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為末 大氏×博報堂 細田 高広 スポーツにクリエイティビティは必要か?

2020.03.06
かつてスポーツには「根性」の時代があった。やがて物理学、人間工学、栄養学などの知見を総動員する「科学」の時代がやってくる。そして近年、トップアスリートたちが「創造性」について語り始めた。常識を疑い、慣習にとらわれず、自由にモノを考える。クリエイティビティがアスリートにも求められる時代が来ているのではないか。そんな大きな仮説のもと行われた、今回の対談。スポーツ界への鋭い考察を発信する為末大氏と、クリエイティブディレクター細田高広の対話は、スポーツという枠を超えて組織論、社会論にまで発展していった。

問いを変えれば、動きは変わる

細田 為末さんは現役を引退された後、何冊も本をお書きになっていますよね。最近出された『生き抜くチカラ』にも、ハッとさせられる言葉が並んでいます。中でも僕が一番好きなのは、「努力は夢中に勝てない」というフレーズです。

為末 僕も一番好きな言葉です。意外に思われるかもしれませんが、小学生の頃は読書部に入っていたんです。週に一回、放課後に本を読み、感想文を書いて箱に入れて帰る。それが本当に楽しかった。今になって自分を分析すると、僕は足が速いっていう能力を持っていたと同時に、自分の内面に向き合う力が強かったのかもしれませんね。引退してから自然に、競技者の思考を言語化して広く伝えたいと思うようになったんです。

細田 為末さんは、現役時代にコーチを付けなかったと伺いました。そもそもコーチという存在は、アスリートにとって「言葉の供給者」だと思うんですが、それを不要とする決断には、どういう理由があったのでしょうか。

為末 あれこれ指図されるのが嫌だったんです(笑)。僕はエンジニアや研究者みたいに、自分で試行錯誤する方が向いていた。何かうまくいかないことがあったとします。それは何でなんだろう?と自分に問いかける。こういうことじゃないか?という仮説が生まれる。仮説が正しいとしたら、なぜ、他の場面では当てはまらないのか?なぜ例外が生まれるのか?と、問いの角度を変えていく。すると出てくる答えの精度が変わっていき、動作が変わっていく。こういったアプローチの方が自分に合っていたんです。

細田 コーチが不要だったというよりは、自分の中で「なぜ?」から考えることが必要だったということでしょうか。WHYが腑に落ちていないのに、腕はこう振った方がいいとか脚はこう動かした方がいいという、HOWだけ教わっても自分のものにならない。

為末 まったくその通りです。アスリートって、最後に勝負をするときは死に物狂いなんです。付け焼き刃的な部分は、すぐに剥がれ落ちてしまう。自分の体を速く前に進めるために本当に必要なこと以外は、すべて無力化してしまうんですね。どんなに大切なHOWだとしても、分かったフリをしているだけでは、いざというときには役に立たない。

細田 局所的には最適解でも、カラダ全体のシステムとかみ合わなければ通用しない。

為末 そうです。だから「自分の中で変えられないもの」を軸にして戦うしかない。僕は背がそんなに高くないから、上下と左右のブレが少ないんです。ほとんどの日本人は、そうかもしれません。その分、スーッと水平移動するような動きができる。半面、いくらジャマイカ人の走りに憧れても、彼らのようにダイナミックに上下運動して前に進むスタイルは、まねできません。

細田 「変えられないもの」を軸に戦うという視点は、企業経営にも示唆的です。近年でも、西海岸系スタートアップの手法を、部分的にまねて失敗するという事例が目立ちます。表面的なことだけを取り入れても、結局、日本の企業システム・社会システムの中では機能不全を起こしてしまう。ウサイン・ボルトの走り方をまねて、けがをするようなものです。

為末 同感です。ただ、ここで誤解してほしくないのは、人も企業も「かなりの部分は変えられる」ということです。それでも一生懸命変わろうとした結果、最後の最後まで変えられない何かに行き当たります。その本質を言語化し、長所化するような戦い方を模索していくべきなんです。

「語彙力」は「競技力」を上げるのか?

細田 言語化ということに関して、違う角度からお聞きします。語彙力は、競技力を上げるでしょうか?以前、ラグビーの五郎丸歩選手とサッカーの中村俊輔選手を同時に撮影させていただいたことがあるんですが、お二人の会話を聞いていて、蹴るという行為ひとつにも実にたくさんのボキャブラリーがあるんだなと、感心させられました。ひょっとしたら、語彙力と競技力っていうものは、何かしら関係があるのでは?と思ったんです。

為末 面白い視点ですね。結論から言うと、細田さんの言うように、語彙量の多さと競技力は相関すると思っています。技能が卓越している選手に話を聞いていくと、専門領域になった途端、急に饒舌になって、すごく表現が細かくなるということがよくあるからです。

