

−さきほどうかがった、フォロワーの数やいいね数を表示しないという設計もユニークですね
桂田:情報をどこまでパブリックにするかという視点もありますが、データ活用という意味でも、フォロワー数とかいいね数っていうのはマーケティング的には目安にしかならないよね、ということにみんな気づきはじめてるんですよね。
芸能人やインフルエンサーのSNS上での発信に関するフォロワー数や幅は測れましたが、エンゲージメントの深さまでは測れなかった。でもArtistspokenは、そもそも課金してでも話を聴きたいと思ってくれるリスナーですし、そういった人達にどんな傾向があるかもわかってきているんです。
こういった深度のわかるデータを活用すれば、ターゲットに深く刺さるキャスティングもできるようになるので、タレントやインフルエンサーのDXコンサルのようなことも可能になります。
井上:今後この人は跳ねそうだな、とか、アーティストに特化した予測ツールが完成したら、かなりの武器になると思いますよ。
桂田:例えばSDGs関連で誰かをキャスティングしようと思ったとき、この人はよく環境のことつぶやいているからあたってみようとか思うじゃないですか。でもどのくらい詳しいのか、熱心なのか、などは実際に本人に会ってみないとわからない。
でもArtistspokenの言葉にタグが付いていて、#SDGsで検索できれば、実際その人の話を聴いて知識レベルを判断してからキャスティングすることができる。そういうデータベースができれば、これまでのタレント名鑑のレベルではない、あらたなタレント名鑑にもなり得るんです。
−これまでアーティストの深い話をいろいろ聴いてきたと思いますが、とくに印象深かったエピソードなどありますか?
井上:アーティスト同士の対談企画もいくつかやっているんですが、芸人のAマッソ加納さんと映画監督の今泉力哉さんの対談とか。ふたりで話しているなかで「こんなドラマができたらおもしろいね」みたいにポロッとアイデアが出たりして盛り上がりました。
そういう何気ない会話から新しい「音声作品」をつくるきっかけができるんじゃないかと、すごく可能性を感じました。
桂田:僕らが対談を仕掛ける理由って、その人の多面性を見てもらいたいからなんですよね。Aマッソ加納さんは芸人さんだけど、実は映画にもすごく詳しいんだ、とか、その人の2面目3面目を発見してもらうことでどんどん好きになっていく。
井上:加納さんがおもしろいって言っているから、今泉監督の作品を観てみよう!とか、ジャンルをこえたつながりが生まれていくのもこの企画ならではですね。
あとは、とにかくArtistspokenには台本がないので、収録スタイルとしては、真ん中にICレコーダを置いて「じゃあ、お願いします!」ってすぐに録りだすんです(笑)。アーティストさんも緊張するんだな、とか、微妙な間ができたりするのがおもしろいし、加工や編集といった偽りのない生な感じがリスナーにも伝わって、それがArtistspokenのよさだ思っています。

−やはり台本をつくらないというのがこだわりですか?
井上:サービスをはじめたときから、コンセプトに『「ワケわからない」が足りてない。』という言葉を使っていて、台本をつくらないというのもそこをすごく意識しているから。
今ってシンプルでわかりやすいものが正義であるとされていて、ものすごく画一的なものが生まれやすい状況になっていると思うんです。よく流れている動画も、フォーマット化された似たような企画が溢れてるじゃないですか。そういうものへの反骨というか、もっと混沌とした時間を楽しみたいとか、頭の中グチャグチャになりたいとか、「例えばヴィレッジバンガードやドン・キホーテに行ったらなんかおもしろいものありそう」みたいな受け手の守備範囲の少し外みたいな場所をつくりたかったんですよね。
桂田:「ワケわからない」ものって、広告的な言い方をすると「問い」だと思うんです。わかりやすいものって何も考えずにそのまま受け止めてしまいがちだけど、わからないからこそ、その問いかけに対して一度立ち止まって考える。その「問い」から「新しい考え」を生み出す場所を提供したいんです。
そして同時に、そういう「問い」を投げかけてくれるアーティストが正当に評価されて、対価が支払われる世の中であるべきだと思っています。ユニークで個性豊かなクリエイターたちが、自由に楽しく生きていける社会をつくりたい。
井上:今のビッグワードで言えば、クリエイターエコノミーというやつですね。その一助にはなれていると思っています。
−そういった意味でも博報堂DYグループとしてこのプロジェクトに取り組む意義がありますね
桂田:もちろんそれもありますし、広告会社が自らプラットフォーマーとなって、ユーザー一人ひとりと向き合うということに意味があると思います。マスが効かなくなってきた今、生活者はどこに時間と熱量を割いているのかといえば、コンテンツと人ですよね。これまでのように、プラットフォーマーと連携してクライアント向けのデータ活用をするだけではなく、我々自身が“熱狂を生む人”のことを深く理解して、ともにコンテンツをつくっていくことができれば、組織としてさらに強くなると思います。

井上:Artistspokenは、「生活者発想」を掲げて人間を真ん中においた思想が根付いている博報堂DYグループだからこそ成立しているサービスだと思います。クリエイティビティの原資をもった人が集まった組織ですし、みんな「問い」を立てることが好きな人たちだから、この事業をたくさんの人と盛りあげていきたいですね。
−さいごに、今後の展開について教えてください
井上:配信者の多様性を広めていきたいというのもあって、今後は雑誌社さんとコラボレートした配信もはじまります。
また、美術展の音声ガイドとして「北斎づくし」(2021年7月22日~9月17日/六本木東京ミッドタウン・ホール)に採用されることになりました。来場者はもちろん、会場へいけない方も北斎生誕260年記念を楽しんでもらうため、館長さんや事務局の方など、ふだん表に出てこない方の企画への思いや、Artistspokenで話していただいてる田中泯さんやAKI INOMATAさんなどの現代アーティストがどう北斎を捉えているのかといった話など、ここだけのオリジナルトークをお届けいたします。今後は美術展などをより一層楽しむAR(Audio Reality)体験を作っていくつもりです。
桂田:文字とか映像とか、やっぱり全部編集されてしまうじゃないですか。でもその人がそのときもっていた生の感情みたいなものを100年後に聴けるとしたら、あらたな歴史をつくることになると思うんです。
井上:無加工の歴史というか、声の文化遺産みたいなものを残していくという一面が、このサービスにはあると思っています。だから、3年、5年のタームではぜんぜん考えていなくて、50年、100年後に残る声のライブラリーとして、世の中に新しい価値を提供していきたいですね。


2014年博報堂入社。2017年まで関西支店、その後本社でマーケターとして活動。2020年、社内公募型起業プログラム「AD+VENTURE」制度を活用し、Artistspokenを立ち上げる。

2014年博報堂DYメディアパートナーズ入社。音楽フェスやアート展等の主催社としてコンテンツビジネスに従事。その後博報堂への出向を経て、2020年Artistspokenを立ち上げ。