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テクノロジーの発展はブランディングをどう変えていくのか。
AIが非言語領域のブランドマネジメントを支える「ブランド世界観AI」

2019.01.23
#AI技術#ブランディング
博報堂は2018年10月、AI技術を活用して画像からブランド世界観を分析するサービス「ブランド世界観AI」を発表しました。サービスの要であるAIエンジンの開発は、ディープラーニングと呼ばれる手法に強みをもつLeapMind社の協力で実現しました。「ブランド世界観AI」とはどんなサービスであり、どんな用途に利用できるのでしょうか。博報堂ブランド・イノベーションデザイン局の鷹野翔平と原谷健太、LeapMind社の渡辺一矢 取締役最高執行責任者(COO)と大嶋尚一Business Division, Managerに話を聞きました。

鷹野:私が所属している博報堂ブランド・イノベーションデザインは、未来の変革を支援することを目的としてブランディングとイノベーションの二つの領域を専門に活動しています。

今回の「ブランド世界観AI」は、AIなどの様々なテクノロジーが登場したことを受けて今後企業のブランディングがどう変わっていくのか、ということを考える中で生まれました。より具体的に言うと、“AIはブランドの管理運用を行うブランドマネージャーになり得るのか”ということを検証したプロジェクトです。ブランドは左脳的要素である「価値」と、右脳的要素である「世界観」の2つで成り立っています。前者は言語化できるため管理・運用は比較的容易ですが、後者は非言語領域ゆえに難しい。その難しい部分にAI技術活用のチャンスがあるのではないかと考えました。

「ブランド世界観」が表現されたアウトプットのひとつに画像があります。企業側が制作した広告クリエイティブはもちろん、生活者が特定のブランドを撮影しSNS上にあげた写真も同様です。こうした画像は、そのブランドに相応しい被写体・トーン・色彩・コントラストが選択され世界観が表現されています。そうした画像をAI技術で分析すれば、生活者がそのブランドに対して抱いている潜在的な意識を分析でき、生活者が抱いている世界観と企業が伝えたい世界観のギャップなんかも見つけられるのではないか。こうした仮説を検証するためのパートナーを探していたところ、LeapMind社と出会いました。渡辺さん、大嶋さん、御社の事業紹介や自己紹介をお願いできますでしょうか。併せて、今回使ったAI技術はどんなものなのか、ということについてもお話いただけたらと思います。

渡辺:LeapMindで取締役最高執行責任者をしている渡辺です。当社は2012年の創業で、世の中にAIやディープラーニングという言葉があまり浸透していない頃からそれらを専門に取り組んでいます。当初は企業にプレゼンに行っても、まずディープラーニングの説明で2時間かかる、といった状況でした。でも最近ではかなり状況が変わり、AI技術を売り込みやすくなってきましたね。

大嶋:Business Divisionのカスタマーサクセスでマネージャーをしている大嶋です。カスタマーサクセスは2018年9月に新しく立ち上げた部門で、お客様がディープラーニングで何を求めていて、どうしたらゴールに辿り着けるかを、日々お客様と一緒になって考えています。

我々がやっているディープラーニングについてご説明しますと、「コンピューター上で、人の脳神経回路を模擬したネットワークを多段につないだプログラム」と言えます。非常に深く、多層に繋ぐことから“ディープ”ラーニング”という名前がつきました。

ディープラーニングは、コンピューターにデータを与えて学習させるマシンラーニング(機械学習)の一手法で、非常に複雑なものや曖昧なものに対応できることが特徴です。
一般的な画像処理の手法であれば、例えば、ペットボトルの画像データを定義しても、少し形状や色の違う写真を見せた場合、それをペットボトルとは判断できません。ディープラーニングの場合は学習により「ペットボトルとはこういうものだ」という特徴を捉えることができるため、多少形状が違うものであっても、それをペットボトルと認識することができます。

鷹野:今までのマシンラーニングでは定義が必要でしたが、ディープラーニングでは定義をしなくても学習させることができるということですよね?

大嶋:そうですね。従来のやり方だと、「ペットボトルのこの部分を見て判別しなさい」というルールを作り教えなくてはいけなかったのが、一定の画像を学習させると、自発的に「これがペットボトルだ」と認識できるようになる、といった具合です。

画像のパーソナリティをAI技術で認識する

鷹野:本サービス構想段階にこのディープラーニングの複雑かつ曖昧なものに対応できる特徴に着目しました。LeapMindさんには、ブランドの右脳的要素である「世界観」の判定にディープラーニングを使えないか、とご相談しました。
実は他にもいろいろな会社とお話をしたのですが、特にLeapMind社とご一緒したいと感じたのは、「小さく作る」というビジョンを掲げていたことですね。ブランディングという領域を考えても、様々なタッチポイントで活用できることが今後の拡張性にも繋がるのではと考えました。また、社内にうかがった際には、国内外からエンジニアの方が来ていて、国際色豊かな環境で技術開発に取り組まれているところも魅力的でした。

