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沖縄離島に特産品を生んだアイデア 「特産離島便」が地域資源の価値を引き出す

2021.05.12
#ブランディング#ミライの事業室#地域創生
沖縄の離島で育まれた自慢の味をビン詰めにした商品シリーズ「特産離島便」。離島の特産品が手軽に楽しめると人気が広がっています。博報堂は特産品開発による地域創生を目指してこのプロジェクトを支援、現在では沖縄本島や九州全体の特産品開発にも展開を拡大しています。
この「特産離島便」を生み出し、推進してきた博報堂の土屋佳幸と、株式会社たしざんの棚橋智恵さんに、誕生秘話や仕組みの独自性、今後の展望などを聞きました。

博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局/ミライの事業室 土屋佳幸
株式会社たしざん 棚橋智恵氏

きっかけは、沖縄離島の情報発信プロジェクト

──「特産離島便」、可愛らしいビン詰めのパッケージで、思わず手にとりたくなります。そもそもどんな取り組みなのか、概要を教えていただけますか。

土屋
「特産離島便」は、天然塩や黒糖といった沖縄県の離島の特産品を、統一パッケージのビン詰め食品の形に加工し、共通の品質管理やブランディングの仕組みを使って販売することで、地域に新たな収益を創出しようという取り組みです。2014年に沖縄で立ち上げ、沖縄本島と離島のほかECサイトで販売しています。私、土屋がネーミング、パッケージングなどの企画立案や販路の確保、生産者さんの発掘などを担当し、ECサイトの運営や商品開発の実務で、株式会社たしざんの棚橋さんにご協力いただいています。

──どんなきっかけから始まったのですか?

土屋
沖縄県が2012年に立ち上げた、沖縄離島の情報発信プロジェクトを私が担当したことでした。沖縄には39もの有人離島があります。石垣島、宮古島、久米島などが有名ですが、我々が担当したのは粟国(あぐに)島、渡名喜(となき)島、北大東(きただいとう)島、南大東(みなみだいとう)島、多良間(たらま)島の5島。年間の観光客数が常に下位にあり、「小規模離島」と呼ばれる島々です。何とかこの5島の認知度を上げたいという業務でした。棚橋さんにもコンテンツの制作担当として、企画の段階から入って頂きました。
予算は限られているし、テレビや雑誌を巻き込んだ企画では短期間で終わってしまう。できるだけ長く継続できるようにと、地元のおじぃ、おばぁや中学生たちが、SNSを使って自分たちの島の魅力を発信していくプロジェクトにしましょうという提案が、県に採択されて。その際に掲げたタイトルが『沖縄の奥、島の奥。おくなわ』。「おきなわ」の「き」を「く」に変えて、「おくなわ」。日本の端っこにある離島の中でも最奥の島々のプロモーションです、と。
当初は島の魅力発信ということで、豊かな自然や人々の暮らしぶりなど色々なものをSNSのネタにしていたのですが、地域に深く関わるうちに大きな課題として出てきたのが、このプロジェクトを実際に地元の方々にどうしたら継続してもらえるかということでした。

棚橋
皆さんのデジタルリテラシーを高めるために、メールの使い方からSNSの運用までカリキュラム化して何度も勉強会を開催していたのですが、「きれいな写真を撮ってくれて、SNSの使い方も親身に教えてくれたけど、あなたたちがいなくなったらどうなるの?」とよく言われたんですね。

土屋
そこで、発信する情報の「中身」を工夫することで、継続できる活動にしようと考えました。まずは情報化する対象を「特産」と「観光」に絞ることにしたんです。

棚橋
島に住んでいる人たちは、1人が1つの職業を営んでいるわけではなくて、民宿を経営しながら畑で農業をしていたりします。お会いした方々は、たいていは「観光」と「特産」の両軸をやっていらっしゃった。島を知れば知るほど、島を支えているのはこの2つなんだなあとすごく実感できて、この2つをしっかり情報発信していくことが、何よりの離島のプロモーションになるだろうと考えました。

離島の味覚と思いを小瓶に詰めて

──特産品を情報として紹介するだけでなく、そこからどうやって「特産離島便」という形に発展していったのですか?