細田 きっと、特定の動きに関しては異常に高い解像度で認識し、判断して、動作に移しているのでしょうね。普通の人だったら「蹴る」の2文字で済ませてしまう瞬間を、まるで文学のように表現できてしまうとか。

為末 そこが科学とスポーツの違いですし、創造性が必要な領域です。ハードル競技で科学的に正しいフォームを伝えるなら、「ひざは伸ばして、後ろ足の親指、母指球のあたりで地面を蹴り、右ひじは90度に曲げて」と、動きを正確に記述する言葉を並べればいい。でもそれだと、実際には選手を混乱させてしまうんです。じゃあどうするかというと、例えば「ハードルの上にふすまがあるから、それを蹴破るように跳んでみて」といった具合に表現するとうまくいくことが多い。

細田 その表現なら、僕でも動作をイメージできました。

為末 いい言葉は、相手に自分の体感をコピーさせられる感じがするんですよ。でも、細田さんのお仕事であるコピーライティングも同じですよね。いいコピーって、言葉を見た瞬間に風景が浮かぶ感じがします。

細田 その通りです。伝えた瞬間に相手に景色を見せられる。そういう言葉は、相手を動かすことができます。対外的なコピーだけでなく、社内のコミュニケーションでも同様です。ある分野に強い企業は、その分野の中で「ハードルの上のふすま」のような独特のボキャブラリーを数多く持っているものです。一方、はやりの経営やマーケティングのキーワードが飛び交う組織は、一見カッコよく見えるんですが、実体がありません。言葉を使っているというより、言葉に使われてしまっている。

為末 少なくとも、自分たちの言葉に訳す努力をするべきですよね。ちなみに僕の会社では、ダイバーシティのことは「良い混沌」と呼んでいるんです。

細田 素晴らしいですね。「ダイバーシティを大事にしよう!」では思考停止してしまう。

為末 どうやって訳そうかと考えるプロセスで、自分たちも意味をつかんでいる感覚があります。

有害な思考はアンインストールしよう

細田 為末さんは、「やればできる」や「夢はかなう」といった、スポーツ界で正義とされる言葉に対して、ときに疑うことの大切さを説いていますよね。

為末 「やればできる」っていう言葉を頭にインストールして、違和感なく生きられる人にとってはすごくいい言葉だと思うんです。ただ、どんな努力でも変えられない現実にぶち当たることって、結構ありますよね。そのとき「やればできる」だと、できないのは努力してないからだという結論につながってしまう。自分は何が足りないんだろうって、真面目なアスリートが悶々と考えて鬱になるのを間近でたくさん見てきましたから。

細田 なるほど。インストールという言葉で、はっきりと理解できた気がします。つまり、「やればできる」という言葉は、「思考のOS」なんですね。社会的に正しいはずのOSを使っているのにうまくいかないというとき、自分が間違えているはずだと自己否定に向かってしまう。

為末 「やればできる」を否定するような発言をするのは、はじめは怖かったんです。「お前、勝負から降りたんだな」っていう見方をされますから。でも、社会で実際に不具合が起きているわけですから、「やればできる」や「夢はかなう」とは違うOSもインストールしていいんだという、ムードをつくらないといけないと思ったんです。

細田 社会的に正しく聞こえるが故に、捨てられない。そんな思考のOSは、社会にもたくさんありますよね。例えば、日本は「ものづくりの国」とか「おもてなしの国」というもの。歴史上の特定の時期だけを切り取れば、確かに日本はものづくりで世界の覇権を取ったかもしれない。でも、その誇らしい歴史認識が未来への自由な発想を縛ってしまっているとしたら、もはや有害になってしまいます。

為末 おっしゃる通りですね。今必要なのは、ものづくりが得意な背景を紐解いていくということかもしれません。複数の企業が関わって何かを製造するというプロセスの連携が上手で、それは「擦り合わせ」からきていますねとか。そうすると、得意技をものづくりというよりは「擦り合わせ」と理解して、これを他のカタチで伸ばすことを考える。それが企業を創造的に成長させることではないでしょうか。

細田 その点に関連して、為末さんの「俺的ランキングで戦おう」という提言には、とても共感できます。

為末 やっぱり、人は競争からは逃れられないと思うんです。ただ、世界の誰かがつくったルールで競争しなくたっていい。自分なりの競争軸にずらして、それに打ち込むという第三の道もあり得るんじゃないかと思い始めたんですね。

細田 為末さんが指摘するように、すでに存在する世界ランキングの中で上を目指すっていうのは、すごく過酷な戦いです。ランキングがあるということは、勝ちパターンが決まっていて勝者が決まっている。そんなランキングに挑むくらいなら、自分たちが一番になって輝けるランキングっていうのを定義づけてつくってしまえばいい。そこの一等賞を目指した方が、個人としても組織としても、はるかに創造的になれますよね。

為末 ヨーロッパは上手ですよね。ミシュランとかオリンピックとか、自分たちの得意分野で、どんどんルールをつくって戦いますよね。

細田 企業であれば、業界内の売り上げやサイズやシェアではない、俺的・私的ランキングの基準は何か?ルールは何か?それを考えることが、組織を創造的にする第一歩なのかもしれません。他人と同じ基準で考えていては、独創性なんて発揮できませんから。

想像力に技術力を – プレ・エクスペリエンスの時代

細田 ここまで、言葉や認識という切り口から、アスリートの創造性について話してきました。もうひとつ、「想像力」にも触れたいと思います。イメージトレーニングというのは、実際に効果があるのでしょうか?

