――昨年は、コロナ禍の影響で生活者の価値観が大きく変わりました。企業のコミュニケーション活動に対する影響は?
生活者が企業に期待する観点が変容・多様化し、難易度が上がりました。その半面、みんなが「暮らしを変えよう」としている今だからこそ、改めて関係を構築しなおしていくチャンスでもあります。そういうタイミングだからこそ、PRがもつ「新しい価値観を生活者と合意形成する技術」が必要とされていると感じています。
例えば、生活者にとっては、家族観や人生観の見直しに意識が向き、本当に自分に必要なものを見つめ直す機会にもなっています。当然、プロダクトの選び方も変わり、ここ数年は機能そのものだけでなく、企業やブランドの社会に対する姿勢が購入を左右する傾向が加速しています。SDGsの認知が拡大しつつあることもあり、「この企業はどのような未来を目指しているのか? 顧客にとってだけでなく社会にとって、みんなにとってGOODな企業なのか?」を気にする人が増えています。今こそ、生活者とブランドとの合意形成を新しく仕切り直すタイミングとも言えるのではないでしょうか。
――“風”について、もう少し詳しく聞かせてください。
「風をよむ」というキーワードが出ていますが、どういうものですか?
“風をよむ”の“風”とは、その名の通り、この先しばらくこの社会を席巻するぞ!といえるような中長期的な時間軸を持った新しい価値観を先よみすることであり、その価値観には、発信源としての風上や風下といった方角があり、人を動かすチカラの強弱もある、といった社会全体を動かすうねりを表したアナロジーです。その流れを見極めてプラニングをしていくことを表しています。
クライアント企業の皆様は、もちろん各カテゴリにおいてプロフェッショナルなので、我々よりも市場の変化はよくつかんでおられます。ただ、産業とは直接関係のない要素であっても、突然プロダクトや生活者の意識に影響を及ぼすことも多いのが現状です。
例えばジェンダーギャップの問題や、非正規雇用や外国人就労者の問題など……。中高年男性がターゲットの商品だとして、ターゲットにはぐっとくるアプローチでも、子育て中の女性にとっては気に障る表現かもしれない。後者のネガティブなムーブメントのほうが大きくなると、直接的な顧客に届く価値も毀損する可能性が高くなります。そうした事例は昨今、枚挙に暇がありません。そうしたリスク回避の視点も含めて、この“風をよむ”技術を経営のそばで使っていきたいという声もいただくことが増えています。
――それを踏まえて、企業にはどのような変革が求められているのでしょうか?
改めて、自社の存在意義を社会の風に照らし合わせて捉え直し、共感・賛同を得られるような企業活動のあり方を模索すること。“社会発想”という点がポイントで、ターゲット顧客以外の多様な属性の人の感覚、意識変化とそのベクトルを捉える必要があります。これからは「(今すぐ)買わないけれど、応援してくれる」という“共感顧客”を創造し、きちんとステークホルダーとして意識していく必要があると感じています。
このように、社会の風をよみ、生活者や社会と新しい関係を築いていくことが、今まさに企業に求められています。この活動の起点となる“存在意義の規定”を「ソーシャル・ポジショニング」と称して、我々も力を入れているところです。
――従来の“ポジショニング”戦略と何が違うのでしょうか。
一言で言えば、「市場の中でのX」から「社会の中でのX」へと捉え方を変えることだと思っています。従来のマーケティングが大事にしてきた、「市場における差別化」から「社会における共感」という発想が大事になるということです。
近頃では、「一番●●●してくれるブランド」という差別化競争よりは、「▲▲▲をリード/サポートするブランドでありたい」とした方が社会から多くの支持を得たなんてこともあったかと思います。ここでいう、“●●●”は機能的な言葉が入ることが多いと思いますが、“▲▲▲”は社会課題といわれるようなテーマが入ることが多いと思います。
このように、自社のプロダクトや産業と関わりのある、様々な社会イシューの中から、どの領域に責任を持つかということを“現実的に”考える必要があります。その際に、パーパスという言葉も流行っていますが、企業思想や歴史的背景から紐解くケースが多いです。ただし、注意しなければいけないのは、オーバープロミスやミスマッチはすぐに瓦解してしまうという点です。その意味では、企業やブランドが大切にしてきた思想と同じくらい、企業の倫理観がソーシャル・ポジショニングづくりに影響してくると感じています。
さらにその先には、社会全体においてどんな企業や人々の賛同を集めてチームをつくるかを多角的な視点で捉え、設計していく必要があります。まさに、パブリックリレーションズの腕の見せ所なのですが、この“仲間づくり”という発想は、詳しく後述します。
そして、これまでのような「市場データ」を深く読み込み、ある地点での数値的なゴール設定を行うことももちろん大切ですが、社会がどう反響してくれるか、“常時”反響に向き合っていくことが不可欠になります。今風にいえば“ナラティブ”なコミュニケーションを継続する姿勢が求められているということです。
――どうしたら適切なソーシャル・ポジショニングを見出し、狙っていけるのですか?