土屋
プロジェクトが終了するタイミングで、何かしら地元に残るものをつくりたいという思いがありました。いろいろと考えて思いついたのが、5つの離島の名産品をビン詰めの加工品として販売すること。島の人たちによる手作りのビン詰めが生まれていくプロセス自体を、情報として発信していこうと。
すぐに、県内でコンビニチェーンを展開するエリアフランチャイズ本部に、パッケージになるガラス瓶と企画書を持ち込んで、これを売ってもらえないかとプレゼンしました。まったくの飛び込み営業でしたが、コンビニの担当者の方が「かわいい!ぜひやりましょう!」と即答してくださった。離島支援のプロジェクトとして、店頭で販売していただけることになりました。
まずは10種類の商品をそれぞれ100個、全部で1000個用意しました。担当者の方は「もし売れなくても、プロジェクトで全部引き取ります」と言ってくださっていたのですが、いざ発売を迎えたら、初日に300個も売れて、その日のうちに追加発注も入ったんです。これは需要がある、と確信した瞬間でした。

──企画の段階から、このガラスのビンをパッケージに決められていたのですね。素朴で可愛らしい独特のデザインです。

棚橋
WECKというドイツ製のビンで、煮沸さえすれば滅菌・密封・常温保存ができるという、歴史のある保存食用の手作りのビンです。かなりいろんなビンを探して回って、土屋さんが見つけてくださったんですよね。

土屋
塩でもジャムでも佃煮でも、このビンに入れることで統一の規格で販売できるようにしたんです。一つ一つの特産品は手作りの少量生産で数に限りがありますが、統一のパッケージで「商品群」として提供することで、欠品リスクを相互に補い合える。それがこのプロジェクトの一つの大きな強みになっています。
私は空のビンを持ち歩いて島をめぐり、「2週間後にまた来るので、この中に味噌でもジャムでも詰めてくださいねー」と、島のお母さんたちにお願いして回ったんですが、みなさんが目を潤ませて喜んでくださったんですよね。現地では「私」のことを「わったー」と言うんですけど、「わったーのものが、こんなきれいなビンの中に入るの?」と、とても前向きになってくださって。ビンの魅力は、生産者さんを開拓する上でも役立ってくれました。

──そうやって生産者さんを集めていかれたのですね。プロジェクトを進める中で、苦労されたのはどんな部分でしたか。

土屋
実務上で一番苦労したのは、品質管理を含めた工程管理の枠組みづくりでした。当然ながらコンビニ流通に乗せられる商品にするのは簡単な話ではありません。我々に食品事業の経験はなかったですし、そうした経験がまったくない地元の生産者さん自身に品質管理を徹底してもらうにはどうするか。食品に関する専門家の方にチームに入ってもらって、進めていきました。
具体的には、生菌検査の実行、製造工程表の作成、商品カルテの提出、原材料の一括表示という4つの要件についてそれぞれ細かな手順表を専門家と一緒に作成し、これを遵守してもらうよう生産者さんたちにお願いしました。コンビニの品質管理の要求基準としてはごく普通ですが、この部分に最も手間と工夫を要しましたね。

──生産者さんにそういったお願いをするためには、信頼関係が必要だったのではと思います。どうやって地元の方々の心をつかんでいかれたのでしょうか?

土屋
そもそも話しかけてもらえるようになるまでに、かなりの時間がかかりました。最初のうちは警戒心があって、また東京の人が来たなと言われたりもしました。
ただ沖縄の離島は本島からの船や飛行機も一日の運航本数が少ないので、一度出向くと、日帰りでは戻れないことも多くて。そうすると夜は島に泊まってご飯を食べたり、地元の人と一緒にお酒を飲んだりする機会も生まれて、そうして仲良くなることもありましたね。

棚橋
お酒をあまり飲まれない土屋さんが、真っ赤な顔で宴席にいらっしゃったこともありましたね。

土屋
地元の方たちはお酒が強い方が多くて……(笑)。みなさん一度打ち解けてくれると、常連客・固定客のように迎え入れてくれるようになりました。商品化にも前向きに取り組んでくださって、「前回は味噌だったけど、今度はジャムを詰めてみたよ」と色々持ってきてくれたり、現地の方々が自ら動き出してくれるようになりました。

棚橋
先に売り場を確保できていたことも、離島の生産者の方たちの信頼を得る上でとても大きかったと思います。地元の商品開発のプロジェクト自体は過去にもあったようですが、「商品をつくって終わり」では、それをどこでどう売るかという課題が残ったままです。
土屋さんが県内のコンビニチェーンへの扉を開いてくれたことで、自分の商品が店頭に並んだ!とみなさん喜んでくれた。売り場につながる形で商品開発ができて、しかもきちんと売れてお金が戻ってくるという循環が体験できたからこそ、「じゃあ、次も」と広がっていったのかなと思います。

