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MaaSで地方の移動問題の解決を目指す
「ノッカルあさひまち」の取り組み(前編)

2021.03.22
博報堂とスズキは2020年8月から、富山県朝日町においてMaaSの実証実験「ノッカルあさひまち」を行っています。地域住民に協力を仰ぎ、自家用車を活用して買い物などの移動をサポートすることで、移動する機会を増やし、地域を活性化することが狙いです。実証実験を行うことになった経緯や、具体的な取り組みの内容、今後の展開などについて博報堂の畠山、堀内、常廣、菅原に聞きました。

常廣:
ノッカルあさひまちについて概要を簡単にご説明しますと、富山県朝日町にお住いの自家用車をお持ちの方に、どこかに出かけるついでに、同じ地域の方の送迎を行っていただくサービスです。ドライバーの方には、車を出せる時間を事前に登録していただき、同乗を希望する方には移動したい時間を選択していただきます。ノッカル用の停留所を決めていて、利用者の方は予約した時間にそこに行ってドライバーの方にピックアップしてもらう、という形になっています。
実証実験が2020年8月から始まっていて、朝日町に我々とスズキで参加しています。実証実験では、まずスズキに提供いただいた軽自動車を町の職員が運転して地域の方を送迎するという形でスタートし、その後に住民の自家用車を利用する形に移行しました。スズキには他にも、ノッカルあさひまちで自家用車を運転される方向けの保険など、車回りのことを中心にご担当いただき、さらには共にサービス開発から実装までパートナーとして動いていただいております。

堀内:
今日この場に参加している四人は、ノッカルあさひまちのプロジェクトで全体のプラニングを担当しています。私と畠山は、博報堂のMaaSに関する取り組み全体を見て各プロジェクトの進め方を考える役割も担っていて、私はサービス全体のプラニングや開発領域を、畠山は全体プロデュースの役割を担っています。
常廣と菅原は、私と同じプラニング担当の部署に所属しています。今回のプロジェクトをしっかり進めると同時に、他の地域でも広く使ってもらえるようなMaaSのサービスにするにはこういった改善が必要だ、といったことを考える役割を担っています。
MaaS戦略全体のお話をしますと、博報堂は「生活者発想型MaaS」を作りたいと考えています。日本においてMaaSをどう展開していくかということについては、「欧州型を参考にすべき」という話になったり、「海外に既にあるプロダクトを日本に持ってこよう」という流れになることがよくあります。しかし、我々は海外のものをそのまま取り入れても上手くいかないと考えており、日本に合ったMaaSを生活者起点で考え直さなくてはいけないと思っています。
その理由についてですが、MaaSのプロジェクトでは一般的に「公共交通について情報や決済などのデータをどれだけ統合しているか」といったことについてレベルを1~4で判定し、適切な施策を考える、という進め方をします。しかしこの方法は、日本においても都市部であれば効果的なケースがあるのですが、地方には当てはまりません。なぜなら、データの統合が一切行われていない「レベル0」と言える状態だったり、それ以下の「交通空白地帯」「コミュニティバスの赤字」「路線バス/タクシーの撤退」などの問題に悩む地域がほとんどだからです。
日本の自治体の9割は人口が10万人以下の規模で、そこには、日本の人口の5割の方々が生活しています。博報堂が地方においてMaaSの取り組みによって目指すのは、様々な地方における交通の問題を「生活者発想」によって解決し、地域交通を再編・最価値化することです。
ノッカルあさひまちのプロジェクトを行っている富山県朝日町は、人口1.1万人で65歳以上の人口を示す高齢化率が43%超です。鉄道の駅やコミュニティバス、タクシーがあるので、一通りの公共交通は揃っているのですが、それでも様々な課題があります。

