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新規事業マネージャーのリアルとは?──ミライの事業室×早大教授・入山章栄氏が語る「新規事業開発組織の鍛え方」(後編)

2022.09.09
博報堂ミライの事業室の室長・吉澤到が、早稲田大学教授・入山章栄氏をゲストにむかえ新規事業マネージャーのリアルについてディスカッションする対談の後編。ビジョン、カルチャー、人材、企業内起業など、さまざまなキーワードを切り口にして、入山氏と吉澤が「新規事業開発組織の鍛え方」を縦横無尽に語り合いました。
※前編はこちら

入山 章栄氏
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授

吉澤 到
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室 室長/エグゼクティブクリエイティブディレクター

会社の仕組みが変わらなければ新規事業は成功しない

吉澤
新規事業を創出するにあたって、企業のビジョンとカルチャーは欠かせないということですね。それをつくるのは、やはり経営者の役割なのでしょうか。

入山
もちろんそうです。しかし日本企業の問題は、経営者の任期が短いことです。ビジョンは20年、30年先を見据えたものでなければなりません。しかし、日本の会社は2期4年くらいで社長が退任するケースが少なくありません。4年後の退任が決まっている経営者が、果たして30年後の未来のことを考えられるでしょうか。

任期が短いことには理由があります。長くトップを務めていると独裁体制になる危険性があるというのがその理由です。しかし、独裁を防ぐ方法はあります。コーポレートガバナンスを徹底することです。それが機能していれば、任期を設定する必要はないのです。

コーポレートガバナンスをしっかり構築し、長く働ける環境で経営者が長期的なビジョンを描き、それに沿って組織をまとめ、新しい領域にチャレンジしていく。それが新規事業を成功させる道筋です。

吉澤
すべてがつながっているわけですね。イノベーションを起こすためにはダイバーシティが必要である。多様でありながらまとまりのある組織をつくるには、ビジョンやカルチャーが必要である。確かなビジョンやカルチャーをつくるには、経営者が長期的に活躍できる環境をつくらなければならない。その基盤となるのがコーポレートガバナンスである──。イノベーションが生まれる組織になるには総合的に取り組まないといけない。

一方で、私自身この3年間新規事業開発組織のマネージャーを務めてきましたが、それを実現していくことはなかなか簡単ではないというようにも感じています。

入山
もちろん簡単なことではありません。会社組織とは複雑な機構であって、いろいろな仕組みがうまくかみ合っているからこそ組織全体が動いているわけです。したがって、一部を変えようと思ったら、ほかのあらゆる部分にも手をつけなければならなくなります。

例えば、ダイバーシティを実現するには、従来のメンバーシップ型の組織のあり方を変える必要があります。新卒一括採用と終身雇用の仕組みを変え、一律評価の仕組みを変え、働き方を変えなければなりません。当然、DX(デジタルトランスフォーメーション)も必要になるでしょう。組織を変えずにダイバーシティだけを実現することは不可能なのです。新規事業も同じです。会社の仕組みを変えずに、新規事業だけを成功させるのは絶対に無理です。

カルチャーとは「戦略」であり「行動」である

吉澤
確かに、新規事業開発に実際に取り組んでいると、人材活用、雇用システム、評価制度などの問題に直面せざるを得ないですね。

入山
最もコンフリクトが起きやすいのは人事部との関係ですよね。しかし、解決することは簡単です。新規事業開発担当のトップが人事部門のトップを兼任すればいいんです。ミライの事業室を成功させるために一番必要なことは、吉澤さんが室長と人事トップの両方の役職を務めることではないでしょうか。

吉澤
幸い、博報堂では外部人材を採用する強力な専任チームが今年から立ち上がりましたし、人事部門にもクリエイティブな人たちが揃っています。当面僕が人事をやる必要はなさそうです(笑)。

入山
それはよかった。いずれにしても、ビジョンとカルチャーが新規事業開発の土台になることは間違いありません。それをどうつくっていくかが、新規事業に取り組む企業の大きな課題だと思います。