為末 MRIの中で選手に競技中の映像を見せると、熟達した選手になればなるほど、脳の運動にまつわる部位が活性化するそうです。つまりイメージすることは、脳内においてトレーニングと近い効果を持つ。技術力を高めることにつながっていると言えるわけです。試合当日をひと通りなぞるようにイメージしておくと、本番に対する既視感をつくれる。

細田 既視感をつくる、ですか。

為末 そうです。大体、選手っていうのはサプライズから崩れていきます。サプライズさえなければ、落ち着いて競技ができる。僕も銅メダルをとるところまでは、細部までありありとイメージできたんです。ガッツポーズしてインタビューを受けて、母親が観客席のあそこに座っていて、涙がこのタイミングで流れて…というところまで。でも、金メダルを取るということに対してはリアリティがなくて、白黒で音声もない映画のようなものだったんです。それが僕のイメージの限界だったのか、それとも自分の実力の限界がイマジネーションに制限を掛けているのかは分かりません。いずれにしても、イマジネーションが豊かな人は競技力が高くなる、というのは一理あると思います。

細田 面白いですね。イメージトレーニングも研究が進めば、ここからどんどん進化していきそうですね。

為末 次のスポーツのフロンティアに、個人的に「プレ・エクスペリエンス」と呼んでいるジャンルがあります。追体験の反対で、事前体験してしまうことで、パフォーマンスは向上するということが証明されているんです。スポーツ以外にも「プレ・エクスペリエンス」が必要な類いのものはたくさんある。例えば、消防士や警察官の仕事ですね。一般のビジネスパーソンも、プレ・エクスペリエンスによって、何度もプレゼンの機会を体験できると勝率が上がったりする。多分、これがVRのようなテクノロジーによって、かなり精度高くできるはずなんです。

細田 オリンピックでも、選手村から移動して実際のスタジアムに入って観客の歓声を浴びてスタートラインに立って自分の名前がコールされて…という一連をVRで何度も体験できたら、心理的な恐怖を克服できそうですね。人間の本質的な力を、テクノロジーで拡張していく。そんな新しいスポーツのイメージが湧いてきました。

為末 スポーツって、ルールでガチガチに縛られていて、自由度がほとんどありません。それに比べたら、社会っていうのは実はかなり余白が大きい。社会というフィールドの方が、クリエイティブになり得ると思うんです。
ただし、スポーツにおけるクリエイティビティは、多くの制限が掛かっている分、結果として既成概念とか勝ちパターンが覆った瞬間には、ものすごく大きな意外性が生まれるんです。

細田 逆にいうと、余白が大きいフィールドでは、人間は創造力を持て余し、散漫になってしまうのかもしれません。今、いちばん制約があるのはどこなのか。法律?社会制度?トラック競技のように、成熟しきっていて変化なんて起こせないと思われるところにこそ、社会を変えるチャンスがあるのかもしれませんね。
為末さん、今日は貴重なお話をありがとうございました。

Profile

為末 大(ためすえ だい)
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初となるメダリスト。3度のオリンピックに出場し、男子400メートルハードルの日本記録保持者(2020年3月現在)。現在はSportsとTechnologyに関するプロジェクトを扱う、株式会社Deportare Partners代表。一般社団法人アスリートソサエティ代表理事、新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著書に『走る哲学』(扶桑社)、『諦める力』(プレジデント社)、近著に『生き抜くチカラ ボクがキミに伝えたい50のことば』(日本図書センター)。

細田 高広(ほそだ たかひろ)
TBWA\HAKUHODO エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター
博報堂、ロサンゼルスの広告会社TBWA\CHIAT\DAYを経て、2012年からTBWA\HAKUHODO所属。現在、自動車・アパレル・スポーツ・金融・ビューティーなどのグローバルブランドにおいてクリエイティブの全体統括を務める。広告にとどまらず企業のビジョン開発、事業・商品・サービス開発も担う。これまでにカンヌ広告祭金賞、ACCグランプリほか国内外で受賞多数。アジアのクリエイティブ業界を代表する40歳以下の40人(40 UNDER 40)にも選ばれた。著書に『未来は言葉でつくられる』(ダイヤモンド社)、『物語のある絶景』(文響社)、『解決は1行』(三才ブックス)などがある。

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