ブランドのストーリー、生活者インサイト、ソーシャルインサイトの3つの視点を加味してプラニングしていくことが必要です。これには優先順位があって、最初に向き合うべきはブランドのこれまで歩んできたストーリーなので、初めての企業と取り組む際にはリサーチとヒアリングをまず大事にしています。
ブランドが持つストーリーとは、いわば昔から脈々とつむいできたその企業ならではの情報資産です。問題は、そのストーリーと今の世の中との握手の仕方が少し違ってきてしまっているので、今あるべき形に再構築していくわけです。その際に、全く新しいストーリーに仕上げてしまうのではなく、チューニングというのが大事で、その企業のDNAに根差した活動だと理解されることで、その後の社内のさまざまな部署と関与する段階になっても理解されやすい。「ああ、ウチらしいね」と思ってもらえるかどうかは、ブランドストーリーに根差しているかどうかにかかっています。“らしさ”がまるでないと、社会からも社内からも不評におわるケースがあると感じています。
あとの2つはシンプルですので、詳細は省きますが、生活者インサイトは、その名のとおり一人ひとりのこの時代における意識や感覚です。案外、これが置いてきぼりになるケースが多い。社会や企業にとって理想的だったとしても、生活者にとっては望ましくない未来だと、支持は得られません。そして、ソーシャルインサイトは、“風をよむ”でご説明した通り、広く社会全体に影響を与える“新しい価値観”のことです。
――実際、ソーシャル・ポジショニングにあたる活動を引き受けることが増えているのですか?
増えていますね。前述のように、商品のスペックに加えて、社会における存在意義が購買に影響を与える機会も増えており、最近では宣伝部長と広報部長を統合したCCO(チーフ・コミュニケーション・オフィサー)の役割を置く企業が出てきたり、SDGsに対する取り組みも概念整理ではなく、具体策に取り組みはじめる企業が出始めています。こうした変化を受けて、広告と広報の両方がわかるパートナーに併走してほしい、社会的評価を意識して進めていきたい、というニーズが拡大しています。また、ソーシャル・ポジショニングは、その名の通りあくまでも「ポジショニング」=戦略の策定なので、本題はそこからどうやって社会に実装していくかです。絵に描いた餅のように、理想像を作っただけにならないように、実装ステージにこそ難しさがあると体感しています。むしろ、そういった実装ステージにまで踏み込んで“伴走できる”こと、言い換えれば“ナラティブ”にやりとりしていくためにも、我々と常時接続できることに価値を感じていただくことも多いように感じます。
――具体的には、チームに何か特徴などあるのでしょうか?
そうですね、チーム内にはPRがわかるArt Directorがいて“ART&PR”で向き合うことが特徴です。我々が扱うテーマですと、新しい概念や価値観だったり、まだ見ぬテクノロジーによる新しい生活スタイルの普及だったりと“未知”のものを扱うことが多いので「可視化」するビジュアライズ力が大きな武器になります。それは、社内を説得する段階から効果を発揮しますし、もちろん生活者と合意形成する上でもわかりやすさ、スピード感が違ってきます。
おそらく、もともとADもPRも、あるべき未来の姿をデザインするという意味では、ビジュアル発想かストーリー発想かの違いはありますが、非常に考え方が近いと思っていますし、補完性も高いと思っています。両者がいることで、新しい認識が当たり前になっていく過程を創造しながら、未来にむけてカタチにしていくプロとして、みんなをわかりやすく引き連れていく進め方ができるんだと思います。このあたりのサポートが実装にむけて機能していると思います。
――そのほかに、企業の変化で顕著なものは?
そうですね、もはや社会課題は「一社で解決しようとする時代ではない」として、「この指とまれ」的な視点で動きだしていることが挙げられます。我々が「ソーシャル・ポジショニング」と称しているプラニングウェイも、皆で共創して進むための船をつくる感覚で設定します。この目標に賛同する人は、生活者も他企業もぜひ乗ってもらって一緒に目指そう、というソートリーダーシップの姿勢が根底にあるべきだと思っています。
我々からも「『皆が乗れる船をいかにつくるか』という発想でプランニングを捉え直してみましょう」とか「社会全体とテーマを共有するんです」とお話をさせていただくことが多いです。
これは、単に提携やコラボを推奨しているわけではありません。自社でできる価値提供と、それによる自分たちの事業成長だけを目標とするのではなく、「社会において、生活者と異業種の力を借りてでも、何を達成したいのか」「そのためにどういうチームを組むことが必要なのか」という観点でプラニングを練りあげていく。これがまさに、ソーシャルでのポジショニングを確立していく実装段階の特徴だと思っています。その実現には、おのずとさまざまなステークホルダーとの関係構築が不可欠になりますし、仲間づくりの発想で一つの大きな船に乗っていく感覚だと私自身は思っています。
――最後に、ソーシャル・ポジショニングの実現において、企業の方々に心に留めてほしいことを教えてください。
「皆が乗れる船を」と話しましたが、自社とパートナーとなってくれるような他企業とのチームづくり、顧客や生活者を巻き込んでいくよりよい未来に向けた道筋づくり、そしてそこに自社のブランドアセットをどう活かせるかなどは、企業の内部メンバーだけではとても考え抜けないと実感しています。それは、目線の違いが大きく影響するからです。
企業と我々のような外部パートナーは、「共同編集者」という立ち位置が理想的だと思っています。いろいろな要素を加味しながら、ブランドが“社会ごと”になるように編み、風を味方につけていく。そんなイメージです。
特に実感するのは、構想したのはいいが実装がなかなか進まないというケースも多いのですが、前に進めるためにも、クライアント社内に対して言語を使い分けて推進するお手伝いを我々が担えると思っています。マネジメント層に伝わる言い方と、宣伝部、マーケティング部に伝わる言い方、そして広報部を通じて社会に伝わる言い方、3つくらいの言語を今も日々使い分けています。CEOやCMOの方々に併走して、時には常時接続できる環境でクライアント内をひとつにすることにも、寄与できればと考えています。
2003年ストラテジックプラニング職として、博報堂入社。
その後、TBWA HAKUHODO、博報堂コーポレートコミュニケーション局、PR戦略局、
統合プラニング局を経て21年より現職。
ACCグランプリ、JACE、JMA、PRアワードグランプリなどを受賞。
2019年よりPRアワードグランプリ審査員