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【カンヌライオンズ2022博報堂セミナーレポート】
The Harmony Theory ~広告は「競争」から「協奏」の時代へ~

2022.08.05
カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルにて、博報堂グループは2013年からセミナーを実施しています。今年は『The Harmony Theory ~広告は「競争」から「協奏」の時代へ~』というテーマで、パンデミック後の広告業界が進むべき方向性について、博報堂執行役員、Hakuhodo International CCOの木村健太郎が講演。その内容をレポートいたします。

日時:2022年6月24日
テーマ:The Harmony Theory ~広告は「競争」から「協奏」の時代へ~
講演者:博報堂執行役員、Hakuhodo International CCO 木村健太郎

エージェンシーは、ハーモニーを生み出す指揮者の存在へ

今日は、ポストコロナの時代に広告産業が向かう方向とその中で広告会社が果たしていく役割についてお話したいと思います。

新型コロナとの戦いを経て、我々は多くのことを学び、劇的な生活変化を経験しました。コロナ禍は我々を分断しました。ロックダウン、リモートワーク、ソーシャルディスタンス…。
しかしそれと同時に、コロナ禍は我々を結びつけたとも言えます。みんなが一丸となって社会共通の敵と戦い、医療従事者を励ます運動も各国で起きました。
我々はコロナ以前より我々の社会やコミュニティに対する意識が強くなったのではないでしょうか。ヨーロッパの心理学者、アドラーはこれを「共同体感覚」と呼びましたが、幸せな感覚を得るために他者との関わりあいを持つことがこれまでより格段に重要な時代になったと言えるでしょう。

では、広告業界はどう変化しているのでしょうか?
コロナ禍が起きるまで、広告業界をつき動かしてきたのは競争でした。ブランドはそれぞれの差別化を図り、他のブランドに勝とうとしていました。このセオリーを牽引していたのは、まさに広告業界です。
しかし、何年も産業の中心にあったこの「競争」という原理は、コロナ禍が推し進めた社会変化によって別の原理に置き換わりつつあります。人々やブランド、そして業界までもが、その力を結集させて新たな価値を作り出すという「協奏」、つまりオーケストレーションの時代が訪れたのです。
これからこの業界を動かす新たなモチベーションは「ハーモニーの創造」です。それぞれのステークホルダーが持つ力を一つに結集して大きな力を生み出すことが価値を持つ時代になりました。

では、この新時代に私たち広告会社はどんな役割を担っていくのでしょうか。
その答えは「指揮者」となることにあります。どのオーケストラにも指揮者がいて、素晴らしいハーモニーを生み出すために欠かせない役割を果たしています。協奏が重要な時代の広告会社は、この指揮者という重要な役割を果たしていくようになるでしょう。

では、具体的にハーモニーはどう奏でれば良いのでしょうか。今日はその方法を3つご紹介しましょう。「共創」「再発見」「共体験」です。

ハーモニーを生み出す3つのアプローチ

第1の方法「共創〜Co-Create」
コロナ禍で、世界中で学校が休校になりましたが、様々な学校行事がキャンセルとなったのは特に悲しいことでした。学園祭は私にとって最高の思い出でした。それはなぜかというと、学園祭とは友人達と一緒に何かを作り上げる、つまり共創するイベントだったからです。
スペインでは、コロナ禍で営業できなくなっていたバーやレストランを援助するために、ライバル関係にあるビールブランドが集まって共同でキャンペーンを行なったそうです。こんなことはコロナ以前には聞いたことがありませんでしたが、このようなアクションが多くの国で自発的に起きて、実際に飲食店を救済しています。
これらのケースが教えてくれることは、共創は、「何かに所属する喜び」を改めて感じさせてくれるということです。それは、通っている学校や行きつけのバー、住んでいる街や国、そしてこの地球という惑星だったりするのです。

