
今回、同賞を博報堂の山﨑博司が受賞するという栄誉に輝きました。コピーライター出身の山﨑は2013年、日本新聞協会が「しあわせ」をテーマに開催した広告コンテストにて、「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」とのコピーで最優秀賞を受賞し、注目を集めました。そこから約8年、山﨑の思考の中では何が変化し、何がぶれない軸となっているのか。受賞に際するインタビューをお届けします。
──受賞おめでとうございます。まず、受賞の感想をお聞かせください。
山﨑
正直、とても驚きました。恐縮しつつですが、これはチームでいただいた賞だと思っています。
自分一人でできた仕事はひとつもないので、クライアントの皆さんを含めて、これまでお世話になった方や一緒にやってきたメンバーを代表して受け取らせていただくという気持ちです。
――受賞理由として「『コロナ禍の音楽業界』『時代にあった道徳教育』等の社会に存在している課題に対し、シンプルで強いアイデアで、圧倒的なムーブメントを世の中に生み出しながら、これらを解決に導いている」と挙げられていました。YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」は、一発録りという強いコンセプトで多くの方に受け入れられています。また道徳教育の活動は、広告賞へのエントリーを発端に、絵本の出版や授業の構築、そして日本マクドナルドの年間キャンペーンにまで結びつきました。まだ知られていないこの一連の経緯からうかがえますか?
山﨑
2013年、「しあわせ」をテーマにした日本新聞協会の広告コンテストに応募しました。「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」というコピーを書いて、最優秀賞を受賞したんです。

それが新聞広告として掲載されると、教育業界から注目を集めまして、岡山県の中学校の先生から「道徳の授業で使う絵本をつくれないか」と相談をいただきました。もちろん僕には教育のノウハウはありませんでしたが、先生が感じておられる課題を聞き、「むしろ授業自体を企画してはどうか」と提案して一緒に授業をつくらせていただくことになりました。
先生がおっしゃるには、道徳の授業をしていても、どうしても生徒が「こう言えば正解だろう、評価されるだろう」と大人の顔色を見て答えてくるそうなんです。そうではなく、何が正しいかを皆で考えていけたらいいのではと思い、先生と話し合いながら広告的手法を用いたワークショップを構築しました。例えばクリエイティブカードやサイコロを使い、生徒が手を動かすことで自然とテーマに引き込まれ、主体的に考えられるようにしていました。
その授業が、中学生にも教育関係の方々にも好評で、先生たちの口コミで広がったんです。
──特に、PRなどしていたわけではないのですよね?
山﨑
はい、していません。それが、他の学校さんからも「取り入れたい」という声をたくさんいただき、朝日新聞の「天声人語」で取り上げられたりもして。新聞を見た方が、誰が書いたのかをわざわざ調べて、博報堂の僕宛に手紙をくださったこともありました。このような広がりを見せたのは不思議でしたし、同時に、自分の能力が教育業界にも役に立つのだと実感しました。
そしてその経験が、2018年に発行した絵本『答えのない道徳の問題 どう解く?』(ポプラ社)につながりました。当時、博報堂グループでよく一緒に仕事をしていたアートディレクターの木村洋と二澤平治仁と僕の3人に、ちょうど同じ時期に子どもが生まれたんですね。絵本は、この3人の共著なんです。
──教育や子育てが“自分ごと”になったんですね。
山﨑
そうですね。そこから子どもを取り巻くいろいろな話をするようになり、自分たちで何かコンテンツやコミュニケーションツールをつくれないか、と考えて自主プレゼンをしていきました。絵本をつくりたいというよりは、親子で話し合うきっかけになったら、と。その企画をポプラ社さんがとても評価してくださって、出版に漕ぎつけたんです(https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/59951/)。
その後、日本全国の小学校の3分の1にあたる7,000校の図書室に導入されたり、推薦図書になったりと、こちらも思いがけない広がりが生まれました。学校で先生方が使えるように、公式サイトで教材をダウンロードできるようにもしています。
――この絵本では「どうして正義のヒーローは、悪者を殴っていいんだろう?」など、まさに「正解のない問い」をいくつも投げかけています。そして、これが日本マクドナルドの企画につながった、と。
山﨑
はい。2019年、ここまでの一連をまとめてJAAAの懸賞論文に応募したところ、入選したんです。『社会におけるクリエイターの価値 ~4年にわたる教育コンテンツの実証実験を通して~』というタイトルだったのですが、社会問題に対してクリエイターがどう向き合っていくかを自分なりに考えていました。
その中で、こうした活動を企業の方と進めるのはどうかと思っていたところ、「ハッピーセット」に本があることを知って。そこで、マクドナルドに自主プレゼンをしました。

