものをモチーフとしてできた象形文字。八角形は、東洋では縁起の良いものとされており、印鑑の形にも用いられている。tet.のtを「+」に見立て、その後ろに続く物語を伝えていく意がこめられている。ブランドカラーのブルーは、東かがわを囲う瀬戸内海の色をイメージ。※出典:LED http://ledenterprise.jp/projects/tet/

思想で繋ぐと、売り方も、売り場も変わる

竹本:そんな素敵な想いが込められていたんですね。ものづくりの点では、なにかこだわっていることはありますか?

松下:現在「tet.」では開発中のものも含めて地元のメーカーさん8社とタッグを組んで商品を開発・販売しているのですが、各メーカーさんの得意なものをお聞きしたうえでそれを活かしながらアレンジさせてもらうことですね。自分たちの技術を、自信を持って届けてもらいたいですから

竹本:自分たちのデザインを押し付けるのではなく、自信を持てるものを届けてほしいという考え方は、やはり、産業を知ってほしいという想いが根っこにあるからなんでしょうね。売り方も工夫されていますよね?

松下:売り場では、箱に入れて売ってもらうようにしています。それは、しっかりした手仕事で、膨大な手間がかかってつくられた、大切にすべき商品であることを伝えるためです。また、店頭ではイチゴ等の売り方を模して、「パレット」に並べて売っています。いろんな種類があることを一度に見せられますし、産地直送感がでたらいいなと。

竹本:産地直送感、ですか。パッケージや、売り方にまで、ブランドの想いが反映されているのですね。

松下:そうですね。このブランドの思想によって、売り場が広がってきたりもしています。現在は100店舗弱のお店に置かせていただいていますが、展示会でも、今まで手袋が置かれなかったような、雑貨屋さんからもお声がけいただけるようになりました。

大手企業の営業時代が教えてくれた、ものを「売る」ということ

竹本:今までお話を伺っていて、松下さんの言葉の端々から「作り手へのリスペクト」を感じるのですが、ご自身で心がけてらっしゃるのでしょうか。

松下:言われてみれば、そうですね。作り手だけでなく、商品ができるまでに関わった全ての人に対してかもしれないです。

竹本:何かきっかけがあったのですか。

松下:大手の家電メーカーに勤めていたとき、営業職だったんです。そのとき、先輩に言われた言葉が心に残っていて。
「営業は、ものだけを売っていると思っているけれど、1つの商品には膨大な数の人の努力がつまっている。でも最終的にそれを売るのはあなた一人。その人たちの想いを背負っていると思ったら、おろそかにできないよね。商品ができるまでにいろんな人が関わっていることを、忘れずに売りなさい。」そう教わりました。

竹本:素敵な先輩ですね。頭が下がります。

松下:考えたことが無かったけれど、確かにその経験がきっかけですね。
私自身も、色んな人に助けられて今があります。今まで力を貸してくださった職人さんや、以前の職場の先輩方から学んだことを、大切にしていきたいですね。
手袋も、職人さんがいて、その前には革をつくる人や、羊を育てる人がいる。そういうつくるまでの全ての人に想いを馳せられたら、愛着がわくし、手袋も大切なものに思えると思うんです。

竹本:本当にそうですね。松下さんは、「様々な人に助けられた」とおっしゃいますが、
関わる人へのリスペクトを根底に持っている松下さんだからこそ、色んな人が力になりたいと思ったり、商品への愛着を感じられるストーリーが生み出されていくのではないかなと思いました。本日は、ありがとうございました!

~ブラたま工場見学~
実際にtet.の手袋づくりに協力されている、株式会社トモクニの工場を見学させていただきました。
ここ東かがわでは、多くの手袋メーカーが特化した分野だけの生産体制を国内に残し、その他を海外へ移行してきた中、株式会社トモクニは、『革手袋』・『ニット手袋』・『縫い手袋』の全てを素材の状態から製品まで、国内で完成できる体制を今も保有している総合メーカーです。
取締役の友國泰典さんは、松下さんの幼馴染とのこと。

(株)トモクニ 革手袋の工場
松下さんの幼馴染であり、(株)トモクニの取締役、友國泰典さんと。
左上:素材の性質を見極めながら、無駄がないように、革を裁断。 右上:難易度が高いといわれる縫製工程。手袋を縫い付けるパーツは約10種類! 左下:手袋の形を型を使って整える 右下:一つ一つ丁寧に検品

■ご参考■
tet.
http://te-t.jp/

【撮影協力】桑原雷太

ブラたまEYE ~編集後記~

【形】関わる全ての人へのリスペクトから生まれる、唯一無二の商品ストーリー。
大手家電メーカーの営業職から、地元に恩返ししたいという想いを胸に手袋産業に飛び込んだ今回のブランドの担い手・松下さん。彼女との会話の中で感じたのは、一貫した「関わる全ての人へのリスペクト」でした。
たとえば、tet.の手袋は約150種類(!)ありますが、そこに隠されたメッセージは“多様性”だといいます。東かがわには防寒用に加えてスポーツや工事現場、医療、農作業など多様な用途で使う手袋を生産してきた歴史があり、その事実を色や素材のラインナップで表現したそうです。また、箱で売る見せ方も、実は一番縫製が難しいとされる手作り手袋の“高級感”“産地直送感”を表現したいから。こうした背景には、「東かがわの手袋産業に関わる全ての人が自身の産業を誇れるようになってほしい」という彼女の強い思いが存在します。
ブランドを世の中に打ち出す際、時として差別化したい、魅力的に見せたいという想いが先行しがちです。でも、自社スタッフを始め、協力会社など、これまで関わってきた全ての人に思いを馳せるとおのずと唯一無二のストーリーが紡ぎだされるのではないか―。今回tet.の物語をうかがい、そのように感じました。
ちなみに取材後自分用に手袋を購入しましたが、気持ちの良いフィット感に驚くばかり。何気なく使っていた自分の“手”にも、想いを馳せる冬になりそうです。

>>博報堂ブランド・イノベーションデザインについて詳しくはこちら

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