「共創」を体現する事例として、異なるステークホルダー間でハーモニーを実現した「shibuya good pass」のケースをご紹介します。

みなさんは、渋谷にどんなイメージをお持ちでしょうか。渋谷という街は、世界で最も魅力的な街の一つでありながら、なぜか長い間、どこかよそよそしい、自分でない誰かの街として捉えられてきたという面があります。人々が生活の基盤を置き、子どもを育て、新しいビジネスをスタートさせる街として渋谷を進化させるためには、ハーモニーの時代に相応しい、サステナブルな新しい渋谷の価値を作り出す必要がありました。
そのソリューションとして考案されたのが、「みんなでつくる、goodな渋谷」というコンセプトで開発された市民の共創による都市開発サービス「shibuya good pass」です。

博報堂とgood passチームは「生活者ドリブン・スマートシティ」というビジョンを開発し、渋谷とつながりのある人々、つまりそこで暮らし、働き、ビジネスを営んでいる人々と、自治体その他のステークホルダーを結集し、自分たちみんなの手でもっと住みやすい街を作るプロジェクトを推進しました。その具体例として渋谷エリアとその周辺住民の要望を基に様々な新しいサービスが開発されました。

例えば、「Shibuya good mobi」は、ユーザーが特定区間なら月額定額料金で何度でも乗れるシェアリングモビリティサービスです。ユーザーはそれぞれのニーズに応じ、スマホアプリを使って車両を呼ぶことができます。
「good energy」は環境にやさしいエネルギー・サービスで、誰もが地球環境にやさしい自然エネルギーで作られた電力を共同購入できます。参加者が増えるほど、電気代は安くなるという仕組みです。
「good place」は、新しい働き方に対応した職場を提供するサービスです。コロナ禍で私たちの働き方が大きく変わったことを受け、生活者の要望を基に開発されたものです。

博報堂は「指揮者」として、渋谷エリアとその周辺住民を結集し、生活者のニーズを調査し、フィードバックを集め、これをプロジェクトとして実装するエコシステムを作るという役割を果たしました。good passはいま、人々が集い、交流し、大小にかかわらず新しいプロジェクトを立ち上げられるプラットフォームへと発展しています。渋谷近辺の人々が誰でも、まちづくりに参加できる基盤になっているのです。

利害の異なるステークホルダーを結びつけるのは難しいけれど、それぞれのプレイヤーの能力を強化し、プロジェクトに対する思い入れを作り出せれば、今までにない成果につながる力を生み出すことができるのです。

第2の方法「再発見〜Re-Discover」
コロナの最中、私はよく近所を散歩するようになりました。すると、自分の住んでいる近所にこんなに素敵な場所があったのか、という再発見がありました。
また、動画配信サービスで映画をよく観るようになりました。以前観た映画に出逢って、もう一度観てしまうことが何度かありましたが、その度になるほどこういうことだったのか、という新しい発見がありました。
皆さんにもこういう経験があったのではないでしょうか。セレンディピティ(偶然性)は日常を豊かにします。そして幸せは実は身近に存在しているんだという事に気づくのです。我々はこれを「偶然の出会いの喜び」と呼んでいます。

この「再発見」というハーモニーを生み出す手法のケースとして、「Find my Tokyo. BOX!」をご紹介します。

これは、博報堂が東京地下鉄株式会社(東京メトロ)と一緒に手がけたケースで、「Find my Tokyo.」という長年続いている広告キャンペーンを新たなビジネス・プラットフォームへと進化させた事例です。
緊急事態宣言発令で、乗降客は激減し、沿線の街を訪れる人も減少し、地下鉄の広告収入も減少してしまいました。そこで、このプロジェクトチームは、沿線のお店を次々に紹介していくという広告表現のフレームの延長線上に、その店舗体験をECでお届けするというサービスを作り上げたのです。
この事例は、いわゆる広告制作プロセスを、EC事業開発プロセスに転換させることに成功したという点に意味があります。プロジェクトチームが長年にわたって沿線の人々が本当に欲しているものを再発見し続けてきたからこそ、それがテレビCMでもウェブサイト販売でも成立するクリエイティブ・エレメントになっていたのだと思います。
「再発見」についてまとめると、私たちは東京メトロ沿線上に点在するショップやレストランなどの個別のプロモーションを追求する代わりに、それをまとめ上げた全体としての共通の価値を改めて発見し、新たなコンセプトに高めたということになるでしょう。