渡辺:ちょうどメンバーが拡大しており、ディープラーニングをサービス化していこうという時期でしたね。それまでは商談相手は製造業が中心でしたから、博報堂の「SNS画像を対象にした分析サービスを作りたい」といった提案は非常に新しい切り口で、魅力を感じました。
お話いただいた「小さく作る」ということについてご説明させていただきますと、ディープラーニングは多層になると、プログラムのサイズがとても大きくなり、処理の負荷が高まります。通常ではこれを処理する場合、クラウド上にアップするか、端末にあるGPUの性能を高める必要があります。クラウドの場合は、リアルタイムの処理が難しかったり、ネット上に個人情報をアップできない場合がある、といった問題があります。一方で性能が高いGPUは値段が高く、熱を持つという課題があります。
これを解決するために、我々はディープラーニングのモデルサイズを小さくすることで高速化し、ハイスペックな端末でなくても処理ができるようにしています。プログラムの組み方自体も、対象となるハードウエアに合わせてチューニングすることで、より性能を発揮できるようにしています。

鷹野:我々の課題をお話させていただいた後に、すぐに興味を持っていただいたのがとても嬉しかったですね。ただ、実際に分析サービスを作る途中は苦労が多かったですよね。一回学習させてみないと、どういった結果が出るか本当に分かりませんでしたし。

渡辺:博報堂が求めているものが中々実現できなかったり、学習データをどう作るか、どう集めるかというのが大変でしたね。

鷹野:今回のブランド世界観AIは、技術的な特徴として「パーソナリティ」と「シーン」の二つを設定したことがあります。パーソナリティはブランドを一人の人間として例えた時に有する人格のことで、博報堂では31種類の形容詞に集約しています。今回は分析をより容易にするため、それらを統合・再分類し、「Gentle」、「Natural」などの12種類に絞りました。画像と形容詞を紐づける分類なので、画像によっては一般の方が見てもなかなか判別が難しいケースもあるかもしれませんが、当社のブランディングに関わっている専門のコンサルタント同士であれば判断基準が揃っており、ほとんどブレていませんでした。
シーンは画像が撮影されたシチュエーションのことで、「駅」や「空港」、「飲食店」など44種類に分類しました。
このパーソナリティとシーンの二つを組み合わせることで、例えば「朝靄の中の幻想的なビーチ」と「夏の太陽がふりそそぐエネルギッシュなビーチ」のように、同じビーチというシーンであっても全然違う状況である、ということを判別できるようにしたことが今回のソリューションの強みです。

原谷:パーソナリティによって画像をどう分析するかの例として四つの画像を用意しました。ディープラーニングを用いているため、判定の要因を明確に私たちが判断することはナンセンスかもしれませんが、それぞれについてご紹介したいと思います。

一つ目の画像は、苔むした切り株の写真です。Naturalが96.5%、Wildが3.5%という結果になりました。やわらかな芝生のような質感が全体にありますが、切り株の部分のゴツゴツとした質感は確かにWildな印象を含んでいるようにも感じます。

二つ目の白い鉢植えの画像はNaturalが89.3%、Elegantが9%という結果になりました。Naturalは緑だけではなく、白やベージュなどもシンボリックカラーに含むため、この画像の全体的な色味はNaturalなのですが、陶器の艶やかな光沢などの部分がElegantの要素としても効いています。

三つ目の画像は典型的なGentleの画像として用意しました。Gentleは落ち着いていてシックであり、濃く深みのある青のイメージです。この画像はその象徴的な色味が全体を覆っており、意図通りに96.7%がGentleと認識されました。

四つ目の画像は黒バックの上に白い花の曲線が強めに描かれています。Elegantが99.9%と認識され、その他の要素は全て0.01%以下でした。
私たちが意図していた通りの判定をしてくれることもあれば、最初の二枚のように、私たちが最初は気づかなかった、納得感のある発見をもたらしてくれる点も、このソリューションの興味深い点の一つですね。

鷹野:この四つの画像は特定のパーソナリティが強く出たものです。実際には多くの画像で様々なパーソナリティが複雑に絡み合っています。
現在はこのような分類ができるようになりましたが、プロジェクトがスタートした時点では「ディープラーニングを使えばこうした分類が可能だろう」というのはひとつの仮説に過ぎませんでした。
最終的には各パーソナリティ・各シーンごとに数百枚の画像を学習させました。特にパーソナリティは感性的な部分なので苦労しましたね。学習する画像の収集は博報堂のメンバーで担当しました。

大嶋:パーソナリティは本当に難しかったです。実際に我々が見ても判断が難しいものが多くありましたから。そのため当初は「これはやってみないと結果が出せるか分からないぞ」と思いました。