畠山:
ノッカルあさひまちは「地方でのMaaSの開発」という博報堂にとって新しい取り組みではありますが、やっていること自体は博報堂のフィロソフィーである「生活者発想」「パートナー主義」を徹底的に追求したものです。移動に本当に今困っているのが地方の生活者であり、本プロジェクトのパートナーであるスズキのビジネスの主戦場が地方部である。これがこのプロジェクトスタートのきっかけです。そして、博報堂として売らなければならないソリューション発想で取り組んではいないため、最初に朝日町にご提案したノッカルの形は、今や原型を留めていません。「朝日町の高齢者を中心とした生活者を豊かにする」という考えのもと、朝日町に何度も行き、役所の方や現地にお住いの方、タクシー会社の方などにお話をうかがったりして、地域の生活者の課題をしっかり理解し、その上で、スズキと議論を重ねに重ね、形を変えていったのです。
また今回のプロジェクトは、短期的に見た場合、大きな儲けが期待できるようなものではないかもしれませんが、「持続可能な形で地方の移動を中心とした課題を解決する」というビジョンをスズキさんとも共有し、中長期的な視点で取り組んでいます。

実装フェーズでも発揮される博報堂クリエイティビティの真価

畠山:
地方でのMaaSの実証実験を始めるに当たり、全国の様々な地方を実際に回って、多くの人と対話し、現地を見て、勉強しました。その中で、朝日町は高齢先進地域であり、これから地方で起こる問題が凝縮されていると感じました。またそうした問題に対して町長、町の職員、住民が危機感をお持ちで、解決に向けてかなり前向きに取り組んでいらっしゃいました。そうした取り組みをさらに加速するものとして我々とスズキの想いに共感いただき、実証実験を共に行わせていただくことになりました。

堀内:
サービスとしては、一般のドライバーの自家用車を活用した「自治体が運営する公共交通」という形にしたこと、また既にある地元の交通事業者と協同しない「交通事業者協力型」という形にしたことがポイントだと考えています。朝日町にはバスやタクシーが既にあって、そこにノッカルが加わること、地域全体で移動課題のさらなる解決を目指します。実証実験の開始当初はノッカルに無償で乗っていただけるようにしていたのですが、途中から有償に切り替えて実験を進めています。
ノッカルをこのような「助け合いの交通」の形にした理由の一つに、地方におけるバスの現状があります。民間路線バス事業者の撤退が相次ぐ中、全国各地で自治体が運営するコミュニティバスが走っています。日本全国の8割程度の自治体がコミュニティバスを運営していますが、収支率が10%程度しかないところが多く、赤字は税金で補填されています。大きいバスが走っていても、乗客が一人しかいないといった「空気を運んでいる」といわれる状況が多くあり、人件費と車両費も大きな負担になっています。地域交通自体の採算が取れない中で、コロナの影響もあり、撤退を決める民間交通事業者も増えていくでしょうし、コミュニティバスに対する交付税もさらに増えていく可能性がありますよね。
そのような不採算になる地域を、ノッカルでカバーできればと考えました。住民の方同士の助け合いという形なので車両費はかかりませんし、人件費も抑えられます。

畠山:
自分の用事のついでに人を乗せる、というサービスなので、時給をお支払いするのではなく、ガソリン代にプラスして少しの謝礼をお支払いするという形を採っています。「ドライバーとして稼げる」といったものではないので、「ドライバー募集」ではなく「ノッカルサポーター募集」という形でお声がけしました。

常廣:
「自家用車をシェアする形にしよう」というのはシンプルなアイデアだと思うんです。高齢者でお時間がある方も多いですし、自家用車をお持ちの方も十分な数いらっしゃいます。でも、実際に発想を具現化しようとすると本当に大変です。役場の方にご説明したり、住民の方やドライバーさんに意見を伺っていると、様々な課題が出てきて、当初の想定とは全然違う方向に進んでいきました。
朝日町ではコミュニティバスが充実しているのですが、それも根付くまでには3~4年かかったそうです。ノッカルはバスよりも理解が難しいと思いますし、受け入れていただくのはより難しかったと思います。