――自主プレだったんですね。
山﨑
そうなんです。ハッピーセットのおもちゃは、思考力や発想力が養われるように緻密に考えられているんです。おもちゃに込められた想いに僕らも共感しましたし、マクドナルドさんも僕らの提案を評価してくださって、1年をかけて日本中の子どもたちと一緒に絵本をつくる企画がスタートしました。オンラインでワークショップを行ったり、トレイマットや店内放送、SNSなどで“答えのない問い”を募集したりして、「みんなで!どう解く?」という絵本にまとまり、ハッピーセットとして販売されました。
同時に、この企画でも学校用の教材を用意したところ、公開から2カ月で200校の小学校で授業が行われたんです。それだけ、道徳教育において「正解をすぐに探さない」「ともに考える」といったことが重視されている、けれどなかなか難しいという課題があるのだと実感しました。
──LIFULL HOME’Sの「FRIENDLY DOOR」も、直近の仕事として評価されていました。どのような企画だったのですか?
山﨑
「FRIENDLY DOOR」は、部屋や家を借りたくてもなかなか借りられない方々と、そうした方々を受け入れる不動産会社をつなぐサービスです。そのコンセプト立案やネーミングなどを担当しました。
例えばシングルマザーやシングルファーザーの方、外国人や高齢者の方、LGBTQの方などは、いまだに偏見を持たれがちで、大家さんが貸し渋ることがあるそうなんです。だから、不動産会社のほうで最初から断ってしまうケースも少なくないそうです。こうした、いわゆる“住宅弱者”の方々が困っている事態を変えたいという思いをライフルさんが持たれていたことが、企画の発端でした。
中には、どんな方も分け隔てなく対応してくれる不動産会社もあるものの、なかなか探せない。そこで、そうした不動産会社には「FRIENDLY DOOR」への賛同を表明してもらい、Web上で検索できるようにしました。併せて、屋外広告などで周知していきました。

──先ほど、ハッピーセットに込められた思いに共感したというお話がありましたが、ここでも企業の意志を理解し納得されたことが、企画の質や深さに反映されていますか?
山﨑
それは、本当にそうだと思います。僕自身は会社員で、部屋を借りるのに困ったことはありませんが、住宅弱者の問題を知れば知るほど、解決すべき社会課題だと思いました。そこに正面から向き合い、賛同者を増やしながら解消しようとするライフルさんにも深く共感しました。今回は、先方に旧知の人がいたこともあり、特に密なコミュニケーションを図れて、それが企業自体の理解にもつながりました。
今、「FRIENDLY DOOR」に賛同する不動産会社は全国2,400社に上っているそうです。現状の結果に結び付いたのも、クライアントの方々と理解し合い、チームになれたからだと思います。