吉澤
ビジョンについてはこれまでのお話でよく理解できました。一方のカルチャーについて、もう少しご説明いただいてもよろしいですか。

入山
日本では、企業文化や企業風土は自然に生まれて、自然に根づいていくものであると考えられています。しかし、企業における文化とは、あくまで戦略的に創造していくものです。例えば、GAFAに代表される欧米の大手企業は、カルチャーを非常に大切にしています。カルチャーは死守すべきものであり、自社のカルチャーにフィットする人しか採用しない。その方針を徹底しています。つまり、カルチャーとは「戦略」であるということです。

さらに、カルチャーとは「行動」でもあります。カルチャーから行動指針を導き出し、それに沿って行動するわけです。では、誰が行動するのか。最初に行動するのは経営者です。経営者の行動を見て、社員たちも行動をする。そうして全体が共通の方向性をもって動いていく。それが優れた組織のあり方です。カルチャーとは戦略であり、行動である──。その考え方を、ミライの事業室でぜひ定着していただきたいですね。

悩みや足掻きから新しいアイデアが生まれる

吉澤
意思決定のあり方についても、ぜひディスカッションさせてください。新規事業の多くは、本業ではない領域のビジネスです。ですから、その領域のことを最もよく知っているのは、現場でその事業を担っているメンバーということになります。しかし、意思決定の仕組みはこれまでと変わらないので、その事業分野に必ずしも詳しくない人が意思決定をしなければならないという矛盾が生じることになります。この矛盾をどうすればいいと思われますか。

入山
まずは正攻法ですよね。意思決定権者へのプレゼンをしっかりやって、何とか理解してもらうことではないでしょうか。それでも理解がなかなか進まない場合は、「翻訳」ができる人、つまり現場と上層部をつなぐ言葉と力をもっている人を見つけて、その人に行動してもらうことだと思います。社長や多くの役員にもフランクに意見が言えたり、聞き出すことができたり、そういった人がキーパーソンになるような気がしますね。

もちろん、ミライの事業室のメンバーがプレゼンスキルを磨くことも必要だと思います。現在の事業室のメンバーの皆さんは、自分の意志でこの部署に参画したのですか。

吉澤
初期のメンバーは声を掛けられて集まった人たちですが、それ以降は希望して異動してきたメンバーや中途入社者も増えてきていますね。

入山
意外と無理やり集められた人の方が、いいアイデアを出したり、いいプレゼンをしたりするんですよね。AKB48のプロデューサーの秋元康さんがこんなことを言っていました。初期のAKB48のメンバーは、よくわからずに集められて、よくわからないから必死に頑張った。だから、たくさんの人気者が生まれた。あとから入ってきたメンバーは「AKBになろう」という意識が強くて、すでにあるものに自分を合わせようとするから、ブレイクできる人が減ってしまっている──。

吉澤
わかる気がします。最初にこの部署に放り込まれた人は、新規事業開発のノウハウなど何もないままに、悩みながらやるべきことを見つけていきました。建築学科出身のあるメンバーは、自分が何をやりたいかわからず街をぶらぶら歩いていたら、恩師の先生にばったり会ったそうです。先生と話をしているうちに、「自分がやりたかったことは街づくりだ」と気づいて、スマートシティをテーマにした新規事業のアイデアを考えました。そういった経験はメンバー一人ひとりが持っています。

入山
街をぶらぶら探索しているうちに、アイデアに巡り合ったわけですね。素晴らしい。まさしく知の探索の実践です。

吉澤
逆に、新規事業開発のノウハウを踏まえてアイデアを出そうとすると、無駄なことをやらないぶん、本当に面白いものは出てこないということがあるのかもしれませんね。一方で、自ら希望してミライの事業室に加わったメンバーには、即戦力としてこれまでの経験や能力を活かして思う存分活躍してほしいと思っています。