第3の方法「共体験〜Co-Experience」
「共創」「再発見」に次ぐハーモニーを作り出す第3の方法は「共体験」です。
パンデミックでできなくなったこととして、大勢で集まって同じ興奮を経験する、ライブコンサートがありました。ライブハウスは営業できず、ミュージシャン達は演奏する場を失っていました。
そんな中、フォートナイトで行われたトラヴィス・スコットのライブは1200万人を集めました。普段遊んでいるゲーム空間を、仲間と一緒に音楽を共有できるステージに変貌させた、メタバースの未来を感じさせる素晴らしいイベントだったと思います。
この事例は、デジタル空間であっても、本質的な生の共体験は人々の感情を増幅するということを証明してくれました。一体感はライブに宿るということです。これが「他人と共鳴する喜び」という、みんなが求めていた人間の根本的な欲求なのです。

この「共体験」の事例として、もうひとつ感動的で革新的な体験を通じ、オーディエンスとのハーモニーを実現した事例をご紹介します。

人々はリアルな体験としての音楽コンテンツを望んでいました。そして、コロナ禍のもとで、アーティストと音楽ファンをつなげるための場がどうしても必要になりました。編集もリハーサルもなく、本質だけを追求し、音楽それ自体を前面に押し出した感動的なコンテンツを制作することにより、アーティストとファンとのつながりを取り戻す、音楽コンテンツが誕生しました。
この音楽コンテンツはいま、世界中の人々が視聴する新しい表現の場へと発展しています。単なる広告を越え、一つの文化となったのです。

この事例は視聴者が本当の意味で共鳴できる形で、新しいデジタル共体験を作り出すことに成功したといえるでしょう。シンプルな演出とアーティストの息づかいや感情、さらには不完全な演奏さえもが聴く者を魅了し、感情的な結びつきを作り出しているのです。

完璧なハーモニーに必要なのは「指揮者」と「ヒューマニティ」

以上、ハーモニーを生み出す3つの方法を紹介してきましたが、どの事例においても、広告会社はオーケストレーションによってハーモニーを作り出す指揮者の役割を演じています。

それは、「shibuya good pass」のような、企業や市民や自治体などの多数のステークホルダーハーモニーを奏でるケースもあれば、「Find my Tokyo. BOX!」のような個々の店舗の音色を重ねるケース、さらには3つめの音楽コンテンツのケースのように、オーディエンスとのハーモニーとなるケースもあります。

でも、それだけでしょうか。いえ、完璧なハーモニーを作るには、決して無視できない秘密のスパイスがあります。それはヒューマニティ(人間性)です。ヒューマニティこそ、人々を結束させ、その能力を高め、動かすことのできる最大の力です。その中心にあるのは常に、人々の根本的な欲求を把握すること、すなわち博報堂がフィロソフィーとする「生活者発想」なのです。

第1の事例では「自分の住む街を愛したい」という生活者に通底する気持ち、すなわち「何かに所属する喜び」を捉えることが、このケースを実現させる大きなパワーとなりました。
第2の事例では「本当に欲しかったものは実は自分の身近にあるものだ」という人間の本性、いわば「偶然の出会いの喜び」を捉えることが、このケースを成功させる力になっています。
最後の事例では「同じ感覚を人と共有したい」という生活者視点がキーでした。つまり「他人と共鳴する喜び」が、このケースを感動的なものとする大きなパワーとなったのです。
いずれの事例も、私たちがビジネス中心思考ではなく、生活者視点と幸せを大事にする視点から発想する企業であるからこそ、実現できたものです。

繰り返しになりますが、長年にわたって広告業界を支配してきた「競争」のセオリーは、コロナ禍によって人間性の「協奏」、つまりオーケストレーションへとシフトしつつあります。
そして、ハーモニーの一番素晴らしいところは、指揮者が棒を振るのをやめない限りは限りなく続くということです。ですから、私たちは「共創」「再発見」「共体験」という3つの方法を使ってハーモニーの創造を続けていきたい。そして、この業界を引っ張っていきたいと思っています。

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