こうした新しい領域の仕事は、自分の理解や共感と同時に、クライアントさんやチームの中に、強いマインドを持った方がいるかどうかも重要です。単なる業務としてではなく、自分自身に照らし合わせてその課題を捉えている方、信念を持っている方がいらっしゃると、うまくいくことが多いと感じます。
先ほどの論文にも書いたのですが、企業のパーパスとは別に個人のパーパス、“パーソナルパーパス”というものがあると思うんです。それが互いに共鳴し合うと、企画として強くなる。そして、皆がそこに乗ることができます。
──クライアントやチームのメンバー、ときには先生のような立場の違う方と組んで仕事を進められる上で、自分の着眼点や考え方はどう生きていると思いますか?
山﨑
今も仕事の半分以上は、クライアントのみなさんからオリエンや相談をいただくマス広告の案件です。なので「自分ならではの着眼」からスタートするわけではありません。
ただ、どの仕事も、自分の“温度”が乗るかどうかは大事だと思っています。逆に言えば、自分の温度が乗るまで考えたり、調べたりする。どんな案件でも、そこにある課題にクリエイターが向き合っているかが問われます。どんな仕事も生半可な気持ちではできないと、年々感じています。
そうして向き合う中で、自然と自分の思考、温度が乗ってくるのかもしれません。例えば教育関係なら、自分に子どもがいて、自分の子どもを通して考えていることや「こうなったらいい」と思うことを言葉や企画に込めている感覚がありますね。
──従来のマス広告の仕事と、新しい領域の仕事を両方担当することで、相乗効果を感じられたりしますか?
山﨑
自分の中では、その2つの線引きは実はあまりないんです。僕の場合、コピーライターであることがいちばんの根幹にあるので、言葉でアイデアを考え、企画を組み立てていくのが基本です。そのアウトプットがテレビCMなのか、新聞広告なのか、それとも学校の授業なのかYouTubeチャンネルなのかサービスなのか、というだけなので、どの領域の仕事かはあまり意識していません。
――では、どの仕事においても意識していることは?
山﨑
やはり、生活者とブランドとの接点をどうつくるか、ということです。その接点を言葉で定義することが大事だし、それが企画のコアになると思います。例えば「THE FIRST TAKE」なら、一発録りというコンセプトを立てて、それを「THE FIRST TAKE」という言葉で表せたことが、企画の強さにつながっていると思います。
当然、生活者としての自分の感覚も大事です。やはり、普段の生活の中で疑問を感じたことなどが企画につながっています。ネットで検索するのではなく、自分の感覚で気付いたことを、今度は「どう伝えるか」とクリエイターの視点で考えていく、その行き来はすごく多くしています。
──そうした行き来をしながらつかんだ企画のコアが、その後にこう展開するとうまくいく、といった見分け方みたいなものはありますか?
山﨑
自分がいくら「つかめた」と思っても、形にならなかったものもたくさんあります。見分け方というと、やはりチームに話したときに皆が「わかる、それは強いよね」と前のめりになってくれるアイデアは、うまく進んでいくことが多いですね。結果、世の中に出ていったときも、多くの方が共感してくれて広がっていくように思います。
道徳なら、「答えのない問題を考えることってあまりないけど、大事だよね」「それを親子や友達と話し合うのも大事だよね」というと、わかる、となる。ではそれを言葉にするなら「道徳を、どう解く?」となって。それを本にするのか授業にするのか、というのはその後の話です。
意外と、“その後”のほうを先に考えてしまう方も多いと思います。アウトプットのイメージのほうが、湧きやすいから。でも、本当はそこではなく、企画の真ん中のコアを考え抜くことが大事です。少なくとも、僕はそれをすごく大事にしています。
――企画のコアを考え抜いて言葉にするのは、強いものを生み出そうとするほど、簡単ではないと思います。どんなときに醍醐味を感じますか?
山﨑
それで言うと、最初にチームに共有したときに「これはいけそう!」という反応がもらえたときが、いちばんおもしろいですね。その瞬間があるから続けられる、というのはあります。
作業の山場などもありますが、やはり僕は、一人では何もできないなと思っていて。皆で一緒になって、これはどうだ、こうしたらどうか、と話しながら進めるのが楽しいです。
──最後に、チームのメンバーや広く広告業界の若手へのメッセージと、ご自身の展望をお聞かせください。

山﨑
チームや若手の方には、自分の武器を持ってもらいたいなと思います。近年は統合的なコミュニケーションが重視され、統合的に考えられる人が求められている流れもありますが、いきなりそこへは行けないのではと思うんです。やはり自分の基軸を確立する必要があるように思います。それは僕でいうとコピーですが、アートディレクターならアートワーク、PRならPRなど何でもいいのですが自分の武器だと言えるくらい磨いてから、ではそれを広げるにはどうするかを考えるプロセスのほうが大事です。
数年前に担当したコラムで、「コピーは視点だ」と書いたのですが、今、少し考え方が変わってきていて。「コピーは、一行の戦略だ。」と感じています。その戦略を一言でいうと何なのか、を意識しながら仕事に向き合っています。
今後は、やはりコピーを軸にしながら、領域を広げていきたいですね。クリエイター・オブ・ザ・イヤーに応募するにあたって、自分のモットーを考えましたが、「言葉の力で、社会を動かす」ことをしたいのだとわかったんです。なのでこれからも、言葉を軸に。付け加えると、僕は大学院まで建築を学んでいたので、地方都市や建物、まちづくりにかかわる仕事をいつかしてみたいと思います。

岐阜県生まれ。2010年博報堂入社。TBWA\HAKUHODO出向を経て、現部署。
「言葉の力で、社会を動かす」をモットーに、コピーを軸にした統合キャンペーンや社会課題解決業務を手掛ける。受賞歴に、TCC賞、TCC最高新人賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤーなど。著書に「答えのない道徳の問題 どう解く?」1巻/2巻。