渡辺:どれくらいの枚数のデータがあれば結果が出せるのか、僕らでも全く検討がつきませんでしたからね。

鷹野:画像の取り込み方にも、何か工夫はあったのでしょうか。

大嶋:そうですね、画像をそのまま読み込む場合もあれば、色を落としたり、輝度を変えたり、回転したりということをしました。また取り込む画像についても、似たような画像ばかりだと、似たような画像を判定するだけの能力の低いAIになってしまうんです。ですので、用意する画像は取り込みたい特徴を共有しつつも、全体として大きく異なるもの・バリエーションが必要です。用意する画像がディープラーニングの精度や傾向、汎用性といった“質”の部分を決める、と言えます。

鷹野:今回のプロジェクトで画像を用意する際にもいろいろとアドバイスをいただきましたね。多様なアングルでとか、バラエティを、ということですごく難しかったのを覚えています。

あらゆる現場でのブランドマネジメント実現へ向けて

鷹野:現状の「ブランド世界観AI」は、プロトタイプとしてクライアントにご提供できる第一段階になったと感じています。今後はシーンの拡充やパーソナリティ判定のレベルを更に上げていくことを考えています。
LeapMind社の持つデフォルトのAI自体も、写っている人間の性別や年齢の判定が可能になるなど、進化し続けています。こういった機能も今後組み合わせられたらと考えています。
また、クライアントごとにブランドロゴを学習すれば、分析対象画像の絞り込みが可能になるため、より詳細な分析を実現できます。

大嶋:今回使ったパーソナリティやシーンは、日本の今の時代を基にしていると言えます。これを、例えば100年前のアメリカに設定して学習すれば、その時代に合った感性を再現できるはずです。このようにベースとなるAIを作って、あとは目的に応じてカスタムするということができるといいですよね。

鷹野:おかげさまで本サービスに関するお問い合わせを複数いただいています。その中にもありましたが、非言語領域を対象にした調査に使うのは有効だと思います。生活者が自社ブランドに対してどんな認識を持っているのかということを、健康診断のような形でモニタリングができると思います。その場合、定点観測として使っていただくのが非常に重要ですね。

LeapMind社の小型化の技術を使えば、自動車の販売店やアパレルの店舗など、現場のあらゆるタッチポイントでブランドの管理運用に使ってもらうことができるはずです。例えば、店頭主導で販促ツールを作る際に、ブランド管理基準を満たしているのかを容易に確認できます。ブランド管理運用ツールの一つとして、ブランドブックがあって、それを都度確認するという形が一般的ですが、それよりも遥かに効率的かつ確実にブランド管理基準を満たすことができるようになるかもしれません。

少し先のことを考えると、ブランドマネジメントツールとしてのAI活用は、一つのトレンドになると考えています。社内組織ごとに導入していく、インフラになっていくのではないでしょうか。

構築したブランドを企業活動に活かすためには、従業員ひとりひとりがブランドを正しく理解し、具体的なアクションを展開することが重要です。「ブランド世界観AI」を、その際の手助けになるツールにできれば、と考えています。

SNSの画像解析に使うのも面白いと思います。SNSであれば、自社ブランドだけでなく、競合を含めた市場全体の状況が分かります。そのブランドが目指している世界観が分かるため、市場の新たな兆候も掴みやすいと思います。

渡辺:流行りやサイクルを確認して、「こういうものを作りましょう」ということは考えやすくなるでしょうね。

大嶋:感情を分類できるのが面白いと感じています。画像を集める段階で、私の感情と近似したものを全部集めたら、自分と同じように画像を判断するAIが作れるのか、ということに興味があります。自分と同じように判断できるアバターができたら、「こういう画像を自動で集めておいて」といった指示もできますよね。

原谷:企業利用だけでなく、一般消費者向けのレコメンデーションへの応用も考えられますよね。これまでは数値化できなかった好みの世界観を捉えられるので、ある商品を好きな人に対して、それと共通する世界観を持つ飲み物や服、雑誌などをレコメンドするような使い方もできるのではないでしょうか。

鷹野:このソリューションでは、画像を通じて言語化される前のより新鮮で「生」の状態に近い、生活者の特定のブランドに対する意識を分析することができます。それは画像を画像のまま取扱うことができる、ディープラーニングを用いたAIだからこそできることだと確信しています。今後もこのように、LeapMind社と共に生活者を観察し、言葉には表れていない潜在的なニーズの発掘や、細部まで行き届いたブランドマネジメントを行っていくことに挑戦していきたいと思います。

鷹野 翔平
博報堂ブランド・イノベーションデザイン局
ストラテジックプラニングディレクター

原谷 健太
博報堂ブランド・イノベーションデザイン局
リサーチャー

渡辺 一矢
LeapMind社 取締役最高執行責任者(COO)

大嶋 尚一
LeapMind社 Business Division, Manager

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