重要なのは「変人」を集めること

入山
新規事業とは、結局のところ「人」です。新規事業開発を目指す組織の多くは、常に優れた人材を探しています。人に飢えていると言ってもいいかもしれません。とくに必要なのが「変人」です。ミライの事業室を「変人の巣窟」にすることを目指せば、大きな成果が出そうな気がします(笑)。

吉澤
そのためには、まずは私が変人にならなければなりませんね。

入山
新規事業開発室のリーダーに指名されたということは、吉澤さんも上層部からは相当な変人だと思われているのではないでしょうか。本物の変人に限って、自分は普通だと思っているものです。自覚がない人こそが一番の変人なのであって、「俺は変人だ」と自分で言っている人は、実は変人を装っているにすぎません。

吉澤
なるほど、そうだったのか(笑)。その自覚はありませんでした……。

さて、今後の展望について最後にご意見を伺いたいと思います。いわゆる企業内起業家が最近は増えています。入山先生がおっしゃる「インスティチューション・アントレプレナー」ですね。そういう人のモチベーションがわかれば、私たちも社内で企業内起業家を育てることができるのではないかと考えています。企業内起業家の皆さんの一番のモチベーションは何だとお考えですか。

入山
「面白いことをやりたい」ということに尽きるのではないでしょうか。起業して新しい価値をつくり出すことが面白い。おそらくそれがすべてだと思います。メルカリの会長の小泉文明さんは、スタートアップの最大のリスクは「飽きること」だとおっしゃっています。途中で飽きてしまわないくらい面白いことがあるかどうか。それが、インスティチューション・アントレプレナーに限らず、起業を目指す人の一番のモチベーションだと思いますね。

もちろん、そこには資金繰りのセンスがともなわなければなりません。企業内起業家の弱点は、「お金を燃やしてしまう」感覚がないことです。手持ちのキャッシュが減っていくいわゆるバーンレートを把握できないと、新規事業をマネタイズのフェーズにもっていくことはできません。大企業の社員という立場で、その感覚をどれだけ磨くことができるか。その点に課題があると僕は考えています。

吉澤
企業内起業には、大企業のリソースを活用できるという大きなメリットがある反面、どうしてもぬるま湯的な環境に甘えてしまうこともあるということなのでしょうね。

入山
その意味では、スタートアップとJVをつくるプロジェクトは非常に有効だと思います。JVのトップを博報堂側の有望な若手に担ってもらえば、スタートアップの緊張感やスピード、意思決定の方法、バーンレートの感覚などを学ぶ機会になります。仮にその事業が失敗しても、間違いなく起業人材の育成にはなるはずです。

吉澤
やはり、経験によって起業のマインドとスキルを身につけていくことが大事ということですよね。ぜひ、そのような仕組みづくりにこれからチャレンジして、成功事例を生み出していきたいと思います。今日は本当にありがとうございました

入山
今回のディスカッションを通じて、ミライの事業室には大きな期待を感じました。皆さんの挑戦を応援しています。

入山 章栄氏
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール
教授

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年 に米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)を取得。同年より米ニューヨーク 州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013年より早稲田大学大学院早稲田 大学ビジネススクール准教授。 2019年より教授。専門は経営学。
「Strategic Management Journal」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。著書は 「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)、「世界の経営学者はいま何を考えているのか」 (英治出版)「ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学」(日経 BP 社) 他。 メディアでも活発な情報発信を行っている。

吉澤 到
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ ミライの事業室
室長/エグゼクティブクリエイティブディレクター

東京大学文学部卒業。ロンドン・ビジネス・スクール修士(MSc)。
1996年博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクターとして20年以上に渡り国内外の大手企業のマーケティング戦略、ブランディング、ビジョン策定などに従事。その後海外留学、ブランド・イノベーションデザイン局 局長代理を経て、2019年4月、博報堂初の新規事業開発組織「ミライの事業室」室長に就任。クリエイティブグローススタジオ「TEKO」メンバー。
著書に「イノベーションデザイン~博報堂流、未来の事業のつくり方」(日経BP社)他

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