「5離島」から「沖縄全島」へ。そして九州全体へ

──その後は5つの離島だけでなく、展開エリアをどんどん拡大されていますね。

土屋
プロジェクトが大きく広がったきっかけは、コンビニチェーンの方が「5離島でやったビン詰め企画を、沖縄の全部の島でやってほしい」と言ってくれたことです。そこで挑戦したのが「沖縄セレクション」という本づくり。最初の5離島以外の島々でも特産品を集め、商品開発をしていく過程で写真を撮って記事を書いて、その年の終わりに本としてまとめたんです。いろいろな島で「本に載せる商品を作ってください」と頼み歩きながら、商品開発をお願いしてまわりました。

棚橋
この本を店頭に置いていただいたことで、さらに商品が広がって数も増えました。この本を見た石垣島の方が、「うちの島の特産品もブランディングしてください」と連絡をくださったり。

土屋
わらしべ長者みたいにつながっていきましたよね。

棚橋
本当にそうでしたね。一つやると、それを見てくれた人がうちもうちもとつながって、ここまできた感じです。これまでに、のべ21離島・203種類の特産品を開発してきています。

──この3月には新たな取り組み「特産九州便」の商品が福岡でお披露目されました。それも、沖縄での取り組みからつながって生まれたのですか?

土屋
「特産九州便」のきっかけは、九州のある事業者の方からの依頼でした。「特産離島便」のECは、産地で採れたものを産地から直送する仕組みなので、コンビニ本部では在庫を抱えずに済みます。これと同じような産地直送のシステムを持っている会社から、「特産離島便」同様のスキームでやりたいとのご相談を受けて、九州のとある百貨店に一緒に提案を行いました。百貨店がすぐに賛同してくださって、「九州・沖縄 特産どうしようプロジェクト」と題したプロジェクトを発足。3月下旬に百貨店で開催されたフェアでの販売につながりました。

──「九州・沖縄 特産どうしようプロジェクト」では、オンライン勉強会形式で商品を開発したそうですね。

土屋
プロジェクトには九州・沖縄で特産にかかわる38の事業者の方々に集まっていただいて、皆さんに、特産のいろはや商品開発を学ぶ全10回のオンライン勉強会に参加してもらいました。オンラインツールを駆使して、それぞれの事業者と個別に50 回以上の企画会議を行いましたね。
最後は“実技カリキュラム”として、開発した商品を店舗で販売していただいたんです。このプロジェクトから生まれた約40点以上の新商品が「特産九州便」シリーズとして、百貨店のフェア会場に並びました。そろいのロゴとのれんで場づくりをして、商品ラベルも整えました。土日はひときわ盛況で、目標販売額をすぐに達成できました。

博多大丸で開催された「九州のいいもの・沖縄の離島のいいものフェア」に登場した「特産九州便」の新商品。

さまざまな地域に貢献していきたい

──地域の生産者さんを支援するこの取り組み、まだまだ広がっていきそうですね。最後に、お二人の今後の展望などをお聞かせください。

土屋
沖縄県庁や各地域の役場と深く関わってみて、地域の資源をどうやってマネタイズするかというのが共通の課題で、どの役場もなかなかできずに悩まれていることがわかりました。
「特産離島便」や「九州特産便」で得られた知見を活かして、特産品を発掘し、品質管理とブランディングを工程化して付加価値を高め、地域を巻き込んで稼げる生産者を生み出していく仕組みを、今後もさまざまな地域で展開していきたいですね。新しい商品を生み出し売っていくビジネスに求められる、商品化のノウハウや、ネーミング、コピーライティング、デザイン──。どれも私が30年以上博報堂で培ってきたことです。これからはそれを特産物の世界で発揮して、さまざまな地域に貢献できればいいなと考えています。

棚橋
私にとって「特産離島便」の業務は初めての経験だらけでした。それまでは広告制作などのライター業が中心で、スケジュールに間に合わせるには、自分が必死で書けばよかったけれど、この取り組みではそうはいかず、さまざまな方々のご協力を得て、しっかり段取りもしなければ成り立たない。チーム戦、総力戦でみなさんと何かを作り上げていく経験は、自分にとって貴重な財産になりました。
ライターとしてコンテンツ制作をお手伝いしていたはずが、いつのまにかプロジェクト全体が自分事になっていった気がします。取り組みがどんどん大きくなるなかで、2か月ぐらい私が一人で那覇に滞在して納品作業とかしたこともありましたし。
離島のパンフレットをつくったときも、島に行くとそれが予想以上に価値を生み出していて、こんなにも地域の役に立てているんだと改めて実感したことがありました。皆さんが喜んでくださるのをダイレクトに実感できるのが、この仕事の素晴らしいところです。そうした経験のなかで培った知見やノウハウも活かしながら、これからも地域の課題解決に貢献できればと考えています。

特産離島便|沖縄セレクション https://okinawaselection.jp/view/category/ritobin
特産九州便 https://www.hakuhodo.co.jp/news/info/89567/

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