堀内:
「シェア」とか「MaaS」というワードからAIを使ったマッチングのようなものをイメージされる方が多いと思いますが、ノッカルはそうではありません。ドライバーさんに事前に移動の予定を登録していただき、乗車希望の方にその中から時間を選んでいただく、という形式です。
乗車を希望する方の多くは高齢で、スマホをお持ちでないことがほとんどです。そのため予約は電話からもできるようにしており、実際に予約のほとんどが電話経由です。一方でドライバーさんはやや年齢層が下がるので、パソコンやスマホを使っている方が大半です。そのため、ドライバーさんの運行予定はWebで登録していただいています。お客様の電話予約応対を含めたオペレーションは、タクシー会社の黒東自動車商会に担当いただいており、電話予約を、デジタル上のシステムに登録していただき、予約情報等は、ドライバーさんに自動的に通知されます。
バックエンドは、デジタル化できる部分をどんどん進めればと思うのですが、ユーザーインターフェースは、「本当にデジタルであるべきか?」というところを考えなければなりません。ユーザーに使いやすいサービス設計にこだわることも、生活者発想だと思っています。

常廣:
事前登録をしてもらう形式にしたとはいえ、バスのように「毎週この時間だったら確実に移動できる」という形にした方が、より利用していただきやすくなります。そこで地域の集まりや自治会、民生委員、体操教室などにお声がけし、毎週決まった時間帯に移動されている方にドライバーになっていただくようお願いしました。ほかにも「この曜日は必ずパートに行く」といった方にも登録していただくなどして、定期便のような形での運行を可能な限り増やしています。
乗車を希望される高齢の方には、紙の時刻表を毎月郵送してお配りしています。毎週固定した時間で登録していただけるドライバーさんが増えた結果、このような形での運用が可能になったんです。時刻表にはバスの運行時間も記すようにしています。バスはノッカルより自宅から停留所が遠くなるケースが多いのですが、それでも「行きはバスで、買い物で荷物が増えた帰りはノッカル」といった使いわけができると便利だからです。

堀内:
現段階では、AIマッチングのようなリアルタイム×オンデマンドの形にすると、待機時間もドライバーを拘束していなくてはなりません。その分コストがかかりますし、タクシー会社と業務形態が重なることも課題になります。そういったことを考慮するうち、ダイヤで運行する形がいいのではないか、ということになりました。我々の目標はあくまでも、地域交通全体をどう継続していくか?ノッカルありきではなく、タクシーやバスと共存できるサービス設計を地元の方々とどうつくっていくのか?が最も重要だと思っています。

常廣:
都市部でオンデマンドのサービスが増えているのは「すぐ移動したい」と考えるユーザーの要望に応えることが目的であり、つまりは利便性の問題なんです。朝日町の高齢者の方は予定がひっ迫している訳ではないので、主なニーズは「週に1~2回スーパーに行ければいい」といったものです。それに応えるためには、午前中に1往復、午後に1往復くらいできれば十分だということが分かってきました。AI技術を活用して、ルート設計と乗合時間を最適化するというような方向性も考えたのですが、朝日町では、ルートもそこまで複雑ではなく、各地域と町の中心部は、基本的には一本道なんですよね。おそらく、日本の多くの地方は同様だと思いますし。

堀内:
ダイヤの設計の仕方にもコツがあることが分かりまして、例えばドライバーさんには「9時~10時半」といった形で幅を持たせて登録していただきます。利用者には「9時~9時半」「9時半~10時」「10時~10時半」といった形で時間帯を選んでもらい、予約が入ったら受付を締め切ります。こうすると、一人のドライバーさんに複数の時間帯を担当していただけるようになるんです。これもプロジェクトを進めるうちに「ドライバーも、出かける時間をそんなにシビアに考えている訳ではない」と分かったからこそできるようになったことです。

菅原:
ノッカルのダイヤをバスのものと統合して1つにしたことも、実装まで入り込んだからこそ気づき、取り入れられたポイントの1つですね。当初はスマホでダイヤ情報を発信したり、webでリアルタイムで更新できるようなものを想定していました。しかし、スマホを持たない高齢者が多い朝日町においては、違ったアプローチを考えなければなりません。そこで注目したのが、すでにあるコミュニティバスのダイヤでした。 朝日町のコミュニティバスは利用者も多く、ダイヤは普段から多くの方が生活の中で自然に目にするものとなっています。ここにノッカルのダイヤ情報も組み合わせて一つのダイヤにすれば、住民の方が自然と使える形になるのではと考えました。

菅原:
また、高齢者の方々にどうやってノッカルの情報を届けて、どうやってノッカルを認知してもらうのか?という点で、ケーブルテレビを活用したことも地方ならではのポイントだと思います。朝日町の高齢者の方々の多くが、ケーブルテレビから生活情報を得ていることが、実装を進めていく中でわかり、今では「ケーブルテレビをみてノッカルを知っている」と言ってくださる方が非常に増えました。
ノッカルのプロジェクトを通して、地域の方にとって馴染み深いタッチポイントをうまく活用することで、生活の中でストレスなくサービスにもらうことが重要だと感じましたし、これらのアイデアは、町に通って実装してみなければ気づけなかったものだと思います。

畠山:
病院のように厳格に時間が決まっているものと、スーパーのようにいつ行ってもいいもので、移動への考え方が大きく変わることもプロジェクトが始まって気づいたことですね。
元々、朝日町ではどこかに出かけるついでに地域の方を送迎する、といったことをやっている方はいらしたそうです。ただ慣習的に、乗せてもらったお礼に何かを返すということがあったりして、乗せてもらうことをためらう方もいたと伺いました。それが、ノッカルという形でサービス化されたことで、「お金を払う方が気軽に利用できる」といったお声がありました。また、ノッケル側(運転する側)からも地域に貢献したいという想いがあったものの、中々タイミングやピンとくる座組がなかった中で、この仕組みはノリやすいということで参加していただいた方がいらっしゃいます。
先ほどお話した「ノッカルサポーター募集」という言葉もそうですが、この仕組み全体に博報堂のクリエイティビティが存分に生きている事例なのではと思います。ノッカルという名前自体も非常に評判が良いんです。

常廣:
「ノッカルさん」と呼んでいただくことが多いですね。親しみを感じていただけているのだと思います。

堀内:
常廣は地元のケーブルテレビや広報誌にノッカルを露出させたり、寄り合いに自分で参加したりしていましたね。こういう地道な活動もノッカルをただ知ってもらうだけでなく、身近な自分たちの取り組みとして理解していただけているのではと思います。

(後編に続く)

畠山洋平
博報堂 アカウントマネージャー/MaaSプロジェクトメンバー

奈良県生駒市出身。
入社後、営業職として広告業務などに9年携わった後に、営業職を離れ、従業員組合の委員長として会社運営へコミット。その後、大手通信会社を担当し、2016年人事局に異動。人事制度設計などを担当し、2019年度より社会課題解決と得意先課題解決を両立し、博報堂の次世代収益作りを取り組むプロデューサーとして邁進中。

堀内 悠
博報堂 CMP推進局 部長

京都大学地球工学科、同大学院社会基盤工学専攻、修了。
2006年博報堂入社。入社以来、一貫してマーケティング領域を担当。
事業戦略、ブランド戦略、CRM、商品開発など、マーケティング領域全般の戦略立案から企画プロデュースまで、様々な手口で市場成果を上げ続ける。
近年は、新規事業の成長戦略策定やデータドリブンマーケティングの知見を活かし、自社事業立上げやマーケティングソリューション開発など、広告会社の枠を拡張する業務がメインに。
5G/IoTプロジェクトおよびMaaSプロジェクト リーダー

常廣 智加
博報堂 第二プラニング局

福井県出身。2018年博報堂入社。
ストラテジックプラナーとして、飲料・不動産・商社などのクライアントを担当。コミュニケーション領域の戦略立案や、商品開発支援、サービス企画まで取り組む。地方出身の強みを生かし、地方MaaS領域の業務にも参画。

菅原 和弥
博報堂 CMP推進局

2020年博報堂入社。ストラテジックプランニング職として、CMP推進局に配属。ノッカルあさひまちを中心に、複数のMaaSプロジェクトを担当。生活者の移動を中心にした地域/周辺エリアの活性化を現在の興味領域としている。

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